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【最終章】新世界
137 繰り返される災い
木からぶら下げると僕の身長ほどもあるガゼルを解体するのを手伝い、分けた枝肉を持って帰れるように包む。それをサイードさんが馬の鞍に乗せるのを離れたところから眺めていたら、いつの間にかダルガートが後ろに立っていた。
「このまま話さぬつもりか」
その声からは相変わらずなんの感情も見えない。
「……うん、いいんだ」
またしても馬に鼻面を押し付けられて微笑んでいるサイードさんを見ながらそう答えた。
「サイードさんはここで幸せだから。だからこれでいいんだ」
あんな風に満ち足りているサイードさんに余計なことを話して、彼の平穏の邪魔をすることだけはしたくない。それに正直に言えば、ダルガートだけでなくサイードさんにまで頭がおかしいんじゃないかと思われて、僕の二人への気持ちを否定されるのが怖かった。
「大丈夫」
ダルガートだけでなく、自分にそう言い聞かせる。
そう、大丈夫。僕以外誰も知らなくても、誰も覚えていなくても、僕の中にはあの幸せだった三人の想い出がちゃんと残っている。だから大丈夫。
透き通るような青い空に緑の大地。そこを駆け抜ける馬とサイードさん。あちこちに散らばってはのんびりと草を食む山羊や羊たち。そしてサイードさんを愛し、頼りにしている家族。このダウレシュこそがサイードさんが幸せに暮らせる場所なのだ。
この先僕が神殿で忙しく働いている時も、夜になって一人寝台に横たわる時も、夜中にふと目覚めて寂しくなっても大丈夫。この光景を目に焼き付けておけば、自分のしたことは正しかったのだと思えるから。
突然大きな手が伸びてきてぐい、とジャヒーヤを引き下ろされた。え、なに? と視界を遮る布を避けようとするとその裾の下からダルガートが馬の方へ歩いて行く足元が見える。
その時自分の顔が涙で濡れていることに気が付いた。うわ、みっともない、と慌ててジャヒーヤの裾で顔を拭う。そしてもう一度きちんとジャヒーヤを被り直した。
なんだかんだ言ってダルガートは結構優しいと思う。今だってこうして泣き顔を隠してくれたり、自分は何も関係ないのに昨日のように僕に代わってサイードさんのお父さんたちと話をつけてくれたり。
まだ会ったばかりでそっけないサイードさんもなかなか新鮮でときめくが、やることはものすごく怖いのに時々優しいダルガートというのもいい。ついに僕も頭がおかしくなったのだろうか、なんてつい笑ってしまう。
やっぱり二人のことが好きだ。その気持ちは変えられない。だから昔のことは置いておいて、今の僕を少しでも好きになってもらえるように努力しよう。
もちろん年の差だとか同性であることを考えれば、二人にとって僕はそういう対象にはならないかもしれない。ダルガートはよくわからないけれど。
昔のように恋人同士にはなくても友達になれたらいいなと思う。日本にいた時は知らなかった、あの何気ない微笑みやくだらない冗談を交わせる楽しさと喜びをもう一度取り戻したかった。
気づけば日はとっくに中天を越えていて、そろそろ戻らないと日暮れまでにサイードさんの家に着けなくなる。僕も二人と一緒に荷物をまとめて馬に乗せていると、サイードさんとダルガートが同時に顔を上げ同じ方向を向いた。サイードさんは馬の鐙に通して鞍に引っかけていた槍を取り、そちらに向き直る。
何かあったのかと僕も馬の背中ごしに様子を窺うと、南の方から騎馬の男たちがこちらへ向かってくるのが見えて、急いでジャヒーヤを深く被り直した。
「おお、これはちょうどいいところに」
八人ほどいる彼らの中で一番大柄な男が手を上げて声を掛けてきた。
「我らは王都へ商いに行くのだが、うっかり進路を誤り迷ってしまった。申し訳ないが一夜の宿をお借りできないだろうか」
ふと、どこかで聞いたことのある声だと思った。不思議に思ってジャヒーヤの影からそっと相手を垣間見たが見覚えがない。年の頃は四十か五十か、どちらかと言えば角ばった顔つきで髭はなく、薄汚れたシュマグを被っている。そこでまた違和感を感じた。
商人は旅の途中でも最低限の身だしなみには気を付けるものだ。だが彼らは皆髭はあたっているがどこか妙に薄汚い。
するとサイードさんが彼に答える声がした。
「商人か。その割に荷がないようだが」
「こちらから持っていくのは細かな細工物で、向こうで多くの品物を仕入れて持ち帰るつもりなのだ。だからこんなにも大人数でね」
少々苦しいが理屈としてはまあ通っているな、と思いつつどうしても気になってサイードさんとダルガートのそばに行く。するとダルガートが視界の端でこちらを見た。なんとなくその目が「引っ込んでいろ」と言っているような気もするが気づかない振りをする。
「とにかく、ここで会えたのも何かの縁だ。草原の民は迷える旅人を見捨てたりはしないだろう?」
やけに馴れ馴れしくそう言いながら両手を広げた男の袖の中にちらりと何かが見えた。あれは何かの模様……? 太い腕の内側にある、片方の角が短い何かの動物の顔。
その瞬間、ハッと脳裏に白い宮殿に響くレティシア王女の声が蘇る。
――――そなたの一族を襲い殺した南のバクラムの一族は腕にゲムズボークの入れ墨をいれ、その角で柄を作ったナイフを持ち歩く。
――――右の角が短いゲムズボークを腕に刻んだ者はかつて一族の荒くれものを率いてあちこちの氏族を襲い、土地や家畜を奪っていたとか。そなたも知っておろう?
とっさに男の腰に刺されたナイフを見る。その柄は黒い木でできていて珍しい白い象嵌が施されていた。
「待って、サイードさん。駄目だ」
考えるより先に声が出た。サイードさんと商人だというその男が驚いたように僕を見る。
思い出した。もしもこの男に髭があれば、砂漠でエイレケの特使と一緒にいたあの男とそっくりだ。
もちろん前の世界と今の世界がそこまでリンクしているのかどうかはわからない。でも。
抑えきれない胸騒ぎに僕はサイードさんに訴える。
「この人たちは駄目だ。家に案内しちゃいけない」
「ほう、何やら疑われてしまったかな? これは心外な」
男が取るに足らぬ子どもをたしなめるような笑みを浮かべた。
「なぜこんなところに下級神官なんぞがおるのかはわからぬが、お前ごときに我ら男たちのしきたりや心意気など理解できまい。気にされるな草原の守人よ。おお、よく見れば片腕がないのか。それは様々な苦労があることだろうに感心なことだ」
男がサイードさんの腕を見てわざとらしく感嘆する。
「ならば滞在中はぜひ家畜たちの世話を手伝わせてもらおう。なに当然の礼だ。遠慮することはない」
その手がサイードさんの空っぽの右の袖に向かうのを見て思わずその腕に飛びついた。
「な……ッ、何をする、この小童が!」
突然のことで驚いたのか、男が苛立ちも露わに僕を振り払う。すると男の手にジャヒーヤが引っかかり、頭からはぎ取られた。
「っ!」
僕よりもずっと大きな男に突き飛ばされてぐらり、と身体が傾く。すると不意にごつごつとした手が伸びてきて腕を掴まれ強く引っ張られた。
「おい貴様、なんだその耳飾りは。もっとよく見せてみろ」
今までとはガラリと変わった乱暴な口調で男が言う。とっさに男の手を振りほどこうとしたがびくともしない。男は先ほどまでの愛想のよさを忘れたかのように下卑た笑みを浮かべ、僕の顎を掴み無理矢理耳を覗き込んだ。
「ほう、こりゃとんだ儲けものだ。この耳環、片方だけで羊を千頭売り飛ばすよりはるかに価値があるぜ」
「おお、本当か」
「それはいい」
彼の後ろにいた男たちが口々に笑う。その時、場にそぐわぬ冷ややかな声が割って入った。
「その手を離せ」
驚いて顔を上げると、ダルガートが僕を捕まえている男を見ている。一瞬男は怯んだが、今のダルガートは神武官の装束を着ておらず、また自分たちがはるかに人数に勝っているのを思い出したのか、再びいやらしい笑みを浮かべて言った。
「おう、あんたは黙ってろ。元々用があったのはそっちの兄さんだけだ」
今度はサイードさんが静かに問いただす。
「お前の狙いはこの土地と家畜か」
「その通りよ。この辺りはよい狩場でもあり良い牧草地でもある。貴様に案内させて家畜ごと乗っ取ってやろうと思ったが、それよりいい宝を見つけた。王都で売り飛ばせば一財産できるだろうよ」
そう言って男は僕を捕まえたままペッ、と唾を吐いて言った。
「その腕なしの男はもういい。替わりにこいつを貰っていくぞ。追われても面倒だから始末していくか」
「っつ!!」
突然ドン、と男に突き飛ばされて別の男の懐に抱え込まれる。この瞬間を待っていた。
僕を受け止めた男の腰に下げられた曲刀を掴んで引き抜く。そして振り向きざまに剣を下から上へ、勢いよく振り上げた。
「ギャァアアッツ!!」
脇腹から胸へと斬り割かれた男が傷を押さえて体勢を崩す。そのまま円を描くようにがら空きになった首の後ろめがけて剣を振り下ろした。
「貴様……ッツ!!」
入れ墨の男が血走った目をして剣を抜く。その目をまっすぐに見据えて腰を落とし、剣を握る腕から力を抜いた。
――――肩の力を抜いて、剣の重さを上手く利用することを覚えられよ。
不意にアル・ハダールの宮城で僕にシャムシールの使い方を教えてくれたダルガートの声が聞こえてくる。
――――肩と肘を起点に、力を剣先へ流すように。
まっすぐな直刀と違って刀身がカーブしている半月刀は、振り下ろす威力が増す代わりに刃を返す時がとても重い。けれどダルガートの言う通り意識して円を描くように、勢いと遠心力を利用して方向を変えると勢いを殺すことなく次の攻撃に移ることができる。
「ふざけやがって……ッ!!」
襲い掛かる刃をなんとか横に払って逸らした。それでも肩や腕に重く響く衝撃に奥歯を噛み締めて耐える。
もっと、もっと動け。うまく体重を乗せて、鞭をふるうようにしなやかに。
「……んの……ッツ!」
渾身の力を込めて振り下ろした剣を、ガキン! と音を立てて男が受け止めた。
「小賢しい、この小童が!」
相手を恐れてはいけない。一瞬でも目を閉じてはいけない。
二度と、二度とこの男にサイードさんを傷つけさせるものか……!
「ええい邪魔をするな! その耳だけ斬り落としてくれる!」
「黙れ! 二度とお前にサイードさんの邪魔はさせない!」
「このまま話さぬつもりか」
その声からは相変わらずなんの感情も見えない。
「……うん、いいんだ」
またしても馬に鼻面を押し付けられて微笑んでいるサイードさんを見ながらそう答えた。
「サイードさんはここで幸せだから。だからこれでいいんだ」
あんな風に満ち足りているサイードさんに余計なことを話して、彼の平穏の邪魔をすることだけはしたくない。それに正直に言えば、ダルガートだけでなくサイードさんにまで頭がおかしいんじゃないかと思われて、僕の二人への気持ちを否定されるのが怖かった。
「大丈夫」
ダルガートだけでなく、自分にそう言い聞かせる。
そう、大丈夫。僕以外誰も知らなくても、誰も覚えていなくても、僕の中にはあの幸せだった三人の想い出がちゃんと残っている。だから大丈夫。
透き通るような青い空に緑の大地。そこを駆け抜ける馬とサイードさん。あちこちに散らばってはのんびりと草を食む山羊や羊たち。そしてサイードさんを愛し、頼りにしている家族。このダウレシュこそがサイードさんが幸せに暮らせる場所なのだ。
この先僕が神殿で忙しく働いている時も、夜になって一人寝台に横たわる時も、夜中にふと目覚めて寂しくなっても大丈夫。この光景を目に焼き付けておけば、自分のしたことは正しかったのだと思えるから。
突然大きな手が伸びてきてぐい、とジャヒーヤを引き下ろされた。え、なに? と視界を遮る布を避けようとするとその裾の下からダルガートが馬の方へ歩いて行く足元が見える。
その時自分の顔が涙で濡れていることに気が付いた。うわ、みっともない、と慌ててジャヒーヤの裾で顔を拭う。そしてもう一度きちんとジャヒーヤを被り直した。
なんだかんだ言ってダルガートは結構優しいと思う。今だってこうして泣き顔を隠してくれたり、自分は何も関係ないのに昨日のように僕に代わってサイードさんのお父さんたちと話をつけてくれたり。
まだ会ったばかりでそっけないサイードさんもなかなか新鮮でときめくが、やることはものすごく怖いのに時々優しいダルガートというのもいい。ついに僕も頭がおかしくなったのだろうか、なんてつい笑ってしまう。
やっぱり二人のことが好きだ。その気持ちは変えられない。だから昔のことは置いておいて、今の僕を少しでも好きになってもらえるように努力しよう。
もちろん年の差だとか同性であることを考えれば、二人にとって僕はそういう対象にはならないかもしれない。ダルガートはよくわからないけれど。
昔のように恋人同士にはなくても友達になれたらいいなと思う。日本にいた時は知らなかった、あの何気ない微笑みやくだらない冗談を交わせる楽しさと喜びをもう一度取り戻したかった。
気づけば日はとっくに中天を越えていて、そろそろ戻らないと日暮れまでにサイードさんの家に着けなくなる。僕も二人と一緒に荷物をまとめて馬に乗せていると、サイードさんとダルガートが同時に顔を上げ同じ方向を向いた。サイードさんは馬の鐙に通して鞍に引っかけていた槍を取り、そちらに向き直る。
何かあったのかと僕も馬の背中ごしに様子を窺うと、南の方から騎馬の男たちがこちらへ向かってくるのが見えて、急いでジャヒーヤを深く被り直した。
「おお、これはちょうどいいところに」
八人ほどいる彼らの中で一番大柄な男が手を上げて声を掛けてきた。
「我らは王都へ商いに行くのだが、うっかり進路を誤り迷ってしまった。申し訳ないが一夜の宿をお借りできないだろうか」
ふと、どこかで聞いたことのある声だと思った。不思議に思ってジャヒーヤの影からそっと相手を垣間見たが見覚えがない。年の頃は四十か五十か、どちらかと言えば角ばった顔つきで髭はなく、薄汚れたシュマグを被っている。そこでまた違和感を感じた。
商人は旅の途中でも最低限の身だしなみには気を付けるものだ。だが彼らは皆髭はあたっているがどこか妙に薄汚い。
するとサイードさんが彼に答える声がした。
「商人か。その割に荷がないようだが」
「こちらから持っていくのは細かな細工物で、向こうで多くの品物を仕入れて持ち帰るつもりなのだ。だからこんなにも大人数でね」
少々苦しいが理屈としてはまあ通っているな、と思いつつどうしても気になってサイードさんとダルガートのそばに行く。するとダルガートが視界の端でこちらを見た。なんとなくその目が「引っ込んでいろ」と言っているような気もするが気づかない振りをする。
「とにかく、ここで会えたのも何かの縁だ。草原の民は迷える旅人を見捨てたりはしないだろう?」
やけに馴れ馴れしくそう言いながら両手を広げた男の袖の中にちらりと何かが見えた。あれは何かの模様……? 太い腕の内側にある、片方の角が短い何かの動物の顔。
その瞬間、ハッと脳裏に白い宮殿に響くレティシア王女の声が蘇る。
――――そなたの一族を襲い殺した南のバクラムの一族は腕にゲムズボークの入れ墨をいれ、その角で柄を作ったナイフを持ち歩く。
――――右の角が短いゲムズボークを腕に刻んだ者はかつて一族の荒くれものを率いてあちこちの氏族を襲い、土地や家畜を奪っていたとか。そなたも知っておろう?
とっさに男の腰に刺されたナイフを見る。その柄は黒い木でできていて珍しい白い象嵌が施されていた。
「待って、サイードさん。駄目だ」
考えるより先に声が出た。サイードさんと商人だというその男が驚いたように僕を見る。
思い出した。もしもこの男に髭があれば、砂漠でエイレケの特使と一緒にいたあの男とそっくりだ。
もちろん前の世界と今の世界がそこまでリンクしているのかどうかはわからない。でも。
抑えきれない胸騒ぎに僕はサイードさんに訴える。
「この人たちは駄目だ。家に案内しちゃいけない」
「ほう、何やら疑われてしまったかな? これは心外な」
男が取るに足らぬ子どもをたしなめるような笑みを浮かべた。
「なぜこんなところに下級神官なんぞがおるのかはわからぬが、お前ごときに我ら男たちのしきたりや心意気など理解できまい。気にされるな草原の守人よ。おお、よく見れば片腕がないのか。それは様々な苦労があることだろうに感心なことだ」
男がサイードさんの腕を見てわざとらしく感嘆する。
「ならば滞在中はぜひ家畜たちの世話を手伝わせてもらおう。なに当然の礼だ。遠慮することはない」
その手がサイードさんの空っぽの右の袖に向かうのを見て思わずその腕に飛びついた。
「な……ッ、何をする、この小童が!」
突然のことで驚いたのか、男が苛立ちも露わに僕を振り払う。すると男の手にジャヒーヤが引っかかり、頭からはぎ取られた。
「っ!」
僕よりもずっと大きな男に突き飛ばされてぐらり、と身体が傾く。すると不意にごつごつとした手が伸びてきて腕を掴まれ強く引っ張られた。
「おい貴様、なんだその耳飾りは。もっとよく見せてみろ」
今までとはガラリと変わった乱暴な口調で男が言う。とっさに男の手を振りほどこうとしたがびくともしない。男は先ほどまでの愛想のよさを忘れたかのように下卑た笑みを浮かべ、僕の顎を掴み無理矢理耳を覗き込んだ。
「ほう、こりゃとんだ儲けものだ。この耳環、片方だけで羊を千頭売り飛ばすよりはるかに価値があるぜ」
「おお、本当か」
「それはいい」
彼の後ろにいた男たちが口々に笑う。その時、場にそぐわぬ冷ややかな声が割って入った。
「その手を離せ」
驚いて顔を上げると、ダルガートが僕を捕まえている男を見ている。一瞬男は怯んだが、今のダルガートは神武官の装束を着ておらず、また自分たちがはるかに人数に勝っているのを思い出したのか、再びいやらしい笑みを浮かべて言った。
「おう、あんたは黙ってろ。元々用があったのはそっちの兄さんだけだ」
今度はサイードさんが静かに問いただす。
「お前の狙いはこの土地と家畜か」
「その通りよ。この辺りはよい狩場でもあり良い牧草地でもある。貴様に案内させて家畜ごと乗っ取ってやろうと思ったが、それよりいい宝を見つけた。王都で売り飛ばせば一財産できるだろうよ」
そう言って男は僕を捕まえたままペッ、と唾を吐いて言った。
「その腕なしの男はもういい。替わりにこいつを貰っていくぞ。追われても面倒だから始末していくか」
「っつ!!」
突然ドン、と男に突き飛ばされて別の男の懐に抱え込まれる。この瞬間を待っていた。
僕を受け止めた男の腰に下げられた曲刀を掴んで引き抜く。そして振り向きざまに剣を下から上へ、勢いよく振り上げた。
「ギャァアアッツ!!」
脇腹から胸へと斬り割かれた男が傷を押さえて体勢を崩す。そのまま円を描くようにがら空きになった首の後ろめがけて剣を振り下ろした。
「貴様……ッツ!!」
入れ墨の男が血走った目をして剣を抜く。その目をまっすぐに見据えて腰を落とし、剣を握る腕から力を抜いた。
――――肩の力を抜いて、剣の重さを上手く利用することを覚えられよ。
不意にアル・ハダールの宮城で僕にシャムシールの使い方を教えてくれたダルガートの声が聞こえてくる。
――――肩と肘を起点に、力を剣先へ流すように。
まっすぐな直刀と違って刀身がカーブしている半月刀は、振り下ろす威力が増す代わりに刃を返す時がとても重い。けれどダルガートの言う通り意識して円を描くように、勢いと遠心力を利用して方向を変えると勢いを殺すことなく次の攻撃に移ることができる。
「ふざけやがって……ッ!!」
襲い掛かる刃をなんとか横に払って逸らした。それでも肩や腕に重く響く衝撃に奥歯を噛み締めて耐える。
もっと、もっと動け。うまく体重を乗せて、鞭をふるうようにしなやかに。
「……んの……ッツ!」
渾身の力を込めて振り下ろした剣を、ガキン! と音を立てて男が受け止めた。
「小賢しい、この小童が!」
相手を恐れてはいけない。一瞬でも目を閉じてはいけない。
二度と、二度とこの男にサイードさんを傷つけさせるものか……!
「ええい邪魔をするな! その耳だけ斬り落としてくれる!」
「黙れ! 二度とお前にサイードさんの邪魔はさせない!」
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