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後日談やおまけなど
後日談 神武官・ダルガートの幸福(2)
それからちょうど三日後、中央神殿に再びサイードがやって来た。
「待たせてすまなかった」
そう言うサイードに首を振って、カイが言った。
「こちらこそ、同行してくれてありがとうございます」
「いいや、カイを守るのは我らの務めでもあり、望みでもある。そうだろう、ダルガート」
その問いにダルガートも頷いた。
これから数日掛けて、神殿長の命という形で三人はエイレケとの国境付近へ行くことになっている。それを希望したのはカイだ。行先はあの因縁深き『砂の顎』と呼ばれる流砂帯だ。
地下水が豊富になった今、砂の沼はあの時より一層広く深くなっているかもしれない。そんな場所にカイだけを行かせる気はダルガートもサイードも毛頭なかった。
サイードは以前ダウレシュで彼が乗っていたのと同じ鹿毛の馬を連れ、弓と槍とを背負っていた。今の彼は不幸にも右腕を失っているが、馬を駆る腕前は以前よりさらに優れている。馬体を挟んだ両足だけで馬を操り、左手で軽々と槍を振り回し野生のガゼルやゲムズボーグを倒す姿を、ダルガートはダウレシュの草原ですでに見ていた。
南西の民特有の褐色の肌や前髪を後ろで結わえた黒髪、堂々たる上背や姿勢の良さは相変わらずの男振りだ。そんな彼がカイを見て目を細めて口元を綻ばせている。
ダルガートは運よく今世でも毎日のようにカイの姿を目にすることができるが、離れた場所で暮らしているサイードにとっては貴重な機会だ。
ダルガートは、神殿を出発し楽し気に言葉を交わす二人の邪魔をせぬように後ろからついて行きながら、万が一にもカイに害なす者がいないか目を光らせていた。
◇
あの『砂の顎』へもう一度行きたい、と言い出したのはカイだった。
サイードが初めて神殿を尋ねて来た時、夜の町をそぞろ歩きながら言われて、ダルガートもサイードも一瞬答えを躊躇った。
あの場所は以前カイが流砂に呑み込まれて姿を消し、サイードが右腕を失った場所だ。だがカイには何か、あそこでし残した事があるらしい。だからダルガートとサイードは互いに顔を見合わせてから「では共に行こう」と答えた。
示し合わせたわけではないが、二人ともカイがあそこで何をしようとしているのかは尋ねなかった。聞いても理解できると思えぬし、ダルガートにとっては理由などどうでもいいことだったからだ。
カイが行きたいのならダルガートも着いていく。それサイードとて同じことだった。
神殿長に話を通し、彼の命を受けたという形をとってダルガートとカイは神殿を出発した。その時、今はカイの同僚であるウルドの見送りを受けた。
かつての記憶があるわけでもないだろうに、彼はまるで親や兄のようにカイの体調や旅支度を心配して最後まであれこれと言葉を掛けていた。
◇
町を出てそれぞれ馬に乗り砂漠を駆けていく。今回はカイも自分で騎乗していた。
馬は元々たくさんの飲み水を必要とする生き物だ。だから砂の柔らかい乾いた砂漠を突っ切って行くのにはいささか不向きだ。だから今回は日程にも余裕をもってやや西寄りに迂回し、途中いくつかの町を通り抜けながら進むことになっている。
今回のように気持ちにも日数にも余裕のある、しかも三人だけの旅というのは久しぶりのことだ。思い起こせば前の世でイスタリアへ向かう前、アル・ハダールの帝都イスマーンからほど近いオアシスの聖堂へ行った時以来だろうか。
相変わらず日差しは強く夜との寒暖の差も厳しい旅だが、カイは出発の時に「ずっと楽しみにしていた」と言って笑っていた。
けれど砂漠に出てからカイは言葉数が減り、一人で何かひどく考え込むような顔をしていることが度々あった。その顔を見て、また懐かしい気持ちになる。
以前から彼は時折そんな顔をしていることがあった。恐らくそういう時は、彼がダルガートやサイードたちにはわからぬ、神の御業について思いを巡らせている時なのだろう。
同時に、カイが今向かっている先でしようとしている『何か』の難しさに思いを馳せる。こんな時彼の力になれないことがひどく口惜しかった。
気が急いているらしいカイに合わせて、町では水や食料を補給するのみであまり長居はしなかった。夜は砂漠で野営をすることが多く、ダルガートとサイードが交代で見張りをし、時には三人で身を寄せ合って暖をとった。
三人並んで星を見上げお茶を飲み、パンを分け合って齧るだけでもたいそう楽しかった。
サイードは眠るカイの頭を膝に乗せ、ダルガートは風で身体が冷えぬように二人に毛布を掛けてやった。
神殿を出てから四日目の夜、焚き火を見つめながらカイがぽつりと言った。
「この世界は、この先も永遠に存在できるわけじゃなくて、いつかは終わりが来る。しかもそれを決めるのは僕たちではなくて、まったく無関係な人たちなんだ」
ダルガートはサイードと共に黙って彼の話を聞く。
「でも、僕は何もかも相手の好きなようにさせたりはしない。最低限のツケは払ってもらわなきゃ。僕はその交渉をしにあの砂漠の塔へもう一度行くんだ」
揺らめく火がカイの黒い目に映って揺れていた。それきりカイは口を閉ざし、何か考え込んだままやがて眠りについた。その身体に毛布を掛け直し、ダルガートはサイードと視線を交わす。
相変わらず彼の話を理解することはできない。それでもダルガートは諦めたり突き放したりするつもりは毛頭なかった。
(我らにできることは、ただ彼を信じること。そしてどこまでもついて行き、常に彼の傍にいることだ)
サイードが同じ目をしてダルガートを見ている。共にその覚悟はできていると、確かに感じた。
「待たせてすまなかった」
そう言うサイードに首を振って、カイが言った。
「こちらこそ、同行してくれてありがとうございます」
「いいや、カイを守るのは我らの務めでもあり、望みでもある。そうだろう、ダルガート」
その問いにダルガートも頷いた。
これから数日掛けて、神殿長の命という形で三人はエイレケとの国境付近へ行くことになっている。それを希望したのはカイだ。行先はあの因縁深き『砂の顎』と呼ばれる流砂帯だ。
地下水が豊富になった今、砂の沼はあの時より一層広く深くなっているかもしれない。そんな場所にカイだけを行かせる気はダルガートもサイードも毛頭なかった。
サイードは以前ダウレシュで彼が乗っていたのと同じ鹿毛の馬を連れ、弓と槍とを背負っていた。今の彼は不幸にも右腕を失っているが、馬を駆る腕前は以前よりさらに優れている。馬体を挟んだ両足だけで馬を操り、左手で軽々と槍を振り回し野生のガゼルやゲムズボーグを倒す姿を、ダルガートはダウレシュの草原ですでに見ていた。
南西の民特有の褐色の肌や前髪を後ろで結わえた黒髪、堂々たる上背や姿勢の良さは相変わらずの男振りだ。そんな彼がカイを見て目を細めて口元を綻ばせている。
ダルガートは運よく今世でも毎日のようにカイの姿を目にすることができるが、離れた場所で暮らしているサイードにとっては貴重な機会だ。
ダルガートは、神殿を出発し楽し気に言葉を交わす二人の邪魔をせぬように後ろからついて行きながら、万が一にもカイに害なす者がいないか目を光らせていた。
◇
あの『砂の顎』へもう一度行きたい、と言い出したのはカイだった。
サイードが初めて神殿を尋ねて来た時、夜の町をそぞろ歩きながら言われて、ダルガートもサイードも一瞬答えを躊躇った。
あの場所は以前カイが流砂に呑み込まれて姿を消し、サイードが右腕を失った場所だ。だがカイには何か、あそこでし残した事があるらしい。だからダルガートとサイードは互いに顔を見合わせてから「では共に行こう」と答えた。
示し合わせたわけではないが、二人ともカイがあそこで何をしようとしているのかは尋ねなかった。聞いても理解できると思えぬし、ダルガートにとっては理由などどうでもいいことだったからだ。
カイが行きたいのならダルガートも着いていく。それサイードとて同じことだった。
神殿長に話を通し、彼の命を受けたという形をとってダルガートとカイは神殿を出発した。その時、今はカイの同僚であるウルドの見送りを受けた。
かつての記憶があるわけでもないだろうに、彼はまるで親や兄のようにカイの体調や旅支度を心配して最後まであれこれと言葉を掛けていた。
◇
町を出てそれぞれ馬に乗り砂漠を駆けていく。今回はカイも自分で騎乗していた。
馬は元々たくさんの飲み水を必要とする生き物だ。だから砂の柔らかい乾いた砂漠を突っ切って行くのにはいささか不向きだ。だから今回は日程にも余裕をもってやや西寄りに迂回し、途中いくつかの町を通り抜けながら進むことになっている。
今回のように気持ちにも日数にも余裕のある、しかも三人だけの旅というのは久しぶりのことだ。思い起こせば前の世でイスタリアへ向かう前、アル・ハダールの帝都イスマーンからほど近いオアシスの聖堂へ行った時以来だろうか。
相変わらず日差しは強く夜との寒暖の差も厳しい旅だが、カイは出発の時に「ずっと楽しみにしていた」と言って笑っていた。
けれど砂漠に出てからカイは言葉数が減り、一人で何かひどく考え込むような顔をしていることが度々あった。その顔を見て、また懐かしい気持ちになる。
以前から彼は時折そんな顔をしていることがあった。恐らくそういう時は、彼がダルガートやサイードたちにはわからぬ、神の御業について思いを巡らせている時なのだろう。
同時に、カイが今向かっている先でしようとしている『何か』の難しさに思いを馳せる。こんな時彼の力になれないことがひどく口惜しかった。
気が急いているらしいカイに合わせて、町では水や食料を補給するのみであまり長居はしなかった。夜は砂漠で野営をすることが多く、ダルガートとサイードが交代で見張りをし、時には三人で身を寄せ合って暖をとった。
三人並んで星を見上げお茶を飲み、パンを分け合って齧るだけでもたいそう楽しかった。
サイードは眠るカイの頭を膝に乗せ、ダルガートは風で身体が冷えぬように二人に毛布を掛けてやった。
神殿を出てから四日目の夜、焚き火を見つめながらカイがぽつりと言った。
「この世界は、この先も永遠に存在できるわけじゃなくて、いつかは終わりが来る。しかもそれを決めるのは僕たちではなくて、まったく無関係な人たちなんだ」
ダルガートはサイードと共に黙って彼の話を聞く。
「でも、僕は何もかも相手の好きなようにさせたりはしない。最低限のツケは払ってもらわなきゃ。僕はその交渉をしにあの砂漠の塔へもう一度行くんだ」
揺らめく火がカイの黒い目に映って揺れていた。それきりカイは口を閉ざし、何か考え込んだままやがて眠りについた。その身体に毛布を掛け直し、ダルガートはサイードと視線を交わす。
相変わらず彼の話を理解することはできない。それでもダルガートは諦めたり突き放したりするつもりは毛頭なかった。
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サイードが同じ目をしてダルガートを見ている。共にその覚悟はできていると、確かに感じた。
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