月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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後日談やおまけなど

カイの過去と未来と緑の大地(1)

 僕が再び『砂漠の塔』へたどり着いた時、サイードさんもダルガートも何も言わなかったけど本当はとても心配してくれていたと思う。
 二人とも大人なだけあって言葉や表情では表に出さないけれど、でも目を見ればなんとなくわかる。それくらい一緒に過ごした時間をたくさん積み重ねてこれたのだと思えて嬉しい。

 《砂のあぎと》と呼ばれる場所に立って、目を閉じて手を伸ばし、頭を空っぽにして僕は頭の中に思い描いた。この世界が変わる前、高い高い塔の上から見たどこまでも続く砂の海。そしてこの世界をコントロールする巨大な球体を。
 すると思った通り、目を開くと再びあの塔の中にいた。僕の前には例の水晶のようなスフィアがある。僕はその前まで歩いて行き、両手を広げてべったりと張り付くように全身を預けた。
 もう一度目を閉じて中にある四つの輪を動かす。三次元座標はこの場所にセットして、最後の一つは時間を指定する。

『やあ、また来たね』

 脳に直接響くように聞こえて来た声は、あの時と同じ若い男のものだった。

「ちゃんと僕のメッセージ、届いてた?」
『ああ、君がつい数日前に中央神殿の《儀式の間》のスフィアから、だいたいこのくらいの日にここに来るって送ってくれたの、ちゃんと読んだよ。だから昨日からちょいちょいここにアクセスしてたんだ』

 そして彼が笑う気配がする。
 
『それにしても完全に《力》を使いこなしてるね。いや、力っていうかシステムを、かな』

 数日前、僕はダーヒルの神殿を出発する前にあの儀式の間にあった球体を操作した。
 この塔の球体がメインサーバーで各地の神殿や聖堂にある球体へと指令を送り自然やそこに住む人たちの意識をコントロールしているのなら、逆に各地の端末の方からこの塔のメインシステムにメッセージを送るくらいのことならできるはずだと思ったからだ。
 だから僕は向こうを出発する前の日に、神殿の球体の座標をこの塔にセットして、だいたいの到着予想日をここに送っておいた。それがちゃんと届いていたということだ。

『それで、急にどうしたんだい? あの時の様子じゃもう二度と僕の声なんて聞きたくない、って感じに見えたけど』
「そうだね。でも話があるんだ。多分これが最後になると思うけど」
『なるほどね。まあ大体予想はつくよ』

 やっぱり笑ってるような声に、僕は一つ息を吸い込んでから答える。

「取引しよう。僕の要求はわかってるはずだ」
『この先、少なくとも君たちが生きている間はこのワールドを消去しない。その確約が欲しいんだろう?』
「そうだ。あとこれ以上この世界に住む人たちの意識をコントロールするような真似はしないで欲しい」
『いや、言ったよね? 僕はわちゃわちゃ動いてる君たちを見てるのが楽しいんであって、特定のキャラクターの思考を操作したりはしてないよ?』
「でも、イスタリアの人たちがカスピ海より西には行かないようにしたり、アル・ハダールの人たちが一体どこから異民族が攻めて来てるのか考えもしないように操作してるだろ」
『そりゃ、このエリア外はうちの研究室の持ち物じゃないからね。下手にそっちに行こうとされても困るんだよ。まあ相互干渉できないように完全に区切ってるから物理的に移動は無理なんだけど』

 それを聞いて僕は仕方なく頷いた。

「じゃあそれはそのままでいい。でもそれ以外の手出しは絶対に無用だ。いいな」
『はいはい。で、それを要求するための取引材料が――この間までのアレってわけ?』
「ああ、そうだ」
『まったく、そっちからアクセス権遮断するとか、よくそんなことできたね』

 呆れたように言う男の答えを、僕は無言で待った。

 この作られた世界ミクロコスモスの中で僕が彼に対して持つアドバンテージは皆無に近い。でも一個だけ、思いついた策があった。
 この男が僕のこの世界に放り込んだのは、自分がこの世界で実際に生きているかのように楽しむためのアバターとして使うためだった。じゃあそのアバターが見たり聞いたりしていることを突然モニタリングできなくなったらどう思うだろう。

 前回、この砂漠の塔から追い出されてダーヒルの中央神殿で目を覚ました時、僕は考えた。
 僕が彼にとってこの世界を楽しむためのカメラやマイクの役目を持つのなら、こっちがそのスイッチを切ってしまったらどうなるのか。
 もちろん理論的には説明できないけれど、僕はできると思った。だから僕はこっそりあの神殿の球体を中継器にして、自分が体験したり体感していることをデータとしてこの塔にあるメインサーバーに送る回線を切ってみた。
 どうやら今の彼の言葉からすると幸い成功していたようだ。ならばこれは取引のための材料になるはず。
 僕はふたたび彼に向かって言った。

「あんたは僕を通してこの世界を体験したいんだろ? なのに何も見えない、何も聞こえないじゃつまんないよね。そっちが約束を守ってくれるなら、僕ももう二度とこっちから遮断したりしない。好きなだけ覗き見すればいいよ」
『いや、その言い方……まるで僕が変態みたいじゃないか……』

 いや、充分変態だろ、と思った言葉は呑み込む。
 正直、これは賭けだ。なぜなら彼にとって僕はただの駒だ。自分の意図したとおりに動かない部品は新品に交換してしまえばいい。つまり僕を消して新しいアバターをどこか別のエリアから連れてこれば簡単に解決してしまうのだ。
 内心、冷や汗をかく思いで彼の答えを待つ。すると小さく笑った気配がして、再び彼の声が響いた。

『あのさ、これでも君のことはかなり気に入ってるんだ。正直最初に思ってたような主人公無双なカタルシスみたいなのは全然味わえてないけど、いまいち要領悪いところとかそれでもあきらめずに試行錯誤してる感じとかは悪くない』

 複雑な気分だけれど、実際当たっていることなので「……そりゃどうも」と答える。すると男はやっぱりあっけらかんとした口調で言った。

『だからいいよ。そっちの案に乗ってあげる』
「……ありがとう」
『だからもう一つの方はやめておかない?』

 突然そう言われて息を呑んだ。

『君さ、もうチート能力使うのやめようって思ってるよね』
「な、なんで……」

 なんでそれをこいつが知っているのか。ひゅっと胃が持ち上がるような不快感を感じる。

『せっかくの俺Tueeeeなのに、どうしちゃったの』

 からかうような口調で男が言った。

『君だって、確か思ってたはずだよね? 漫画の主人公みたいな、何か特別な力があったらいいのに、って』
「そ、それは……っ」
『今まで見れなかった君の行動遡ってみたけど、何、君、今下級神官なんてやってるの? そんなのつまんなくない? もっとすごい地位とかついてエイレケ乗っ取るぐらいやってみたらいいのに。ほら、あの二人目の男の故郷なんだろ? あのキャラ使って劇的な王位簒奪ストーリーとか楽しそうじゃん。それか神殿長の跡をついで君がトップになるとかさ』
「は?」
『例えばこんな感じに』

 と男が言った途端、急に身体が宙に投げ出されたような浮遊感に襲われて悲鳴を呑み込んだ。自分が目を閉じているのか開いているのかわからない。光一つない暗闇が渦を巻いて自分の中になだれ込んでくる。そのあまりにも強烈な感覚に思わず声を上げて飛び起きた時、

「神子様!」

 急に聞こえて来た声に僕は目を見開いた。
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