149 / 161
後日談やおまけなど
カイの過去と未来と緑の大地(完)
◇ ◇ ◇
「しっかし、ほんと広いなぁ……」
空も広いが地面も広い。日本で普通に高校生をやっていた頃は、こんな地平線を実際に見ることがあるなんて思いもしなかったことだ。
「カイ!」
後ろから声が飛んできて、僕は手綱を持ったまま振り返る。そして大きく手を振った。
「サイードさん! こっちの方にはやっぱりいないみたいです!」
「そうか。一体どこへ行ったんだ」
馬に乗ってやってきたサイードさんが困ったように眉を顰めてごちる。すると反対の東の方から別の馬に乗って誰かがやってくるのが見えた。
「あ、あれじゃないですか?」
僕より断然視力のいいサイードさんがそっちを見て頷く。
「ああ、やっぱりいるな」
「そうですか。良かった」
やがて僕たちの目の前で止まった大きな黒い馬に乗っているのはもちろんダルガートだ。そしてその前にちょこんと座った男の子が一人、ふくれっつらでそっぽを向いている。
サイードさんがその子に向かって言った。
「黙っていなくなったら駄目だろう。皆が心配する」
けれど黙ったまま目を合わせようともしない男の子の代わりに、ダルガートが言った。
「どうやらはぐれた仔を探しに一人で幕家を出たようですな」
「そうか。で、見つかったのか」
サイードさんが尋ねると、男の子はふくれた顔のまま上着の懐を開いて見せる。そこには小さな仔羊がのんきそうな顔を覗かせて男の子の服をしゃぶっていた。それを見てサイードさんが彼に言う。
「そろそろ春の嵐がやってくる季節だ。もしも今日中に見つからなければこの仔はもう二度と連れ帰ることができなかったかもしれない。よくやった、アルタワ」
褒められたのが思いがけなかったのか、彼の丸い頬が真っ赤に染まる。そして俯いたまま小さな声で「……だまっていなくなって、ごめんなさい」と呟いた。
「次から気を付ければいい。では戻ろうか。お前の母も姉もひどく心配している」
「僕、ダルガートたちと一緒に戻るので、サイードさん先に行ってシャディーヤさんにアルタワが見つかったって教えてあげて下さい」
「ああ、わかった」
サイードさんは頷くと、片手で手綱を引いて馬首を変え、あっという間に走り去っていく。その後姿をアルタワがじっと見送っていた。
「ほんと、サイードさんが走らせる馬は速いよね」
こくり、とアルタワが頷く。
「きっとアルタワもすぐ大きくなって、あんな風に馬と一緒にイシュカル中を走れるようになるよ」
「……うん!」
キラキラと目を輝かせてまっすぐに前を見るアルタワは、いずれこのイシュカルを纏める長になる。そのためにサイードさんはたくさんの馬や羊たちを育てていく方法と、この地に生きる人たちを率いていく覚悟とを教えようとしている。この子がもう少し大きくなったらダルガートが敵と戦う方法を教えてくれるだろう。
僕がこの子とイシュカルのためにできることはなんだろうか。この頃よくそのことを考える。
「カイさん」
突然名前を呼ばれてアルタワの方を見る。すると彼はちょっと照れたように唇を尖らせて「……うちに帰ったらチーズの入ったクマージュが食べたいです」と言った。
「ああ、そうだね。たくさん作って今度お母さんのところにも持って行ってあげようね」
「あと、手紙の続きも書きたいです」
「じゃあ一緒に文字の練習もしよう」
「はい」
ダルガートが後ろからアルタワと仔羊が落ちないように抱いて僕を見る。それに頷いて、僕は乗っている馬の脇腹を軽く蹴った。
広い広い草原を走りながら、僕はいまだに信じられないようなこの景色に目を細める。
恵み豊かな大地とどこまでも続く蒼天の美しさも、風に流れ形を変える白い雲の楽しさも、突然現れるオアシスの湧き水の清らかさも、そしてそこに住む人々とたくさんの生き物たちすべてが目に眩しい。これこそがこの《物語》の中で僕が手に入れた奇跡なのだと思う。
いずれすべてがこのフィールドから消される運命であっても、それまで僕は絶対に物事を投げ出したり努力することを止めたりしない。
この大地にちゃんと足をつけて、たとえ小さな一歩でも自分の力で歩いて行く。
それが、いつか来る最期の瞬間に僕自身が誇りに思える生き方なんだと思うから。
おわり
---------------------------------
この連載を始めた時に書きたかった内容はこれで全部になります。
削除前にここまでアップできてホッとしました。
またそのうち草原で楽しく暮らす三人&おちびさんやウルドの話など書けたらいいなと思います。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
(書籍刊行後、ご購入者様限定でおまけSSが読めるタグ企画をTwitterでやる予定なので、もし良かったらそっちも覗いてみてください)
※すみません、これの前の話が投稿されておりませんでした💦
今朝6:30頃に前の話をupしました~!
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました
ぽんちゃん
BL
双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。
そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。
この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。
だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。
そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。
両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。
しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。
幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。
そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。
アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。
初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?
同性婚が可能な世界です。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。