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web版【第一部】おまけ&後日談
閑話 騎士・ヤハルの決意
※カルブの儀式が終わり、カイとサイードとダルガートが山から下りてきた時のヤハル視点のお話です。
※ここから先、書籍版とは一部設定が異なる部分があります。
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太陽が西の地平線に沈む頃になっても神子たちは戻ってこなかった。ヤハルはアジャール山へと続く神殿の石橋のたもとで気を揉みながら険しい山道を見上げる。
ヤハルはサイードが率いる第三騎兵団の若い騎士だ。
カルブの儀式のためにアジャール山を登る神子たちの一行に加わるようサイードに指示された時は、心底光栄に思い喜んだ。
(なのに神子殿を置いて先に下山することになってしまうとは……)
昨夜、山頂で神子の代わりに囮になろうと敵に向かい一人は倒したが、後から来た二人の騎士に腕を斬られたところで同じく同行していた近衛部隊のダルガートに助けられた。
そしてそのまま彼と神子とサイードとを残して神殿に戻ってきた。
任務の途中で戻らねばならなかったのは、今でもひどく悔しい。
だが、先に戻っていた三人の騎士たちとともに、エイレケと思しき敵が神子を奪おうと武器を持って追ってきたことを皇帝カハルに報告しなければならなかった。
選定の儀式で神子に選ばれず、この神殿に留まることを許されなかったエイレケの者たちは、神殿を取り巻く街から出た砂漠に陣を張り、神子が無事カルブの儀式を終えることが出来るのかどうか目を光らせていた。
選定に外れたもう一つの国イスタリアは代々女王が治める国で、今回も次期王位継承者である第一王女が大勢の騎士を引き連れてやってきている。彼らは比較的大人しく事態を静観しているらしい。
だがエイレケは違った。
神子を力ずくで攫うか、もしもカルブの儀式に手落ちがあればすぐに難癖をつけて再び別の神子を召喚させ、今度こそ自国を選ばせようという魂胆を隠しもしないエイレケを、皇帝は元から警戒していたらしい。
神殿に戻ったヤハルたちの知らせを受けると皇帝はすぐに子飼いの騎士たちを率いてエイレケの陣を急襲し、このダーヒル神殿領から彼らの王もろとも全員追い払ってしまった。
ヤハルはその時のことを思い出して深々と息を吐く。
皇帝カハルは、エイレケの王を守る騎士たちに自ら剣を突き付けて言った。
『我らが神子殿に傷一つ付けてみよ。その首跳ね飛ばして百日百晩城外に晒し、エイレケの王の愚者蒙昧ぶりをイシュマール全土に知らしめてやろう!』
若い頃は奴隷騎士として二人の義弟らとともに各地で暴れまわったというカハル皇帝ならではの恫喝だ。
今頃エイレケの者たちは、昨夜からずっとエルミラン山脈に降りしきる雨を見ながら悔し涙に暮れていることだろう。アル・ハダールの神子はカルブの儀式を見事成し遂げたのだ。
(……それにしても、神子殿はご無事であろうか)
ヤハルは夜になってすでに真っ黒な影となっている山を見上げて唇を噛み締める。
昨夜、あれだけ吹雪いていた山頂には夜明け前から丸一日、穏やかな雨が降り注いでいた。なのに空は明るく、まさしく神子が呼び寄せた特別な雨なのだとわかった。
確かにカルブの儀式が成功するかどうかはイシュマール大陸の一大事だ。でもそれ以上にあの、小柄でまだどこか幼さの残る神子が無事でいるのかどうかが気になった。
(サイード様もダルガート殿もあのお方についておられる。万が一にもめったなことは起こらぬとは思うが……)
その時、アジャール山の麓から続く山道に人影のような者が見えてヤハルは身構えた。
もしもサイードたちに撃退されて戻ってきたエイレケの者たちなら、すぐさま捉えて相応の報いを受けさせてやらねば。
だが、それが神子を背負ったサイードと、三人分の荷物を担いだダルガートだと気づいて思わず声を上げた。
「サイード様! ダルガート殿!」
急いで駆けつけると、サイードに背負われていた神子が顔を上げて微かに笑う。
「ヤハル、無事で良かった……!」
「神子殿も、ご無事の帰還、何よりでございます」
三日に渡る強行軍の後だ。神子は当然、他の二人も疲れているだろう。
ヤハルはサイードを見て何か手助けを、と思ったが、非常事態でもないのに神子の身体を預かることはできない。
山での道中も、神子の世話は全て彼の守護者であるサイードだけがしていた。そして追っ手を防ぐためにサイードが後に残り、神子と自分とダルガートの三人だけになった時は、ダルガートが全てを請け負った。
サイードと別れた後、ヤハルは若手である自分が率先して神子のお世話に動かねば、と思っていたのだが、ダルガートがあの冷ややかで威圧的な黒い目で敵の動向だけでなく、ヤハルをも見張っていることに途中で気が付いた。
だからヤハルは決して神子の身体には触れぬよう、その後は気を付けて行動するようにした。
山から戻ってきた今も、やはりサイードもダルガートもヤハルに神子を任せるつもりはないらしい。神子も随分と疲れてはいるようだったが、安心してサイードの背にもたれているようだ。
「神子殿はもしやお怪我を……」
ヤハルが尋ねると、サイードが首を振った。
「少し疲れただけだ。日も落ちて足元が危ないので背負ってきた」
「そうでしたか」
ヤハルはホッとしてもう一度神子の様子を窺う。すると、少し乱れた黒髪がかかった顔がいつも以上に白く見えた。
(無理もない、このような徒歩での山登りなどまったく経験がおありではなかったのだろう)
「それでは私は一足先に戻って陛下にご報告して参ります」
「頼む」
ヤハルは礼をとると、踵を返して神殿へと戻った。
「ヤハル!」
皇帝の部屋へと向かう途中、三年上の騎士であるアキークに呼び止められる。
「どうした、そんなに急いで」
「神子殿がお戻りになられました」
「何、まことか!」
「今から陛下にご報告申し上げるところです」
時を惜しんだヤハルは歩きながら答えた。
「して、神子殿はご無事か」
「はい、随分とお疲れのようではありましたが……」
「そうか。どうも神子殿は随分と高貴なお生まれのようだし、とてもあのような山歩きに慣れておられるとは思えぬからな」
確かに、数日前に初めてヤハルたちの前に現れた神子は、自分たち砂漠の民とはまるで違う姿かたちをしていた。
まっすぐで癖のない黒髪、まるで日に当たったことがないような滑らかで白い肌。この国では産まれたばかりの赤子でももう少し濃い色をしている。
実際の歳は知らないが、今年二十三になるヤハルよりもずっと下だろう。
古い傷跡一つなく、細くて華奢な体格を見れば彼が一度として剣も槍も握ったことがなく、戦場とは無縁に生きてきた位高き一族の出であることがひと目でわかった。
「して、サイード様とダルガート殿は」
「もちろんご無事です」
するとアキークが声を潜めてヤハルに言った。
「神子殿らが山へ向かわれてからずっと、エイレケの陣から副騎士団長のマスダルのほか、数名の騎士の姿が見えないと報告があったが」
「ええ、襲ってきたのはその者たちでしょう」
「では……」
「恐らく、お二人で全て倒されたのだと。もし一人でも取り逃がしていれば、必ずや私に真っ先に言われたはず」
「なんと……」
アキークが感心したように頷いた。
「サイード様がお強いのは充分承知しているが、ダルガート殿もさすがだな」
「確かに」
ダルガートとは今回のアジャール山行きで初めて行動とともにしたが、確かにどんな時でも警戒を怠らず些細な危険も見逃さない目と、常に落ち着き払って小揺るぎもしない精神力、そして神子を背負ってあの急な山道を休む間もなく駆け登り、背後から飛んでくる矢を振り返りもせずに避ける姿も、まだ年若いヤハルには驚異的なものだった。
「なんにしても、神子殿がご無事で良かった。見事カルブの儀式もやり遂げられて」
アキークの言葉にヤハルも頷く。そして山での道中や先程神殿の外で見た三人の姿を思い出した。
「サイード様もダルガート殿も、神子殿には特別に心を砕いておられます」
「そうか」
ヤハルは左右を見渡し他に人がいないのを確認すると、アキークに近寄って小声で言った。
「…………アキーク殿はサイード様が笑っておいでのところを見たことがありますか?」
「……っわ、わら……っ、えっ……!?」
「私は見ました」
「!!」
アキークが目を丸くしてヤハルを見る。
ヤハルの所属する第三騎兵団の団長であるサイードは皇帝カハルの覚えもめでたく、帝国随一の鉄槍の使い手としてヤハルたちが心から尊敬している相手だ。
だが、豪放磊落で戦いと同じくらい酒色も愛する第一・第二騎兵団の団長とは異なり、浮いた噂もなく謹厳実直を絵に描いたようなサイードは、皆に尊敬されてはいるが少しばかり近寄りがたさを感じてしまう人でもあった。
常にキリリとした顔で隙というものがまったくない彼が唯一笑みを浮かべるのは、同じ第三騎士団の者がよっぽどの大金星を挙げた時か、彼の唯一の道楽であり大層大事にしているという愛馬たちが元気な仔を産んだ時ぐらいなものだ、というのがもっぱらの評判なのだ。
ちなみにヤハルはまだその栄誉に浴したことは一度もない。
ヤハルはひそひそ声でアキークに言う。
「……サイード様は山での道中、よく神子殿に笑いかけておられました」
「……っ、ま、まことかそれは……!」
あまりにも衝撃的だったのか、妙に狼狽えた顔でアキークが問い詰めてくる。そりゃそうだ。ヤハルとて実際に自身の目で見たのでなければ、サイードが微笑んだところなど想像もつかなかっただろう。それくらい彼の笑みは破壊力満点だった。
「あのお顔を絵にでもできたら、きっと帝都のご婦人方の間で飛ぶように売れてひと儲けできるでしょうね」
「おい、待て」
「冗談ですよ、冗談」
おまけに、あの皇帝陛下以外の者には恐ろしく冷淡なダルガートまでもが昼夜を問わず神子を守護し、ヤハルのことをも無駄に神子に近づくことがないよう見張っていたと知ったらアキークもひっくり返るだろう。
(今代の神子殿はまだ幼げで弱弱しく見えるが、立派にカルブの儀式を成し遂げられた。そのお力をサイード様もダルガート殿も察しておられたからこそ、あのように大事にお守りしておられるのだろう)
(なればこそ、我らも神子殿を全力でお守りせねば……!)
途端にヤハルの騎士魂がメラメラと燃え始める。
(次こそは必ずや最後まで神子殿をお守り申し上げる……!!)
「ではアキーク殿! 御免!」
ヤハルはビシッと礼をとると急ぎ皇帝の部屋へと走り出した。
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