月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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後日談やおまけなど

閑話 サイードとダルガートが耳環を作らせる話<完>

《騎士サイードの満足》


「……あの、よろしいでしょうか」

 それまで黙って貴石商の後ろに控えていた娘が、恐る恐るといった様子で口を開いた。サイードは目線で発言を許す。すると娘が思い切ったように身を乗り出した。

「あまり大きな石ではなく、けれど込められた想いの大きさがひとめで分かるような耳環を、ということでございましたら、細工にこだわるというのはいかがでございましょうか」
「細工?」
「ええ、例えばこのように……」

 それまでの控え目な態度が嘘のように娘が突然ずい、と父親である貴石商を押しのけてテーブルに身を乗り出してくる。

「このように左右それぞれに一つ、あまり大きくはなくとも最も輝きの強い石を用いて、それらの石の下に少し小粒の鑽玉などを並べて飾りとし、さらには地金の意匠に粋を凝らして……」

 女は懐から取り出した紙と筆で図まで描き始めた。父親が慌てたように「これ、控えよ」と娘を遮ろうとするが、娘は「ちょっとお父様は黙っていて下さいまし」と言ってあっさり跳ねのけた。

「先ほど将軍様は『もえいずる若葉のような』とおっしゃいましたわね。でしたら土台の部分をこのように葉を重ねたような形にして耳の端に沿うようにしたり、または小さな鑽玉を連ねて耳朶から下がるような意匠も素敵だと思いますわ」
「なるほど」

 娘の手からさらさらと生み出される絵に思わず感心して、サイードは頷いた。あるものは一見簡素な見た目でありながらも小さくて透明な鑽玉を並べて華やかさを出していたり、またあるものは花のような形をしていたり、と随所に工夫の凝らされた耳環の絵が紙の上に並んでいる。

 サイードはこれまで装飾の類を自らが身に着けたことも、人に贈ったこともない。誰かがつけている物に興味を持って見たこともない。だから物の良し悪しはさっぱりわからなかったが、それでも目の前に並ぶ凝った意匠が彼の耳を飾ったらきっととても愛らしく似合うことだろう、と思った。

「ダルガートはどう思う」

 隣で同じように娘が描く絵を見ていたダルガートに尋ねると、彼はその中の一葉を取って言った。

「……私はこれが良いように思われますな」

 それは三日月の形にごく小さな鑽玉を並べ、その端に大きめの鑽玉を一粒飾ったような形をしている耳環の絵だった。

「月の形か」

 サイードがそう言うと、ダルガートが深く被ったシュマグの下でほんのかすかに目を細めた。

「――――ごくたまに笑まれた時に、このような目をしておられる」
「……なるほど」

 ダルガートの言う通り、時折三日月のように目を細めて楽しそうに笑う愛しき人の様子が脳裏に浮かぶ。恐らくダルガートは、彼のそのような笑顔を一番好いているのだろう。
 すべてを疑い常に油断なくハリファのもっともお傍近くでお守りする近衛騎士という役目柄か、ダルガートは己の心の内を明かすことはめったにない。だから今聞いた彼の珍しい心情の発露をサイードは少し愉快に思った。そして愛する人に相応しい耳環を思案するという難事が少しばかり楽しくなる。 

「俺はこちらがいいと思うのだが、どうだろうか」

 サイードが選んだのは耳朶の部分に明るい緑の玉を飾り、その周囲を取り巻くように這う蔦の葉の部分に小さな石を入れた形をしていた。隣のダルガートを見ると彼も頷く。

「こういう物は左右同じ形でなくてもよいのだろうか」

 サイードが尋ねると、貴石商の娘は頷いて言った。

「そういったものはあまりお見掛けしませんが、かえってそれが目新しく気が利いているように思いますわ」
「そうか」
「もしも宴の席などにおいでになる場合は、この耳環の留め具の後ろに掛けてこのように小さな石をいくつか下げて、より華やかにすることもできまする」

 そう言って娘が描いた絵には、かつてエルミランの山頂で見た輝く雨のようにキラキラ輝く小粒の鑽玉が垂れ下がっていた。

「……雨の雫か」

 思わず呟いたサイードに、ダルガートがわずかに口角を上げた。

「ではそれも造ろう」

 満足してそう言うと、貴石商が嬉々として天鵞絨貼りの箱を引き寄せる。

「意匠が決まってようございました。それでは次に石を選びましょうか。ダルガート様はこちらの鑽玉で、サイード様は緑の石とのことでございましたが……」

 貴石商が言うのを聞きながら、サイードはずらりと並ぶ貴石の中の一つを手に取った。

「これがいい」

 あのエルミランで見た幻の緑ときらめく雨の雫を思い出した途端、心は決まっていた。太陽の光が当たった若葉のように明るい緑の石は、大きさはさほどでもないが最も光り輝いているように見える。

「橄欖玉でございますな。これは琴瑟相和す完全なる和合を意味すると伝えられておりまする」
「そうか」
「更にはこの石は遥か南方のエイレケの、断崖絶壁にある大変希少な鉱山から掘り出した中でも最も珍しい品で……」

 貴石商が滔々と来歴を述べるのを聞いてから、サイードはその石をダルガートが選んだ石の隣に置いて貴石商の方へと押しやった。するとサイードに代わってダルガートが口を開く。

「この石を使って耳環を作れ。意匠は先ほどそなたの娘御が描いた通りに」
「は、ははっ」

 サイードは立ち上がると、畏まって深々と頭を下げる貴石商とその娘に言った。

「叶う限りの手と技を用い、最も強い守りと出来得る限りの美しさを備えたものが欲しい。先ほども言ったが金に糸目は付けぬ。最善を尽くせ」
「畏まりまして……!」


     ◇   ◇   ◇


 政堂の一室を出て石造りの回廊を歩きながら、サイードはダルガートに言った。

「これで半分肩の荷が下りたな」

 カイがこのイスマーンにやって来て以来、すでに一年以上の月日が経っている。彼がこの帝都についてからずっとサイードとダルガートは彼に相応しい守りとなる耳環を作らせようと手を尽くしてきた。

 貴石商が言っていた通り、誰かに贈る耳環には特にその人への守りや繁栄、願いの成就などさまざまな祈りを込めるものだ。サイードもダルガートも、カイにはこの世でもっとも強い守りと彼の幸福をもたらす石を贈りたかった。
 帝都でも名高い貴石商を呼び寄せさまざまな石を見てきたが、どれ一つとしてカイに相応しいと思える輝きを持つ石はなかった。それがようやく意に適うものを見つけることができたのだ。

 この後、再び騎兵団の鍛錬の監督に戻るために回廊を折れようとしたサイードはふと脚を止める。そして同じくハリファの護衛の任につくために反対へ曲がろうとしていたダルガートに問いかけた。

「ダルガートは前々からあの石にすると決めていたと言っていたが、あれはどんな意味がある石なんだ?」

 するといつも冷ややかな眼差しを向けている彼がほんのごくわずかに目を細めて言った。

「あれは鑽玉といって、永遠の時を意味するものだと聞き及んでおりまする」
「ほう」
「世界の終りまで手放し難きお方に捧げるには相応しいものかと」
「なるほど」

 思わずサイードは腕を組み深く頷いた。

「俺は自分を相当欲深い者だと思っていたが、上には上がいたようだな」

 ついそんな冗談を口にすると、ダルガートが珍しくニヤリと笑って言い返してくる。

「そのお言葉、そっくりそのままお返し致す」
「ははっ、お互い良い勝負だな」

 果たして耳環ができあがった後、それを見てかの人は喜んでくれるだろうか。
 先ほど貴石商の娘の手で描かれた繊細な形の耳環が彼の小さな耳朶に飾られたところを想像して、サイードは満足の笑みを浮かべた。

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