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後日談やおまけなど
【書籍購入お礼SS再録】カイが召喚される前のサイードとダルガートのお話(完)
◇ ◇ ◇
「サイードさんは僕に会う前、どんな人が来ると思ってた?」
ある日カイがそんな風に聞いてきて、サイードは目を見開いた。
「カイに会う前?」
「そう、神子の召喚の儀式の前にサイードさんはどんな人が《慈雨の神子》としてやって来ると思ってたんですか?」
「……そうだな」
サイードはカイに果物の皮をナイフで剥いてやりながら考える。
儀式の前には、サイードはひたすら「自分はこの世界にやって来る神子に何をしてやれるだろうか」ということばかり考えていたような気がする。
かつて自分が選んだ国の王に虐げられ自ら死を選んだ神子もいたらしい、とダルガートから聞いてからは、ただ神子が安全にこの世界で楽しく生きていけるようにと願っていた。
するとサイードの沈黙をどうとらえたのか、カイが少しばかり消沈した様子で呟いた。
「……やっぱり、もっとちゃんとした大人で、神子の力だってきちんと使いこなせるしっかりした人を想像してましたよね。なんてったって神様からの御使いみたいな存在だし」
「いや、そういったことはあまり考えていなかったな」
「え?」
不思議そうに顔を上げたカイを見下ろしてサイードは頷く。
「年齢も、男か女かもわからないと聞いていたからな。ならばどんな人物が現れてもおかしくはない。それよりも神子はどんな話を好むのだろうか、どうやって自分に相応しい騎士を選ぶことができるのだろうかと、そんなことが気になっていたな」
「はあ……」
よくわからない、といった表情のカイに、サイードは剥いた果実を差し出す。それはカイがことのほか気に入っている、さわやかな甘みと酸味のある果実だった。
「ありがとうございます」
そう言って旨そうに果物を食べるカイを見つめながら、ふとダルガートはなぜあの時自分にあんな話をしてくれたのだろうか、と思った。
ジャハール王が調べさせたという神子に関することもそうだが、彼がジャハール王の庶子であったことはそれまで誰にも秘密にしていたはずだ。ただでさえダルガートのことを「二君に仕える裏切り者」と言って疑いの目で見る者もいるというのに、そんなことが知れればさらにいらぬ疑惑を呼ぶことになりかねない。
カイがイシュマールにやってきてどれくらい経っただろうか。
選定の儀式にエイレケのマスダルの卑劣な行為、アジャール山での襲撃やカルブの儀式、そしてアダンとの一件。実に多くの困難や騒動を経てサイードはカイと心結ばれ、またダルガートという無二の友を得た。
カイがやってきてからの出来事はすべて、サイードにとってはまさに天が与えたもうた素晴らしい奇跡であり恩寵であった。
だがその反面、カイは愛する家族や友から離され、孤独や大きすぎる力を持つことの悩みを負わされることになってしまった。そのことを考えるたびにサイードはカイに深い恩義を感じ、誰よりも幸せにしてやりたいと思う。
「カイ」
サイードはナイフを置き、自分より一回りも二回りも小さなカイの肩を抱き寄せた。
「サ、サイードさん?」
サイードの突然の行動に慌てたようにカイが名を呼ぶ。その頭のてっぺんにそっと口づけてサイードは言った。
「カイ。俺はこの先命尽きるまでカイを守り、慈しむと誓う。俺の心も命もすべてカイのものだと覚えておいて欲しい」
すると初めは戸惑っているようだったカイが、サイードの服をきゅっと握って胸に頬を擦り付けた。
「僕もサイードさんが大好きです。僕の心も、サイードさんとダルガートのものですよ」
そう言って気恥ずかしそうに微笑んだカイに、サイードも笑みを浮かべる。その時衝立の向こうから控え目なウルドの声が聞こえて来た。
「神子様、サイード様。ダルガート様がいらっしゃましてございます」
そして衝立の脇から姿を現したダルガートが、互いの身体に腕を回したサイードとカイを見て眉を上げた。
「これは、お邪魔でしたかな」
「な、何言ってんだよ、もう!」
たちまちカイが頬を赤くして声を上げる。するとダルガートがやって来て、サイードとカイの前に膝をついた。
「ただいま、戻りましてございます」
「お疲れ様、ダルガート」
「此度のハリファの行く先はカンダカンだったか。ご苦労だったな」
「まったくですな」
珍しくそんな返事を返すダルガートにカイが目を丸くする。
「そ、そんなにしんどかったの? 今回の陛下の視察」
「…………実に得難き経験ではありましたな」
本当に珍しくそんなぼやきのような言葉を漏らすダルガートに、サイードもカイも思わず笑ってしまった。
「ダルガートが言うほどであれば、何か相当のことがあったのだろうな」
「何があったの? 教えてよ。あ、でももし秘密の任務とかだったら……」
と躊躇うカイにダルガートは「話せば一晩では到底足りませぬ」と言いながら、懐から布にくるんだ包みを取り出す。
「あ、お土産?」
「左様」
「なんだろう? ありがとう、ダルガート」
少しはしゃいだ様子で布を開いたカイが、思いっきり眉を顰めて呟いた。
「これ……イシャーラ、だよね」
それは昔サイードがカイに贈ったことがある、木片の欠片を組み合わせて遊ぶ玩具の一種と同じものだった。ただしこちらの方が遥かに難易度が高い。
「え、でもこれ、めちゃくちゃ数が多くない?」
「商人が、今まで見た中では最も欠片が細かく難しいはずだ、と胸を張っておりましたな」
「いやいや、そんな限界に挑戦しなくていいから」
カイが膝に広げた布の上で山を成しているイシャーラの欠片を見て、サイードはさらに笑みを深める。するとカイが口を尖らせた。
「サイードさんも面白がってる場合じゃないですよ! もちろん手伝ってもらいますからね?」
「いや、俺はあまりこういうのは向いていないからな」
「いやこれはダルガートからの挑戦状でしょ! やれるもんならやってみろ、的な」
その時、衝立の傍から押し殺したような声が聞こえてきて顔を上げる。するとカイの近従であるウルドといつの間にか来ていたらしいサイードの部下のヤハルがやや青ざめた顔で笑っていた。
「ヤハル、ハリファがお呼びか?」
「は、そのように仰せつかりお迎えに上がりましたが…………それは…………」
ヤハルが引き攣った顔でイシャーラの欠片の山を見て言い、隣でウルドが「ああ…………前よりもっとすごいですね…………」と呟く。
「これはダルガートが持って来たものだ。ならばダルガートに手伝ってもらえばいい」
サイードがそう言うと、カイはハッとした顔で背筋を伸ばした。
「ああ、そうだよね。そうですよね。その通りだ」
途端にニヤニヤとした顔でダルガートを見るカイの背を撫でてサイードは立ち上がる。そしてダルガートに目で合図をしてヤハルを連れ、その場を後にした。
ダルガートの様子からして恐らくハリファからわずかなりとも暇を貰ったのだろう。ならばたまにはカイと二人水入らずの時間を作ってやりたい。
(だが本音を言えば、三人であの恐ろしく細かいイシャーラの欠片を合わせながら何かどうでもよいことを話したりして時を過ごしたいものだ)
サイードは、カイと出会う前には考えもしなかったこの幸福を、心の底からありがたいことだと思った。
おわり
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明日からは当時お手紙をくださった方へ差し上げたお礼SSをアップしていきます。
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