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虎の店長さん、困惑する。
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いつもより早く店に出てきて帳簿をチェックしていた呉凱は、もう会うこともないと思っていたニンゲンが事務所に飛び込んで来たのを見て唸り声をあげた。
「……何しに来た」
「あの……やっぱりここで働きたいんです! お願いします!」
そう言って呉凱が座る事務机の前に詰め寄ったのは、昨日面接で不合格になったミナミだ。
「だからおめーには無理だっつっただろ」
「昨日は確かにサイテーでした! でも今日の俺は違います! 昨日一晩中地獄を見た男の覚悟は半端じゃないって証明させて下さい!」
「何? 地獄だ?」
言ってる意味はまったくわからないが、確かに今日のミナミの目は昨日とは雲泥の差があるように見えた。相変わらずずり落ち気味の眼鏡の向こうから妙に剣呑な光を湛えて呉凱を射貫く。昨日はなかったはずの目の下のクマが気にはなったが、一応呉凱はミナミに尋ねてみた。
「一晩中って、何があったんだよ一体」
「………………それはちょっと言い辛いんですが…………」
先ほどの覚悟とやらはどうしたのか、ミナミの目が不自然に泳ぐ。呉凱は咥えていた煙草をぐりぐりと灰皿に押し付けると、両腕を組んでミナミを見上げた。
「んなことで話が通じるか。オラ、最初っから全部有体に話せ」
「………………ど、どうしても…………?」
「どうしてもだ」
「うう………………」
急に肩を落としてミナミが呟く。
「そ、それが…………どうしてもイけなくて………………」
「は?」
「……ッ、だ、だから、あれから散々自分でシたけど、どうしてもイけないんです!」
真っ赤な顔でやけくそ気味に叫ばれて、思わず呉凱は「お、おう……」としか答えられなかった。
「お、おれ……っ、家で普通に寝ようと思っても、つい思い出しちゃって……っ、どうにも治まりつかないから自分でそ……その……っ、して、で寝ようと思っても、全然イけなくて……っ」
ぐい、と手の甲で顔を擦ってミナミが言う。
「バイブ使ってもダメで、こ、こわかったけど、でも自分でするんじゃない感じがすればイけるかと思ってスイッチ入れてみたけど、ど、どうしてもダメで……っ、で腹んなかずっとぐずぐずしてて、ほんとにつらくって……っ、こ、こんなの、こんなふうになるなんて、おれ、聞いてない……ッ!」
「わ、わかった! わかったから落ち着け!」
その時のことを思い出したのか、眼鏡ごしにミナミの目が赤くなって少し涙が滲んできたのが見えて呉凱は焦る。
こんないい年をした大の男がちょっと泣きそうになってるだけで、なぜ自分はこんなにも慌ててるのかはよくわからないが、とにかく呉凱は事務椅子から立ち上がるとミナミを抱えて向かいのソファーに座らせた。
「とにかく顔を拭け」
そう言って近くに転がっていたボックスティッシュを渡すと、ミナミが目をこすりながら音を立てて鼻をかんだ。
「で、そりゃ災難だったとは思うが、それとうちで働くのとどう関係あるんだ」
「……俺、よくよく考えたんですけど」
ミナミがいささか乱暴な手つきで目をこすって答える。
「昨日、店長さんに……その……初めてナカ、触られて、そのせいで自分でイけなくなっちゃったんだと思うんです」
「は?」
「だって、自分でするのと人にされるのって、全然違うじゃないですか」
「まあ……そうだろうな……」
なんと答えていいかわからず適当に相槌を打つ。するとミナミがまだ赤みの残る目でキッと呉凱を見据えて言った。
「だから俺、覚悟決めたんです。ソープ嬢はあくまでお客さんを気持ちよくするために全身全霊賭けて奉仕する。それが出来たらご褒美に挿れて貰えるんだ、って肝に銘じました」
「いや、それはなんか違うんじゃねぇか?」
「とにかく、もう一度テストして欲しいんです! お願いします!」
「そうは言ってもなァ」
呉凱はがしがしと頭の後ろを掻いて、どさり、とソファーに深くもたれた。
正直、ミナミの頭がどれほどイカレていたとしても、この気合と迫力はなかなか悪くはない、とは思う。確かに本人の言う通り昨日と比べてどこか腹をくくった覚悟のようなものもが伝わって来る。
だがどうにもこうにも呉凱の本能というか、長年危ない橋を渡りながらも生き延びてきた危機感知能力とでもいうようなものが、このニンゲンのヤバさをビンビンにキャッチしているのである。その証拠にピン、と張ったままの虎髭を意識しながら呉凱は言った。
「いっこ聞くけどよ、おめー俺がやっぱ駄目だっつったらどうするんだ」
するとミナミがしょぼくれた顔で俯いて答えた。
「…………そうしたら……仕方ないので、どこか他の店を当たりま……」
「わかった。わかったからもういい!」
案の定なその答えに呉凱は苦り切った顔でストップを掛ける。
「あ~~~~~、クソッ」
呉凱は低く唸ると覚悟を決めた。
「わかった。もういっぺんだけテストしてやる。だがそこで駄目っつったら今度こそ諦めろ。よその店にも行くな。わかったな」
「は……はいっ。ありがとうございます!」
「まだ雇うと決まったわけじゃねぇんだ。礼なんか言うな」
「はい! でも嬉しいです! ありがとうございます!」
ちっともわかっていなさそうな顔をぱぁっ、と明るくさせてミナミが言うのに呉凱は舌打ちをしながら立ち上がる。
「じゃあ、今なら時間あるからちょっと待ってろ」
呉凱はそう言うと、帳簿の山に埋もれている旧式の黒電話を取り上げ、副店長の志偉に電話をする。
「おう、俺だ。お前もうこっち着くか? ……ああ、今から面接と研修入るから、しばらく頼む」
それだけ言って電話を切り、勢いをつけて立ち上がる。
「オラ、行くぞ」
「は、はい」
「その前に」
呉凱は後からついてこようとしたミナミにビシッ! と指を突き付けて言った。
「言っておくが、ボスはこの俺だ。生意気なことしたり指示に従わなかったら容赦しねぇからな。よく覚えとけ」
「は……はい。わかりました」
真面目な顔で頷くミナミをギロリ、と睨んで、呉凱は狭い通路をノシノシと歩いて行った。
「……何しに来た」
「あの……やっぱりここで働きたいんです! お願いします!」
そう言って呉凱が座る事務机の前に詰め寄ったのは、昨日面接で不合格になったミナミだ。
「だからおめーには無理だっつっただろ」
「昨日は確かにサイテーでした! でも今日の俺は違います! 昨日一晩中地獄を見た男の覚悟は半端じゃないって証明させて下さい!」
「何? 地獄だ?」
言ってる意味はまったくわからないが、確かに今日のミナミの目は昨日とは雲泥の差があるように見えた。相変わらずずり落ち気味の眼鏡の向こうから妙に剣呑な光を湛えて呉凱を射貫く。昨日はなかったはずの目の下のクマが気にはなったが、一応呉凱はミナミに尋ねてみた。
「一晩中って、何があったんだよ一体」
「………………それはちょっと言い辛いんですが…………」
先ほどの覚悟とやらはどうしたのか、ミナミの目が不自然に泳ぐ。呉凱は咥えていた煙草をぐりぐりと灰皿に押し付けると、両腕を組んでミナミを見上げた。
「んなことで話が通じるか。オラ、最初っから全部有体に話せ」
「………………ど、どうしても…………?」
「どうしてもだ」
「うう………………」
急に肩を落としてミナミが呟く。
「そ、それが…………どうしてもイけなくて………………」
「は?」
「……ッ、だ、だから、あれから散々自分でシたけど、どうしてもイけないんです!」
真っ赤な顔でやけくそ気味に叫ばれて、思わず呉凱は「お、おう……」としか答えられなかった。
「お、おれ……っ、家で普通に寝ようと思っても、つい思い出しちゃって……っ、どうにも治まりつかないから自分でそ……その……っ、して、で寝ようと思っても、全然イけなくて……っ」
ぐい、と手の甲で顔を擦ってミナミが言う。
「バイブ使ってもダメで、こ、こわかったけど、でも自分でするんじゃない感じがすればイけるかと思ってスイッチ入れてみたけど、ど、どうしてもダメで……っ、で腹んなかずっとぐずぐずしてて、ほんとにつらくって……っ、こ、こんなの、こんなふうになるなんて、おれ、聞いてない……ッ!」
「わ、わかった! わかったから落ち着け!」
その時のことを思い出したのか、眼鏡ごしにミナミの目が赤くなって少し涙が滲んできたのが見えて呉凱は焦る。
こんないい年をした大の男がちょっと泣きそうになってるだけで、なぜ自分はこんなにも慌ててるのかはよくわからないが、とにかく呉凱は事務椅子から立ち上がるとミナミを抱えて向かいのソファーに座らせた。
「とにかく顔を拭け」
そう言って近くに転がっていたボックスティッシュを渡すと、ミナミが目をこすりながら音を立てて鼻をかんだ。
「で、そりゃ災難だったとは思うが、それとうちで働くのとどう関係あるんだ」
「……俺、よくよく考えたんですけど」
ミナミがいささか乱暴な手つきで目をこすって答える。
「昨日、店長さんに……その……初めてナカ、触られて、そのせいで自分でイけなくなっちゃったんだと思うんです」
「は?」
「だって、自分でするのと人にされるのって、全然違うじゃないですか」
「まあ……そうだろうな……」
なんと答えていいかわからず適当に相槌を打つ。するとミナミがまだ赤みの残る目でキッと呉凱を見据えて言った。
「だから俺、覚悟決めたんです。ソープ嬢はあくまでお客さんを気持ちよくするために全身全霊賭けて奉仕する。それが出来たらご褒美に挿れて貰えるんだ、って肝に銘じました」
「いや、それはなんか違うんじゃねぇか?」
「とにかく、もう一度テストして欲しいんです! お願いします!」
「そうは言ってもなァ」
呉凱はがしがしと頭の後ろを掻いて、どさり、とソファーに深くもたれた。
正直、ミナミの頭がどれほどイカレていたとしても、この気合と迫力はなかなか悪くはない、とは思う。確かに本人の言う通り昨日と比べてどこか腹をくくった覚悟のようなものもが伝わって来る。
だがどうにもこうにも呉凱の本能というか、長年危ない橋を渡りながらも生き延びてきた危機感知能力とでもいうようなものが、このニンゲンのヤバさをビンビンにキャッチしているのである。その証拠にピン、と張ったままの虎髭を意識しながら呉凱は言った。
「いっこ聞くけどよ、おめー俺がやっぱ駄目だっつったらどうするんだ」
するとミナミがしょぼくれた顔で俯いて答えた。
「…………そうしたら……仕方ないので、どこか他の店を当たりま……」
「わかった。わかったからもういい!」
案の定なその答えに呉凱は苦り切った顔でストップを掛ける。
「あ~~~~~、クソッ」
呉凱は低く唸ると覚悟を決めた。
「わかった。もういっぺんだけテストしてやる。だがそこで駄目っつったら今度こそ諦めろ。よその店にも行くな。わかったな」
「は……はいっ。ありがとうございます!」
「まだ雇うと決まったわけじゃねぇんだ。礼なんか言うな」
「はい! でも嬉しいです! ありがとうございます!」
ちっともわかっていなさそうな顔をぱぁっ、と明るくさせてミナミが言うのに呉凱は舌打ちをしながら立ち上がる。
「じゃあ、今なら時間あるからちょっと待ってろ」
呉凱はそう言うと、帳簿の山に埋もれている旧式の黒電話を取り上げ、副店長の志偉に電話をする。
「おう、俺だ。お前もうこっち着くか? ……ああ、今から面接と研修入るから、しばらく頼む」
それだけ言って電話を切り、勢いをつけて立ち上がる。
「オラ、行くぞ」
「は、はい」
「その前に」
呉凱は後からついてこようとしたミナミにビシッ! と指を突き付けて言った。
「言っておくが、ボスはこの俺だ。生意気なことしたり指示に従わなかったら容赦しねぇからな。よく覚えとけ」
「は……はい。わかりました」
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