星架の望み《ステラデイズ》・星

零元天魔

文字の大きさ
6 / 34
竜殺し編・《焔喰らう竜》

第二話・「星道・世生侵蝕/残渣」

しおりを挟む
 すっかり緋色に染まった空をバックに俺達は帰路を歩んでいた。
 沈み往く日の光により染められた町並みは、まるで焔に焼かれ燃えているようで、不思議とあまり良い気分にはならなかった。
 夏を感じさせる蒸し暑さも、この時間帯になると流石に少しは涼しくなる。ただ依然として異常なほどの熱さは保たれており、近年の気象の異常さに愕然とする。
 地球温暖化の馬鹿野郎、と大声で叫び出したい気持ちになったが、流石にそこまでおかしい人間ではないので止めておいた。
 ただ隣の命里は何かを感じ取ったのか、若干引いた表情をしていた。
 お前、一体俺がどう見えてるんだよ……。
 彼女からの自己評価のおかしさに呆れることになった。
 と、そんなくだらない事がありながら二人で歩いていると、道別けるT字路に着いた。俺の帰路は右、命里の帰路は左、俺達はいつもここで別れている。
 命里は俺の前を横切りながら左側の道の前に立った。
 右側の道の前に立ったところで俺も足を止め、彼女の方へ振り返った。
 「じゃあね、叢真。また明日」
 「…………」
 雲の架かった緋色の空を背に、彼女ははにかむ笑顔で言った。
 一方――
 雲と星が輝く藍色の空を背に、俺は動きを止めて彼女を見た。
 「? どうしたの?」
 「いや、ちょっとな……」
 「?」
 命里はこちらの不可思議な態度に首を傾げた。
 数分――いや、数秒だろうか。妙に長く感じる沈黙が流れた後、俺はそっと口を開いた。
 「命里……お前今朝、俺に何か言おうとしてなかったか?」
 「え」
 俺が予想外のことを口にしたためか、彼女は本気で驚いた表情を見せる。
 プシュ、と急に頬を真っ赤に染め、なにやら恥ずかしそうに顔を隠そうとする。だが、指の隙間から頬を赤らめ、口をわなわなとさせながら戸惑っているのが見えた。
 ……わかりやす。
 素直にそう思ってしまった。
 「……――覚えてたんだ」
 「まあな」
 素面を装った彼女の言葉にそう答える。尚、素面を装ってはいるが、色付いた頬のせいで内心、相当慌てているのだろうと見て分かってしまう。
 まあ、元々わかりやすいやつではあるけど。
 より一層わかりやすくなった幼馴染に呆れた眼差しを向ける。
 「で、なんだったんだ?」
 「言わなきゃダメ?」
 「ダメ、ではないけど……お前は言いたくないのか?」
 「っ――」
 返した言葉を聞き、彼女は俯いてしまった。
 怒っている……わけではないと思う。いや、少し怒っているのかな? でも、それは俺へ向けられたものじゃない。他の誰かに向けられている。
 複雑な気持ちが取り巻いているのか、彼女は何かを発しようとする度、口を紡いでしまっている。
 俺はそんな彼女の気持ちを理解することができな――
 …………、昔から……変わらないな。
 ほんのり笑みが零れる。
 「……ねえ、叢真」
 「ん?」
 俯いたまま彼女は俺に問い掛ける。
 「――聞きたい?」
 上目遣いでそう問いかける命里の表情は、なんだかとても不安そうだった。
 そんな彼女を見て、ため息が漏らしながら答える。
 「そうだな……聞きたい」
 「っ――、……わかった、じゃあ――」
 頬を赤らめた少女が覚悟を決めたように思いを形にしようとした。
 その時――

 「でも――止めておく」

 「――え」
 目を見開いて驚く命里。彼女の顔には、どうして?という戸惑いと疑問が張り付いていた。
 「このまま聞いてもお前が後悔しそうだ」
 「……なんで?」
 「今のはお前の選択じゃなくて俺の選択だ。その選択でお前が望む答えが待っていなかった時、きっと深く後悔すると思う、だってそれはお前じゃなくて俺が選択したからな」
 「…………」
 「相手に選択を任せるくらいなら言うな。別にお前が選択したからって未来は変わらないかもしれないけど、それでも胸を張って受け入れられる筈だ……ならきっと、その方がいい」
 彼女はその言葉を聞いて押し黙ってしまった。様々な感情が渦巻いているのだろう、俺にできることはただ返答を待つことだけだった。
 しばらくした後、彼女は何か決めたように前を向いて言った。
 「叢真――やっぱり今日は止めておくね」
 「……そうか」
 満面の笑みでそう言う彼女を見て、微笑でそう返した。
 「うん、あなたに言われた通り、今あなたに委ねた選択肢で形にしたら後悔すると思う。だから今日のところは止めておく……先延ばしはよくないけど、こんな形はもっとよくないと思うから」
 ほんの少し残念そうだったが、その表情に後悔は含まれていなかった。
 すると突然、命里がクルッと半回転して後ろを向いた。そして、顔だけこちらへ向ける。
 「じゃあね、叢真」
 彼女は笑顔でそう言った。
 緋色の空をバックに向けられた眩しいほどの笑顔――
 クッ、と顔を正面に戻す彼女はそのまま前に進んで行った。命里が進む道の空は、あかく染まった美しい空に所々雲が架かっていた。
 立ち尽くす俺は彼女の背をただ眺めていた。
 「…………ああ、じゃあな――命里」
 過ぎ去る彼女の背にそう言葉を送り、後ろに振り返った。
 目の前に広がる空は、深い藍色に染まっており星々が雲間に輝いて見えた。微風が優しく頬を撫でるのを感じながら、俺は――歩み始めた。


 あの後、俺は一度も振り返ることなく帰路を辿った。
 家に着く頃にはすっかり空は暗く、ほんのり温かい夜風の吹く時間になっていた。
 「ただいま」
 ガチャリ、と扉を開くと灯りのついていない暗い部屋に向ってそう言った。
 返ってくるのは静寂。どうやら春姉は帰って来ていないようだ、もし帰ってきているならもっと慌ただしい迎えがあっただろう。
 ……珍しいな。
 少し驚く。いつもならこれくらいの時間には帰ってきているはずだが、今日は珍しくいない。まあ、いつものように夕飯を急かされ、慌ただしいよりは全然いいが、少し寂しいと思ってしまった。
 リビングへ向かい部屋の電気を付けた後、自室に荷物を置いて制服を着替え、すぐさま夕飯の支度を始める。
 手際よく夕食の準備を済ませ、二人前の料理を完成させる。春姉はまだ帰ってきそうになかったから、俺は自分の分の夕食を先に食べることにした。
 「ズズーッ……うん、悪くない」
 作った味噌汁を啜り、その味に舌鼓を打つ。
 自分でいうのもなんだが、俺はそこそこ料理ができる方の人間だ。それはうちの兄がかなり凄腕の料理人で、そんな兄から料理を教わったからである。
 兄さんの料理の腕は本場の料理人の腕を凌ぐほどで、小さい頃はよく母さんの代わりに夕食を作っていて困らせていた。私よりおいしいってどういうこと!?とか言っていた記憶がある。
 そんな兄さんほどじゃないが、普通以上には料理が得意だと自負している。
 「ごちそうさま」
 手を合わせ、すぐに食器の片付けを始めた。
 さっと後片付けを済ませた俺は自室に戻り、明日提出する課題を一時間ほどかけて終わらせる。
 ……春姉、遅いな。
 俺が帰宅してからもう三時間は経過した。現在時刻八時半、別にそこまで遅い時間ではないが、いつものあの人ならありえない時間だ。心配し過ぎな気もするが、さっきから連絡しても返事が来ない。
 「トラブルでもあったのか?」
 そんなことを思いながら、沸かした湯船にゆっくり浸かることにした。
 今日は疲れたので、三十分ほど時間をかけて風呂に入る。張っている筋肉を指でほぐしながら、疲れた体をリラックスさせていった。
 風呂から出る頃には芯までしっかり温まっていた。風呂から出て寝間着に着替えた俺は、すぐさま自室のベットにダイブした。
 「はぁ~……、疲れた」
 ポカポカと心地よい温かさを感じながら、クーラーの効いた涼しい部屋を堪能する。
 「――痛っ」
 体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走った。
 グルッと体を仰向けにする。照明の光が目に入り、目を細めながら目元を右腕で覆った。
 「久しぶりだったし、仕方ないか」
 この酷い筋肉痛は、風船を取った時に使った能力カウンタの影響だ。
 あれは確かに使用すれば超人的な身体能力を得ることができるが、あくまでのようなもの。この肉体疲労を伴った一時的な強化に過ぎない。
 便利な力ではあるが、使用回数が増えれば増えるほど疲労も大きくなる。最悪、数日間まともに体を動かせなくなることもある。俺はそれで無遅刻無欠席の皆勤を失った前科があるので、それ以来、多用はしないように心掛けるようにした。
 それに〝古い約束〟もある。
 本当にこの力が必要だと思ったとき以外、極力使わないようにしている……まあ、そんな殊勝な心がけより、単に肉体疲労が辛いから使わないっていうのが大きいんだけど。
 「ふぅ――」
 深く息を吐く。疲労も相まってか、何だかとても眠たい。瞳を閉じてしまえば、今すぐにでも眠ってしまえる自信があるくらいに、今はとても眠い。
 手を照明のリモコンに伸ばし、ポチと押して消灯させる。
 部屋が暗くなったところで眠気がピークに達する。体から力が抜けてウトウトと微睡む、意識は途切れ途切れになり、瞳を閉じたところでそのまま深い眠りの海に落ちて往った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...