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竜殺し編・《焔喰らう竜》
第二話・「星道・世生侵蝕/残渣(2)」
しおりを挟むふと――目が覚める。
微睡みの中、ゆっくりと自己が形成される。
ぼやぼやとした〝感覚〟――
チグハグな〝思考〟――
無造作に模られた〝意識〟――
起きているのか、眠っているのか、どちらか判別のつかない曖昧な状態に陥っている。
意識が微かにでもあるという意味ならば、
起きていると言えるかもしれない。
外界を認識していないという意味ならば、
眠っているとも言えるだろう――
難しく考えるのは止めにして簡潔に述べよう。
俺は今、ものすごくボーっとしている状態だ。意識はあるのに外界への反応が鈍い状態……植物みたい、とそう思った。
微睡む意識と重く鈍い身体。まるで夢の中にいる気分だ、動かせる筈の体が妙に重く感じて、意識はまるで退屈な映画を見ているような億劫さ。
そんな状態がしばらく続いた後、段々と意識の領域が広がり、内界を認識し始める。
視界が確立される――先程まで闇の中にいた筈だが、ぼやけていながらも、目の前に光と形を認識することができた。
っ――!
明瞭になっていく視界映像――映ったモノに驚いた。
きょ……巨大樹!?
目の前には、見知らぬ巨大な樹木のような何かが壮大に佇んでいる。あまりにも圧巻なその光景に、蜃気楼のような意識が一気に明確になる。
もう感覚にぼやけはない、薄かった意識は明確に形を確立した。
ハッキリとした意識で目の前に佇むモノをもう一度よく観察する。
やはり目の前にあるこれは大樹に似ている。黒い穴から白い巨大な幹のようなものが生え、白い根が無数に広がっている。枝や葉などはないが、もしかしたらあの黒い穴の先にはそれらがあるのかもしれない。
仮に〝巨大樹〟と呼ばせてもらうが、この巨大樹は何だか草臥れている気がする。不思議と根は痩せ細っているように見え、その巨大な幹も何だか弱々しく感じた。
まるで枯れた樹木を見ているようだと、そう思った。
これが一体なんなのかは解らない――でも、なぜだろうか? この巨大樹を見ていると、心が落ち着くような気がする。
とても懐かしい感覚が優しく胸を刺した。
次の瞬間――視界に、人のようなモノが映った。
あれ、は……。
見覚えがあるその姿……いや、知っているその姿を見て驚く。
視界のそれは――間違いなく〝逆刃大叢真〟だった。
見れば見るほどそれが自分自身であると強く理解し、自分を傍から見る感覚に違和感を覚える。同時――目の前にいる自分の様子に首を傾げる
なんで……なんで、泣いてるんだ?
そこにいる俺はなぜか泣いていた。その表情はひどく後悔を孕んでいて、胸を裂き貫くほどの悲しみに苦しんでいる。ずっと、その場にいない……いなくなってしまったモノへ何かを叫んでいる。
己の選択の無情さに絶望している――だけど、きっとそれしか選択肢はなくて、きっとそこにいる俺はそれ以外を選ぶ余地なんて無かったんだ。
止めどなく溢れる涙は、降り注ぐ雨に流されてもそれでも消えることがなくて、その光景はまるで――あの日の俺を見ているようだった。
あまりにも悲惨なその姿に、俺は目を背けるように視線を逸らした。すると、次は別の俺を発見した。
そこにいた俺はとても平和そうな表情をしていた。平穏の謳歌するように誰かと笑い合い、抱いた後悔も過ぎ去って爽やかな日々を送っている。さっきとも今の俺とも全然違う。
そこにいた俺は右下に少し視線を落とし、誰かに話し掛けている。どうやらここにいる俺が見えるのは、あくまで俺自身だけのようでその隣にいる誰かの姿は――
ん? 今一瞬……。
一瞬、俺の隣にいた誰かが見えたような気がした。あまりにも一瞬で、あまりにも不確かに映ったその誰かを、判別することはできなかった。
っ――
視線を逸らした時、もう一人の俺を発見して驚く。
そこに立っている俺は絶望し切った表情で佇んでいる。その瞳は死人を思わせるほどに色褪せ、佇むその姿に力はない。その心は〝虚空〟を抱えていた。
一体何があればあのような風になってしまうのか、酷く退廃的な俺がそこにはいた。
死んだ目で眼前にいるであろう誰かに何かを言っている。怨み言だろうか? ひどく負の念の籠った言葉を発している気がした。しかし、そんな言葉を発する時ですら力が籠っておらず、今にも死にそうな表情で声を発し続けていた。
すると突然、ギュッと黒い影のようなものが俺に抱き着いた。
絶望した俺は膝を着き項垂れる。
きっと泣き出したいはずだ。だってそれは彼に唯一残ったモノ、どんな事実があれ変わらない……でも、そんな涙も――既に枯れている。
溢れる涙も、後悔の念も、果たすべき執念も、全て尽きてそこに立っていたのが、そこの〝俺〟だった。
「――――」
どれも俺の記憶に一切ない状況。
周囲を見るとさらに多くの俺がいた。それぞれ些細な違いの俺であったり、まったく違うような俺も多くいた。
一体これらの俺が何なのかはわからない。辛うじて理解できるのは、巨大樹の根から溢れる光がそれらを構築している事だけだった。
ああ、もうわかったよ。わかったから……止めてくれ、もう……――見せないでくれ。
頭を押さえつけ、目の前にいる自分達から目を背ける。
ひどく、気持ちが悪い。
この不調の原因が、自分自身を覗いているからなのか、末路を除いているからか……どちらにせよ――どうだっていい、そんなことには一寸も興味はない。
なんであれ、こんなモノを見せられれば自己嫌悪に苛まれてもおかしくない。
末路も――
理想も――
挫折も――
全てが全て、吐き気を催すほど気色が悪い。それはそれらの結末は全て、俺が〝当事者であって選択者ではない〟ことを強く知らしめてくるからだ。
逆刃大叢真の辿る結末は、その全てが他者に由来するモノで――何一つ、自身が築いたモノではない。
気色が悪い……自虐的にもほどがある。
絶望と増悪、羨望が心域を汚染する――押し押せた唾棄すべき感情に歯噛みする。
こんなにも、こんなにも俺は醜いのか……。
「……バカみたいだ」
自身の醜さに自虐的な笑みが零れ、頭を押さえつけた腕をダランとぶらつかせながら顔を伏せた。
もう――何も見たくない。
心が重い、押し潰されそうな重圧に耐えられない。秒数がカウントされる度に体躯が形を変え、その重さに心が悲鳴を上げた。
自己嫌悪に耐え切れなくなった俺はこの悪夢から目覚めるため、瞳を閉じて意識を落すことに意識した。
が――その時、
『ありがとうね――
ずっと、ず――っと、頑張ってくれて。
もういいよ……もう、いいんだよ……――』
そんな言葉が胸の奥で形になった。
ハッとする。声は聞こえていない――でも確かに、そんな言葉自分の中で形になった気がした。
同時――俺は前へ歩み出していた。
重たい体を引き摺って前へ前へ進む。なんでだろう? さっきまで前を向くことすら辛かったのに、今はもう前へ進むことしか考えられず、辛いという気持ちは超過してしまっている。
とても心が軽いとは言えないが、それでもその重さを抱いて前へ進めている。
……そうか。
なんとなく理解に及ぶ。
「嫌だ――ッ!」
思いは形に成った。
きっと、それら全ての錘に意味なんてないんだ。それらはそういう形を持っているだけで、重さなんて最初から在りはしなかった。
この重いと感じているのは、全て自意識の問題――心の持ち様に過ぎない。
故――
前へ進む理由の方が大きい今――
――――止まっていられる筈がない。
苦しくはない、辛くはない。
なぜならこれは夢――夢の中でいくら動いたところで疲れる筈がない。
後悔も――
安寧も――
絶望も――
全部どうだっていい。だから今はただ、我武者羅に前へ進めばいい。
先に何が待っていたって構わない。きっとこの先には残酷なものが待っているだろう。でも、それでも――俺には前へ進む理由がある。
――手を伸ばす。
果たさなければならない――〝原初の願望〟へ、その手を伸ばし続ける。
ふと――昔の話を思い出した。
いつだっただろうか? その話は今していることに似ていた。
いま思えばそれは俺の根幹だった。感謝して、憧れて、手を伸ばして……小さい子供が抱くような、なんてことのない夢だった。
微かに、それでいて強く残っている。
そういえば誰だったか、この話をしてくれたのは……?
そんな疑問が脳裏を過るが、
――いや、今はどうでもいいか。
疑問を振り払い歩を進めることを決め、再び歩き出す。
目の前が急激に明るくなる。目の焼ける明るさの中、突然――疑問の回答が降りてきた。
あ。そういえば、あの人は……――
ガバッ、と布団を飛ばして勢いよく体を起こす。
「ハァハァ、ハァハァ……」
荒い呼吸、心臓が慌ただしく胸を叩き、脈を強く打っている。跳ねる心臓を収めようと深呼吸を繰り返したが、中々元の心拍数に戻ってくれない。
異常な鼓動が原因か、五感が上手く機能しない。
右手を顔に添え、左手を心臓の位置に置く。
ある程度の時間が経過しているのにも関わらず、正常な機能を取り戻さないのかわからない。俺に理解できることは、これが単純に機能暴走を起こしているわけではないという事だけだった。
「夢、か……」
そう呟くが記憶に残っていない。
何かしらの夢を見ていたのは確かだが、それがどんなモノだったのかはまったくと言っていいほど覚えていない。まるで記憶の一部が霧散したかのような感覚だ。
狂ったように波打つ心臓のまま、ゆっくりと冷静さを取り戻していく。すると俺は周囲の慌ただしさに気づいた。
「ハァ、ハァ、ハァ。春、姉……」
草臥れた体で服を着替え、自室を出て春姉の部屋に向った。しかし、部屋に春姉の姿はなく鞄などもない。
現在時刻、11時半――未だに春姉が帰って来ていない。
「おかしい、何か問題が――」
と、不安な思いを形にしようとした時、
「一体なにが、どうなって……」
驚愕の表情で窓の外の光景を見る。
外は辺り一面の火の海、真っ赤に燃える街並みが映る――
多くの人が騒ぎながら走っている。
燃やされ倒壊する建物、逃げ惑う人々はまるで――〝星災〟のようだった。
その光景に慄いていると、次第に五感が機能を回復させ耳にうるさい音に気づく。
ビービーと警報音を鳴らすスマホ、どうやらずっと前から鳴っていたようだ。
「春姉」
スマホの画面には警報と共に春姉からのメッセージが来ている。
彼女のメッセージには避難所へ向かうように等の文字が書かれている。どうやらメッセージを見る限り、彼女は既に安全な場所にいるようで、一先ず安心した。
「一体……一体、どうなってるんだ」
焔に呑まれる町を見て、困惑と恐怖を孕んだ表情で言葉を漏らした。
始めの歯車が回り始める。
物語のページが捲られる。
――星の道は始動した。
逆望の願いと共に絶望は再起し、少年の物語は一気に動き出す。
竜は焔を喰らい目覚める。
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