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レヴェント編

63.暴威を振るい、虚を視るモノ

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 イザベラは最大の一撃を受け止められてしまったことに驚きを隠せなかった。
 対象の体勢を崩し、回避不可能な状態を作り出した上で自身の全力を乗せる。それを防ぐには剛腕、あるいはそれすら払い除ける圧倒的な技術が必要だ。
 嘘……
 そんな馬鹿な、そう思わずにはいられないだろう。
 彼女の最善の一撃を彼は右腕一本で受け止めて見せたのだから。
 煙を上げる衝突点、その部位は長剣のグリップから近い剣身だ。確かに力を加える上でその位置はであれば受けることも不可能ではない。
 だがしかし、それでも今の一撃は常人が回避していい威力じゃない。半端な力で受けようものなら受けた腕ごと吹き飛ばし切断する一撃だ、彼女自身やり過ぎだと自覚して尚放った一撃なのだ、回避できる筈がない。だが、この男は防いで見せたのだ。
 先程の彼の筋力では考えられない速度と力、それらを以て成されたのだ。
 イザベラは自身の目の前で起こった出来事に驚愕する。一体何人いるだろうか? この男がどれほど異常なことをしているのかに気づいたのは。
 いや、今はそんなことより――
 一秒ほどの思考の後、考えを停止させ彼女は彼が放つ次の一手に最大の警戒をする。
 やれるものなら、やっ―――――!?
 心の中で意気込みを放つ刹那、ゾクリと悪寒が走った。防御のために構えた剣より先に脚が動いて後退していた。
 彼女を見つめる黒色の瞳が淡く光り、ジッと彼女の全てを覗きこんでいた。
 「「「「「「!」」」」」」
 イザベラの後退を見てレナと何人かの生徒が驚愕の表情を見せる。否、彼女と相対している少年の様子を見て驚愕の表情を見せたのだ。
 彼女が攻撃を受けるつもりで構えたその瞬間、目の前の少年から放たれた異様な殺気、彼女を覗く黒い瞳が薄く光る。後退の瞬間が少しでも遅れていれば確実に殺されていた、そう思わずにはいられないほどの殺気、そしてそれを可能だと思ってしまうほどの鋭い眼。まるでに陥った。
 後退したイザベラは再びゆっくりと剣を構える。呼吸を整え、追撃に備えようとしているのだ。だが、その時――
 「え?」
 剣を構えた次の瞬間、ストンと頭がずり落ちる感覚が襲って来た。
 全身から力が抜け強制的に脱力していく、死んでしまったようだと感じる。全身が人形のように力なく崩れるそうになる中、何とか体を立たせる。
 あ――お、落ち、る……
 体を無理やり立たせる中、再び頭がずり落ちる錯覚に見舞われる。あまりにも現実的リアルな感覚に思わず、頭が毀れ落ちぬように両手で頭を抑えてしまった。
 両手で頭を抑える中、イザベラは相対している少年に目を向けた。
 目の前に佇む少年は崩れた姿勢で腰を低くしたまま、淡く光る黒い瞳を片目だけこちらに向けている。その相貌そうぼうがあまりにも狂気的で不自然、とても常人とは思えない。そこに〝異常な者〟がいることだけはしっかりと理解できる。
 この子……何者?
 これほどの恐怖を感じたのは久しぶりだ。ここまで具体的な死を感じたのは生まれて初めてだ。

 ―――目の前の少年は何だ?

 理解できない存在。相対した時から感じていた正体不明の感覚、本気でやらんなければいけない、原因不明の感覚に突き動かされるまま全力を出した。戦闘を行う前は自身でも大人げないと思っていた、だが、戦闘を開始してみればその感覚が間違っていないのだと分かった。
 彼は彼女の全力を全て防いで見せたのだ。
 本当に全力を出していた、憧れに手が届くようにと必死に努力したこの剣、その剣の全てを発揮したのにも関わらず、紙一重で全て受け流され躱された。
 予想以上ね……もしかして、この子――
 過去の記憶が過るもすぐに振り払う。それは無駄な妄想、在りえない話を今この場でする意味はない。
 「終了!」
 「ッハ――」
 ゼルーニの言葉で緊張の糸が切れる。無意識で息を止めていたようでその言葉と同時に大きく深呼吸をしていた。一方相対していた少年はただそっと剣を下ろしていた。
 「―――――」
 どこか落ち着いた面持ちで瞳を閉じる彼、低く崩れた体勢からスッと立ち上がる。
 次の瞬間――開かれた瞼から見えた瞳。それは先程の淡く光っていた瞳から光が失われたものだった、戦闘前の目の光りに戻っていた。
 「ふぅ―――」
 大きく深呼吸、少年も今の攻防で相当の体力を消費したのだろう、何度も深呼吸を繰り返し呼吸を整えていた。
 その姿を見たイザベラは一瞬、背筋に冷たいモノが流れた感覚がした。
 彼女は彼のその姿に恐ろしく冷たい冷徹な人間を見た――
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