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レヴェント編

95.目的はある、答えは見出した

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 翌朝、全身に走る異常な筋肉痛に苛まれつつも、学園に到着した。
 クラスメイト達はまだ入学したてだからか、皆どこかソワソワとした雰囲気を纏っていた。だが、それを除けば昨日と大して変わらない光景が広がっていた。
 女子生徒から熱い視線を受けるアル。他クラスから人が来るほど人気があるオリビア、その隣にいるエヴァや従者っぽい二人。やる気なさげな詩織、生真面目に席に着いている渚さん。相変わらず虎の威を借る狐状態のランドセル君等々、まだ一日しか経っていないとは思えないほどしっくりくる。
 強いて違和感を上げるなら、ルーカとアリシアの席だろう。
 ルーカは昨日の元気はどこにいった、と思うほど落ち込んで誰とも話そうとしない。俺としても積極的に関わるつもりはないので声は掛けない。
 そしてアリシア。彼女は今日――学校に来なかった。
 座学の授業が開始してからも彼女が教室に現れることはなかった。チラチラと扉に目を向けるが、授業中にその扉が開くことはなく、授業は終わった。
 「どうした、ケイヤ?」
 「何の話?」
 「いや、教室入ってからずっと上の空だったろ」
 「ん、そうか?」
 「そうだ」
 後ろの席のアルが心配するようにそう言ってくるが、俺はどうでもよさげに返事を返す。
 「何かあったのか?」
 「さあな」
 一切答える気のない姿勢を見せる。すると、彼はふと何かに思い至ったように言葉を口にした。
 「……女絡みか?」
 「NOとは言わない」
 「なるほど……わかった」
 妙な納得の仕方をしている気もしなくはないが、まあ……どうでもいい。
 尚、女性絡みの否定しなかったためか、周囲から刺し殺す勢いの鋭い視線が向けられることになった模様。うん、全く以てどうでもよくないな。
 「昨日の今日でもうそういった相手がいるのは、流石としか言えないな」
 「お前は一体、俺の何を知ってるんだよ」
 物知り顔でそういうアルに、しかめっ面で頬杖を突いてそう言った。
 「で、本当にどうしたんだ?」
 「大したことじゃない」
 「まさか、アイツ絡みか? アイツも今朝から妙に元気がなかったからな」
 親指を突き立て、ルーカの方にクイクイと向ける。それに対して俺は首を横に振った。
 「いや、関係ない。まあ、アイツが気分が落ちているローテンションなのは、俺のせいだと思うがな」
 「なんだそうか、ならいいんだが……って、アイツの元気の無さはお前のせいなのか」
 「多分な」
 無言で俯くルーカに軽く目を向け、昨日の事を思い出す。
 地面に伏せ、自身の弱さに打ちひしがれていたルーカ。プライドも尊厳も、何もかもを俺が根底から叩き壊してしまった。どう考えてもアレが原因だろう。
 あの状態で学園に来れたのは彼の精神力の強さ、折れて尚、下を向きながらでも歩いていられる強さがあるからだ。
 羨ましいな……いい才能だ。
 眩しいほど美しい才能。努力をするための力を捻出する才能。万人が欲する素晴らしき能力だ。
 「それでお前はどうしてそんなに気分が暗い?」
 「気分が暗いのいつものことだ。ふとした時、自分が分からなくなって落ちそうになる。そう……ただ、が不安定になってるだけ、それだけだ」
 「…………」
 いつだってそうだ。俺は悩み続けて、既に持っている答えを再び見つける。
 不安定なのは、いつもとなる自分が空白で軽薄なモノだから――見失ってしまうだけ。そこにしっかりと〝自分〟はいるのに。
 間違い続ける。迷い続ける。探し続ける。
 俺はそういう人間――これもまた、〝内在する答え〟だ。
 なら間違うことも、迷うことも、探すことも、全部全部何一つおかしいことじゃない。天無が間違っていたとしても、神塚敬也が間違っていたとしても、何も問題ない。
 間違えた上で、どうにかすればいい。

 「フッ……ああ、やっぱり俺はおかしい。でも――それでいい」

 既に結論のついていることを再度繰り返し、芯に強く刻み付ける。再び己がこの疑問に辿り着くその時まで、自身がブレてしまわないように、刻む。
 今はただ、果たすべき目的に集中するだけでいい。
 「さて、体を動かしに行きましょうか」
 「!?」
 突如として暗いテイストの表情から明るいものに変化し、アルは驚愕の表情を見せる。
 「なんだその顔。俺の顔、なんかおかしいか?」
 「いや、顔がおかしいというか、テンションのふり幅がおかしくないか?」
 「そうか? 俺は態度がコロコロ変わるってよく言われるけど?」
 「誰にだよ」
 「知り合いに……」
 元気いっぱいに復活した俺は冗談交じりの会話した。
 「あれ、カミヅカ君、なんか元気良くなった?」
 「そうですね。今朝は声を掛けずらい雰囲気が漂ってましたけど、今はそれが嘘みたいに明るいですね」
 少し離れた場所にいたオリビアとエヴァがそういい、俺の顔を見てくる。
 「ああ、元気いっぱい。いつも以上にやる気に満ち溢れてる」
 軽く手を振ってそう言った。
 「いや、寒暖差が大き過ぎて怖い。何がどうなってそんなテンションになったのか全然わからない……というか、昨日とも全然違くないか? 別人レベルのテンションの切り替えは恐怖しかないんだが」
 「やっぱりそうか? 俺いまイマイチテンションの調整が上手くいってないんだよな」
 「どういう状態なんだそれ」
 「思考と感情がズレてる感じ」
 「なるほど。よく分からんな」
 「分からないですね」
 「分かんないね」
 「「「独特」」」
 「どんなハモリ方?」
 同調シンクロする三人に思わずツッコミを入れた。だが、意図せずしたそのツッコミにより己の感情の揺らぎを思い出す。
 「お、何か思い出してきた。ああ、そうそう、これが〝俺〟だ」
 「なんか怖いな」
 「怖い言うな」
 え~、キモ的な目を向けられたので軽く注意する。
 四回も転生を繰り返していると、たまに自分がどういった人間なのかを忘れかける時がある。これは四人もの人間だった故――特定の個人だけではなく、複数の個人であったための弊害である。
 長寿の存在ではなく、複数の存在ために意識がゴチャゴチャになって自分が何なのか分からなくなる。
 鬱病に近いが、鬱というより〝自己の喪失〟に近いと思う。転生という行為が危険な理由の一つであり、複数の意思、思考は完全に共生することは不可能という理由である。
 もちろん、一つの意識が他の意識を喰らって呑み込んでしまえば、一個人になるので転生は不可能ではない。でも、それはもう共生ではない、何故ならそれはもう一個人として新生を果たしている。
 まあ、つまり――転生なんてするもんじゃない。
 俺の場合、他の俺は全て間違いなく〝俺〟であるからいいが、他の者はそうはいかない。前世と今世の意識がまったくの同一であることは絶対にない。前世の自身と今世の自身は似ているだけの他人である、この事実は言葉以上に辛いことだ。どちらも本当に自分が、自分であるのか分からないという不安が付き纏う。
 長寿、不死などと違い転生は〝他人に成っている〟のだ。
 遠い道程を歩いて外の景色を見るのではなく、電車を乗り換えるように別の景色を覗いている。
 この違いは決定的だ。こんな乗り換え行為を〝不死〟と言っているモノがいるのは、些か滑稽に感じられる。これは不死なのではない――死という観覧席に座っている、屍人しびとに過ぎない。
 「まったく滑稽にもほどがある」
 人差し指でこめかみをコツコツと軽く突いて呟く。
 「どうした、ついに頭がイカれたか?」
 「なわけ」
 「そうよ、アル君。カミヅカ君は元々おかしいから」
 「おい!」
 フォローするかと思いきや普通にこちらを貶してくるエヴァに声を上げる。
 「まあ、落ち着いてくださいケイヤさん。今のはエヴァの冗談ですよ、冗談……多分」
 「最後に多分を付けるな! 多分を!」
 目線を逸らして自信なさげにそういうオリビアを見て、より一層惨めな気持ちになった。
 「はぁ~、まあいいや。気分も戻ってきたことだし、俺はちょっと用事あるから」
 そういい教室を出ようとするレナの方へ向った。
 「用事ってなんだよ」
 「色々だ」
 後ろからそう声を掛けられるが、俺は足を止めることなくそう言った。
  こころは正常、目的を果たすために心意気は既に出来ている。
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