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レヴェント編

107.また負けた

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 俺が出せる最善を完膚なきまでに捻じ伏せられ、逆に気分はすっきりしている。
 ま、手加減されて負けたってのは流石に堪えたが、そも俺は弱い。負けたことを否定するのではなく、敗北したという事実を次の勝負の肥やしにする。
 さすれば――この敗北に意味が生まれる。
 弱いならとことん負けて、次に繋げる。絶対に勝たなければならない場面以外、敗北は構わない。止まることさえなければ、それでいい。
 清々しい気分で天を仰いだ。
 目に映るクリスタルライト(魔光石を加工した電灯)の光が、眼の奥を刺した。妙に眩しく感じた光に瞳を閉じ、そっと深呼吸する。
 さて、敗北はしたけど……目的は果たせたかな。
 微笑を浮かべて目を開ける。 
 「ふぅ。……ところでアリシア? そろそろ、その物騒な物下げてくれない?」
 「ん? ああ、悪い」
 首元に突き付けられた冰晶剣が退かされる。
 アリシアは剣を鞘に納め腕を組み、俺を見下ろすようにした。俺は上半身を起こし、彼女を見上げた。
 「諦めはついたか?」
 「そう見える?」
 「……まったく、諦めが悪いにも程がある」
 ひどく唖然とした様子で――でも、どこか嬉しそうに言った。
 「フッ、だろうな。けど、諦めが悪いのが俺だ」
 見上げる彼女の顔を真っ直ぐに見る。
 「俺は、お前らと違って。いつも何かを求めて走っているだけの凡人、そんな俺の諦めがよかったら、それこそ何者にも成れない」
 「お前は、何かになりたいのか?」
 見下ろす彼女は首を傾げてそう問うた。

 「ああ、俺は〝何か〟に、いや……〝俺〟に成りたい」

 そう。何者でもないから、俺は俺に成りたいんだ。
 「…………」
 心情を吐露する。その言葉を聞いたアリシアは無言で俺の顔を覗いた。
 「バカらしいかもしれないけど、それが俺だ」
 「いや……バカらしいとは思わない。きっとその理想ユメが、カミヅカ・ケイヤという人間にとって最も大切なことなんだろうな。でなければ、こんな馬鹿げたことに全力を出せる筈がない」
 「……フッ。それもそうか」
 納得したように笑みを零す。
 「だが、それとこれは別だ。負けは負けだ、冒険者は諦めるんだな」
 「…………」
 折角いい感じの話だったのに、アリシアは突如その流れを切断した。俺は不満げな表情で彼女を見る。
 「なんだその顔は」
 「いや、今のは俺を認める的な流れじゃないのか?」
 「認めてはいる。というか私は最初からケイヤの事を認めている。だが、それと冒険者にするかは別だ」
 「それなりの力は示したと思うんだけど?」
 「力は確認したが、全力を出す度その大怪我ではやはり認められない」
 ビシっと指を刺され、俺は自分の身体の状態を思い出す。
 無理な駆動、限界を無視して動かし続けた体はズタボロだ。筋繊維はいたるところが千切れ、骨も所々ヒビがいっている。内蔵も無理な動きでグチャグチャに回された、残存魔力の全てを使ったため貧血を起こしている。俗にいう魔力枯渇、魔力切れというやつだ。
 極めつけはアリシアによって砕かれた大剣の欠片が、全身の至る所に突き刺さっている事だ。
 全身に突き刺さった欠片を全て取り出すのは、相当な労力を必要そうだ。正直少し動かすだけ激痛に見舞われ、とても歩けるような状態ではない。
 継戦能力は皆無、ね。……ま、この状況なら妥当な判断だな。
 「確かに全身ボロボロだけど。この全身の剣はお前のせいじゃね?」
 「避けられなかったお前が悪い」
 「それを言われたら返す言葉がない」
 嫌味風に言ってみたが、正論を言われてそれ以上の言葉は出なかった。
 「因みに冒険者の件はアウトでも、お前の傍に居るのはOKってことでいいのか?」
 「ダメだ。冒険者にも成れないようでは認めない」
 「えー、お前が審査員する限り一生無理じゃん」
 「私より強くなればいい」
 「ムリゲー」
 肩を落として言った。
 理不尽という言葉がこれほど似合う者はそうはいないだろう。なぜここまで頑なに俺を寄らせたくないのか知らないが、理不尽ここに極まれりってやつだな。
 まあ、何となく予想はしてたけど……。
 ニヤリと笑みを浮かべる。
 「なあ、アリシア。俺が戦う前に言ったこと覚えてる?」
 「戦う前? 何の事――、は!?」
 何かに気づいたように周囲に目を向ける。
 周囲は俺達の試合を見て、酷く驚愕の声を上げていた。俺と戦う前、圧倒的な実力を見せつけたアリシア、そんな彼女に善戦した冒険者志願者の男。
 さて、他にはどう見えたのだろうか?
 「あの嬢ちゃんって確か金級の冒険者だった、よな。そんな相手に善戦できるってあの少年、一体なにもんだよ」
 「ああ。俺なんて最後の攻防、まったく見えなかったぞ」
 「俺も俺も。あの二人バケモンだろ」
 観戦していた他の冒険者志願者たちがザワザワと驚きを語る。
 「あの人相手に剣を抜かせるのか」
 確かラークス・ディノスとか名乗っていた冒険者が、嫌なものを見た風にそう言った。
 「あの~、私達の株がどんどん下がってるんですけど」
 「そう言うな、アレはどう考えても頭一つ抜けている」
 もう二人、魔法使いっぽい女性冒険者と大剣を持つ大柄な冒険者はこちらを覗いて、ラークスさんと同じく嫌なものを見たという風に会話していた。
 「で、あの少年はそんなの相手に善戦しちゃったんですけど?」
 「…………」
 「いやぁ~、私達の株がすごい勢いで暴落してますよ。一様私、銀級の冒険者なんですけどね~」
 「…………」
 「ああ、すみません。ファデイオさんはアリシアさんと同じ、金級でしたね」
 「嫌味か、ラーナ」
 「はい、嫌味です」
 「…………」
 グググ、と拳を握るファデイオ? とかいう冒険者。挑発した女冒険者のラーナさんは、落ち着いて落ち着いてと怒らせら本人でありながら、ファデイオさんを宥めていた。
 なぜコントをしている……?
 そんな疑問が浮ぶ中――
 「下らない喧嘩をするな」
 ラークスさんが叱りを入れ、二人の下らないやり取りに終止符が打たれる。そんな様子を後ろから呆れた様子で見ている他二人の冒険者がいた。
 「カミヅカ。戦えるとは思っていたが、ここまで腕の立つヤツだったとは……人は見かけに寄らないな」
 そんなシュナの声が聞こえた。
 彼女の方へ顔を向けると、その隣には何故かレニさんが立っていた。
 「いやぁ~、見込んだとおりでしたね。やっぱり彼は強かったみたいですね」
 「――っ!? レニさん、一体いつから居たんですか……」
 「ずっと居ましたよ?」
 笑みを浮かべてそういう彼女に困惑するシュナがそこにいた。
 周囲の者は千差万別の反応を見せた。だが、統一して彼らは〝俺〟という人間の力を認めていた。それはもう――アリシア一人ではほどに。
 彼女はしばらく呆けた表情で周囲を見た後、苦笑いを浮かべ右手で頭を押さえる。
 そして、未だ地面に座る俺に顔を向ける。
 「ケイヤ。謀ったな」
 忌々しいという風な表情を作り、自身がカミヅカ・ケイヤという男の思惑に嵌っていた事実を認める。

 「最初に言ったろ? ……って」

 俺は俯き、嫌味な笑みを浮かべた。
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