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レヴェント編

166.怪物

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 浅い呼吸をする。
 絶対に筋力では勝てない。勝負は速度、速さで翻弄して一撃で殺しにいく。余分な体力、思考を使うな、一点を狙え、俺の中の余分を全て斬り捨てろ。
 正直……速さでもあちらが上だろうが、そこは予測で躱す。
 五感をフル動員しろ、一回のミスが死だ。己を研ぎ澄ませ、全部に勝つ必要はない――一点、全て捨てて一つで勝てばいい。
 ――己を乗せろ。
 鋭い視線をスッと怪物に向ける。
 「か、カミヅカ……」
 「カミヅカ、さん?」
 背後で剣を構えるルーカと地面に腰を着けたフィニスが、戸惑ったような声で俺の名を呼んだ。
 どうやら二人とも現状をよく理解していないようだ。
 俺は怪物が攻撃してくる様子もないので周囲に視線を向ける。
 そこでボロボロの宮登やアル、心配そうな表情でこちらを見守っているオリビア達を見つけた。
 「ルーカ、フィニス。動けるならアルを連れてオリビア達のところに行け」
 「そ、それはできません。アイツは……シドはとても強いですわ。あなた一人では何も……何もできずに殺されてしまいます」
 「そうだ。はっきり言ってアイツの強さは異次元だ、いくらお前でも――」
 「はぁ――」
 俺は頭に手を当て、言葉を遮るようにため息を吐いた。
 なぜここまで能天気にいられるのか、俺はまったく理解できない。足も、手も、震えて縮こまった体で、一体何ができるというか。
 「ハッキリ言おうか? 邪魔だ――退け」
 「「っ――!」」
 手の間から鋭い眼光を飛ばすと共にそう言うと、二人は黙った。
 状況把握ができないような奴が、よくアイツ相手に生きていられたものだ。あの黒ローブが相当のあまちゃん……なわけないか、目的のために生かしてる、って感じか。
 周辺の状況で何となく事情を理解したところで武器を構える。
 「おのは何も――」
 「ああ……そういうのいらない」
 怪物が喋り始めた瞬間、投擲。
 言葉を遮る共に剣に視線誘導、一瞬奴の視線から外れ、即座に剣の間合いに入れる。
 異空間収納エア・ボックスから即座に剣を取り出し逆袈裟斬り、反応は一テンポ遅れる。しかし、容易に弾かれる。
 瞬間、剣を捨て三本のロングソードを異空間収納から取り出し空中に放り出す。
 三本の剣は月光を帯び輝いた。
 剣が落下を終えるより速く一本を掴み怪物に斬りかかる。
 ガキンッと金属音が鳴り響く。怪物は斬撃をその手に持つ深い藍色の刀身をした刀で弾くと同時、刀の刃に触れた剣はスパンと切断された。
 切れ味が尋常じゃない。魔剣、聖剣の類か?
 そんな疑問は一瞬にして超過する。
 何にせよ切れ味のいい刀と思えばいい。受けようものならそのまま切断される、とそれ以上は今考える必要はない。ただ躱すか逸らせばいい。
 切断された剣を投げ捨て。両手でそれぞれ剣を掴む。即座に右手は首へ突き、左手は逆手持ちで斬撃を放つ。
 怪物は突きを体勢を逸らして回避、斬撃は剣を蹴飛ばされた。
 そのまま前に突っ込み、黒ローブを掴む。
 「捕まえた」
 「!?」
 放たれる刀の斬撃より速く左手で怪物の腕を掴む。斬撃の静止+技への導入。俺は下半身を捻じり、グイッと反転させる。
 地面を強く踏みしめ、そのまま後ろ見る。
 力を籠め、体の捻じりを開放させ、怪物をきりもみ状に地面に叩きつける。
 「叩き――潰れろッ!」
 「グハッ――!」
 男が唾を吐く。
 暴威の瞬間最大強化による地面への叩きつけは、地面を陥没させる。並みの人間なら人体がグチャグチャになって即死なのだが……ま、死ぬわけないよな。
 即座に地面の男に剣を投げるが、バンっと跳ね上がって回避された。
 「バッタかよ」
 気持ち悪いくらい飛び上がった男を見て、呆れるように呟いた。
 少し後退し体勢を整える。
 異空間収納に剣を格納し、怪物を観察するようにゆったりとした動きで歩き出した。
 「ケイヤ!」
 「ん、アリシアか」
 ザザザッと地面を擦りながらこちらへ現れたのはアリシアだった。
 何やら右腕に見慣れない籠手をしているが、おそらくレナの言っていた魔力の理由なのだろう。間近で彼女と接したことでその魔力凄まじさがわかる。
 同時に自身の魔力感知能力の低さに呆れた。
 これほどのモノがあってほとんど何も感じなかったとは、もっと魔術方面も鍛えた方がいいな。
 そう思いつつ、ゆっくりと怪物を見る。
 「シド、大丈夫?」
 怪物の方を見ると、アリシアと戦っていた羽織をしたクノイチ姿の緑髪の少女が、怪物に向って何かを言っている。
 少女の言葉に怪物は返答しない。俯き、なにやら震えている。
 「…………」
 「シド?」
 「…………クカ、クカカカカ――、クカカカカカカカカカカカカカ―――――ッ! そうか、己がッ! 己がそうなんだな!? 己が俺の探していた殺人鬼か! カカカカカ……」
 馬鹿笑いする怪物はまるで、長年探し求めていたモノを発見したような歓喜の表情をしていた。
 「殺人鬼とは人聞きの悪いな。俺は勇者一行の役立たず担当の、ただの一般人だ」
 そう俺が言い切ると周囲からなにやら、何言ってんだコイツとか、本気で言ってる?的な表情が向けられて、何だかとても居心地が悪い。
 特に隣のアリシアさんのジト目が一番キツイ。
 「なるほどな。これは――そそる。冷徹、異常、切り捨てる覚悟。曹源とは別種の存在――善を視て悪を成す、悪を視て善を成すのではなく。、ただ。ザラキそして……あの人と同タイプの人間か」
 その言葉を聞いてその場にいる何人かが反応を見せる。
 どうやら周囲の何人かには思い当たる節があるようだ。
 でもちょっと待て――
 「え、なんか煽られてる気がするの気のせい?」
 馬鹿にされてるよね? 冷徹とか、異常とか、酷くない? 俺別に普通ですよ。なんであったばかりの相手にそこまで言われなきゃいけないの? いや、初対面じゃなくても普通に酷くね?
 俺の疑問を呈するような言葉に、男は微笑を浮かべた。
 「カカ、気にするな。戯言に過ぎねさ……ただ己を見定めているだけだ」
 「見定めてる? 随分と態度のデカい奴だな。自分が絶対の強者って言いたげのその感じ……気色悪。うぇ、吐いちゃいそうだ」
 気持ち悪いという感じにそういうと、奴は笑った。
 「クカカ、強者が故に態度に現れるというやつだ」
 「自分で強者っていうのはどうかと思うぞ? 足元をひっかけられたら、恥ずかしくて立ち上がれないかもしれないだぜ? ああ……もしくは死んでるかもな?」
 「カカカ、流石は殺人――いや、己は殺人鬼ではない、か。己は俺と同類の――――だ」
 「おぇ、とことん気持ち悪い奴だな。俺、お前みたいな奴嫌いなんだよね。ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャと、くだんねぇ戯言をほざいて。自己満快楽主義者が、テメェの悦を俺に押し付けんな」
 ゴキゴキと右手の骨を鳴らす。
 普段とは一風変わった様子に、周囲の知人たちは驚愕した表情をする。隣のアリシアは以前戦った時に見ているせいか、少し呆れつつも大して反応はない。
 挑発的な鋭い目が怪物を射抜く。
 「クカ、カカカカ。己……――最高だな」
 「あ? こんなに言われて最高って、マゾかドMか? そういうの俺に求められても――」
 鋭い斬撃が頬スレスレを横切る。
 一瞬の隙を突いて奴は俺の間合いに入って来た。
 「カカカッ! 己、名前を何という!」
 「名乗る名前なんて、ねぇよッ――!」
 即座に剣を取り出し反撃。
 暴威を回し、ギリギリで速度だけ対応させる。
 グニャンと刀の軌道が変わる。首目掛けて斬撃が放たれ、防御に回した剣が真二つに裂かれる。だが、斬撃が首に直撃する直前で縦回転。
 反転すると同時、顔面に蹴りを入れる。
 蹴りは左腕で防がれるが、二撃目。両手で地面を掴み、もう一方の足で左腕のガードごと蹴りつける。
 怪物の体は弾かれるが、体勢は崩れていない。
 柔軟性。非常にしなやかな筋肉と骨格の可動域の広さ、変幻自在な剣術の根底を支える身体能力。言いたくないが、俺の戦い方の延長線にあるような動きだ。
 俺の動きは様々な状況、局面に対応できるようにした自由形フリースタイル
 奴は俺の自由形の幅を削り、身体能力を詰めていったようなスタイル。剣術特化の自由形フリースタイル、奴の身体能力と相まって非常に厄介なものに仕上がってる。
 ダランと両腕を垂れ下げる男。
 「シド……」
 黒ローブの男はそう呟いた。
 「は?」
 「俺の名はシド。アリシア・ヴァーレインと同郷の者、そう言えば伝わるか? 異世界人」
 そう言われ、目の前に立っている男が何者なのかを何となく察した。
 「ああ、なるほど、そういうことか…………フッ」
 微かに笑いを零し、真っ直ぐと黒ローブを見た。

 「――天無あまないだ」

 「?」
 「天無、俺の名前だ。憶えなくてもいいぞ、
 微笑を浮かべる。柄にもなく、奴の誠意に応えるように本名を名乗った。
 シドは俺の言葉に溢れんばかりの笑みを零した。
 「カカ、そうか……天無、か。クカカ……、しかとその名を刻んだぞ。
 互いに口角を上げ、走り出した。
 俺は複数の剣が空に投げた。
 全武装を使ってギリギリか……ま、死ぬよかマシか。
 折角ため込んだ武具を消費する覚悟を決め、剣を握った。
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