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レヴェント編
176.同じ■■
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「で、お前らはいつまで居るつもりなんだ? 要件は済んだろ?」
「そうだな。俺達も去るとしよう……いや、その前に」
「?」
シドが懐のポーチから刀を取り出した。ポーチは明らかに刀の入るようなサイズではなかったため、おそらく異空間収納なのだろう。
一振りの刀を異空間収納から取り出した後、腰に携えられていた刀を一振り取った。
「曹源」
「?」
宮登の名を呼ぶとシドは、腰に掛けてあった刀の一振りを宮登に向って投げた。クルクルと回転して空を舞う一振りの刀は宮登の目の前で地面に突き刺さる。
突き立てられた刀をまじまじと見つめる宮登は、シドへ顔を向けた。
「これは?」
「その刀は妖刀・穿絶、刀速に合わせて切れ味が上下する刀だ。己にはそれをくれてやる」
「「「!?」」」
驚愕の反応を見せたのは、渡された張本人宮登、そしてアリシアとアズだった。
宮登が刀に手を伸ばし掴む。そして、刀を鞘から引く抜いて刀身を露出させる。刀は赤銅色の刀身を見せ、月明かりに輝いた。
「お前が、刀を渡すだと?」
「驚きか?」
「ああ、それもあるが……あの男はお前にそこまでの期待をさせる者なのか?」
「そうだな」
シドは一切の躊躇いなく言い切る。目を見開いて驚くアリシアを余所に、シドは再び宮登に視線を向けた。
「曹源、己は確かに強くなるが、上等な武器は必要だろう。魔剣や聖剣、聖魔剣でも手に入るまではそれを使うといい」
「いいのか?」
「ああ。これも最終的には俺のためだ」
「そうか。なら……貰っておく」
渡された刀、穿絶を強く握って礼を言った。次にシドの視線が俺に移る。
「天無、己にはこの刀をくれてやる」
そう言ってこちらに投げられる一振りの刀。俺は右腕で刀をキャッチして、刀に目を向ける。
「これは……」
渡された刀を鞘から少し引く抜く。宮登に渡された穿絶と呼ばれた刀は、赤銅色のどこか禍々しい雰囲気がしたが、この刀は正反対に菫色の優しい色していた。
「その刀の名は妖刀・嶽劣し。対象の硬さに合わせてその切れ味を変化させ、あらゆる物体を切断することができる刀だ」
「――――」
その性能を聞いて驚く。対象の硬さに合わせて切れ味が変わる、使い慣れれば、対象の硬度を完全無視して切断が可能など、イカれた性能をしている。
手に持った刀に目を向ける。
「それは所有者の技量が明確に反映される。腕の無い者が使えば、ただ切れ易い刀。腕の在る者が使えば、あらゆる敵を斬り伏せることのできるモノになるだろうよ。力の有無ではなく技術、己には丁度いい刀だろう」
「ああ、そうだな。サンキュ、シド。これは在り難く使わしてもらう」
嶽劣しの刃を鞘に納め、俺はシドに向って礼を言った。
確かに宮登が受け取った穿絶より、こちらの方が俺とのシンパシーは強い。純粋な身体能力による穿絶の斬撃力強化より、技術でどうとでもなるこちらの方が、俺は扱いやすい。毎度毎度、紅月を使用するわけにもいかないし、強固な刀というだけでもありがたい。
普段使用ができる強い武器は大歓迎大歓迎。
笑みを浮かべながらそう思っていると、シドから、カカッと小さく笑いが零れた。
「それでいい。己は目的のためであれば、敵からの慈悲であろうと関係なしに受け取る。勝利への異常な執念とでも言うのだろ……己はそうであるから面白い」
「なに言ってんだ、お前? 敵であろうと何であろうと、受けた恩にはしっかり礼を述べる。それが大人としての常識だぜ?」
ドヤ顔でそう言い切ると、隣のアリシアや周囲の連中が呆れた顔をしていた。
えー、なんか酷くない? いいこと言ったよね? 大人としての常識ってのがダメだった? まあ、確かに肉体的には子供だけどさ、中身は立派しの大人だよ?
「っ――。カカッ、そうか」
少し驚いた表情をした後、シドは笑みを零した。よく見るとその隣のアズも驚いた表情をしていた。
この二人は一体俺の何に驚いたのだろう? そんなに大人の常識ってダメなセリフなの?
「ふむ、ではもうそろそろ去ることにする。長いすれば、魔道騎士団の連中が来るだろうしな。あんなつまらない連中とやり合っても興が削がれるだけだ」
「つまらない? まさかお前、もう戦ったのか?」
「ああ。己達は魔道騎士団の到着を待っていたようだが――奴らなら少し前に交えた」
その言葉でその場にいた全員が驚愕の表情を見せる。
「骨のある奴は数人いたが、それ以外は〝凡〟だ。おまけに竜殺し、アゼス・エリューベンズを含め、序列の上位勢は遠征に行っていると聞いた。俺が天無を探していたのは、竜殺しを待っていたのが……ま、その必要もなくなった。今の俺は満たされている。竜殺しはまた気が向いた時にでも交えるとする。それにこの国には、王室直属近衛兵・閃栄隊もいる、まだまだ興味の唆られることはあるようだな」
「お前は二度とここへ来るな」
「カカ、天無や曹源がいる限りは無理だな。ま、今日のところはこのまま去るさ」
「チッ」
アリシアの舌打ちに笑いを零すシドは踵を返した。
「行くぞ」
「うん」
シドの言葉に従い、彼の後ろに着いてくアズ。月光に照らされ、シドの羽織っている黒ローブとアズの羽織が風に靡いた。怪物はその場を去って行った。
ふと――アズが立ち止まる。
「ん? どうした」
「ちょっと待ってほしい」
「?」
アズは足を止めてこちらへ振り返る。そして、歩いてこっちに近づいてくる。
アリシアと俺はそんな彼女を不思議そうに見つめた。テクテクと歩いてくる彼女は、俺達の元に――いや、俺の元にやって来た。
俺はん?という表情で目の前に立ち止まった少女を見た。
そして、次の瞬間――アズが抱き着いてきた。
「な、っ――」
突然のことに回避することもできず、彼女にただ抱きしめられた。
「なっ!?」
「ひゃ――!?」
アリシアとオリビアが驚愕の表情でこちらを見つめる。アリシアは動揺した表情でアズと俺を交互に見て、オリビアは悲鳴にも似た声を上げた。他にも、アルはこの女垂らしがというニタニタと嫌な笑みを浮かべられ、宮登からは流石だな的な表情を向けられた。その他の人物はポカーンとした表情をこちらに向けていた、彼女らは単に思考が追いついていないのだろう。
アズは俺のみぞおち辺りに、グリグリと頭を押しつけてくる。
プルプルと震えるアリシアとオリビア。二人ともそれなりに動揺を見せているが、オリビアの方は深刻そうで、壊れた機械みたいな動きをし始めている。いや、そんなに!?と思ったが、ああいう清楚系というか、お嬢様系は、あまりこういうのに慣れていないのかもしれない。おそらく、初めて好意を持ったのが、俺だと思うし。
……嬉しいような、嬉しくないような。
ダークサイドオリビアを知っているが故、この状況がいかに最悪なのか、それを理解する。事が終わった後が怖くて彼女の顔を真正面から見られない。
「む……」
二人だけがこの状況に強く反応を見せているかと思いきや、フィニスもなにやら不満そうな、嫉妬したような表情をしている。
あれ? なぜ、アンタも?
フィニスは俺に好意を向けていた記憶は一切ないのだが、なぜそのような反応をしているのだろうか。いや、これにかんしてはよくわか……あ、今の出来事っすか。
考えが至る。が、もうそっち方面に思考するのが面倒になり、一時思考を切って抱き着いている少女に意識を向けることにした。
「ん、……いい匂い」
「は?」
「あなたからは、アリシアやシドよりも、ずっと濃い――懐かしい匂いがする。あ、この匂い、アリシアから感じたものと同じ。そう、あなたからの匂いだったのね」
そう言って彼女は力強くギュッと俺を抱きしめる。少し体が締まる感じがしたが、抱きしめられる力自体は然程強くなく、本来の彼女の力を考えれば大分力が入っていない。こちらに配慮?しているようだ。
だが、俺はこの拘束から脱さないと後が怖いので体に力を入れた。
「夜兄ぃ……」
そんな悲しげ声と共に、アズの瞳に涙が滲むのが見えて――一気に体から力が抜けた。
最初こそ抵抗を試みていたが、彼女のそんな様子を見て、拘束を振り解こうとは思えなくなってしまった。それは彼女が――哀しそうに、嬉しそうに……どこか、迷子の子供が親を見つけたような、そんな表情をしていたからだ。
涙に強い方ではあるとは思う。男は基本的に女の涙に弱いものだけど、俺は目的の為であれば情を勘定から外せる。だから、比較的こういう場でも何も思わないで行動できる……けども、彼女の涙は違った。俺は、彼女の涙を見て、動けなくなってしまった。
「私はアズ……あなたは?」
「お、俺は……――」
何故か言葉が止まる。神塚敬也と名乗ればいいのか、天無と名乗ればいいのか……分からなくなった。どちらも間違っている気がして、名を名乗るのに躊躇いがあった。
そして俺は結局――
「俺は……天無、だ」
シド同様にこちらの名を名乗った。
「そう。天無……うん、覚えた」
優しい声色の声と共にニッコリと純粋な笑みが、こちらに向けられる。それはシドのどこか恐怖を誘うようなモノと違い、本当に可愛らしい少女の笑みだった。
再びみぞおちに顔を埋め、ギュッと俺を少し抱きしめると、彼女はすぐさま俺から離れた。
「またね。天無」
そう言って彼女はシドの元へ向って、駆け足で走って行った。
「己の目的の人物だったか?」
「違う」
アズは再び感情が薄い表情に戻り、無感動気味の声色でシドの言葉を返した。
「そうか……」
そう呟いてシドはこちらへ振り返った。
「天無。己は自身の役目を――修正者という役目を、果たして見せろ」
「――――は?」
目を見開いて驚愕した表情と共に声を漏らした。
今コイツは何と言った? 修正者? なぜ? なぜコイツはその名を、そして、なぜ俺が修正者だと知っている?
動揺して声が出来ない。すぐさま何か言って引き留めなければならないのに、何を発するのが正解か分からず、ただ茫然と動揺した表情でシドを見た。周囲の人物達は、シドの言った言葉が何を意味するのか分からないためか、ポカーンと頭に?を浮かべていて――二人を除いて。
「お、お前、なんでそれを――」
何とか声をせり出すも、その頃には、目の前に誰もいなかった。空いた間など、数秒もなかった筈だが、彼らは一瞬にしてその姿を消した。
同時、騎士の恰好をした人物達が現れた。彼らはすぐさま、こちらの様子を観戦していた一般人達を避難させ、怪我をしている他生徒達の元へ向かった。
「アマナイ!」
俺の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると騎士達と共にやって来た馬車の中から、レナとイザベラ、そしてゼルーニ講師が現れた。彼女達の姿を確認して、ようやく事が終了したのだと実感が湧いてくる。どっと疲れが押し押せてくるが、何とか体を立たせる。
講師達が走ってこっちに向って来る。イザベラとゼルーニ講師は心配そうな表情で宮登達を、レナはどこか安心したような表情で俺とアリシアに目を向けていた。宮登達もそれなりに重傷だが、死んではいない、一先ず安心というところか。
ふぅ~……疲れたな。
夜空に浮かぶ星々を仰いで俺はそう心中を零した。
「そうだな。俺達も去るとしよう……いや、その前に」
「?」
シドが懐のポーチから刀を取り出した。ポーチは明らかに刀の入るようなサイズではなかったため、おそらく異空間収納なのだろう。
一振りの刀を異空間収納から取り出した後、腰に携えられていた刀を一振り取った。
「曹源」
「?」
宮登の名を呼ぶとシドは、腰に掛けてあった刀の一振りを宮登に向って投げた。クルクルと回転して空を舞う一振りの刀は宮登の目の前で地面に突き刺さる。
突き立てられた刀をまじまじと見つめる宮登は、シドへ顔を向けた。
「これは?」
「その刀は妖刀・穿絶、刀速に合わせて切れ味が上下する刀だ。己にはそれをくれてやる」
「「「!?」」」
驚愕の反応を見せたのは、渡された張本人宮登、そしてアリシアとアズだった。
宮登が刀に手を伸ばし掴む。そして、刀を鞘から引く抜いて刀身を露出させる。刀は赤銅色の刀身を見せ、月明かりに輝いた。
「お前が、刀を渡すだと?」
「驚きか?」
「ああ、それもあるが……あの男はお前にそこまでの期待をさせる者なのか?」
「そうだな」
シドは一切の躊躇いなく言い切る。目を見開いて驚くアリシアを余所に、シドは再び宮登に視線を向けた。
「曹源、己は確かに強くなるが、上等な武器は必要だろう。魔剣や聖剣、聖魔剣でも手に入るまではそれを使うといい」
「いいのか?」
「ああ。これも最終的には俺のためだ」
「そうか。なら……貰っておく」
渡された刀、穿絶を強く握って礼を言った。次にシドの視線が俺に移る。
「天無、己にはこの刀をくれてやる」
そう言ってこちらに投げられる一振りの刀。俺は右腕で刀をキャッチして、刀に目を向ける。
「これは……」
渡された刀を鞘から少し引く抜く。宮登に渡された穿絶と呼ばれた刀は、赤銅色のどこか禍々しい雰囲気がしたが、この刀は正反対に菫色の優しい色していた。
「その刀の名は妖刀・嶽劣し。対象の硬さに合わせてその切れ味を変化させ、あらゆる物体を切断することができる刀だ」
「――――」
その性能を聞いて驚く。対象の硬さに合わせて切れ味が変わる、使い慣れれば、対象の硬度を完全無視して切断が可能など、イカれた性能をしている。
手に持った刀に目を向ける。
「それは所有者の技量が明確に反映される。腕の無い者が使えば、ただ切れ易い刀。腕の在る者が使えば、あらゆる敵を斬り伏せることのできるモノになるだろうよ。力の有無ではなく技術、己には丁度いい刀だろう」
「ああ、そうだな。サンキュ、シド。これは在り難く使わしてもらう」
嶽劣しの刃を鞘に納め、俺はシドに向って礼を言った。
確かに宮登が受け取った穿絶より、こちらの方が俺とのシンパシーは強い。純粋な身体能力による穿絶の斬撃力強化より、技術でどうとでもなるこちらの方が、俺は扱いやすい。毎度毎度、紅月を使用するわけにもいかないし、強固な刀というだけでもありがたい。
普段使用ができる強い武器は大歓迎大歓迎。
笑みを浮かべながらそう思っていると、シドから、カカッと小さく笑いが零れた。
「それでいい。己は目的のためであれば、敵からの慈悲であろうと関係なしに受け取る。勝利への異常な執念とでも言うのだろ……己はそうであるから面白い」
「なに言ってんだ、お前? 敵であろうと何であろうと、受けた恩にはしっかり礼を述べる。それが大人としての常識だぜ?」
ドヤ顔でそう言い切ると、隣のアリシアや周囲の連中が呆れた顔をしていた。
えー、なんか酷くない? いいこと言ったよね? 大人としての常識ってのがダメだった? まあ、確かに肉体的には子供だけどさ、中身は立派しの大人だよ?
「っ――。カカッ、そうか」
少し驚いた表情をした後、シドは笑みを零した。よく見るとその隣のアズも驚いた表情をしていた。
この二人は一体俺の何に驚いたのだろう? そんなに大人の常識ってダメなセリフなの?
「ふむ、ではもうそろそろ去ることにする。長いすれば、魔道騎士団の連中が来るだろうしな。あんなつまらない連中とやり合っても興が削がれるだけだ」
「つまらない? まさかお前、もう戦ったのか?」
「ああ。己達は魔道騎士団の到着を待っていたようだが――奴らなら少し前に交えた」
その言葉でその場にいた全員が驚愕の表情を見せる。
「骨のある奴は数人いたが、それ以外は〝凡〟だ。おまけに竜殺し、アゼス・エリューベンズを含め、序列の上位勢は遠征に行っていると聞いた。俺が天無を探していたのは、竜殺しを待っていたのが……ま、その必要もなくなった。今の俺は満たされている。竜殺しはまた気が向いた時にでも交えるとする。それにこの国には、王室直属近衛兵・閃栄隊もいる、まだまだ興味の唆られることはあるようだな」
「お前は二度とここへ来るな」
「カカ、天無や曹源がいる限りは無理だな。ま、今日のところはこのまま去るさ」
「チッ」
アリシアの舌打ちに笑いを零すシドは踵を返した。
「行くぞ」
「うん」
シドの言葉に従い、彼の後ろに着いてくアズ。月光に照らされ、シドの羽織っている黒ローブとアズの羽織が風に靡いた。怪物はその場を去って行った。
ふと――アズが立ち止まる。
「ん? どうした」
「ちょっと待ってほしい」
「?」
アズは足を止めてこちらへ振り返る。そして、歩いてこっちに近づいてくる。
アリシアと俺はそんな彼女を不思議そうに見つめた。テクテクと歩いてくる彼女は、俺達の元に――いや、俺の元にやって来た。
俺はん?という表情で目の前に立ち止まった少女を見た。
そして、次の瞬間――アズが抱き着いてきた。
「な、っ――」
突然のことに回避することもできず、彼女にただ抱きしめられた。
「なっ!?」
「ひゃ――!?」
アリシアとオリビアが驚愕の表情でこちらを見つめる。アリシアは動揺した表情でアズと俺を交互に見て、オリビアは悲鳴にも似た声を上げた。他にも、アルはこの女垂らしがというニタニタと嫌な笑みを浮かべられ、宮登からは流石だな的な表情を向けられた。その他の人物はポカーンとした表情をこちらに向けていた、彼女らは単に思考が追いついていないのだろう。
アズは俺のみぞおち辺りに、グリグリと頭を押しつけてくる。
プルプルと震えるアリシアとオリビア。二人ともそれなりに動揺を見せているが、オリビアの方は深刻そうで、壊れた機械みたいな動きをし始めている。いや、そんなに!?と思ったが、ああいう清楚系というか、お嬢様系は、あまりこういうのに慣れていないのかもしれない。おそらく、初めて好意を持ったのが、俺だと思うし。
……嬉しいような、嬉しくないような。
ダークサイドオリビアを知っているが故、この状況がいかに最悪なのか、それを理解する。事が終わった後が怖くて彼女の顔を真正面から見られない。
「む……」
二人だけがこの状況に強く反応を見せているかと思いきや、フィニスもなにやら不満そうな、嫉妬したような表情をしている。
あれ? なぜ、アンタも?
フィニスは俺に好意を向けていた記憶は一切ないのだが、なぜそのような反応をしているのだろうか。いや、これにかんしてはよくわか……あ、今の出来事っすか。
考えが至る。が、もうそっち方面に思考するのが面倒になり、一時思考を切って抱き着いている少女に意識を向けることにした。
「ん、……いい匂い」
「は?」
「あなたからは、アリシアやシドよりも、ずっと濃い――懐かしい匂いがする。あ、この匂い、アリシアから感じたものと同じ。そう、あなたからの匂いだったのね」
そう言って彼女は力強くギュッと俺を抱きしめる。少し体が締まる感じがしたが、抱きしめられる力自体は然程強くなく、本来の彼女の力を考えれば大分力が入っていない。こちらに配慮?しているようだ。
だが、俺はこの拘束から脱さないと後が怖いので体に力を入れた。
「夜兄ぃ……」
そんな悲しげ声と共に、アズの瞳に涙が滲むのが見えて――一気に体から力が抜けた。
最初こそ抵抗を試みていたが、彼女のそんな様子を見て、拘束を振り解こうとは思えなくなってしまった。それは彼女が――哀しそうに、嬉しそうに……どこか、迷子の子供が親を見つけたような、そんな表情をしていたからだ。
涙に強い方ではあるとは思う。男は基本的に女の涙に弱いものだけど、俺は目的の為であれば情を勘定から外せる。だから、比較的こういう場でも何も思わないで行動できる……けども、彼女の涙は違った。俺は、彼女の涙を見て、動けなくなってしまった。
「私はアズ……あなたは?」
「お、俺は……――」
何故か言葉が止まる。神塚敬也と名乗ればいいのか、天無と名乗ればいいのか……分からなくなった。どちらも間違っている気がして、名を名乗るのに躊躇いがあった。
そして俺は結局――
「俺は……天無、だ」
シド同様にこちらの名を名乗った。
「そう。天無……うん、覚えた」
優しい声色の声と共にニッコリと純粋な笑みが、こちらに向けられる。それはシドのどこか恐怖を誘うようなモノと違い、本当に可愛らしい少女の笑みだった。
再びみぞおちに顔を埋め、ギュッと俺を少し抱きしめると、彼女はすぐさま俺から離れた。
「またね。天無」
そう言って彼女はシドの元へ向って、駆け足で走って行った。
「己の目的の人物だったか?」
「違う」
アズは再び感情が薄い表情に戻り、無感動気味の声色でシドの言葉を返した。
「そうか……」
そう呟いてシドはこちらへ振り返った。
「天無。己は自身の役目を――修正者という役目を、果たして見せろ」
「――――は?」
目を見開いて驚愕した表情と共に声を漏らした。
今コイツは何と言った? 修正者? なぜ? なぜコイツはその名を、そして、なぜ俺が修正者だと知っている?
動揺して声が出来ない。すぐさま何か言って引き留めなければならないのに、何を発するのが正解か分からず、ただ茫然と動揺した表情でシドを見た。周囲の人物達は、シドの言った言葉が何を意味するのか分からないためか、ポカーンと頭に?を浮かべていて――二人を除いて。
「お、お前、なんでそれを――」
何とか声をせり出すも、その頃には、目の前に誰もいなかった。空いた間など、数秒もなかった筈だが、彼らは一瞬にしてその姿を消した。
同時、騎士の恰好をした人物達が現れた。彼らはすぐさま、こちらの様子を観戦していた一般人達を避難させ、怪我をしている他生徒達の元へ向かった。
「アマナイ!」
俺の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると騎士達と共にやって来た馬車の中から、レナとイザベラ、そしてゼルーニ講師が現れた。彼女達の姿を確認して、ようやく事が終了したのだと実感が湧いてくる。どっと疲れが押し押せてくるが、何とか体を立たせる。
講師達が走ってこっちに向って来る。イザベラとゼルーニ講師は心配そうな表情で宮登達を、レナはどこか安心したような表情で俺とアリシアに目を向けていた。宮登達もそれなりに重傷だが、死んではいない、一先ず安心というところか。
ふぅ~……疲れたな。
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