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レヴェント編・真紅の血鬼《クリムゾン・ブラッド》
12.自己理解
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再登校から数日が経過した。
筋肉痛や体の鈍り等々はほぼほぼ全快した。これも全て、アリシアさんによる鬼のリハビリの成果、速く感を戻さなければ叩き殺され、速く動きを回復させなければ叩き殺される。
……叩き殺される?
普通、リハビリに殺されるようなリスクは発生しない筈なのに、その項目を容認している自身に今更ながら、強い疑問を抱いた。
「っ――、は」
そんなことを考えながら、体を追い込むように駆動させる。
現在俺はアリシアと共に朝の鍛錬中、体の回復は喜ばしいが、万全に回復したところで俺は俺。〝弱い〟という事実は変わらない以上、この肉体を限界以上に鍛え上げる必要がある。
シドとの戦いは、俺にとって非常に貴重な経験となり――戒めとなった。
理解していたのにも関わらず、どこか現在の自身の強さに妥協していた自身を強く叩き起こし、己を再起させる切っ掛けになった。
今に至るまでの俺は、三度の転生経験と高が十六年磨いた能力に自惚れ、どこか鍛錬や能力探究の意欲が低迷していた。弱い弱いと言いながら、心のどこかでは周囲の連中なんかには負けないと思っていた。
本当に情けない――
〝凡人〟であることを自覚して尚、そのような思考に至っていた自身が呪わしい。
神塚敬也にできることは、己を極限に研ぎ澄ませることだけだ。それは決して他より優れることではなく、己を――局所的に勝たせることだ。
弱くたって構わない――
強くある必要はない――
俺はただ――勝てればいい。
そう強い意思を込めながら、魔法により重くされた木剣を振るう。
「ふぅ。ケイヤ、大分慣れて来たな」
「ん……そうか?」
木剣を振るう手を止め、声を掛けてきたアリシアの方を向く。
「ああ。初日の頃は死にかけでこなしていた訓練内容を、もう軽々こなせている。流石、というべきだな」
「ま、慣れればこれくらい余裕だよ。地道に基礎をやるってのは嫌いじゃない」
「良い事だ。大きな目標ばかり追って、基礎を怠る者は何も成せないものだ。お前くらい堅実な方が、遅くとも成長できる」
「かも知れないが――その先、天才の領域には及ばないよ」
「…………」
俺の言葉を聞いたアリシアは押し黙る。
それは天才である彼女だからこそ、理解できる凡才と天才の壁。それを強く理解しているが故に、言葉が出ないのだろう。
「お前や宮登……シド。卓越した才能の前に、凡人の努力は無価値になる。俺の伸ばしている部分は、他を越せても、お前らを追い越すことはできない」
「……卑屈過ぎだ」
顔を伏せて彼女は言った。
「フッ、かもな。…………――でもさ」
苦笑の後、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「だからこそ――俺はお前らより一手上回れるんだと思うぜ?」
その言葉に顔を上げ、驚いたような表情でこちらを見る。
「卑屈、自嘲、自虐、臆病、小心、因循、慎重、腑抜け、怯懦、弱虫、弱者、敗北者…………――ああ、結構結構。大いに結構だ」
俺は決して強き者ではない。
「俺は弱い。だから怯える。恐怖する。狼狽える。故に――思考を回す。弱いが故、強者を討つために己が持ち得る全てを以て敵を屠る。弱者であるからこそ、お前たち強者を下せる」
「……フン。傲慢だな」
「弱いから威勢を張って、大口を叩くんだぜ?」
キッパリとそう言い切ると彼女は鼻で笑って言った。
「知っていたか? 本当に弱き者は自己の弱さを理解しない者だ。そして――その虚勢を、威勢を、実現可能だと思わせるお前を私は弱者だとも、敗北者だと思わない」
「そう?」
「ああ。なんたってお前は私の隣を歩く者だ……――全てを下せるほど傲慢になって見せろ」
こちらの虚勢を軽く上回る戯言に言葉が出ない。
だが、同時にある種の勇気を貰った。彼女は確信している、天無という人間が、その傲慢を成せるに値する人間だと……――
「キッツい信頼だ」
「それが私の隣にいるということだ」
「フッ……そうか。なら――頑張らないとな」
笑みをが零れる俺を見て、彼女もまた笑みを零した。
その後、木剣による素振りを終えた俺は、異空間収納から一本の刀を取り出した。
「ん? 今日も調整か?」
「ああ。大分コイツの扱いにも慣れてきたが、もう少し順応させたい」
「私意だが、もうほぼ完璧じゃないか?」
両手を組んでそういい、度が過ぎる完璧主義に呆れを見せる。
そんな彼女に対し、紫色の鞘をした刀に触れながら、言葉を返す。
「いや、まだ感覚に慣れ切ってない。他の武具ならこうも時間は掛からないんだが……この刀の特性がネックだ。俺は癖で対象に合わせて力の入れ方を変えてるんだが、コイツは対象の硬度を無視するからな。力は最小限でいいのに思った以上に癖が引いて、微調整がズレる」
「なるほど……そこまで細かな調整か」
右手を顎に添え、納得したようにそう呟く。
「ああ。ミリでも余分な体力、力は使いたくない。もう少し鍛錬すれば扱い切れるだろうし、あるいは実戦で成らすのもアリかもな。そっちの方が早く馴染む」
「そうか……もうそろそろ、遺跡探索を再開するか?」
「そう、だな。そうしよう、実戦アリの方が俺としても好ましい」
「うむ、そうか。ならば、今日は試しに軽い依頼を受けて見るとしよう」
俺は彼女の提案に頷き、早朝にして今日の予定が決まった。
紫の鞘から菫色の刀身を引き抜き、軽く空を斬る。
菫色の刀――嶽劣し。
嶽劣しを振るう感覚は、普通の刀剣とは少し違う。空を斬った今も、僅かな抵抗もなく、まるで空間を滑るように鮮やかに振られる。
キラリと輝く菫色の刃はどこか魔性的で魅入られる。
正しく――〝妖刀〟である。
嶽劣しを紫色の鞘に納め、腰に括り付ける。右手で柄を握ったまま、左手で地面に落ちている石を三つほど拾い上げる。
アリシアはこちらが何をするのか予想がついたのか、少し離れた位置で観察するように見守っていた。
次の瞬間――左手に握った石を空に投げた。
右手に握られた嶽劣し、石を投げた左手をそっと鞘を握る。
落下――
石は一定以上の高さまで上昇した後、自由落下を始める。その速度は決して早いとは言えないが、三つの石はそれぞれバラバラのタイミングと速度をしている。
これは、同時に全て落とすのはかなり難しいだろう。
「――――、――――」
呼吸を落ち着かせ、冷静に落下する石に視線を向ける。
両足のスタンスを広げ、腰を回しながら、左手で強く鞘を握り、右手は軽く刀の柄を握る。深い抜刀の体勢、冷静に冷静に時を待つ。
秒数を数える。
三、二――一ッ!
タイミングを見計らい――抜刀。
絶妙に高さの違う石三つ、俺は刀の軌道を正確に合わせ、その三つをスパンッと斬り裂く。
そして――
「弐節――」
クルッと嶽劣しを回転させ、逆手持ちに切り替える。
同時――腰を回転させ、両脚で強く地面を踏む。瞬間、急停止と急発進、放たれた斬撃は回帰し、落下している六つの石、その上段三つを切断する。
地面に落下したのは六つの石の欠片だった。
「おお、すごいな」
パチパチと手を叩いて驚いたような声を上げる。
「ケイヤ、それは嶽劣しというより、お前の技量がおかしい方に振り切れてるな」
「……同じことができる奴に言われても、なにも嬉しくないし、むしろ嫌味に聞こえる」
「む、私は本心から凄いと思ったのだが……」
本当に悲しそうな表情を浮かべるアリシアを見て、しまったという表情を浮かべる。
それなりに親しいが故、ついつい毒舌気味になってしまった自身を叱咤しつつ、すぐに弁解するように言葉を返す。
「いや、まあ、別に言われて嬉しくないわけじゃないが……うっ、今の俺が悪かったよ」
「フフ。なに、気にしてない」
コロッと表情を変えるアリシアはしてやった、という表情を浮かべ嬉しそうなしていた。
……この子、絶妙に性格が悪いな。
まあこれも全て、平生の俺の態度が悪いのだろうが……俺が困った表情をするのはそんなに嬉しいことなのか? という疑問を感じつつ、追求するのは止めておいた。
俺は嶽劣しを鞘に収めつつ、呆れた眼差しをにんまりと笑みを浮かべるアリシアに向けた。
筋肉痛や体の鈍り等々はほぼほぼ全快した。これも全て、アリシアさんによる鬼のリハビリの成果、速く感を戻さなければ叩き殺され、速く動きを回復させなければ叩き殺される。
……叩き殺される?
普通、リハビリに殺されるようなリスクは発生しない筈なのに、その項目を容認している自身に今更ながら、強い疑問を抱いた。
「っ――、は」
そんなことを考えながら、体を追い込むように駆動させる。
現在俺はアリシアと共に朝の鍛錬中、体の回復は喜ばしいが、万全に回復したところで俺は俺。〝弱い〟という事実は変わらない以上、この肉体を限界以上に鍛え上げる必要がある。
シドとの戦いは、俺にとって非常に貴重な経験となり――戒めとなった。
理解していたのにも関わらず、どこか現在の自身の強さに妥協していた自身を強く叩き起こし、己を再起させる切っ掛けになった。
今に至るまでの俺は、三度の転生経験と高が十六年磨いた能力に自惚れ、どこか鍛錬や能力探究の意欲が低迷していた。弱い弱いと言いながら、心のどこかでは周囲の連中なんかには負けないと思っていた。
本当に情けない――
〝凡人〟であることを自覚して尚、そのような思考に至っていた自身が呪わしい。
神塚敬也にできることは、己を極限に研ぎ澄ませることだけだ。それは決して他より優れることではなく、己を――局所的に勝たせることだ。
弱くたって構わない――
強くある必要はない――
俺はただ――勝てればいい。
そう強い意思を込めながら、魔法により重くされた木剣を振るう。
「ふぅ。ケイヤ、大分慣れて来たな」
「ん……そうか?」
木剣を振るう手を止め、声を掛けてきたアリシアの方を向く。
「ああ。初日の頃は死にかけでこなしていた訓練内容を、もう軽々こなせている。流石、というべきだな」
「ま、慣れればこれくらい余裕だよ。地道に基礎をやるってのは嫌いじゃない」
「良い事だ。大きな目標ばかり追って、基礎を怠る者は何も成せないものだ。お前くらい堅実な方が、遅くとも成長できる」
「かも知れないが――その先、天才の領域には及ばないよ」
「…………」
俺の言葉を聞いたアリシアは押し黙る。
それは天才である彼女だからこそ、理解できる凡才と天才の壁。それを強く理解しているが故に、言葉が出ないのだろう。
「お前や宮登……シド。卓越した才能の前に、凡人の努力は無価値になる。俺の伸ばしている部分は、他を越せても、お前らを追い越すことはできない」
「……卑屈過ぎだ」
顔を伏せて彼女は言った。
「フッ、かもな。…………――でもさ」
苦笑の後、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「だからこそ――俺はお前らより一手上回れるんだと思うぜ?」
その言葉に顔を上げ、驚いたような表情でこちらを見る。
「卑屈、自嘲、自虐、臆病、小心、因循、慎重、腑抜け、怯懦、弱虫、弱者、敗北者…………――ああ、結構結構。大いに結構だ」
俺は決して強き者ではない。
「俺は弱い。だから怯える。恐怖する。狼狽える。故に――思考を回す。弱いが故、強者を討つために己が持ち得る全てを以て敵を屠る。弱者であるからこそ、お前たち強者を下せる」
「……フン。傲慢だな」
「弱いから威勢を張って、大口を叩くんだぜ?」
キッパリとそう言い切ると彼女は鼻で笑って言った。
「知っていたか? 本当に弱き者は自己の弱さを理解しない者だ。そして――その虚勢を、威勢を、実現可能だと思わせるお前を私は弱者だとも、敗北者だと思わない」
「そう?」
「ああ。なんたってお前は私の隣を歩く者だ……――全てを下せるほど傲慢になって見せろ」
こちらの虚勢を軽く上回る戯言に言葉が出ない。
だが、同時にある種の勇気を貰った。彼女は確信している、天無という人間が、その傲慢を成せるに値する人間だと……――
「キッツい信頼だ」
「それが私の隣にいるということだ」
「フッ……そうか。なら――頑張らないとな」
笑みをが零れる俺を見て、彼女もまた笑みを零した。
その後、木剣による素振りを終えた俺は、異空間収納から一本の刀を取り出した。
「ん? 今日も調整か?」
「ああ。大分コイツの扱いにも慣れてきたが、もう少し順応させたい」
「私意だが、もうほぼ完璧じゃないか?」
両手を組んでそういい、度が過ぎる完璧主義に呆れを見せる。
そんな彼女に対し、紫色の鞘をした刀に触れながら、言葉を返す。
「いや、まだ感覚に慣れ切ってない。他の武具ならこうも時間は掛からないんだが……この刀の特性がネックだ。俺は癖で対象に合わせて力の入れ方を変えてるんだが、コイツは対象の硬度を無視するからな。力は最小限でいいのに思った以上に癖が引いて、微調整がズレる」
「なるほど……そこまで細かな調整か」
右手を顎に添え、納得したようにそう呟く。
「ああ。ミリでも余分な体力、力は使いたくない。もう少し鍛錬すれば扱い切れるだろうし、あるいは実戦で成らすのもアリかもな。そっちの方が早く馴染む」
「そうか……もうそろそろ、遺跡探索を再開するか?」
「そう、だな。そうしよう、実戦アリの方が俺としても好ましい」
「うむ、そうか。ならば、今日は試しに軽い依頼を受けて見るとしよう」
俺は彼女の提案に頷き、早朝にして今日の予定が決まった。
紫の鞘から菫色の刀身を引き抜き、軽く空を斬る。
菫色の刀――嶽劣し。
嶽劣しを振るう感覚は、普通の刀剣とは少し違う。空を斬った今も、僅かな抵抗もなく、まるで空間を滑るように鮮やかに振られる。
キラリと輝く菫色の刃はどこか魔性的で魅入られる。
正しく――〝妖刀〟である。
嶽劣しを紫色の鞘に納め、腰に括り付ける。右手で柄を握ったまま、左手で地面に落ちている石を三つほど拾い上げる。
アリシアはこちらが何をするのか予想がついたのか、少し離れた位置で観察するように見守っていた。
次の瞬間――左手に握った石を空に投げた。
右手に握られた嶽劣し、石を投げた左手をそっと鞘を握る。
落下――
石は一定以上の高さまで上昇した後、自由落下を始める。その速度は決して早いとは言えないが、三つの石はそれぞれバラバラのタイミングと速度をしている。
これは、同時に全て落とすのはかなり難しいだろう。
「――――、――――」
呼吸を落ち着かせ、冷静に落下する石に視線を向ける。
両足のスタンスを広げ、腰を回しながら、左手で強く鞘を握り、右手は軽く刀の柄を握る。深い抜刀の体勢、冷静に冷静に時を待つ。
秒数を数える。
三、二――一ッ!
タイミングを見計らい――抜刀。
絶妙に高さの違う石三つ、俺は刀の軌道を正確に合わせ、その三つをスパンッと斬り裂く。
そして――
「弐節――」
クルッと嶽劣しを回転させ、逆手持ちに切り替える。
同時――腰を回転させ、両脚で強く地面を踏む。瞬間、急停止と急発進、放たれた斬撃は回帰し、落下している六つの石、その上段三つを切断する。
地面に落下したのは六つの石の欠片だった。
「おお、すごいな」
パチパチと手を叩いて驚いたような声を上げる。
「ケイヤ、それは嶽劣しというより、お前の技量がおかしい方に振り切れてるな」
「……同じことができる奴に言われても、なにも嬉しくないし、むしろ嫌味に聞こえる」
「む、私は本心から凄いと思ったのだが……」
本当に悲しそうな表情を浮かべるアリシアを見て、しまったという表情を浮かべる。
それなりに親しいが故、ついつい毒舌気味になってしまった自身を叱咤しつつ、すぐに弁解するように言葉を返す。
「いや、まあ、別に言われて嬉しくないわけじゃないが……うっ、今の俺が悪かったよ」
「フフ。なに、気にしてない」
コロッと表情を変えるアリシアはしてやった、という表情を浮かべ嬉しそうなしていた。
……この子、絶妙に性格が悪いな。
まあこれも全て、平生の俺の態度が悪いのだろうが……俺が困った表情をするのはそんなに嬉しいことなのか? という疑問を感じつつ、追求するのは止めておいた。
俺は嶽劣しを鞘に収めつつ、呆れた眼差しをにんまりと笑みを浮かべるアリシアに向けた。
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