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レヴェント編・真紅の血鬼《クリムゾン・ブラッド》

48.頑固者

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 異空間収納エア・ボックスから矢を取り出し、軽く宙へ投げ、クルクルと回転させて右手で掴む。薄ら笑いを浮かべつつ、鼻歌交じりに歩みを進める。
 ザシュ、地面を踏み締める音が聞こえる。
 右隣に視線を向けると、そこには一人の少女が立っている。
 「ふむ、やはり多いな」
 「だな」
 眼前に広がる蟻、大蟻ジャイアントアントの群れ。眩暈がするほどの圧倒的な数、たかが遺跡の七階層では決して見ることのできないであろう光景。
 ん~、他に冒険者いたら申し訳ないな。
 事を起こした張本人ながら、今更になってそんな心配をする。
 この場にいる蟻は、女王大蟻クイーンアントの生息する三十階層までの大蟻ジャイアントアントが集まって来ている。よって七階層以上に生息する蟻までもが来ているわけで、普通の冒険者なら食い殺されていてもおかしくない。
 じっくりと状況を解析する度、自身の無茶苦茶さに笑える。迷惑を被った冒険者方には本当に申し訳ないが……めんどいから謝罪はしない。
 「まったく、無茶をしたものだ……はぁ」
 右隣の少女――アリシアは、腕を組んで呆れた眼差しをこちらに向けると共に、ため息を零した。
 そっと彼女は首だけを後ろに向け、背後の五人を見た。
 「見てはいたが……――よく生き残ったな、お前達」
 同情を孕んだ瞳が向けられる。
 「ギリギリだけどね」
 「ですね」
 エヴァとオリビアが疲れた様子で言葉を返す。
 「私は、まだ……行ける」
 プクッと頬を膨らませ、拗ねるように詩織が言った。
 「シオリ、落ち着け。お前は十分頑張った。私達に追いつきたいという気持ちはわかるが、そう焦るな。お前ならすぐに追いつける、だから……――今は落ち着け」
 「……私は落ち着いてる」
 子供を宥めるようにそういうアリシア。そんな彼女の言葉に、拗ねた様子の詩織は、プイと顔を逸らして子供みたいに否定した。
 そんな彼女の様子を見て、アリシアは呆れたような表情を見せる。
 「落ち着いていない」
 「落ち着いてる」
 「落ち着いていない」
 「落ち着いてる」
 「いない」
 「てる」
 「――――」
 「――――」
 互いに視線をぶつけ合う。
 両者譲らない――あまりにも不毛な争い。
 ってか、てなんだよ……。
 何とも言えない表情を浮かべる。俺はくだらない争いをしている二人に流し目を向けた後、凄まじい勢いで迫って来ている蟻に鋭く双眸を向けた。
 「まったく……本当にこういうとこは、に似ているな」
 苦笑。そっと彼女の視線が蟻達に向けられ、次のチラリとこちらへ向いた。
 「ん?」
 「変なところでへそ曲がり。どうでもいいところで我が強くて、何が何でも己を最後まで突き通そうとする。頑固者もここまで来ると――〝愚者〟、そう何度か言っているのだがな……」
 先程まで詩織に向けられたものが俺に向けられる。
 「悪かったな、頑固者の愚者で」
 「そう思うなら改善しろ」
 「無理」
 「だろうな」
 「――――」
 こちらの発言を見透かしたような彼女の態度。別段驚きはないが、ここまでアッサリされると俺としては面白くない。もう少し動揺なりしてもらいたいものだ。
 「……生憎、俺はこの生き方がデフォなんでね。頑固でも、愚者でも、俺は俺の望む――結果ミライのために、己を突き通させてもらう」
 「フン、判っている。お前がそういう人間だからこそ、私は――」
 何かを言い掛けて彼女は止める。
 「どうした?」
 「……いや、何でもない。そんなことより――構えろ、もう敵はすぐそこだぞ」
 「?……ああ、わかった」
 冰晶剣を鞘から引き抜くアリシアを見て、釈然としない気持ちになりながらも弓を引いた。
 引き絞る弓――迫る蟻を冷静に狙う。
 ピュン、と矢が同時に放たれ、前方の一匹、その複眼に突き刺さる。
 「キュッ――――!」
 奇声を上げる蟻。
 身体強化無しの腕力で放った矢だが、十五階層以上のジャイアントアントに容易くダメージを与える。ただし、一瞬怯んだけで動きにはほとんど影響はない。
 ま、ですよね。
 蟻はフェロモンで意思疎通を図り、フェロモンで帰路を探る。基本的に触覚でフェロモンを感知して行動するため、視覚は大して頼りにしていない。
 故、目を潰されたところでそこまで影響はない。
 それに昆虫は痛覚がないという、目を潰され奇声を上げていたが、痛みによるものかすら怪しい。
 ま、それが魔物に適応されるか知らないし……そもそも、最近の研究じゃ、虫にも痛覚があるかもって話だしな。
 そんなことを思いながら――前進。
 先程矢で射抜いた蟻に接近する。
 「キュキュッ!」
 大顎が開かれる。一度でも捕まろうものなら、バラバラに引き裂かれかねない。
 が、捕まればの話だ。
 開かれる大顎を避け、蟻の複眼に突き刺さった矢を握って思いっきり奥へ突っ込み、中身を抉る。そしてそのまま、力任せに複眼をズタズタに掻き回し、頭部を動かす神経の塊をグチャグチャに破壊する。
 右手に握った矢を引き抜きながら、身体強化を施した足で蟻の胸部を蹴って飛び上がる。
 ドゴン、と力なく地面に頭部が落ちる――が、体は動きを止めない。
 まるで頭部、胸部、腹部は別の生命体のように、頭を潰されて尚動き続けるが――それも時間の問題。生存に必要な器官は確実に潰した、後は死ぬだけだ。
 空中で体勢を整えながら、右手に持った矢に力を籠め、真下の蟻に鋭く視線を向ける。
 そして――
 「身体強化レイズ倍率レート二倍ツー
 バチバチと黄緑の光を漏らす右腕。
 強化された力をそのまま、地面に叩きつけるように矢を蟻に向けて投げる。
 鳴り響く轟音と共に矢は、蟻の頭部を外骨格を貫通して地面に激突、頭部の神経の塊を潰した。
 空中でクルッと再び体勢を整え、異空間収納エア・ボックスから矢を五本取り出し、弓を引き、回路に魔力を回す。
 「強化アドバンス
 外部回路アウトコードが弓の前に形成される。
 自由落下と共に弓を力強く放つ。
 閃光が五つ――地面の蟻に直撃すると、あまりの威力に頭部ごと木端微塵に吹き飛ばされる。
 「キュキュ――」
 「――ふッ」
 地面に落下すると共に、弓を格納し、新たに取り出した槍で兵大蟻ナイトアントの頭部を一突き――貫通させる。
 飛び散る体液が頬を濡らす。
 槍を引き抜きつつ、クルリと槍を回してゆったりと構える。
 「ふぅ――」
 『――――』
 その場にいる全員がドン引きした表情をこちらへ向けて来る。
 なぜ、アリシアにまで、そんな表情を向けられるのか……正直、淡々と圧倒的な膂力で蟻を斬り裂いている彼女の方が、おかしなことをしていると思うのだが。
 と、思うが口にせず、そっと前進する。

 「さて――次」

 感情の籠っていない声でそう呟いた。
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