星架の望み(ステラデイズ)

零元天魔

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竜殺し編・焔喰らう竜

24.集う者

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 星十字団所属の魔術師が様々な魔術を使用し、イグナイスを迎撃する。執行者達も現代兵器と奇跡を合わせて兵器を用い、迎撃をしている。
 だが、イグナイスにはその一切が通用しない。
 イグナイスという生物は、現存する通常兵器ではまずダメージを与えることはできない。彼の存在を打倒するには、存在規模を上回り莫大な力を持って撃破するか、彼のモノを越える奇跡で根底を崩すか、はたまた純粋な物理でイグナイスという竜を殺すかである。
 どれにせよ、現実的ではないことは確かである。しかし、それができねば、人類はただ奴に蹂躙されるだけである。
 「弾薬の無駄だな。まったく、現代兵器は通用しないことなど分かり切っているだろうに……貴様ら教会の犬共は学習がないな」
 遠目からイグナイスと星十字団が交戦しているのを眺める男はそう言った。
 「その言葉返しますよ。無意味に弾かれる術式を展開しているあなた方には言われたくありませんよ。というかですね、第一あんな怪物に近代兵器どころか、現存する術式の大半が通用する筈が無いでしょう」
 「……ふっ、確かに言えているな」
 牧師の格好をした金髪青年の言葉に同意した。
 彼の名はヴァーリ・アーテウス、齢十七にして数秘工術、別名、数秘術と呼ばれる魔術の一系譜を完全に我がモノとした天才魔術師。
 他にも、アーテウス家に代々受け継がれる継契魔術けっけいまじゅつ、魔術印を受け継ぎ、飛躍的に魔術印を真理に近づけたと言われている正真正面天才である。
 黒い牧師服を身に纏っている青年は、ローシュム・リュドミラード。若くして教会の司祭であり、執行者ではクラスサードという位に該当する。
 普段から何を考えているのか分からない笑みをしており、周囲からは距離を置かれがちな人物である。
 しかし、その一方で戦闘能力は非情に高く、聖句の使い手としてはかなりの力を有している。
 「ヴァーリ、行かないのか?」
 そう言ったのは、桃色の短髪に茶色の瞳をした男、須白ましら九嶽くがくという人物である。彼もヴァーリ同様に魔術師であり、とある人物を師と慕い日々、真理を探究する一介の魔術師である。
 ヴァーリやローシュムほど、優れた能力は持っていないが、機転が効きその場に適応する能力が非常に高いことが特徴の人物でもある。
 「そうだな。行ってもいいが、アレ相手にこの装備では無駄死にだろう。ここは観察程度に済ませる」
 「そうか。じゃあ、俺は多少の援護をして、無理そうだったら逃げることにする。死にたくないからな、エスケープ、エスケープ」
 「相変わらずだな、貴様は」
 「うい」
 そう言葉を返すと、九嶽はイグナイスの元へ走って行った。 
 「貴様らはどうする。と言っても、分かり切っているか」
 「…………」
 背後に居た数名の黒衣に身を包んだ人間たちは、そっとヴァーリの言葉に耳を傾けた。その隣には、叢真と同じ制服に身を包んだ人間もいたが。
 「所詮は人間相手の術だ、あんな怪物相手に通じるモノはないだろう。対人において、貴様らは我々より優れた術を持つが、対人外になればその術を持つ我々の方が優位に立つ」
 黒衣の男達はその言葉を否定しない。制服の少年も同様に、否定はなかった。
 「まあ、こちらには常軌を逸した存在もいるがな……いや、それはそちらも同じか」
 「…………」
 ヴァーリが目線を黒衣の男達に向けてそう言うも、返答は帰ってこない。かと思いきや、一人の男が立ち上がり返答した。
 「当然ですよ、ヴァーリ。どの世界にも、常識を壊す怪物はいますとも。〝星砕き〟……〝異能殺し〟が良い例ですね、あれはもう――人間じゃないですよ」
 返答した黒衣の男は喪愨そうかく。女のような黒い長髪と黒い瞳、中性的な顔立ちをしているが、その体は鍛え抜かれた戦士の体である。
 愉快犯的な人格であり、殺しに愉悦を求めているような性格だが、一方でそれなりに常識的。愉悦と感じている殺人だが、別に積極的に殺しを行うような人間ではなく、半人格破綻者である。
 「確かにな、あれで吸血鬼や鬼……悪魔や天使の類ではないのだろう。正真正銘、化け物だな」
 「ヴァーリ、あなた悪魔や天使と接敵したことがあったんですか?」
 ローシュムがヴァーリの発した単語に反応してそう言った。
 「悪魔なら一度、な……正直言って、あれは一介の魔術師が相手のできるモノじゃない。そこの化け物同様に、最大規模の戦力を投下しなければ、勝負にすらならないだろうな」
 「そうですか」
 前方に佇む厄災を撒き散らす竜、イグナイスを見つめてそう言った。
 「喪愨。それで貴様らをどうするんだ? こんな馬鹿げた戦力じゃ、あれには勝てない。星十字団なんて所詮、寄せ集めのごった組織だ。貴様らは上の指示は絶対だろうが、こんな勝率のゼロに等しいことに命を賭けるのか?」
 「いえ、私達の目的は現状の把握だけで、神風特攻隊のように死地へ向かうことはありませんよ」
 「そうか」
 納得したような表情をヴァーリが取った後、喪愨はニヤリと魔的な笑みを浮かべて言った。
 「ただし――この場の数名には、下見がてら持てる全てで特攻してもらいますけどね?」
 「――悪趣味ですね」
 ローシュムが不快そうな表情でそう言った。
 「なに。私達は、上の指示が絶対です、死ぬことなど恐れていません。私どもの命は全て、石なのでございます」
 スッと胸に手を当てて、頭を下げる。紳士気取ったその様相故に、逆に気味悪く、喪愨が浮かべるその不気味な笑みに周囲に待機していた魔術師の数名は怯えるように声を上げた。
 「さて、私どもはもう行きます。あと、白汰はくた君、君はどうします?」
 「…………」
 喪愨は制服の少年にそう問い掛けた。
 「かの有名な〝庭〟の構成員。そんな君が、組織が絶対という場所からどう抜け出したか知りませんが、逃げ延びてもこんなところで、竜という怪物に襲われて死んでしまうのは勿体ないでしょう。どうです? ……私達と来ませんか? 君の力を存分に発揮できる舞台を私達であれば、用意できますよ」
 「遠慮しておく。態々逃げてきた世界の裏側に、そんな理由もなく戻るつもりはないからな」
 「ん~、そうですか。まあ、いいですよ。私としては目的さえ果たせれば、その他全て――どうでもいいですからね。ああ、誰か、私を心の底から感動させてくれる人はいないでしょうか? 本当に人生はなんて、つまらないんでしょう」
 嘆くようにそう呟くと、次の瞬間――他の黒衣の人物と共に、一瞬にしてその場から消えた。
 そして、同時に大きな衝撃音と共に、白色に発光する魔弾がイグナイスに向かって直撃した。周囲の空気が揺れ、衝突の威力で魔力の波が伝わった。
 「クッ――」
 「なんという桁違いの威力」
 突風に耐えるためのその場にいる人物達は強く地面を踏みしめた。ヴァーリとローシュムは放たれた魔弾の発生元に目線を向ける。
 「あれは……稀代の天才魔術師、白魔か」
 「白魔、名前はクレア・ファーミス・アーゼンベルグでしたか。確か、ドランニュート計画の生き残り、そのような資料を読んだことがありますね」
 魔力の残り香を排出するクレアを遠目に見つめる、二人は各々、記憶の中の彼女の情報を取り出す。すると、もう一人の人間が予想外の状況に驚愕の声を上げた。
 「む、叢真――」
 制服の少年、白汰は知人がこの場にいることに焦燥を見せる。
 彼の目には、飛び去る少女とそれを見守る少年の姿が映ったのだった。
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