王さまに憑かれてしまいました

九重

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第一巻 児童書風ダイジェスト版

1 懐中時計

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今より昔の異世界。
王さまがいて騎士がいて、ほんの少しの魔法のある、そんな国にコーネリア・サンダースという16歳の少女が住んでいました。
コーネリアは平民。つまりはお姫さまや女騎士などではない普通の女の子です。
早くにお父さんとお母さんを病気で亡くしてしまった彼女は、毎日を真面目に働きながら一人暮らしをしていました。この国では15歳で成人したと認められるため、一人で暮らしていても全くおかしなことではないのです。
「コーネリアちゃんは頑張り屋さんだね」
「明るくてイイ子だよ」
「働き者で優しいし」
コーネリアを知る人たちは、みんな口をそろえて彼女を褒めてくれます。
善良で素直な優しい少女。それがコーネリアでした。
そんなある日、彼女は、血だらけで今にも死にそうな人を抱えた騎士の乗る早馬が、目の前を通り過ぎるのを見ました。
驚きながらもコーネリアは、手を組みその人の回復を祈ります。例え見ず知らずの他人であっても、けがをしている人を見れば、良くなって欲しいと願うのは、特別でもなんでもない当たり前の事だと、彼女は思います。
それなのに――――
(わしを何の見返りも求めずに心から案じてくれたのは、そなただけだ。だから、礼にそなたに憑いてやろう)
その翌日、なんと彼女の目の前に、死にそうになっていた人が死んで幽霊となって現れたのです!
「お断りいたします!」
コーネリアは叫びます。
(遠慮などいらぬ)
「遠慮していません!」
(慎み深いやつだな)
甲冑をつけた立派な騎士姿の幽霊は、フヨフヨと浮かびながら、見当違いの誤解をします。
丁度その時、コーネリアの住む町に弔いの鐘が鳴り響きました。
鐘は、この国の王さまが、隣の国との戦争で傷つき亡くなってしまったことを知らせる鐘でした。
(フム。自分の弔意の鐘を聞けるとは思わなかったな)
なんと幽霊は、畏れ多くも先の国王ルードビッヒ・フォン・アウグス・ローディア陛下だったのです。
こんな事情で、コーネリア・サンダースは、死んでしまった王さまに憑かれてしまったのでした。

とはいえ、王さまに憑かれてしまっても、コーネリアの暮らしはそんなに変わりません。
実は王さまは、何もできない幽霊なのでした。
ポルターガイストといったような怪奇現象も起こせなければ、コーネリアに乗り移るなんてこともできません。当然他人を呪うこともできないし、未来予知のような便利な能力も一切ありません。
何かに触ろうとしても、その手はスカッ!とすり抜けるだけです。
おまけに、王さまの姿が見えて声が聞こえるのは、コーネリア一人だけでした。
こんな王さまにいったい何ができるでしょう?
しかし王さまはそれを気にした風もなく、フヨフヨと浮きながら、朝早くから畑で働くコーネリアに、(それは何をしておるのだ?)と、のんきに聞いてきます。
「これはイチゴです。実が泥の跳ね返りで汚れないようにわらを敷いています」
(イチゴか? イチゴはわしも好んで食べていたが……そうかあの小さな実のためにこんな手間暇をかけるのだな)
王さまはしきりに感心します。
コーネリアはクスクスと笑いました。心の中がほっこりと温かくなってきます。
王さまに憑かれて一週間。フヨフヨと浮く王さまといつも一緒に過ごし、彼女は一人ぼっちで寂しいと思う暇がありませんでした。
憑かれて困るコーネリアでしたが、そのことだけは良かったかなと思っているのでした。

そんなある日のことです。
朝の畑仕事が終わったコーネリアは、その後、収穫した野菜を持って朝市に出かけます。
賑やかな朝市の隅っこで、毎朝彼女は持ってきた野菜を売るのです。
もちろんそこにも、当たり前のように、フヨフヨと王さまがついてきます。
ほとんどを売りさばき、最後の一品である豆一袋を目の前の客に渡し、代金をもらおうとした、その時。
(やめた方が良い)
突如、フヨフヨとコーネリアの目の前に飛んできた王さまが、そう言いました。
コーネリアは、びっくりして代金を受け取ろうとしていた手を引っ込めます。
彼女の突然の動きに、代金を渡そうとしていた10歳くらいの少年も驚きました。
(陛下?)
(それは、贋金だ)
王さまは、サラリと爆弾発言をしてくれました。
(ホ、ホントですか?)
(ああ、よく出来ているが、出来過ぎている。裏表の刻印にまったくズレがないだろう? 本物はわざと角度をほんの少しずらして刻印してあるのだ)
そんなこと聞いたこともありません。コーネリアは少年の差し出しているコインを穴が開くほどジッと見つめました。どこからどうみてもピカピカの本物にしか見えません。
(本物より良くできている贋金なんて、信じられません)
(信じられずとも手を出すのは止めた方が良い。贋金は知らずに持っていても罪に問われるからな)
そう、贋金づくりは、ものすごい大罪でした。捕まれば必ず利き手を切り落とされ、仲間と見なされれば一生鎖に繋がれ過酷な重労働から逃れられないのだそうです。
コーネリアは、とっても怖くなりました。
「……あの?」
いまだコインを差し出したままの少年が、戸惑ったように声をかけてきます。
コーネリアは、慌ててブンブンと手を体の前で振り回しました。
「お、お代はいらないわ! 最後の一個で――――あ、余り物だしっ! サービスしますっ」
必死で叫びます。
少年は不思議そうな顔になりました。
「そんな、いいの?」
コーネリアはコクコクと頷きます。
思いっきり不審そうではありましたが、少年は「ありがとう」と礼を言い去っていきました。
その後姿を見ながら、コーネリアは大きく息を吐き出します。
(……あんな小さな子が、贋金づくりの一味なのでしょうか?)
(さあ、わからぬな。知らずに持っていた可能性もあるが……どうする役人に報せるか?)
聞かれてコーネリアは考え込みます。……やがて、首を横に振りました。
(止めておきます。どうして贋金に気がついたのか? とか、いろいろ聞かれても面倒ですし)
(フム。そうだな。そなたはか弱き女の身だ。関わり合いにならぬことが一番であろう)
コーネリアの答えに、王さまも賛成します。
この時コーネリアは、本当にこの件には二度と関わらぬつもりでいたのでした。
そのつもりでしたのに――――
今日も朝市で野菜を売るコーネリアの目の前に、本物より見事な贋金が差し出されます
「はい。お代。今日こそは受け取ってくれるよね?」
ニッコリ笑いかけてくるのは、あの日の少年です。彼は、あれから、毎日コーネリアの野菜を買いに来て、その度に贋金で支払おうとするのです。
「い、いいわよ。お代はいらないわ。サービスしてあげる」
もちろん断るコーネリア。彼女は贋金容疑で捕まりたくありません。
「どうしてお姉さんは俺にタダで商品をくれるの?」
真剣にきかれて、困ったコーネリアは小さな嘘をつくことにしました。
「……弟に似ているのよ」
「弟? お姉さんの? ……俺が似ているの?」
コーネリアはコクンと頷きました。
もちろん、本当は彼女には弟などいません。コーネリアは一人っ子です。ただ、昨年までいた施設の中には、兄弟みたいに育った弟同様の子供たちが沢山いました。だからこれはまるっきりの嘘ではないと、コーネリアは思います。
彼女の言葉を聞いた少年は、諦めて帰っていきました。
その後で、コーネリアは相変わらずフヨフヨと浮かぶ王さまにたずねます。
(やっぱりあの子も贋金づくりの仲間なんですか?)
毎日同じ贋金を持って通い詰めた少年。それを考えれば、彼が仲間であることは間違いないと思われました。
(……まったく、惜しいことだ)
王さまは悔しそうに言いました。
(惜しい?)
(ああ。あれ程の贋金を作れる技術を持っているのだ。あの子供が作っているとは考えられないが、そんな腕を持つ者と一緒にあって、贋金づくりなどに走るとは……他にも生きる道はあるだろうに)
王さまの言葉に、コーネリアも哀しくなります。でも、もうきっと少年はここに来ないでしょう。
(二度と会えないわね)
この時コーネリアは、本当にそう思っていたのでした。
ところが、コーネリアの予想は、またもや外れます。
それから一週間後の夜。
「俺の弟が、世話になったな」
コーネリアの家に、目つきの悪い20歳くらいの青年と、あの少年が押しかけてきたのです。
青年はコーネリアの目の前に刃物を突き付けて脅してきます。
「何故、俺の作ったコインが贋金だとわかった?」
(フム、これが噂のごろつきとかいう人種か?)
フヨフヨと浮いている王さまは、なんだかしきりに感心しています。
(わかっていたけれど……まったく頼りにならない!)
コーネリアは泣き出しそうになりました。
青年の持つ刃物のせいで、1ミリでも動けば、コーネリアの頬は切れてしまいます。彼の視線は、コーネリアを射殺すようでした。
恐怖から思わず逃げようとするコーネリア。
(動くな!)
鋭い王さまの叫びが、その動きを止めました。
(少しでも動けばそなたの顔は傷つくぞ。動いてはならぬ)
(で、でもぉ~!)
コーネリアの体は恐怖と緊張で、今にもブルブルと震えだしそうです。動くな、なんて言われても、体の震えはコントロールできません。
王さまは小さく舌打ちをしました。
(相手の目を見ろ! その男は、真底からの悪人ではない。そうであれば今頃お前はもっとヒドイ目にあっているはずだ。――――その男もお前同様怯えている。相手の気迫に呑まれるな!)
(え?)
驚いて、コーネリアは青年の目を見ます。
そこに見つけたのは、親のいない子供のいる施設で彼女がよく見知っていた目の光でした。
親を亡くし、施設に入ったばかりの頃の気の強い男の子が見せる、恐れ警戒し、自分の弱さを決して見せようとせずに強がる光。鋭く切り裂くようでいて、しかし奥底に不安を隠し持つ……哀しい瞳です。
「聞こえないのか!? とっとと白状しろ!」
刃物を突き付け青年はコーネリアを脅しました。
しかし、彼女はもうその瞳に、先ほどのような恐怖を感じられません。
(この人、強がっているのね)
コーネリアにはそれがわかったのです。
とはいえ、わかっただけではなんにもなりません。
「兄さん、止めてよ!」
「うるさい! 黙れ!」
青年は弟に止められても、刃物を持つ手を引きませんでした。このままでは、この青年は例えその気がなかったとしても、コーネリアを傷つけてしまいそうです。
(どうしたらいいの?)
悩むコーネリアに王さまが答えをくれました。
(フム――――コーネリア、そなたこれからわしの言う言葉をそっくりその青年に伝えられるか?)
(どういうことですか?)
(上手く話しに乗ってくるかどうかはわからぬが、もし説得できれば、この状況を打開するのみでなく、この者達の贋金づくりを止めさせられるかもしれぬ話がある)
(本当ですか!?)
コーネリアはその話に喰いつきました。期待を込めて王さまを見ます。
(フム、まずこう言うのだ。――――我に従え、さすればそなた達に巨万の富を授けようぞ!――――さあ、言ってやれ)
………………………………
「……えっと、お話を聞いていただけますか? 悪い話ではないと思うんですが?」
コーネリアは頭を下げながら、青年に話しかけました。
(違うではないか!)
(あんなセリフ言えるわけがないでしょう。私を殺す気ですか!)
コーネリアは、王さまを思いっきり怒鳴りつけたのでした。
――――そんなこんなのやりとりの末、ようやく王さまは、本格的に話をはじめます。
なんと王さまは、贋金作りの青年に、時計――――それも懐中時計を作らせたいと言うのです。
「懐中時計!?」
コーネリアの叫び声に、青年と少年は大きく目を見開きました。
この時代、この世界の時計は大きな振り子時計だけで、懐中時計のような小さな時計はまだ作られていません。
なんでも、王さまが生きていた時、時計を作る職人の集まりである時計ギルドの代表が、懐中時計の設計図を王さまのところに持ってきたのだそうです。
懐中時計を作ったり売ったりする権利を独占させて欲しいと頼んで来たギルドの代表。
それが気に入らなかった王さまは、丁度戦争がはじまったことを理由に許可を出さなかったのだそうです。
(設計図はわしの頭に入っているし、こやつらの腕ならば懐中時計を作ることも可能だろう)
そう言って王さまは、懐中時計の作り方を教えてくれたのでした。
コーネリアから懐中時計の設計図をもらった青年と少年は、ものすごく喜びます。
「スゴイ! 確かにこれなら今までよりはるかに小さい時計ができる!」
コーネリアもホッとしました。
「良かった。じゃあそれがあれば、もう贋金なんて作らなくてもすみますね」
良かった良かったと喜ぶコーネリアに対し、青年と少年は呆気にとられます。
「何故この懐中時計の作り方を俺たちに教えるんだ? どうして俺たちのためにお前はそこまで心配してくれる?」
「あなたたちのためじゃないわ。私が死にたくないだけです」
刃物を突きつけられたりしたら、死なないために必死になるに決まっています。
青年はコーネリアの答えに納得がいかないようでしたが、それでも「そうか」と頷きました。
その姿からは、恐ろしい雰囲気がなくなっています。
「俺はイザークだ。イザーク・ニトラ。18歳。こいつは弟でフェルテンという。こう見えて13歳だ」
青年が自己紹介します。
「コーネリア・サンダース16歳です」
コーネリアも名前と年齢を名乗り、頭をペコリと下げました。
(我が名は、ルードビッヒ・フォン・アウグス・ローディア。50歳だ)
偉そうにふんぞり返りながら、王さまが名乗ります。
当然それはコーネリア以外に聞こえることはありませんでした。
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