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怖すぎる二人です

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「光よ!」

短いミナの呼びかけに応え、瞬時にまばゆい光が彼女の手の上に生まれる。
妖精を見る目を持つ人間がいたならば、その場に膨大な数の光の妖精が集ったことに気づくだろう。

その手をミナは軽く振る。

生じた無数の光の刃が、荒れ狂う凶器となってハルトムートに襲いかかった!


「闇よ!」

ハルトムートの言葉と同時に、光を遮る闇が現れ、彼の体を覆う。
光の刃は闇にぶつかり、音もなく消えた。

ハルトムートの闇魔法が、ミナの光魔法を打ち消したのだ。


しかし――――

「今よ!」

それを狙い澄ましたように、ミナは鋭い声を上げる。
彼女の声に呼応した闇の魔獣――――ナハトが、ハルトムート闇の中に踊り入った!!

ハルトムートに肉迫し牙をむく魔獣の前に、妖精闘士ガストンが現れる!

「させるか!!」

大声で怒鳴ったガストンは、ナハトの牙を、己が大剣でガッシ! と受け止めた。
同時に――――

「今だ! 主どの!!」

ガストンの声より一拍早く、ハルトムートが自身の剣でミナに斬りかかる!

カン! カン! カン! と、音高く、ミナとハルトムートは、剣を打ち合った。

どちらもわずか十歳の子供ながら、目にもとまらぬ早さで戦う様は、まるで高速の舞踏を舞っているかのよう。
よほど熟練の戦士でもなければ、できないような動きだった。




見ていたルーノの喉仏が、ゴクリと動く。

彼の隣にいるルージュの拳は、硬く握りしめられブルブルと震えていた。

「――――見えるか? あれが、あの二人の実力だ。もっともヴィルヘルミナの方は、私がついていないから、普段よりかなり戦力ダウンになっているのだがな」

ルーノとルージュの背後に立ち、彼らを自分の結界で守りながら話すのは、妖精騎士レヴィアだ。



今は深夜。

ルーノとルージュの二人は、ミナからこっそり呼び出され、エストマン伯爵邸に来ていた。
そして見せられたのが、この光景である。

ルージュに「教えて」と頼まれたミナは、ルーノも合わせて自分たちの特訓を見てもらうことに決めたのだ。
その結果がどうなろうと受け入れるつもりで――――

「あの二人が目指すのは、まだまだこんなものじゃない。もっと遙か上の強さだ。……お前たちは、それについて行く覚悟があるか? 生半可な覚悟では、彼らに並び立つことなどできないぞ」

つい先ほど「私に仕えてくれている妖精騎士なの」と、なんでもないことのようにミナに紹介されたレヴィアが、ルーノとルージュに重々しく説明する。



「――――どうして? どうしてあの二人は、こんな特訓をしているんですか?」

呆然としながら、ルーノは疑問の言葉を呟いた。

たしかに普通に暮らしていくためだけならば、十歳というこの年齢で、これほどの特訓をする必要はないだろう。
いくらミナやハルトムートが、平民ではなく統治する側の人間なのだとしても、誰もそんなことを強制していないし、望んでもいない。

ルーノの疑問は当然だ。


――――まあ、実際のところは、ミナの場合は、前世の記憶に基づいた今後の対策のためだし、ハルトムートの場合は、単なるミナへの対抗意識だったりするのだが、これはこの際置いておこう。


レヴィアもそんなことを説明するつもりは、さらさらないようだった。

「強さを求める理由など、人それぞれだろう。理由などどうでもいい。重要なのは、強くなりたいという意志とその覚悟だ。お前たちにそれがあるのなら、多少足手まといではあるが、この特訓に加えてやってもいい」

相変わらずレヴィアの物言いは尊大だ。
この場にミナがいたならば、文句のひとつも言うところかもしれないが、ルーノやルージュはそれどころではない。

完璧な上から目線で、レヴィアは言葉を続けた。


「もしもお前たちにその覚悟がないようなら、今すぐそう言え。一瞬にしてこの記憶を奪い、家に送り返してやろう。……なに、心配するな。お前たちは“変わらない”。明日からも今までと同じ日々が、ずっと続くだけだ。……こんな光景など忘れてな」


そう言ってレヴィアは、ミナとハルトムートを指さした。

二人はまだ剣を交え戦っている。
相当ハードな動きなのだろう、二人とも額に、びっしりと汗をかいていた。

己が体力と技の限界を超え、全力で戦う二人は――――何故だろう? どこか楽しそうに見える。

決して笑っているわけではない。
怖いほどに真剣な表情をしているはずなのに――――ルーノには、そう見えた。



「……忘れるのはイヤだな」

だから、ルーノはそう呟く。
思わずといった風にこぼれた言葉だった。

「覚悟とかそんなもの全然ないけれど……ミナとハルトムートさまのこんな姿を忘れるのは、イヤだ」

「では、お前もあの中に入って戦うか?」

レヴィアに聞かれて、ルーノは少し黙りこむ。

「…………俺でも、戦えるようになるのかな? あんな風に動いたり魔法を使えたりできるようになる?」

「ムリだろうな」

恐る恐る聞いてきたルーノの言葉を、レヴィアは、あっさりと否定した。

「――――へ?」

「ヴィルヘルミナは、性格は残念だが、能力的にはどんな人間も凌ぐ最高の力を持っている。いわゆる天才というもので、その才能は、至高の妖精騎士である私でさえ、空恐ろしく思えるときがある。……ハルトムートは、今の時点でミナほどのきらめく才能を見せてはいないが、その実、底知れぬ力を秘している。うまく育ててやればヴィルヘルミナに勝るとも劣らない力を開花させるだろう。……もっとも、一歩間違えて爆発させれば己も周囲も巻き込んで破滅させかねない危うい力だがな」

レヴィアは、そう言った。


「なに、それ? 二人とも怖すぎるんだけど」

ルーノは本気でそう話す。
両手で自分の体を抱え、ブルッと震わせた。

「そうだな。だからこそお前たちのような普通の人間があの二人と同じになるなど絶対ムリなことなのだ。……お前たちにできることは、せいぜいがあの二人の露払いか、さもなくば、後方支援といったところだろうな」

身も蓋もないレヴィアの言葉だった。
ルーノは、がっくりと肩を落とし……考える。



「……そうか。後方支援か。…………でも、それって一緒に戦えるってことですよね?」

「ああ。戦は剣を振り回したり派手な魔法を打ったりするだけが全てではないからな。そういった地味な仕事は“私”には絶対向かないが、必要不可欠なものだ」

どこまでも偉そうなレヴィアに、ルーノは「そっか」と嬉しそうに笑う。


「だったら、俺はミナたちと一緒に特訓する方を選びます。記憶は消さずに死なない程度に特訓してください」


あっけらかんとルーノはそう言った。
レヴィアは「わかった」と頷く。


「――――なんで! なんで、そんなに簡単に、そんなことが言えるの!?」


そう叫んだのは、ルージュだった。
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