専制君主制における正しいザマァ

九重

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婚約破棄

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 王太子と年齢の近い侯爵令嬢として生まれた私が、妃候補となったのは当然のことだ。
 幼い頃から妃教育を受け、十歳で正式に婚約者となり、十五になる頃には未来の王太子妃として王族の責務も担うようになった。
 このまま何事もなく結婚するのだろうと思っていた私の将来設計図が狂いはじめたのは、十六歳で王立学園に入学した後のこと。
 王太子が、平民上がりの聖女に心奪われてしまったのである。

(……まるで流行の大衆小説みたい)

 聖女といっても、その実、彼女は聖属性の魔法が使えるだけの少女でしかない。珍しくはあるものの、聖属性の魔法使い自体は百人にひとりくらいの割合で存在していて、魔法そのものにそれほどの希少性はないのだ。
 正直、気にかける必要もないような小物だと思っていたのだが、これは私の奢りだった。
 聖女とわかったことで平民から男爵家の養女になった少女は、その可憐な容姿と物怖じしない態度で、周囲――――特に、高位貴族の令息たちを次々と虜にしていったのである。
 そして、そんな令息の中心に、王太子がいた。

 その後の流れは、まさに大衆小説そのもの。
 王太子と聖女は、身分の差を超えて愛し合う悲劇の恋人同士と評判になり、王太子の婚約者だった私は、何をしなくとも彼らを引き裂く悪役令嬢と見なされた。

(実際には、王太子が恋に浮かれて開けた公務の穴を埋める、悪役令嬢ならぬ穴埋令嬢だったのだけど)

 そんな私の事情を慮ってくれる者は、誰もいない。
 ついには、現実と虚構の区別がつかなくなったとしか思えない王太子から、私は学園の卒業と同時に婚約破棄を申し渡された。

「お前のような性悪女は、私の近くに置けない。王都を出て、勝手にどこかで野垂れ死ね! と言いたいところだが……それでは可哀相だと聖女が言うからな。お前には、北の辺境伯との婚姻を命じよう。獣が跋扈する極寒の地が、お前にはお似合いだ。二度と王都に足を踏み入れるなよ」

 ついでに私の嫁ぎ先まで決めてくれたのは、親切のつもりだったのだろうか?

 ――――いや、北の辺境伯は、私の父より年上で冷酷非道と噂の人物。数年前に妻と死別しているが、彼女との間に子はできず、縁戚から養子を迎えて跡取りとしたと聞いている。
 噂好きの貴族の間では、北の辺境伯は妻を虐げるサディストとして有名だ。子ができなかったのもその性癖故で、病死とされている妻の死にさえ疑いの目が向けられている。
『獣が跋扈する極寒の地』とも言っているし、そんな相手との婚姻命令は、いやがらせ以外のなにものでもないのだろう。

「そして、私のあらたな婚約者は、聖女とする。高潔で優しい彼女こそ、王太子妃の座に相応しい人物だ!」

 王太子はそう言いながら、隣に立つ聖女の腰を引き寄せた。
 私は、深く頭を下げる。

「…………承知いたしました」

 我が国は、専制君主制だ。王は神の血を引く絶対者で、逆らうなんてとんでもないこと。当然その権力は、次期国王たる王太子にも及ぶ。

「わかればいい」

 そう言われて頭を上げれば、恥ずかしそうに王太子の胸に頬を寄せる聖女が見えた。
 彼女の口角は、ニヤリといやらしく上がっている。

(きっと嬉しいのでしょうね。でも、公式の場でその表情はいかがなものかしら?)

 生き馬の目を抜くような社交の場では、自分の本心を隠す術が必須だ。こんなことで感情をさらすような彼女には、とても務まるとは思えないのだが……まあ、今さら私が心配するようなことでもないか。

(辺境伯のことは……この目で見て、しっかり判断するしかないわよね。噂を鵜呑みにするのならば、私だって悪役令嬢だもの。真実はわからないわ)

 描いていた将来設計を、かなり変更しなければならないけれど、まあそれも一興か。
 私は、王都から静かに去った。
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