専制君主制における正しいザマァ

九重

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側妃就任

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 ――――そして二年後。
 辺境の地で暮らしていた私に、王都への帰還命令が届く。
 もちろん逆らう術もなく、私は久方ぶりに王太子のご尊顔を拝することになった。
 なんだか少しやつれたような?

「……やっと来たか。喜べ、婚約破棄し一度は王都から追放したお前を、側妃として娶ってやることになった。私たちのために、身を粉にして働くがいい」

 一段高い場所に座った王太子は、偉そうに宣う。

「…………承知いたしました」

 他になんと言えただろう。
 私は、伏して頭を下げる。
 同じこの場所で婚約破棄を告げられたのは、二年前のこと。その時も今も、私は同じ言葉を返すことしかできないのだ。
 世の中、思い通りにならないことばかり。
 まあ、それもまた楽しいのだけれど。

 なんでも、ここ最近の大衆小説では、婚約破棄された悪役令嬢がその場で王子に反論したり、婚約破棄後になんらかの理由で自滅した王子が、追放された悪役令嬢に戻ってくれと頼みこむも「今さらです!」と断られたりする話が、流行なのだそうだ。

(まさに、今の私の状況ね)

 しかし、専制君主制の我が国で、王太子の命令を拒むことなんてあり得ない。
 考えることすらできないはずの暴挙なのに、よくそんな本が流行ったなと思ったら、すべて海外小説だった。
 国の輸入規制はどうなっているのかしら?
 税関のトップは……ああ、王太子だったわね。

 呆れていれば、鋭い視線に射貫かれた。
 私を睨んでいるのは、王太子の横に座る聖女。王太子妃となった彼女は、二年前とは反対に、悔しそうに顔を歪めている。

(内心ダダ漏れなのは相変わらずね。あなたのそんな態度が、婚約破棄した私を呼び戻すなんていう、とんでもない事態を招いたのでしょうに)

 私は、ため息を押し殺した。
 この二年間、平民上がりの聖女は、王太子妃の務めを何ひとつ果たさなかったそうだ。

(ああ、でも子は成しているから、何もできなかったは間違いなのかしら)

 聖女は、王太子妃の地位に相応しい教養も礼儀作法も、まるで覚えられなかったと聞いている。教育を受けられなかったのではなく、教育を受けたのに身につかなかったのだと。
 結果、国内の貴族名はほとんど言えず、他国の王族さえうろ覚え。外国語は簡単な挨拶もできず、地理も歴史も小さな子どもよりもわからない王太子妃が誕生した。
 そんな妃に、いったい何ができるだろう?
 内政の手伝いも、外交も、慈善事業も、彼女が満足にできるものは何もない。
 まったく妃の責務を果たせない王妃が、それでも二年も持ったのは、結婚早々身ごもったからだった。妊娠出産を大手に振って、王太子妃は公務から逃れたのである。
 しかし、生まれた王子が一歳ともなれば、王太子妃が表に出ない理由にはできない。
 しかも彼女は子育てに専念しているわけでもなく、乳母や侍女に子を任せては遊びほうけていたというのだから、なおさらだ。
 いくら専制君主制とはいえ、国王や王太子にならともかく、その妃になら文句や批判は集まるのだ。元々平民上がりの聖女ごときが王太子妃になったことを、面白く思っていない人間は山ほどいる。中でも特に高位貴族からの突き上げをくらい、久方ぶりに王太子夫妻は揃って隣国使節の歓迎パーティーに参加した。
 そしてその場で、王太子妃は見事にやらかしたのである。

 のっけから使節団団長の隣国王弟の名を言い間違い、その後の会話も頓珍漢な発言ばかり。隣国の名産も観光資源も、首都の名前さえ答えられなかった王太子妃に、隣国王弟は怒るより憐れみの目を向けた。

『……この方が次期王妃ですか。今後の外交も考えなければならないようですね』

 隣国の言葉で告げられた内容に周囲は一気に青ざめる。
 しかし、言葉のわからぬ王太子妃は笑顔を浮かべるばかり。
 さすがの王太子も庇いきれなかった。

 このパーティーは、その後、国王自ら仲裁に入りなんとか事なきを得たものの、王妃の失態は大問題になった。
 こんな王太子妃を表に出せないと、重臣たちは口を揃え、話し合った結果、私に白羽の矢が立てられたというわけだ。

(まったく、迷惑千万だわ)

 まあ、たしかに妃教育をすべて終わらせ、公務の経験もある私以上に、側妃に相応しい者はいないだろう。
 北の辺境伯には、多額の賠償金が支払われて、私は王太子の側妃となった。
 またまた将来設計を狂わされたわけだけど、まあ想定外と言うほどでもなかったわ。
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