専制君主制における正しいザマァ

九重

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妊娠と出産

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 その後、私は側妃として手腕を振るった。
 今まで王太子妃が放棄していた公務を一手に引き受け、それ以外にも王太子妃がした方がよいと推奨される業務や慈善活動に積極的に手を着ける。
 公私ともに王太子を支え、公式行事では隣に立って、必要な知識を惜しみなく与え補佐に徹した。

『おや、あなたが側妃となったのですね。これは、我々も気を引き締めねばなりませんね』

 隣国の王弟は、王太子の婚約者だった頃からの知己だ。

『お手柔らかにお願いしますわ』

 流れるような隣国語で、私は返した。


 そんな日々を繰り返していれば、王太子も私の有能さを再実感していく。

「フム。やはりお前は使い勝手がいいな。私ひとりでも公務など十分行えるが、お前の言語や知識も、そこそこ役に立つ。可愛げがないと思っていた顔立ちも、よく見れば悪くないじゃないか」

 ひとり悦に入る王太子に、私は「ありがとうございます」と頭を下げる。
 あなただけで公務が回っていたのならば、私が呼び戻されることなどなかったと思うけど。

 王太子と反比例するように、王太子妃は日に日に不機嫌になった。
 それでも自分の悪いところを直す努力はしようとしないのだから、彼女の傲慢さには呆れるばかり。

(頭も体も使わずに食べてばかりでは、太るわよ?)

 ご自慢の容姿が崩れたら、どうするつもりなのかしら?
 いらぬお節介をやくつもりはないけれど。


 忙しい毎日を送る私に、変化が訪れたのは二ヶ月後。

「ご懐妊です」

 私のお腹に、新たな命が宿ったのだ。

「おお! それはめでたい。私とお前の子ならば、優秀な子が生まれるのは間違いないからな」

 意外にも王太子は大喜び。王太子妃が第一子を出産以降、なかなか身ごもらないから、単純に嬉しかったのだと思う。

 もちろん王太子妃は大激怒。

「側妃のくせに! ……だいたい、お腹の子だって王太子さまの子だとは限らないわ! 北の辺境伯の子かもしれないじゃない!」

 私に前夫がいる限り、それは拭いきれない疑惑だ。私がなにをどう言おうとも、噂をしたい者は好き勝手に話すだろう。
 でも、再婚禁止期間も置かず、私をすぐに側妃にしたのは王家の都合なのよ。それで私を責められても困るわ。

 まあ、噂はどうあれ側妃の懐妊は、王家にとっては慶事だ。
 私は体を労るように伝えられ、だからといって公務が減らされるわけもなく、出産直前まで働いて、なんとか無事に男の子を生んだ。

 王族の証といわれる真紅の瞳を持つ、赤ちゃんを。

「でかした! でかしたぞ! さすが、私の妃だ!!」

 生まれた赤子を抱き上げて、王太子は涙を流し喜んだ。

 いささか大げさに見えるけど、これにはわけがある。
 実は、王太子は真紅の瞳ではないのだ。
 そのこと自体は、別に不思議でもなんでもないこと。いくら王族の証といえど、瞳の色は確実に遺伝するわけではないからだ。
 王太子の瞳は母である王妃譲りの若草色。芽吹いたばかりの柔らかな新緑は、彼の人間性にかかわらず、爽やかで清廉な印象を相手に与える。王妃の母国では、九割の国民が持つありふれた色だそうだ。
 当然同じような王族は他にもいて、代々の王の中にも真紅の瞳を持たぬ者はいる。
 ただ、王太子は自分の瞳の色にかなりのコンプレックスを持っていた。
 父である国王が、見事な真紅の瞳だということもあるのだが、根っこはもっと深い。

 今から二十数年前、他国から嫁いできた王妃は、すぐに妊娠し月足らずで王太子を生んだ。
 別に王妃は私のように再婚だったわけではないし、月足らずで子を生む女性も世の中には多い。瞳の色こそ違えども、赤子は父と同じ金髪だったし、このことだけで王妃の不貞を疑う者などいなかった。
 王太子の誕生は、国中から祝福され、王妃の母国からも慶賀の使節が訪れる。
 そしてその中に、一際美しい金の髪と若草色の瞳を持つ騎士がいたのだった。
 聞けば、騎士は王妃と幼馴染み。とても仲睦まじく、我が国との婚姻がなければ結婚していたのではないかと噂されるほど。
 事実、騎士が王妃を見る目には、たしかな熱がこもっていた……と、誰かが証言した。

 その後の展開を想像するのは難くない。
 噂好きな人間が、好き勝手に話すのは、今も昔も変わらないからだ。
 王妃と彼女の母国の騎士との、あったかもしれない悲恋物語は、壮大な尾ひれがついて巷に流布される。以降、消えたと思うとまたどこかから再燃し、しつこく燻り続けることになった。
 それが、甘やかされ少々我儘に育ってしまった王太子の耳に、悪意を持って囁かれたのは、ある意味必然だったのかもしれない。
 もちろん王太子は、そんな与太話を信じたりはしなかった。
 彼は自信家だ。自分は、誰からも愛され尊敬される人間なのだと、心から思っている。
 だって、周囲の人間は、みんなそう言うのだから。

「誰より王太子の地位に相応しい僕が、父上の子でないなんてあり得ない! そうだろう?」

 子ども時代に王太子からたずねられた私は「そのとおりです」と答えた。
 本当にそう思ったからではない。我が国が専制君主制だからそう答えたのだ。
 それがわかっていたのかどうかはわからないが、噂を信じなかった王太子の心の奥底に、噂話はこびりついていたらしい。
 結婚し聖女が産んだ王子が真紅の瞳でなかったことに、王太子は自分でも思っていた以上に落胆していたのだろう。
 だから、私が生んだ赤子に、あれほど喜びを爆発させたのだ。

 自分の子に真紅の瞳が出たことは、そのまま自分に間違いなく王家の血が流れていることの証明になるから。

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