専制君主制における正しいザマァ

九重

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王太子妃の自滅

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 私の出産以降、王太子は私と子にベッタリになった。
 元々私は、側妃用の離宮に住んでいたのだが、そこに王太子も引っ越してきたのである。

「本当は、お前とこの子を私の部屋の隣に住まわせたいのだが、あそこには今、口うるさい女が居座っているからな」

 その口うるさい女というのは、王太子妃のことかしら?
 居座っているなんて言うけれど、王太子の隣の部屋は、間違いなく王太子妃の部屋だもの。自分の部屋に王太子妃がいることを、居座るとは言わないと思うわ。
 呆れてしまうけれど、王太子は気にしない。

「おお! 手足を動かしたぞ。元気な子だな」

 赤子のベッドに張りついて、一挙手一投足を褒めまくる。

「指が長いな。きっと剣の達人になるに違いない。……なっ! 指を、私の指を握ったぞ。父の手だとわかるのか? い子だな」

 赤ちゃんの指が長いことは、一般的なことだ。それに指を近づけると握り返すのは把握反射と呼ばれるよくある行動。
 どれも普通のことなのに、王太子はいちいち感動する。
 彼にとってはふたり目の子どもなのに、そんな常識も知らないのは、最初の子に興味を向けなかったせいだろう。
 たかが目の色が赤いかどうかの違いが、王太子の態度をここまで変えてしまうのだ。
 そう思えば、どれほど王太子が赤子を可愛がろうとも、胸に響くものはない。

「そうだ! この子の誕生を祝して、盛大なパーティーを開こう! 国内外の要人を招待して、我が子の愛らしさを知らしめるのだ!」

「…………承知いたしました」

 私は、いつもどおり頭を下げた。



 王太子主導の下、着々とパーティーの準備は整っていく。
 しかし、当然のことながら王太子妃はそれを受け入れられなかった。

「なんで? 私の子の時には、こんな大きいパーティーはしなかったじゃない! 私の子は第一王子なのよ! 第二王子、しかも側妃の子に、この待遇はおかしいでしょう!」

 珍しく正論だ。
 ただし、専制君主制にとっては、主の意向が一番。正しいかどうかなど、些細なことでしかない。

「この私が、パーティーを開くと言っているのだ。おかしなことなどない」

「そんなっ、王太子さま、考え直してください。……きっと、側妃に誑かされているんですわ! 私たち、あんなに愛し合ったじゃないですか!」

 縋りつく王太子妃を、王太子はすげなく振り払う。
 信じられない仕打ちに目をみはった王太子妃は、次にはその視線を私に向けた。

「この女狐! やっぱり、あんたのせいなのね。私から妃の仕事まで奪ったと思ったら、王太子さまの愛情まで盗むなんて!」

 いや、それはひどい言いがかりだ。
 妃の仕事は、奪ったのではなく押しつけられたものだし、あと王太子の愛情なんて、くれると言われても欲しくない。
 しらけた目で見つめ返せば、王太子妃はますます憤った。

「殺してやる!」

 掴みかかってくるから、スッと避ける。
 最近とみにふくよかになった王太子妃の動きを見切るのは、造作もないことだ。

「何をしている! 王太子妃を捕まえろ」

 王太子の命令があって、ようやく護衛騎士が王太子妃を拘束した。
 反応が遅いと思うけど、まあ、妃同士の喧嘩になんて、手を出したくないわよね。

「離せ! 離しなさいよ!」

 暴れる王太子妃に、騎士も困惑顔だ。

「よさないか。……少し頭を冷やす必要があるようだな。連れて行け!」

 騎士に引き摺られて、王太子妃は連れ去られる。

「アレも、昔はあんなではなかったのに――――」

 王太子は頭を抱えるが、彼女の本性は昔も今も変わらない。
 変わったと思うのなら、あなたの目が節穴だっただけよ。

「……このまま引き下がるとは思えませんわ。少し怖いです」

 私がそう言い身を寄せれば、王太子は嬉しそうに鼻の下を伸ばした。

「そうだな」

 重々しく頷く。

「警備と見張りを厳重にしよう。安心しろ、私が必ず守ってやる」

 そう言いながら、私の体をますます強く抱き寄せる。
 是非ともそうあってほしいものだわ。
 血走った王太子妃の目を思いだしながら、私は警戒を強くした。



 ――――そして、その翌々日のこと。
 私の離宮に、刺客が忍びこんだ。
 幸いにして、厳重警戒の網に引っかかりすぐさま捕まったのだが、問題だったのは離宮に王太子もいたこと。
 側妃や第二王子の暗殺と、王太子の暗殺では、罪のレベルが違う。
 徹底的に捜査が行われ、結果王太子妃が指示したのだと判明した。

「私は、王太子さまを狙ったのではないわ! 私が依頼したのは側妃とその子の暗殺だもの!」

 そんな大声で自白しなくてもいいのに。
 やっぱり聖女に王太子妃は務まらないわ。
 烈火のごとく怒った王太子は、聖女を処刑しようとしたけれど、私はなんとかそれを宥めて止めた。

「お前と我が子を殺そうとしたのだぞ!」

「それでも、彼女は第一王子の母です」

 将来国王になる子の生母を、大罪人にするわけにはいかないもの。

「あんな子、本当に我が子かどうかも怪しい!」

「王太子さま!」

 私が声を大きくすれば、王太子は複雑な顔で口を閉じた。
 まあ、彼の主張も根拠のないことではない。学生時代から令息たちに絶大な人気を誇っていた聖女には、いまでも友人と呼ぶには親しすぎると噂される男友達がたくさんいるのだ。
 真紅の瞳を持たない第一王子が、そんな友人たちの誰それに似ていると噂されているのも、紛れもない事実。
 しかし、噂は噂だ。それを王太子が認めるなど、あってはならないこと。

(まったく。そんな噂は自分を傷つけるだけでしょうに)

 私は、王太子の側に寄り添い、彼の手に自分の手を添えた。
 王太子は、泣きそうな顔で手を握ってくる。

「わかった。……王太子妃は廃妃とし、王都から追放するにとどめよう。離島の修道院で終生神に仕えるように言い渡す。……第一王子は、身分は王子のまま王宮で育てるが、王位継承権は剥奪。将来は一代限りの公爵位を与えることにする」

 私は、体を震わせた。
 この国における王位継承権の剥奪は、神籍と呼ばれる王の特別な戸籍から名を消されること。一度消されれば、復籍することは不可能な処置なのだ。

「よろしいのですか?」

「将来の王位継承権争いを未然に防ぐためだ。……断種させてもよいのだぞ」

 断種とは、生殖能力を奪うこと。
 それに比べれば、王位継承権の剥奪の方がずっと寛大だ。

「…………承知いたしました」

 どのみち私は、こう言うしかない。
 後悔しなければ、いいのだけれど。
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