チート転生者は、双子の弟でした!

九重

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1巻

1-3

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 そのテオに対し、ようやくアンリが我に返った。

「……やっぱり、殺す!」
(もう、チカったら、どうしてそう極端な話になるの?)

 弟の暴走に、千陽はまたも頭を抱える。
 どう止めようかと思った時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「はい! どうぞ」

 これ幸いにと、千陽は入室を許可する。
 入ってきたのは、このやしきに着いた際に会ったメイドがしらだった。そして彼女に続いて、背の高い立派な体格の青年が入ってくる。男は茶髪をオールバックにまとめた強面こわもてイケメンで、軍服のような詰襟つめえりの制服を着ていた。腰には、見るからに物騒な剣をいている。

「サガモア」

 テオが驚いたような声で、軍服の男を呼んだ。すると彼は、アンリに軽く目礼する。

「アンリ、急な来訪ですまない。……テオフィルさま。お迎えに参じました」

 男は生真面目な表情で、テオに対し一礼した。どうやら彼は王子を迎えにきた騎士で、サガモアという名前らしい。
 千陽は、慌ててベッドから身を起こす。

「迎えなど、呼んでいないぞ」

 テオは不機嫌そうに眉根を寄せた。

「エヴラールさまが、殿下をお召しになっております。報告に来ないのは何事だとご立腹です」

 ますますひどく顔をしかめるテオ。知らない名前が出てきて、千陽は首をかしげた。

「……エヴラールさまって?」
「第一王子殿下だよ」

 千陽の疑問に、アンリが答えてくれる。それと同時に、彼は千陽の肩に上着をかけてくれた。ちなみに上着もピンクで、可愛いレースがついている。

(第一王子ってことは、テオのお兄さんよね?)

 テオは椅子から立ち上がり、千陽の枕元に移動した。そして不機嫌丸出しの声で告げる。

「今日は彼女についていなければならないから、報告に行けないと伝えてあるはずだ」

 サガモアは、チラリと千陽に目を向けた。絵に描いたような三白眼で、目力が半端ない。

「エルヴェシウス伯爵家のご養女の件は、エヴラールさまもご承知です。他国でお育ちになり、遠路はるばるこの国においでになって不安な思いをされていると。……しかしアンリがいるのだから、テオフィルさままでついている必要はないはずとおっしゃっています。至急お戻りください」
(この人、私が伯爵家の養女になることは知っているのね。召喚魔法のことまでは知らないみたいだけど、いったいどこまで事情を知っている人なのかしら?)

 真面目そうな騎士を、千陽はあらためて観察する。
 サガモアの言葉を聞いて喜んだのは、アンリだった。

「ああ。まったくその通りだ。エヴラールさまも、たまにはいいことをおっしゃる。さあさあ、さっさと帰ってください」

 アンリは、満面の笑みでテオにそう告げた。テオは、苦虫をみ潰したような顔になる。

「……あるじに対してその言い方は、ないだろう」
あるじのためを思えばこそです。今、第一王子に逆らうことは、テオフィルさまのためになりません。ここは心を鬼にして献言いたします。――今すぐ、消え失せてください」
「それは、どんな献言だ!」

 お笑いコンビのようなアンリとテオのやりとりだった。

(絶対、仲間になりたくないわ!)

 間違ってもお笑いトリオになりたくない千陽は、彼らから少しでも離れようとベッドの上で身動みじろぎする。サガモアも冷めた目で二人を見て、一歩退いた。

(もしかして、同じことを考えたのかしら?)

 そう思い、千陽はサガモアに軽く会釈えしゃくを送る。
 少し驚いた顔をされたが、その後、サガモアは几帳面に会釈えしゃくを返してくれた。

(うんうん。挨拶あいさつは人間関係の基本よね。真面目そうだし、悪い人じゃないみたい)

 サガモアに対する好感度がぐんと上がる。千陽は気をよくしてうなずいた。
 そんな二人の様子に気づいたアンリとテオが、揃ってムッと顔をしかめる。

「テオ。早く、サガモアを連れて帰ってください」
「ああ、そうしよう」

 突然意見を一致させた主従は、素早く行動に移る。

「行くぞ、サガモア。……千陽、また来る」

 テオはスッとサガモアの前まで行き、彼の視線をさえぎった。

「当分来なくていいですよ」

 間髪かんはつれずに答えたのは、アンリである。彼もまた、千陽の視線をさえぎるように彼女の前に立つ。
 非常に大人気ない二人の行動だった。
 サガモアの方から、大きなため息が聞こえてくる。

「アンリ、テオフィルさまも……そんな態度をとってどうするというのです? いずれは、私が千陽さまの警護をするのでしょう?」

 本当に呆れ果てた声が響いた。その内容に、千陽は驚く。

「警護って?」

 アンリを見上げると、彼は不本意そうに顔をしかめた。

「うん。……僕もテオも、結構忙しい身なんだよね。しかも、僕はテオの側近だから、一緒に公務に出ることも多い。どうしてもお姉ちゃんのそばにいられない時間があるから、その間の警護をサガモアに頼もうと思っていたんだ」

 サガモアは魔法を使う素質のある魔法剣士なのだという。魔法の腕はアンリの方が上だが、剣の腕はサガモアの方が上で、かなりの手練てだれだそうだ。
 この世界の貴族令嬢は、基本的に一人で行動しないらしい。常に親族か使用人がそばにつき、使用人が入れぬような場所は、親族の依頼を受けた騎士が身辺警護をけ負うのだとか。

「ちなみに、親族の中には婚約者も含まれるから」
「テオ! 余計なことは言わないでください!」

 口を挟んだテオを、アンリが叱りつけた。その後、大きなため息をつく。

「本当は、お姉ちゃんのそばには誰も近づけたくないから、僕が仕事を辞めて、つきっきりで守ろうと思ったんだけれど――」
「絶対、許さん!」

 断固として、テオは言った。アンリは、ガックリと肩を落とす。
 すると、サガモアがテオの後ろから前に出てきて、アンリに真剣な表情を向ける。

「養女となる千陽さまを、アンリがとても大切に思っていることは、よく理解した。誠心誠意お守りしよう。だから、私を彼女に紹介してくれないか?」
「お前のそういう真面目なところが、お姉ちゃんに気に入られそうだから、嫌だ!」

 アンリの主張は子供じみている。千陽は、呆れ果ててしまった。

「大丈夫よ、チ――アンリ」

『チカ』と呼びそうになり、慌てて千陽は『アンリ』と言い換える。サガモアがどこまで知っているかわからない間は、『チカ』と呼ばない方がいいだろう。
 どうやらその判断は正しかったようで、アンリは小さくうなずいてくれた。

「私に警護なんていらないわ。護衛が必要な場所に行かなければいいだけでしょう?」

 アンリとこの世界で暮らすと決めた千陽。アンリは貴族であり、一緒に暮らすためには社交界デビューは避けられないのかもしれないが、自分に貴族の暮らしが合うとは思えない。

(テオさまにも依頼されたし、当分はチカのそばにいて、離れていた間の時間を埋めたいとは思うけれど……落ち着いたら、この世界で独り立ちするんだもの。将来的に平民として働いて暮らすつもりだし、私自身に狙われるような価値はないし、警護なんていらないわよね。……その方が、サガモアさんも、面倒がなくていいはずよ)

 貴族令嬢だから護衛がいるのだ。平民に護衛なんて聞いたこともない。

「社交界には必要最低限だけ参加するわ。チ――アンリの都合が悪くて行けない時は、欠席すればいいだけでしょう?」

 名案だと思ったのに、彼女の言葉を聞いた男たち三人は、揃って渋い顔をした。

「お姉ちゃんを家の養女にするっていう話は、父上や母上が大喜びで、周囲に触れ回っちゃったからね。……もうかなりの数の貴族から、夜会やらお茶会やらの招待状が届いているんだ」

 困ったようにアンリは言う。

「エルヴェシウス伯爵令嬢が、社交の場に出ないなど考えられないことです」

 サガモアも、真剣な顔で首を横に振った。

「少なくとも、俺の両親には挨拶あいさつしてもらうぞ」

 テオの両親とは、ひょっとしてこの国の国王夫妻のことだろうか。

(なんで、そんなことになっているの!?)

 顔を引きつらせる千陽のベッドの脇に、サガモアがやってきた。強面こわもての騎士は、アンリを軽く押しのけて、その場に片膝をつく。

「エルヴェシウス伯爵令嬢、千陽さま。ようこそが国におでくださいました。挨拶あいさつが遅れました。私は、サガモア・ガラ・ルヴェルガーと申します」

 あらためて名乗られ、千陽も慌てて頭を下げる。

「あ……千陽・赤羽・エルヴェシウスです」

 それは、馬車の中でアンリたちと話し合って決めた、千陽の新しい名だ。
 オードラン王国の貴族には、ミドルネームがある。大抵は、母方の姓を短くした語呂のよいものをつけるらしく、アンリのミドルネームであるヴューは、エルヴェシウス伯爵夫人の旧姓ヴュアルネが元になっている。養女となった千陽にもミドルネームが必要となり、千陽は迷わず赤羽を使うことに決めた。地球の名前を捨てたくなかったのだ。
 千陽はサガモアにこの世界での新しい自分の名を告げた。
 すると、彼は嬉しそうに笑い、そしてすぐにスッと表情を引きしめる。

「慣れぬ環境で、たいへんでしょう。不安に思い、外出を控えようと考えるお気持ちもよくわかります。しかし、それではいつまで経っても、この国に慣れることができません。……不肖ふしょうサガモア・ガラ・ルヴェルガー、千陽さまを全力でお守りすることを誓います。……ですから、私に、あなたをエスコートする栄誉を与えてくださいませんか?」

 胸に片手を当てて、サガモアは深くこうべを垂れる。

(うっわ! お姫さまに忠誠を誓う騎士みたい! ……っていうか、セリフが微妙に気障きざなんだけど? 真面目な顔して、このセリフって!)

 こんなシーンに憧れない女性はいないだろう。千陽は思わず「はい」と答えてしまう。

「何をやっているんです! サガモア!」
でこういうことができるから、お前は嫌なんだ! この、天然タラシ騎士!」

 焦ったアンリとテオが、サガモアをベッドのそばから引き離した。

「人選をもう一度やり直す!」
「お姉ちゃんに手を出すなんて、命がいらないようですね!」

 手を出されてはいないのだが、アンリにとってはそうされたも同然のようだ。
 怒った二人は、サガモアを両側から挟み、三人で部屋を出て行く。後には、呆然とする千陽と、何故か涙ぐんでいるメイドがしらが残った。

「……あの?」
「ああ。失礼いたしました。……あのように、感情を豊かに出すアンリ坊ちゃまを見たのは、久しぶりで」

 白いハンカチを取り出し、目頭を押さえるメイドがしら

「――とても愛されておられますね。千陽さま」

 反論できない千陽だった。


 その後、ピンと背筋を伸ばしたメイドがしらは、あらためて挨拶あいさつをしてくれた。

「あらためまして。私、エルヴェシウス伯爵家のメイドたちを統轄しております、アデール・ペローと申します。当家に四十年つかえており、アンリさまから千陽さまのお世話をするよう命じられました」
「よろしくお願いします」

 千陽が頭を下げると、すぐにアデールの世話焼きが始まる。

「お加減はいかがですか? お食事は、軽いものなら召し上がれますか?」

 予定では、これから千陽を歓迎するパーティーを開くはずだったそうだ。しかし、倒れた千陽の体調をおもんぱかり、パーティーは明日以降に延期になったのだという。

「ごめんなさい」
「千陽さまが、謝られる必要はございません。遠方からおでになって疲れていらっしゃる千陽さまのお体を気遣ってあげられなかった、アンリさまがいけないのです」

 ピシャリとアンリを非難するアデール。彼女はアンリが赤子の時から世話をしているという。アンリも彼女には頭が上がらないようだ。
 テキパキと手際よく動くアデールは、まず千陽を着替えさせた。それから、千陽と他愛のない話をしながら、ベッドの上で食事をする用意を、あっという間に整えてしまう。
 そこに、疲れ切った顔をしたアンリが帰ってきた。

「テオもサガモアも、ようやく帰ったよ。話し合って、結局お姉ちゃんの警護には、予定通りサガモアが就くことになったけど……ああ、疲れた。こんなにお姉ちゃんとの時間を邪魔されるようなら、やっぱり出奔しゅっぽんしようかな」

 ベッド脇の椅子にドカッと腰を下ろしながら、アンリはため息をつく。優しげな外見の割に、乱暴な仕草だ。それくらい疲れているのだろう。

出奔しゅっぽんは、ダメよ」

 そんなことになったら、何よりアンリの両親に申し訳ない。

「うん。わかってる。……やっぱり、お姉ちゃんは優しいね」

 アンリはトロンととろけた笑みを向けてきた。千陽の胸はドキンと高鳴る。

(もうっ、もうっ! 今のチカは、金髪美形王子さまなんだから! むやみに色気を振りまくのは、やめてよね)

 千陽は慌てて顔をそむけた。そんな彼女の様子を、アンリは嬉しそうに見つめている。

「あ、食事だね。……そういえば、僕もお腹減ったなぁ」

 ベッドテーブルに並んだ食事に気がついたアンリは、お腹に手を当てた。眉を下げた情けない顔で、千陽の顔をのぞきこんでくる。

「お姉ちゃん、僕も一緒に食べていい?」

 懇願こんがんするように見つめられては、千陽に断ることなどできるはずもない。

「いい――」
「何をおっしゃっているのです。アンリさま。これは、千陽さま用のお食事。ただでさえ量を少なくしておりますのに、横取りしてどうするのです? アンリさまのお食事は、食堂にご用意してあります。そちらでお召し上がりください」

 うなずこうとした千陽をさえぎり、腰に手を当てたアデールがアンリを叱りつける。
 アンリは、プーと頬をふくらませた。

「やだ! 僕は、ここでお姉ちゃんと一緒にご飯を食べたい」
「……では、アンリさまの分をこの部屋に運ばせましょう。ご用意が整うまでに、お召し物を着替えてきてください」

 ついさっきまでテオと一緒だったアンリは、肩章のついた立派な服を着ている。一方、先ほど着替えさせてもらった千陽は、ゆったりとした丸首のロングワンピースみたいな服を着ていた。
 ちなみに色はやっぱりピンクである。なんでも、この部屋も服も伯爵夫人の趣味だとか。子供が息子のアンリだけだった伯爵夫人は、千陽を養女とすると決めた途端、張りきって女性用の服をたくさん注文してくれたのだそうだ。

(……まさか、全部ピンクじゃないわよね?)

 怖くて聞けない千陽だった。

「わかった。すぐ着替えてくるよ。お姉ちゃん、ちょっと待っててね」

 そう言うなり、アンリは体をかがめて千陽に顔を近づける。

「……え?」

 チュッと軽い音を立て、頬に柔らかな感触が当たる。呆然とする千陽の至近距離で、アンリはイタズラが成功した子供みたいな笑みを浮かべた。

「お姉ちゃん、可愛すぎ! ……どうしよう? 離れたくない」
「アンリさま!」
「ハイハイ」

 アデールに怒鳴られたアンリは、肩をすくめると、今度は千陽の反対の頬に素早くキスをする。そして、軽い足取りで部屋を出て行った。
 呆気にとられた千陽は、ゆっくりと両手を上げ、頬に当てる。

「――本当に愛されておいでですね、千陽さま」

 アデールにため息まじりにつぶやかれ、千陽は困惑の表情を浮かべるしかなかった。


 その後アデールは、アンリが食事をするためのテーブルをベッド脇にセットしはじめた。食堂から運ばせた料理を手際よく並べながら、千陽に話しかけてくる。

「先ほども少しお話ししましたが……アンリさまは、それほど感情を豊かに出すお方ではありません」
「チ――アンリが?」

 先ほどと同じように言い直した千陽に、アデールは笑って首を横に振る。

「チカとお呼びになって大丈夫ですよ。私と執事のジツェルマンは、千陽さまのご事情を知っております」

 執事のジツェルマンとは、この家に来た時、アデールと並んで出迎えてくれた年配の執事のことだという。アデール同様、長年エルヴェシウス伯爵家につかえており、アンリからの信頼はある意味伯爵夫妻より厚い。

「旦那さまと奥さまは、ああいうご性格でいらっしゃいますから」

 苦笑するアデールに、先刻の伯爵夫妻の様子を思い出した千陽は「ああ」と納得した。頼りになる使用人の存在に、アンリもさぞ助けられているのだろう。

「それで……チカは、感情豊かではないんですか?」

 信じられずに、千陽は聞き返す。
 召喚されてから、アンリはずっと感情丸出しだった。泣いたり、笑ったり、怒ったりと忙しく、見ている千陽の方が目を回しそうなくらいだ。

「はい。アンリさまはまだ十八歳というお年ながら、その言動は落ち着き払い、常に冷静沈着。無表情がデフォルトで、一部では〝氷の貴公子〟と呼ばれております」
「こ、氷の貴公子!?」

 思いがけない二つ名に、千陽は叫んでしまう。まったく信じられない。

「で、でも、チカは、誰の前でもずっとあの調子で……。テオさまもご両親も、普通に接していらっしゃいましたけど?」

〝氷の貴公子〟と呼ばれるほど無表情の人が急にあんな風になったら、もっとびっくりするはずではないだろうか? その割に、テオも伯爵夫妻も、態度は普通だった。
 アデールは、小さくため息をもらす。

「アンリさまは、あらかじめ自分が〝壊れる〟と、宣言しておいででしたから」
「壊れる!?」

 千陽は、限界まで目を見開いた。驚きすぎて、目玉が落ちてしまいそうだ。
 その時、ガチャリと部屋のドアが開いた。

「大好きで、大切で……会いたくてたまらなかったお姉ちゃんに会えるんだから、以前のままでいられるはずがないだろう? 〝壊れる〟とは大きく変わるっていうことで、悪い意味ではないからね」

 部屋に入ってきたアンリは、どこから話を聞いていたのか、アデールの話に補足する。そしてアデールの方を向くと、軽くにらみつけた。

「アデール。お姉ちゃんに余計なことを言わないようにって、僕は命じていたよね?」
「余計なこととは思いませんでした。……千陽さまは今後、社交界から多大な関心を持って迎えられることになります。どの家の方々も、〝氷の貴公子〟の氷を溶かした令嬢に興味津々しんしんでしょう。……理由もわからずに興味本位の視線を向けられては、千陽さまが傷ついてしまわれます。千陽さまには、その理由をきちんと理解していただいた方がよいと判断しました」

 そう言われてみれば、もっともな理由だった。アンリは小さく顔をしかめる。

「お姉ちゃんのことは、僕が完璧に守るからいいんだよ。僕は、お姉ちゃんに笑ってほしくてこっちの世界に来てもらったんだ。ほんの少しでも、お姉ちゃんには負担をかけたくないし、僕のことで負担に思ってほしくない。もしも、お姉ちゃんに変なことを言うような奴がいれば、僕が完膚かんぷなきまでに叩き潰してやる」

 アンリの青い目が、物騒な光を放った。千陽は少し呆れてしまう。

「ばかね。チカ、誰がそんな風に守ってほしいって言ったの?」
「お姉ちゃん!?」

 びっくりするアンリを、千陽は手招きでそばに呼んだ。
 恐る恐るといった感じで、アンリは近づいてくる。そしてベッドの脇にセットされた椅子に、ストンと腰を下ろした。

「あのね、チカ。私はあなたとこの世界で生きていきたいの。生きるってことは、そんなに楽しいことばかりじゃないのよ。悲しかったり、辛かったり……腹立たしいことだって、たくさんあるわ。一緒に生きるってことは、そんなすべてに一緒に立ち向かうことだと、私は思うの」

 人生は、山あり谷ありだ。今まで生きてきた二十三年の中でも、千陽はそれを思い知らされてきた。

「楽しく笑ってばかりでなくてもいいのよ。チカと一緒にいろんな経験をするのが、生きるってことだもの」

 だから、千陽は安心させるようにアンリに笑いかける。

「だいたい、私はチカのお姉ちゃんでしょう? 守るなら、私の方よ」

 千陽の言葉を聞いて、アンリは青い目をパチパチとまたたかせる。そしてクシャリと顔をゆがませた。

「……うん。やっぱり、お姉ちゃんだ。僕、お姉ちゃんにはかなわないや」
「当たり前でしょう。もう、これからは変な気は使いっこなしよ。……さあ、ご飯をいただきましょう。とっても美味おいしそうだわ」

 千陽が誘うと、アンリは嬉しそうに笑った。

「……それに、〝氷の貴公子〟なんて笑える二つ名、内緒にしておくなんて、ずるいわよ」
「ひどい! お姉ちゃん!」

 食事の席に、楽しそうな笑い声が響く。
 部屋のすみに控えていたアデールが、深々と千陽に対し頭を下げた。


 その晩の眠る前、千陽とアンリは大声で言い争っていた。

「もうっ! チカったら、何を考えているの?」
「お姉ちゃんこそ、何を考えすぎているの? 僕は、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に寝たいってお願いしているだけなのに?」

 ピンクの部屋のピンクのベッドの上、横たわる千陽の上に体を乗り上げたアンリが、無邪気に笑う。
 笑顔は無邪気だが、体勢はまさしく襲いかかる狼だ。

「昔は、いつも一緒に寝ていただろう?」
「五歳の時の話でしょう! 私、もう二十三歳なのよ!」
「うん。知ってる。五歳の時に転生した僕が、十八歳だからね」

 五歳の双子の姉弟きょうだいが一緒に寝るのは微笑ましいことだが、二十三歳の姉と十八歳の弟が一緒のベッドに眠るのは、ありえないだろう。普通に考えればわかることなのに、アンリは何故か引き下がらなかった。

「お願い! お姉ちゃん。絶対、変なことはしないから」
「変なことって、何!?」
「しーっ! みんな起きちゃうでしょう?」

 アンリは千陽の唇に指を当て、自身の唇をすぼめる。間違いなく男性なのに、色っぽいのは何故だろう?
 時刻は夜半過ぎ。やしきの住人はみんな寝静まり、アデールも部屋を下がっていった。

(チカも、『お休みなさい』ってアデールと一緒に出て行ったはずなのに!)

 いつの間にか彼は千陽の部屋に戻り、この事態になっていた。

(忍者なの? 素早すぎでしょう!?)

 絶対ダメだとにらみつける千陽に、アンリは情けなく眉を下げてみせる。

「ごめん。お姉ちゃん。非常識だって僕もわかってる。……でも僕、不安なんだ。お姉ちゃんがホントにここにいるのかどうか。……ひょっとしたら、これは僕の見ている都合のいい夢で、お姉ちゃんのこの姿も感触も、僕の妄想なんじゃないかって思えてくる。……明日、目を覚ましたら、お姉ちゃんがいなくなっているんじゃないかって――」

 アンリは本当に泣き出しそうだった。青い瞳がうるうるとうるみ、千陽を見つめてくる。
 弟のこの表情に、千陽は弱い。

「……バカね。そんなはずないじゃない」
「うん。だから、一緒に寝て? 明日の朝起きた時、僕にホントだって信じさせて」

 ポロリと落ちたアンリの涙が、千陽の頬に落ちる。
 結果、渋々しぶしぶ――本当に渋々しぶしぶではあるが、千陽はアンリのお願いを聞くことになった。

「本当に変なことはしないでね。ベッドの端と端で眠るだけよ!」
「うんうん。大丈夫。お姉ちゃんの許可がない限り、絶対僕からお姉ちゃんに触れたりしないから」

 先ほどまで泣いていたアンリは、満面の笑みで布団にもぐりこむ。
 あまりの変わり身の早さに、千陽は呆気にとられた。

「……私、だまされた?」
「え? 何? 何か言った、お姉ちゃん?」
「なんでもないない! だから、近づいちゃダメ!」
「ちぇ~っ」

 隙あらばくっつこうとするアンリをしっしっと追い払いながら、千陽はベッドの端に横たわる。
 しばらくして、アンリが小さな声で話しかけてきた。

「――パパとママさ、見ていてこっちが恥ずかしくなるようなラブラブ夫婦だったよね」

 千陽は、ピクリと肩を揺らす。
 パパとママというのは、伯爵夫妻ではなく、地球の両親のことだろう。

「そうね。胸焼けするくらいのバカップルだったわよね」

 静かな声で、千陽はそう返す。
 千陽と千景の両親は、子供の目から見ても恥ずかしくなるほど、まれに見るオシドリ夫婦だった。
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「……その友だちって、女の子だよね?」
「え? ええ。そうだけど?」
「よかった。さすがの僕でも、異世界にいる相手を抹殺するのは、面倒だからね」

 ――アンリの発言は、時々意味不明だ。

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