若返って、常世の国へ仮移住してみました

九重

文字の大きさ
6 / 6

その後の二人

しおりを挟む
 結婚式の準備はたいへんだ。
 いろいろ話し合った私とタカシは、お互いいい年だしきちんとお披露目をしようということになり、結婚式を挙げることにした。
 おかげで、現在進行形で東奔西走している。
 互いの家族への挨拶と報告。
 式の日取りを決めて、会場を決めて、結納と招待客のリストを作って。
 タカシのマンションに一緒に住むことにしたから新居の心配はいらないけれど、指輪を決めたり、衣装を決めたり、結婚式の演出を決めたりと、やることは山のよう。
 それを仕事の合間にやっているのだから、私は疲れていたのだろう。

「――――は?」

 おかげで、突如目の前に現れた若い女性が、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「だから! もうっ! 何度言えばわかるのよ? 早くタカシさんと別れてって言っているでしょう! 彼と結婚するのは、私なんだから!」

 …………いや、きっと疲れていなかったとしてもわからない。

 ここは歩道で、今は夕方。外灯がポツリポツリと点く時刻だ。
 急いで会社から帰る途中で、私は彼女に呼び止められた。
 通行人が、何事かと私たちを振り返っては通りすぎていく。
 はっきり言って恥ずかしいので、路上で叫ぶのは止めてほしいと思うのだが――――。

 いったい彼女は、なんなの?

「私とタカシさんは、もうずっと前からおつき合いしていたのよ。……そりゃあ、この前ちょっとケンカして『別れる』なんて言っちゃったけど、今までだってタカシさんは、私のわがままをなんだって聞いてくれたもの! きっと、今度だって、私がゴメンナサイって謝ればすぐに仲直りしてくれるに決まっているわ! ……私、タカシさんが、あんなに大きな事業家一族のご子息だったなんて知らなかったの。もうっ、もうっ、ダントツ優良物件じゃない! すっごい玉の輿になれるわ! そうと知っていたら、絶対別れなかったのに!」

 ――――どうやら、彼女はタカシの元カノのようだ。
 そう言えば『結婚祝いを言いに兄貴が職場にきて大騒ぎになった』と、彼は言っていた。
 私も驚いたのだが、タカシのお兄さんは、某有名IT企業の若社長。お父さんは日本有数の企業グループの経営者で、おまけにお母さんは有名なファッションデザイナーだ。
 タカシ自身は、親の七光りみたいなものが嫌いで、家とはまったく無関係な会社にエンジニアとして勤めているのだが、経営の才能もあるようで、結婚を機にポストを用意するからお父さんかお兄さんの会社に移れと言われている。
 私は、今の仕事を続けるのも、ご家族の会社に行くのも、どちらでもタカシの好きなようにしてほしいと伝えているのだけど。

 要は、タカシの家はとてもお金持ちだったのだ。
 元カノは、その事実を知って、またタカシとよりを戻したいと思ったのだろう。
 だからといって、私に突撃してくるのはいかがなものかと思うのだが。

「あなたも玉の輿狙いなんでしょう? でも、残念ね。私がいればあなたの出番なんてないわよ。タカシさんだって、あなたみたいなより、私のような若くて可愛い娘と結婚したいに決まっているもの! わかったら、さっさと身を引いてちょうだい!」

 ツンと唇を尖らせて、元カノは私を睨んだ。
 とんでもない自信家である。
 私は、ハア~と大きなため息をついた。

「あなたのご要望には応えられません。それでは失礼しますね」

 こんな茶番につき合っていられない。
 さっさとその場を離れようとしたのだが――――。

「なっ! ちょっと、待ちなさいよ! なに勝手に帰ろうとしているのよ!」

 元カノが、慌てて私の前に立ち塞がった。

「私が帰るのに、あなたの許可はいりませんよね?」
「私が話しかけているのよ! ちゃんと答えなさいよ!」
「だから、ご要望には応えられませんって答えたでしょう?」
「そんな答え、納得できないわ!」

 キンキンと怒鳴る彼女の声が、五月蠅い。

「なんで、私があなたに納得してもらわなきゃいけないんですか?」

 私は、ジロリと彼女を睨みつけた。

「そ、それは――――」
「私がタカシと結婚するのは、玉の輿狙いなんかじゃありません。彼を愛していて、ずっと一生一緒に生きていきたいと思ったから結婚するんです。それにあなたは関係ありませんし、当然文句を言われる筋合いもありません。無関係の人は、すっこんでいてください!」

 冷たく言い放てば、元カノは「うっ」と怯んだ。

「な、なによ! なによ! なによ! オバサンのくせに!」

 言い返せなくなった彼女は、そんなことを叫ぶ。

 以前の私だったら、彼女の言葉にとても傷ついただろう。
 でも今は、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

「だから? 少なくとも私は、どんなにオバサンでも、あなたみたいに非常識な若者よりずっとマシだと思っています。……だいたい、あなたはタカシをフッて二股かけていた若い方の人とおつき合いをしているんでしょう? こんなことを言ってきて相手に対して不誠実だと思わないんですか?」

 彼女の顔は、見る見る真っ赤になった。

「うるさい! うるさい! うるさい! 余計なお世話よ! あいつなんて、若さ以外はタカシさんより全然劣るダメダメな奴なんだから。それでも若い分、タカシさんより出世するかなと思って選んであげたけど、タカシさんがお金持ちだとわかっていたら、絶対選ばなかったわ! ……ともかく、私はタカシさんと結婚したいの! オバサンはさっさと私に譲るって言いなさいよ!」

 身勝手もここに極まれりといった発言だ。
 まったく呆れてしまう。

「タカシったら、見る目がないにもほどがあるわ」

 思わずこぼせば、

「――――すまない。言い訳のしようがない」

 声が聞こえた。

「タカシ?」
「タカシさん!」

 すっかり暗くなった歩道の向こうから、タカシが現れた。
 それを見た元カノは、タカシに駆け寄ろうとする。

「タカシさん! あの人が私に言いがかりをつけてくるんですよ! まったくヒドい人ですよね? きっと、私が若いからって、ひがんでいるんです!」

 いけしゃあしゃあとそんなことを言い出した。
 私は、呆れかえって声も出ない。

「とてもそうは見えなかったが?」
「ええ!? 違いますよぉ~」
「いや、違わないと思うよ。――――君もそう思うだろう?」

 近寄ってきた元カノから、嫌そうに身を離したタカシは、振り返って後ろにいた人物にそう聞いた。

「ええ、違いませんね。ずっと見ていたから間違いありません」

 きっぱり言い切った新たな人物を見て、元カノは「ヒッ!」と息をのむ。

「な、なんでここに?」
「先輩に君のことを謝ろうとして一緒についてきたんだよ。……まさか、君が俺のことをそんな風に思っていたとは思わなかった。……お望みどおり、先輩よりな俺は、君と別れてやるよ。だからといって先輩が君を選ぶなんて、絶対ないと思うけどな」

 新たに現れた青年は、どうやら元カノの今カレ(?)のようだった。
 凍えるような冷たい表情で彼女を睨みつける。

「ち、違うのよ。今のは、その――――」
「違わないさ。君のそのおバカなくらい天真爛漫なところも魅力的だと思っていたけれど……さすがに愛想が尽きた。俺にはもう金輪際話しかけないでくれ。――――先輩も、本当に申し訳ありませんでした。謝罪はあらためてまた後日に、今日はこれで失礼させてください」

 青年は、タカシに深々と頭を下げた。

「ああ、それは気にしなくていいよ。おかげで俺はナズナに会えたんだから。今となってはフラれてよかったとさえ思っているくらいだ。……それより、ショックなのは君の方だろう? 気をつけて帰れよ」

 もう一度頭を下げて青年は去っていった。

 元カノは、どうすればいいのか迷った様子で青年とタカシを代わる代わる見ていたが、タカシに冷たく睨まれて「ヒウッ!」と情けない悲鳴をあげ、慌てて駆け去っていく。
 青年の去っていったのと同じ方向に駆けていったから、追いすがるのかもしれないが、さすがに仲直りは無理だろう。
 これで許してもらえたのなら、私はあの青年の懐の深さを心の底から尊敬する。

 少なくとも、私なら絶対ムリだ。

「不快な思いをさせてしまってすまない!」

 そんなことを考えていれば、タカシが勢いよく謝ってきた。

「まったくだわ。あんなに趣味が悪いとは思わなかった」

 心の狭い私は、そんなことはないと言えなかったので、プーと頬を膨らませる。

「本当に、ゴメン! ――――彼女、先日俺の家のことを知ってからやたらと絡んできて、あまりにしつこいから、会社で『俺には、もう心に決めた愛する人がいて、その人と結婚するからつきまとわないでほしい』と言ったんだ。そしたら急に飛び出していって……急いで後を追ったんだが、間に合わなかった」

 タカシは、膝につくくらいに頭を下げる。
 そのままずっと下げ続けて、いつまで経っても上げないから――――仕方なく、私が折れた。

「もういいわ。でも、もう二度とあの人には会いたくないわ」
「ああ、俺もさすがに堪忍袋の緒が切れた。どうしようか迷っていたけれど、今の会社を辞めて親父のところに移るよ。それで、使える伝手つてを全部使って、彼女を遠ざける。……そうだな。地方に左遷とかいいかもしれないな」

 タカシは悪そうな顔でニヤリと笑った。
 彼の家の力を使えば、そのくらい簡単なのかもしれない。

 私は心の中で彼女に向かって合掌した。
 まあ、ざまあみろとしか思えないけれど。

「許してくれるかい?」
「仕方ないわね。もう悪い女に引っかからないように、ずっと傍で見張っていてあげるわ」

 ため息をつきながらそう言えば、タカシは嬉しそうに笑った。

「ありがとう! ずっと一生見張っていてくれ! いつか常世の国に行くまで――――そして、その後も」

 それは永遠というのではないだろうか?

 私は笑って「はい」と頷いた。


   ◇◇◇

 これにて完結です。
 お楽しみいただけたなら幸いです。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

雷霆招来
2021.01.01 雷霆招来

完結 おめでとうございます
もう少し続くのかなと思ったけれども
少しのざまーと内面を良く見て結ばれた2人に幸せを

2021.01.01 九重

雷霆招来さま

あけましておめでとうございます!
いつもありがとうございます。
とりあえず短編でサクッと書いてみました。
膨らませれば膨らみますが、とりあえずこのへんで(笑)
お楽しみいただけたましたら幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。