僕らの沙汰は何次第?

堀口光

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1 明日葉明日香との遭遇

第1話

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 地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものだ。

 不良に絡まれても金さえあれば殴られることはない。強盗に襲われても金さえ出せば殺されないかもしれない。罪を犯して刑務所に入りそうな時にだって、金さえ払えば、刑が軽くなったり見逃してもらえる可能性だってある。金を持つものは、地獄でさえ切り抜けられるということである。

 だが、考えてみてほしい。金金金と人は叫び欲し求めるが、そんなものがいくらあろうが、何の役にも立たないことの方がほとんどではないか。金じゃ銃弾は防げない。金じゃ戦争は終わらない。金では――愛は買えない!

「……これは、ちょっと臭いか……」

 うん、とりあえず今はそれは置いておこう。どうせまたすぐに取り出すことになるだろうけど、とりあえず一旦思考から放棄しておく。

 それにしても、暑い。とにかく暑い。僕だけではなく、周りを歩く他の人たちも、確実にそう思っていることだろう。少なくとも、並の暑さではない。今なら、地球温暖化を防ごうと奮闘する人々の気持ちが痛いくらいに分かる。 

 いかん、暑過ぎて意識が朦朧としてきた気がする。頭を働かせるために、とりあえず今の現状を改めて最初から振り返ってみることにしよう。
 
 僕の名前は山城零(やましろれい)、地元の進学校に通う十七歳の極平凡(と思っている)な高校二年生。血液型はA、誕生日は九月十七日で、好きな料理ハンバーグ、嫌いな料理ハヤシライス。よし、ここまではオーケーだ。 

 今日は日曜日で、朝九時に起床。毎朝六時起床をモットーにしている僕にとってはかなり遅い時間だったので肩を落としながら部屋を出て、顔を洗い、朝食を食べ、着替えて、家を十時に出た。そこから徒歩十分の駅まで歩いて、切符を買ってから、十時五十分発の電車に乗った。 

 そういえば、そこで急に睡魔が襲ってきたから少し寝ることにしたんだっけ。九時まで寝ていたというのに、いつの間に僕の体にはそんなに疲労がたまっていたのだろう、謎だ。で、起きたら目的の駅のアナウンスがあってたから急いで横に置いていた荷物を持って電車を出たんだ。 

 それから、すぐ近くのこの街まで歩いてきて、ベンチで休憩をすることにした。そこでバッグの中を見て、財布が無いことに初めて気づいたわけである。 

 なるほど、なんという単純な話。 

 ということは、一番確率が高いのは、電車の中に置き忘れたといういかにもよくありそうなパターン。多分、慌てていたから財布を落としたことに気が付かなかったのであろう。 

 そうか、そういうことだったのかと納得したところで、現状は一切変わらない。ただひたすらに虚しくなるだけなのだった。と、そこで登場するのがさきほどの無駄な思考。なるほど、あれは金がない苦学生の、現実逃避の叫びであったのか。自分でも恥ずかしいほどの愚かさ。まさに自業自得だ。はははは。

 ――容赦なく照りつける太陽が、僕の気力と体力をどんどん奪っていく。 

 かれこれ一時間はベンチに座っている。もちろん、進展は何もない。涼しいところに逃げようかという案も出たが、既に動く気力さえなかった。 

 ああ、僕はこのままひからびて死ぬのか――そんな幻覚がふと頭に浮かぶ。首を振り、必死にそれを振りさらった。こんな街のど真ん中で野たれ死んだ高校生なんて、世界中を探しても一人もいないことだろう。さすがに一人目にはなりたくない。 

 バッグの中には、特に何も入れてきてはいなかった。携帯電話は家に置いてきたし、ハンカチにティッシュなど、今の暑さを凌ぐには無関係なものばかりでてくる。正直、バックを持ってくる必要性は薄かったが、買ったものをそのまま持ち歩くのはどうもいけ好かないので、念の為に持ってきた次第だ。 

 だいたい、財布を落とすだなんで、ベタすぎて笑えてくる。まったく、どっかの小学生じゃないんだから、財布くらい自分で管理しろよ、僕。 最近は、小学生でさえ自分のことは自分で守れくらいの世の中だぞ。 

 自分にツッコむことで更に虚しくなったが、そこはもう諦めた。うん、虚しいのも悪いものじゃない。月に一度くらいのペースで虚しくなってみるのもまた良しなのかもしれない。実行に移すつもりはないが。 

 今は八月の下旬で、夏休みが残り一週間くらいだったということを思い出す。ここを歩いている人の大半は、長期休暇真っ盛りの学生ばかりなのではないだろうか。 

 誰か知り合いが通らないかと願い始めて三十分程だが、未だに誰も通らない。否、もしかしたら僕が発見できていないだけであろうか。しかし、もはやその期待する気持ちも段々と薄れてきていた。
 
 多分、今日の僕の運勢は最下位なのだろう。占いなんて信じてはいないが、その日のモチベーションにはそれとなく影響する、気がする。今日は占いを見ていないわけだから何の関係もないけども。
 
 喉が渇く。それは今のこの状況からすれば万物の法則とも言える事柄なので、あえて何も思わないでおくことにする。目の前で冷えた炭酸飲料水を飲みながら通り過ぎていく若者を襲うわけにもいかない。

「あの、すみません」 

 自販機の下を探ってやろうかという考えが頭に浮かぶのを必死に消し去っているとき、突然目の前から声が聞こえ、僕はびくっと肩を震わせた。急に、今の考えが見られていたのかという意味の分からない不安にかられる。 僕は慌てて顔を上げた。 

「ち、違いますよ! 決して、本当にやろうと思ってた訳では……」 
「え? あ、あの……?」 
「へ?」 

 そこで、僕はようやく冷静になった。まったく、僕は何をしているのだろう。自分の考えが、他人に見れるわけないじゃないか。超能力者じゃあるまいし。 

 とりあえず一息ついたところで、目の前の声の主を見た。太陽の逆光で顔はよく見えないが、高い声や長い髪から女だということは分かる。僕の知らない人だろう。 

「ああ、すみません。ちょっとパニクっちゃって。あの、何か用ですか?」 
「ええと、道を尋ねようと思ったんですけど……邪魔でした?」 
「道、ですか。いえ、とりあえず邪魔ではないですよ」 

 そう落ち着いて言い放った後に、一瞬で頭を整理した。この人はただの通行人、名付けるなら通行人Aで、僕に道を尋ねただけだ。超能力者なんかじゃない、と思う。 

 どうしようか、と二秒程悩んだが、ずっとここに座っているよりは何かいいことがあるような気がして、とりあえず立ち上がろうとした。瞬間、暑さで目眩を感じてよろめき、倒れそうになったところを、先ほどのAさんに手を引かれてなんとかふんばった。 

「だ、大丈夫? 貧血ですか?」 
「いえ、ただこの暑さにちょっとやられただけです。ありがとうございます、Aさん」 
「A?」 
「何でもありませんよ。ところで、道を訊きたいんでしょう?」 
「あ、はい、ここなんですけど……」 

 彼女は一枚の紙を取り出して僕に見せた。この近くに最近できた喫茶店のパンフレットである。つい先日友人と訪れた店だった。 

「ああ、ここなら僕も知っています。どうせなら、案内しましょうか?」 
「え? でも、迷惑では?」 
「そんなことありませんよ。さあ、行きましょうか」 

 僕がさっさと歩きだすと、Aさんは慌ててついてきた。 

 あれ、おかしいな。さっきまで暑さで動けなかったはずなのに、何で今はこんなに生き生きとしてるんだろうか、僕は。 

 まさか、Aさんの影響だろうか。さっきはっきり顔が見えたが、かなりの美人だった。そのせいだろうか……。 

 いや、そんなことは無いはずである。第一、僕はあまり異性に興味はないのだ(誤解されたら困るので言っておくが、同姓に興味があるという意味ではない)。 

 となると、僕がこんなに元気なのは、おそらく、お礼の期待しかない、ということになる。

 店まで向かう途中、「今日は暑いですね」という会話がAさんとの間で五回程繰り返された。暑いばかり言ってても涼しくはならないとは頭で分かっているが、彼女とは暑いということしか共通の話題がないので仕方がない。 

 彼女の話によると、今日は今年の最高気温らしい。なるほど、それは暑いはずだ。財布も忘れるはずだ。 

 数分歩いて、目的の喫茶店に着いた。落ち着いた、静かな雰囲気の外装。中の繁盛している様子が窺えた。外にも数個テーブルが置かれているが、この暑さのせいか、外の席に座っている人は一人もいない。 

 ここの売りは、店長お勧めのこだわりコーヒーらしい。前に来たときに、店長自らそう教えてくれた。僕はコーヒーが飲めないので、結局頼まなかったけど。 

 入り口の前に立つと、彼女はこちらの方を向いて微笑んだ。 

「どうも、ご親切にありがとうございました。本当、何と感謝したらいいか……」 
「いえいえ、とんでもない。僕は、道案内とか好きなだけなんですよ」 

 何という適当な受け答え。どんなやつだ。 

「あの、お礼と言っては何ですが、何か奢りましょうか?」 
「え!?」 

 期待はしていたが、予想はしていなかった言葉に、僕は一瞬驚いた。まさか、また心を読まれたのか、という意味のない疑いを振り払い、頭の中で議論を始める。数秒のディスカッションの結果、僕は疲れを見せないさわやかな笑顔で頷いた。と思う。
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