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3 桐島園加と肝試し
第13話
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「――暗いね」
「う、うん……」
「怖いね」
「ううん……そう、だね……」
あなたの声の方が暗くて怖いです、とは口が裂けても言えず、僕は曖昧な返事を繰り返す。桐島園加は先程から感想こそ口にするが、そのどれもに何の感情も見当たらないため、本当にそう思っているのかがとても怪しい。
現在、僕らは定められたルートの約三分の一程を歩いていた。墓場自体はそれほど大きくはないが、周りを一周するため、総合的に結構長い道程となる。各ペアは番号順に前と少し間を空けて出発したため、前後には誰も見えない。確かに、暗くて怖い状況だ。
そんな状況ならば、普通は二人で明るく会話をして場の雰囲気を和らげようというのが人間というもの。僕も何度かそうしようと試みたさ。だが、彼女との会話というのは、そう生易しいものではなかったらしい。
「……桐島さんはさ、何か好きなものとか、趣味とかある?」
「あるよ」
続きを待つ。いつまでも言われないので、痺れを切らして問う。
「……えーっと、何かな?」
「あんまり人には言いたくないかなあ」
「そ、そっか……」
――終了。
おそらく、僕をいつも貶す村雨の方が、まだ会話のキャッチボールをしてくれていただろう、と感慨深くなる。何かへの評価というものは、いつだって相対的に上がるらしい。
しかし、僕はそこで諦めなかった。対抗心もしくは意地に近い感情が芽生え、何としてでも彼女とのキャッチボールを成立させようと思い始めていた。
「桐島さんて、部活とかには入ってるの?」
「入ってないよ」
「それはもったいない。桐山さんって運動得意そうに見えるんだけどなあ」
「得意じゃないよ。動くのは苦手」
「そっかあ、ならしょうがないね……」
――終了。
そもそも僕には会話のセンスがなかったのだ、ということを再認識させられただけだった。これが、例えば辻谷ならば、ここからさらにマシンガンの如くトークを重ね、一方的ではあっても一見盛り上がっているような会話に昇華させることが出来るのであろうが、僕みたいな消極的な性格の人間にはそんなことはもちろん不可能であり、つまりはこれ以上の結果を望むことは出来ないのである。
しょうがなく、そのまま黙って歩く。時々桐島園加の一言感想が聞こえてくるが、反応したところで会話は続かないので、どうしようもない。
と、僕が心の中で項垂れていた時だった。
「……ごめんね、楽しく出来なくて」
「え?」
突然謝られ、僕は眉をひそめて彼女を見る。彼女もこちらを向いて、無表情に話した。
「私、昔から感情を表に出せないんだ。別に恥ずかしいとか怖いとかそういうのではないんだけど、必要性をあまり感じないの。わざわざ感情を作って表に出すっていう行為が、なんとなく面倒くさく感じるんだよね」
本当に、その声は無機質に近いものだった。表にも裏にも、何の感情も見当たらない。ただ自分の中に沸いた文章を、一つの情報として淡々と外に出しているだけだ。
「必要性って……感情って、必要に応じてとかじゃなくてさ、勝手に湧き上がってくるものじゃないの?」
「うーん、そうなのかな。私はそんな風に感じないんだよね。例えば、誰かに悪口を言われたとするじゃない。私はまず、その場合どんな感情を持つのが一般的か考えて、怒りっていう結論が出てから、じゃあそれを感じようって思っちゃうんだよね。つまり、間に必ず冷静に考えるプロセスが入るの。で、大抵の場合、そこで面倒くさくなるってわけ。ここから感情を表に出したところで、私に何の得があるんだろうって」
「……」
僕には、彼女が何を言っているのか、全く理解出来なかった。
ただ、これだけは言える。
桐島園加は、僕が思っていたよりも、何倍も変わった人間だ。それも、僕の思考では到底辿り着くことの出来ないほど。
「……なるほどね、そういうことだったんだ」
それでも、僕は頷いた。否、頷くことしか出来なかった。僕には彼女の思考過程を理解することが出来ない。それはつまり、彼女の抱える苦悩や苦労も分からないということ。僕が何と言ったところで、それは彼女の感情を揺るがすことにはならない。
僕に出来ることは、彼女を肯定することだけだ。
「桐島さんには桐島さんなりの考え方や感じ方があったんだね。うーん、ちょっと僕にはそれがどういう感じなのか想像出来ないけど、別に問題はないんじゃないかな。表に出ずとも、そういった感情を持っているんだってことさえ分かれば、僕には十分だよ」
「でも……山城君は、楽しくないんじゃない?」
「そんなことはないよ。そうと分かれば、今桐島さんが何を考えてるんだろうとか、もっと楽しませようとか思えたりするから、逆にもっと楽しく会話できるかもね」
僕は笑ってそう言った。これは僕の本心だ。どういう感情の生まれ方なのかはともかく、少しでもその感情が芽生えているということさえ理解出来ていれば、こちらも話しかけることに意義が出来る。なんとしてでも感情を表に出してやるという意地さえ生まれるかもしれない。
桐島園加は変わらない表情で僕をじーっと見つめていた。まずい、少し出過ぎたことを言っただろうか。もしかしたら、内心で怒りを生じさせている途中かもしれない。
「――山城君、やっぱり優しいね」
「え?」
「何でもない。でも、ありがとうね。そう言ってくれて私も嬉しいよ」
彼女は嬉しそうには聞こえない声で、気持ち明るくなったような顔で、そう言った。もしかしたら、それは僕の勘違いなのかもしれない。でも、別にそれでもいいな、と僕は感じた。
「う、うん……」
「怖いね」
「ううん……そう、だね……」
あなたの声の方が暗くて怖いです、とは口が裂けても言えず、僕は曖昧な返事を繰り返す。桐島園加は先程から感想こそ口にするが、そのどれもに何の感情も見当たらないため、本当にそう思っているのかがとても怪しい。
現在、僕らは定められたルートの約三分の一程を歩いていた。墓場自体はそれほど大きくはないが、周りを一周するため、総合的に結構長い道程となる。各ペアは番号順に前と少し間を空けて出発したため、前後には誰も見えない。確かに、暗くて怖い状況だ。
そんな状況ならば、普通は二人で明るく会話をして場の雰囲気を和らげようというのが人間というもの。僕も何度かそうしようと試みたさ。だが、彼女との会話というのは、そう生易しいものではなかったらしい。
「……桐島さんはさ、何か好きなものとか、趣味とかある?」
「あるよ」
続きを待つ。いつまでも言われないので、痺れを切らして問う。
「……えーっと、何かな?」
「あんまり人には言いたくないかなあ」
「そ、そっか……」
――終了。
おそらく、僕をいつも貶す村雨の方が、まだ会話のキャッチボールをしてくれていただろう、と感慨深くなる。何かへの評価というものは、いつだって相対的に上がるらしい。
しかし、僕はそこで諦めなかった。対抗心もしくは意地に近い感情が芽生え、何としてでも彼女とのキャッチボールを成立させようと思い始めていた。
「桐島さんて、部活とかには入ってるの?」
「入ってないよ」
「それはもったいない。桐山さんって運動得意そうに見えるんだけどなあ」
「得意じゃないよ。動くのは苦手」
「そっかあ、ならしょうがないね……」
――終了。
そもそも僕には会話のセンスがなかったのだ、ということを再認識させられただけだった。これが、例えば辻谷ならば、ここからさらにマシンガンの如くトークを重ね、一方的ではあっても一見盛り上がっているような会話に昇華させることが出来るのであろうが、僕みたいな消極的な性格の人間にはそんなことはもちろん不可能であり、つまりはこれ以上の結果を望むことは出来ないのである。
しょうがなく、そのまま黙って歩く。時々桐島園加の一言感想が聞こえてくるが、反応したところで会話は続かないので、どうしようもない。
と、僕が心の中で項垂れていた時だった。
「……ごめんね、楽しく出来なくて」
「え?」
突然謝られ、僕は眉をひそめて彼女を見る。彼女もこちらを向いて、無表情に話した。
「私、昔から感情を表に出せないんだ。別に恥ずかしいとか怖いとかそういうのではないんだけど、必要性をあまり感じないの。わざわざ感情を作って表に出すっていう行為が、なんとなく面倒くさく感じるんだよね」
本当に、その声は無機質に近いものだった。表にも裏にも、何の感情も見当たらない。ただ自分の中に沸いた文章を、一つの情報として淡々と外に出しているだけだ。
「必要性って……感情って、必要に応じてとかじゃなくてさ、勝手に湧き上がってくるものじゃないの?」
「うーん、そうなのかな。私はそんな風に感じないんだよね。例えば、誰かに悪口を言われたとするじゃない。私はまず、その場合どんな感情を持つのが一般的か考えて、怒りっていう結論が出てから、じゃあそれを感じようって思っちゃうんだよね。つまり、間に必ず冷静に考えるプロセスが入るの。で、大抵の場合、そこで面倒くさくなるってわけ。ここから感情を表に出したところで、私に何の得があるんだろうって」
「……」
僕には、彼女が何を言っているのか、全く理解出来なかった。
ただ、これだけは言える。
桐島園加は、僕が思っていたよりも、何倍も変わった人間だ。それも、僕の思考では到底辿り着くことの出来ないほど。
「……なるほどね、そういうことだったんだ」
それでも、僕は頷いた。否、頷くことしか出来なかった。僕には彼女の思考過程を理解することが出来ない。それはつまり、彼女の抱える苦悩や苦労も分からないということ。僕が何と言ったところで、それは彼女の感情を揺るがすことにはならない。
僕に出来ることは、彼女を肯定することだけだ。
「桐島さんには桐島さんなりの考え方や感じ方があったんだね。うーん、ちょっと僕にはそれがどういう感じなのか想像出来ないけど、別に問題はないんじゃないかな。表に出ずとも、そういった感情を持っているんだってことさえ分かれば、僕には十分だよ」
「でも……山城君は、楽しくないんじゃない?」
「そんなことはないよ。そうと分かれば、今桐島さんが何を考えてるんだろうとか、もっと楽しませようとか思えたりするから、逆にもっと楽しく会話できるかもね」
僕は笑ってそう言った。これは僕の本心だ。どういう感情の生まれ方なのかはともかく、少しでもその感情が芽生えているということさえ理解出来ていれば、こちらも話しかけることに意義が出来る。なんとしてでも感情を表に出してやるという意地さえ生まれるかもしれない。
桐島園加は変わらない表情で僕をじーっと見つめていた。まずい、少し出過ぎたことを言っただろうか。もしかしたら、内心で怒りを生じさせている途中かもしれない。
「――山城君、やっぱり優しいね」
「え?」
「何でもない。でも、ありがとうね。そう言ってくれて私も嬉しいよ」
彼女は嬉しそうには聞こえない声で、気持ち明るくなったような顔で、そう言った。もしかしたら、それは僕の勘違いなのかもしれない。でも、別にそれでもいいな、と僕は感じた。
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