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3 桐島園加と肝試し
第16話
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「もうそろそろでゴールなのかな?」
「……」
「それにしても、真っ暗だね。下手すると迷っちゃいそうだよ」
「……」
「城山君、聞いてる?」
無言で頷く僕。いつの間にか立場が逆転していた。桐島園加は僕に話しかけ続け、僕は何も返事をしない、という構図が先ほどから続いている。それほど、僕が負ったダメージは大きかった。
それは腹を蹴られたことによる身体的ダメージももちろんだが、それ以外にもう一つ、何の説明もなしになぜ僕はこんな状況に追い込まれてしまっているのかという、精神的な戸惑いが大きいことも含まれる。
「……なあ、一つ聞いていい?」
「おっ、やっとしゃべった。私に答えられることならどうぞ」
「どうして村雨の奴は、あんなに怒ってたんだ?」
僕の質問に、彼女は無表情のまま、少しだけ首を横に傾けた。何となくだが、本当に分からないの? ということを言おうとしているような気がしないでもない。そのまま彼女は腕を組み、僕の顔を覗き込むようにして言った。
「うーん、多分、山城君のそういうところじゃないかな。私は別に何とも思わないけど、村雨さんには、いい加減じれったく感じていたんだと思うよ。で、そこにさっきの光景がプラスされて、どかーんと爆発した、と」
「……あの、桐島さん? もうちょっと分かりやすく言ってもらえると嬉しいんだけど」
それを聞いた彼女は、これ以上は無理かな、と一蹴した。どうやら今の言葉が、彼女のできる最大限の説明だったらしい。だが、僕には本当に彼女が何を言っているのか分からなかった。というより、何でこの人はきっちり分かってるんだ。
「でも、直接の原因は結局私のせいなんだから、そんなに落ち込むことないよ。多分」
そう言って、先に歩を進めていく彼女。この話題はもう終わりとでも言いたそうだ。何一つ情報を得られなかった僕だが、考えても答が出ることはないようなので、諦めて付いていった。ちなみに、手は未だに握られているので、引っ張られるような形になる。
肝試しもそろそろ終盤のはずである。もう十人以上から驚かされてきたが、なんとか僕はそれに耐えきってきた。おそらく、残すはラスボス――姉さんのみのはずだ。さっきの朝倉君の例から、今までの驚かし方とは比にならないほどの恐怖が待ち構えている可能性も十二分に考えられるが、僕はもう覚悟は出来ている。長年姉さんのやることに付き合ってきた僕だ、今更こんなことで負けてたまるか!
と、よく分からない対抗心が芽生え始めていた時、不意に桐島園加が歩みを止めた。
「あれ、どうしたの? まさか足でも痛めた?」
「ううん、そうじゃないんだけど……」
彼女は珍しく歯切れの悪い返事をして、進行方向ではなく右に視線を注ぐ。僕もそちらを見ると、そこにだけ墓と墓の間に、細い通路が出来ていた。
表情を変えず、じーっとそちらを見続け彼女。何かよくない予感がするのは気のせいだろうか。
「――ねえ山城君、ちょっとだけ、こっちに行かない?」
「え? ……いや、何で?」
僕の疑問に答えを返さないままに、桐島園加はそこに入っていってしまった。当然、僕もそれに従わざるを得ない。
「え、ちょ、ちょっと桐島さん? この暗い中で、ルートを外れるのはまずいって!」
「……」
なぜここで無言なんだ。せめて目的を教えてくれよ。そうすれば、僕だって少しくらい快く付き合うのに。
だが、彼女はこちらを振り向こうともせずに、細い道の先へと進んでいく。まるで、この先に何があるのか知っているみたいだ。激しく気になったが、おそらく今何を言っても無駄であると感じたので、諦めて着いていくことにした。
しばらく静寂が続いた後、ようやく桐島園加が口を開いた。
「……さっきの演劇部の話、まだ最後まで話せてなかったよね」
「あ、ああ、そうだったね。朝倉君のせいで途切れたままだったな」
「じゃあ続き。学校中から人気だった演劇部。なのに、ある年になって、その存在は消えて、語り継がれさえしなくなってしまった。それはなぜか」
淡々とした語り口、とんとんとんと歩む足。
何も変わっていないはずなのに、少しずつ何かが変わっているような違和感。
「演劇部には、ある一人の女子がいた。彼女は部のエース的存在であり、部の人気は、彼女の存在で成り立っていると言っても過言ではなかった」
少しずつ、着実に、違和感は大きくなっていく。
話しているのは確かに桐島園加のはずだ。だが、そんな当たり前のことさえ、本当に信じていいのか分からなくなってくる。
「ある年、演劇部は記念公演として、道具や音響、照明全てにおいて、今までよりも遥かに大規模な装置を用いた劇を行った。もちろん、結果は大成功。彼女と他の部員たちは、学校中、いや、町中から駆けつけた人々の温かい拍手の中で、最高の笑顔でその劇の幕を閉じようとした」
今ここにいるのは桐島園加だ。無表情で無感情な女子高生、感情をさらけ出すのが苦手な一人の少女。
僕が今まで一緒にいたのは、そんな人間だったはず。
「――幕が閉まりきる直前、頭上の巨大な照明装置が落下し、彼女に直撃した」
「……え?」
突然だった。唐突な結末。そこには、何の偽りも感じられない。
いつの間にか僕たちは、細い道を抜けて開けた場所へと出ていた。この空間だけ、周囲に墓が置かれていない。その代わりに、中央に一つだけ、周りよりも少し小さめの墓がある。
「その事故が原因で、演劇部は廃部になった。誰も何も抗議しなかった。元々その部は、彼女が引っ張っていたもの。その人がいなくなってしまえば、崩れていくのは当然のことだった」
「……それで、結局君は、僕に何が言いたいんだ……?」
「彼女は、人生を謳歌した。でも、死ぬのにはあまりにも早すぎたんだよ。もっと生き続けるべきだった。もっと――誰かが、生かし続けるべきだったんだ」
ゾワリと、背筋が凍った。
今僕の目の前にいるのは、桐島園加だ。
だが。
今僕と話しているのは、桐島園加ではない。
現実と認識が一致しない。
「君は……まさか」
僕が呟くと、
彼女はゆっくりと振り返って、
長い髪をふわりと浮かせながら、
軽く眼鏡を外して、
悪戯そうに、言った。
「そうは思わない? ――零君」
その笑顔と、墓標に刻まれた明日葉明日香の名前が、暗闇の中で僕の脳裏に焼き付き、離れることはなかった。
「……」
「それにしても、真っ暗だね。下手すると迷っちゃいそうだよ」
「……」
「城山君、聞いてる?」
無言で頷く僕。いつの間にか立場が逆転していた。桐島園加は僕に話しかけ続け、僕は何も返事をしない、という構図が先ほどから続いている。それほど、僕が負ったダメージは大きかった。
それは腹を蹴られたことによる身体的ダメージももちろんだが、それ以外にもう一つ、何の説明もなしになぜ僕はこんな状況に追い込まれてしまっているのかという、精神的な戸惑いが大きいことも含まれる。
「……なあ、一つ聞いていい?」
「おっ、やっとしゃべった。私に答えられることならどうぞ」
「どうして村雨の奴は、あんなに怒ってたんだ?」
僕の質問に、彼女は無表情のまま、少しだけ首を横に傾けた。何となくだが、本当に分からないの? ということを言おうとしているような気がしないでもない。そのまま彼女は腕を組み、僕の顔を覗き込むようにして言った。
「うーん、多分、山城君のそういうところじゃないかな。私は別に何とも思わないけど、村雨さんには、いい加減じれったく感じていたんだと思うよ。で、そこにさっきの光景がプラスされて、どかーんと爆発した、と」
「……あの、桐島さん? もうちょっと分かりやすく言ってもらえると嬉しいんだけど」
それを聞いた彼女は、これ以上は無理かな、と一蹴した。どうやら今の言葉が、彼女のできる最大限の説明だったらしい。だが、僕には本当に彼女が何を言っているのか分からなかった。というより、何でこの人はきっちり分かってるんだ。
「でも、直接の原因は結局私のせいなんだから、そんなに落ち込むことないよ。多分」
そう言って、先に歩を進めていく彼女。この話題はもう終わりとでも言いたそうだ。何一つ情報を得られなかった僕だが、考えても答が出ることはないようなので、諦めて付いていった。ちなみに、手は未だに握られているので、引っ張られるような形になる。
肝試しもそろそろ終盤のはずである。もう十人以上から驚かされてきたが、なんとか僕はそれに耐えきってきた。おそらく、残すはラスボス――姉さんのみのはずだ。さっきの朝倉君の例から、今までの驚かし方とは比にならないほどの恐怖が待ち構えている可能性も十二分に考えられるが、僕はもう覚悟は出来ている。長年姉さんのやることに付き合ってきた僕だ、今更こんなことで負けてたまるか!
と、よく分からない対抗心が芽生え始めていた時、不意に桐島園加が歩みを止めた。
「あれ、どうしたの? まさか足でも痛めた?」
「ううん、そうじゃないんだけど……」
彼女は珍しく歯切れの悪い返事をして、進行方向ではなく右に視線を注ぐ。僕もそちらを見ると、そこにだけ墓と墓の間に、細い通路が出来ていた。
表情を変えず、じーっとそちらを見続け彼女。何かよくない予感がするのは気のせいだろうか。
「――ねえ山城君、ちょっとだけ、こっちに行かない?」
「え? ……いや、何で?」
僕の疑問に答えを返さないままに、桐島園加はそこに入っていってしまった。当然、僕もそれに従わざるを得ない。
「え、ちょ、ちょっと桐島さん? この暗い中で、ルートを外れるのはまずいって!」
「……」
なぜここで無言なんだ。せめて目的を教えてくれよ。そうすれば、僕だって少しくらい快く付き合うのに。
だが、彼女はこちらを振り向こうともせずに、細い道の先へと進んでいく。まるで、この先に何があるのか知っているみたいだ。激しく気になったが、おそらく今何を言っても無駄であると感じたので、諦めて着いていくことにした。
しばらく静寂が続いた後、ようやく桐島園加が口を開いた。
「……さっきの演劇部の話、まだ最後まで話せてなかったよね」
「あ、ああ、そうだったね。朝倉君のせいで途切れたままだったな」
「じゃあ続き。学校中から人気だった演劇部。なのに、ある年になって、その存在は消えて、語り継がれさえしなくなってしまった。それはなぜか」
淡々とした語り口、とんとんとんと歩む足。
何も変わっていないはずなのに、少しずつ何かが変わっているような違和感。
「演劇部には、ある一人の女子がいた。彼女は部のエース的存在であり、部の人気は、彼女の存在で成り立っていると言っても過言ではなかった」
少しずつ、着実に、違和感は大きくなっていく。
話しているのは確かに桐島園加のはずだ。だが、そんな当たり前のことさえ、本当に信じていいのか分からなくなってくる。
「ある年、演劇部は記念公演として、道具や音響、照明全てにおいて、今までよりも遥かに大規模な装置を用いた劇を行った。もちろん、結果は大成功。彼女と他の部員たちは、学校中、いや、町中から駆けつけた人々の温かい拍手の中で、最高の笑顔でその劇の幕を閉じようとした」
今ここにいるのは桐島園加だ。無表情で無感情な女子高生、感情をさらけ出すのが苦手な一人の少女。
僕が今まで一緒にいたのは、そんな人間だったはず。
「――幕が閉まりきる直前、頭上の巨大な照明装置が落下し、彼女に直撃した」
「……え?」
突然だった。唐突な結末。そこには、何の偽りも感じられない。
いつの間にか僕たちは、細い道を抜けて開けた場所へと出ていた。この空間だけ、周囲に墓が置かれていない。その代わりに、中央に一つだけ、周りよりも少し小さめの墓がある。
「その事故が原因で、演劇部は廃部になった。誰も何も抗議しなかった。元々その部は、彼女が引っ張っていたもの。その人がいなくなってしまえば、崩れていくのは当然のことだった」
「……それで、結局君は、僕に何が言いたいんだ……?」
「彼女は、人生を謳歌した。でも、死ぬのにはあまりにも早すぎたんだよ。もっと生き続けるべきだった。もっと――誰かが、生かし続けるべきだったんだ」
ゾワリと、背筋が凍った。
今僕の目の前にいるのは、桐島園加だ。
だが。
今僕と話しているのは、桐島園加ではない。
現実と認識が一致しない。
「君は……まさか」
僕が呟くと、
彼女はゆっくりと振り返って、
長い髪をふわりと浮かせながら、
軽く眼鏡を外して、
悪戯そうに、言った。
「そうは思わない? ――零君」
その笑顔と、墓標に刻まれた明日葉明日香の名前が、暗闇の中で僕の脳裏に焼き付き、離れることはなかった。
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