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4 Who are you?
第21話
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村雨はそれで僕への文句は終えたのか、次に明日葉明日香に視線を移して、深くため息をついた。
「はあ。もう、全然意味が分かんない。結局、あなたがそんな格好して、その憧れの明日葉明日香になりきるのには、どんな理由があるわけ? そこのところをはっきりと詳しく正確に教えなさいよね」
「もともとそのつもりだよ。だからこそ、零君をわざわざここに呼び出したんだしね」
だから慌てないで、と明日葉明日香は冷静に返す。彼女はあくまでマイペースに物事を進めていく性格らしい。その点でいうと桐島園加と共通しているように思えるが、実際のところはどうなのかは分からない。
再び僕らに背を向けた彼女は、墓石の前で座り込み、話し始めた。
「私と桐島園加が出会ったのは、彼女がまだ五歳くらいの、本当に小さな子供の時だった。年はちょうど十離れていたから、そのころには私はもう高校生だったわけだけど……」
「あの、度々悪いけど、ちょっと待ってもらっていいかしら」
村雨が頭を抱えて割り込んだ。難しそうな顔で、明日葉明日香に問いかける。
「その、今のあなたにとって、桐島園加という人間はどういった位置にいるの? 今のあなたには、完全に別の人間として扱われていると考えていいの?」
「もちろんそうだよ。今の私は明日葉明日香だもん。桐島園加は普段の私だけど、今の私――明日葉明日香にとっては古い友人で、私ではないよ」
当り前のように答える彼女に、村雨の顔はますます混乱に満ちていった。正直僕も頭の中がよく分からないことになっている。彼女は桐島園加だが、明日葉明日香に為りきっている今は、彼女は明日葉明日香という人間としてしか扱われない、ということだろうか。そして、彼女はそれを、完全に自分の中で受け入れているというのか。
「それじゃあ話を戻すね。二人の最初の出会いは、桐島園加が親に連れられて見に行った、演劇部の公演だった。そこで私は、『死んだ人間を天国に連れていくための使者』なんていう、ちょっと難しめの役をやっていた。話自体も結構複雑だったから、まだ子供だった桐島園加にはちんぷんかんぷんだったんじゃないかな。でも、その劇を見た桐島園加は、私を見てとても感動したんだって。『何かよく分からなかったけど、お姉ちゃんがすごくかっこよかった』って言ってたのを覚えてる。どの辺まで本気の言葉だったのかは分からないけどね」
彼女は、なおも明日葉明日香として明るく話し続ける。今語っている桐島園加の話は、自分の過去の話のはずなのに、あくまで明日葉明日香の主観として、その過去は語られる。
その気分は、いかなるものなのか。僕には分からない。
「それから、桐島園加は私の出る公演に毎回来るようになった。その度に私も彼女とお話をして、お互いとっても仲良くなっていった。彼女にとって私は『憧れの対象』だったし、私にとって彼女は『小さいよき友人』だったんだ」
「でも、あなたは……明日葉明日香は、それから間もなく事故で亡くなってしまった……」
「……あの事故が起きたのは、知り合ってから二年目の夏だった。もちろんその日も桐島園加は劇を見に来ていた。その目の前で、私は死んだ。桐島園加にとって、その光景はあまりにもショッキングで、受け入れがたい現実で、それから何日も何日も、落ち込んだ日々を送っていた。ある日、彼女は急に思い付いた。『明日葉明日香が役を演じていたように、自分も明日葉明日香を演じれば、彼女は生き返るんじゃないか』って。ちょっと理解出来ないかもしれないけど、あの頃の桐島園加にとって、その考えは自分を救うための唯一の手段であるように思えたの。彼女は、明日葉明日香についての情報を、長い時間をかけて集めた。子供だった彼女に、周囲の人間は、思い出話を聞かせるように、みんなしっかりと話してくれた」
そこで彼女は立ち上がり、墓石を背にこちらを向く。逆光で照らされた姿は、とても美しく、とても凛々しい。桐島園加は、この力強さに憧れたのだろう。
「そして今から三年前。私は、経験も考えも生い立ちも感情も完璧に組み込んだ、生きていた時の明日葉明日香として、甦ったの」
狂っている。普通の人が見たら、彼女をそう言うだろう。だが、僕にはそうは思えなかった。彼女の行動は、じつに合理的で、感情的で、人間的だと感じた。
誰かが死んだ。ではどうするのか。ただ指をくわえて時の流れに身を任せるばかりでは、何も変わってはくれない。自分で行動を起こさなくては、何も変えることは出来ない。ならば、自分が為り替わろう――
何が悪いというのだろうか。彼女は、彼女なりの、彼女自身に対する慰めを思いついた。それを責めることなど、誰が出来ようか。
「……なによ、それ。馬鹿じゃないの」
話を聞き終えた村雨は、しかし、その表情を歪ませ、攻撃的な口調で明日葉明日香に突っかかった。
「憧れの人が亡くなったから悲しい。それは分かるわ。誰だってそれは悲しいもの。でも、だからその人に為った? ふざけないでよ。どう考えたらそんな発想になるわけ? 百歩譲って子供の時に一度は考えたとしても、普通の人ならすぐにそんなの意味はないって気づくわ」
「……うん、その通りだね。私って、本当に馬鹿だって思う」
「あなたのその行動は誰のため? 自分のため? じゃあそれは誰のことを言ってるの? 明日葉明日香? それとも、桐島園加? 今のあなたにとって、本当の自分はどこにいるの? あなたは――誰なの?」
「私は……明日葉明日香、だよ。私が、そう望んだんだから」
切なげに呟く彼女の言葉。
村雨は黙ってその正面に立ち、
彼女の頬を、思い切り叩いた。
「はあ。もう、全然意味が分かんない。結局、あなたがそんな格好して、その憧れの明日葉明日香になりきるのには、どんな理由があるわけ? そこのところをはっきりと詳しく正確に教えなさいよね」
「もともとそのつもりだよ。だからこそ、零君をわざわざここに呼び出したんだしね」
だから慌てないで、と明日葉明日香は冷静に返す。彼女はあくまでマイペースに物事を進めていく性格らしい。その点でいうと桐島園加と共通しているように思えるが、実際のところはどうなのかは分からない。
再び僕らに背を向けた彼女は、墓石の前で座り込み、話し始めた。
「私と桐島園加が出会ったのは、彼女がまだ五歳くらいの、本当に小さな子供の時だった。年はちょうど十離れていたから、そのころには私はもう高校生だったわけだけど……」
「あの、度々悪いけど、ちょっと待ってもらっていいかしら」
村雨が頭を抱えて割り込んだ。難しそうな顔で、明日葉明日香に問いかける。
「その、今のあなたにとって、桐島園加という人間はどういった位置にいるの? 今のあなたには、完全に別の人間として扱われていると考えていいの?」
「もちろんそうだよ。今の私は明日葉明日香だもん。桐島園加は普段の私だけど、今の私――明日葉明日香にとっては古い友人で、私ではないよ」
当り前のように答える彼女に、村雨の顔はますます混乱に満ちていった。正直僕も頭の中がよく分からないことになっている。彼女は桐島園加だが、明日葉明日香に為りきっている今は、彼女は明日葉明日香という人間としてしか扱われない、ということだろうか。そして、彼女はそれを、完全に自分の中で受け入れているというのか。
「それじゃあ話を戻すね。二人の最初の出会いは、桐島園加が親に連れられて見に行った、演劇部の公演だった。そこで私は、『死んだ人間を天国に連れていくための使者』なんていう、ちょっと難しめの役をやっていた。話自体も結構複雑だったから、まだ子供だった桐島園加にはちんぷんかんぷんだったんじゃないかな。でも、その劇を見た桐島園加は、私を見てとても感動したんだって。『何かよく分からなかったけど、お姉ちゃんがすごくかっこよかった』って言ってたのを覚えてる。どの辺まで本気の言葉だったのかは分からないけどね」
彼女は、なおも明日葉明日香として明るく話し続ける。今語っている桐島園加の話は、自分の過去の話のはずなのに、あくまで明日葉明日香の主観として、その過去は語られる。
その気分は、いかなるものなのか。僕には分からない。
「それから、桐島園加は私の出る公演に毎回来るようになった。その度に私も彼女とお話をして、お互いとっても仲良くなっていった。彼女にとって私は『憧れの対象』だったし、私にとって彼女は『小さいよき友人』だったんだ」
「でも、あなたは……明日葉明日香は、それから間もなく事故で亡くなってしまった……」
「……あの事故が起きたのは、知り合ってから二年目の夏だった。もちろんその日も桐島園加は劇を見に来ていた。その目の前で、私は死んだ。桐島園加にとって、その光景はあまりにもショッキングで、受け入れがたい現実で、それから何日も何日も、落ち込んだ日々を送っていた。ある日、彼女は急に思い付いた。『明日葉明日香が役を演じていたように、自分も明日葉明日香を演じれば、彼女は生き返るんじゃないか』って。ちょっと理解出来ないかもしれないけど、あの頃の桐島園加にとって、その考えは自分を救うための唯一の手段であるように思えたの。彼女は、明日葉明日香についての情報を、長い時間をかけて集めた。子供だった彼女に、周囲の人間は、思い出話を聞かせるように、みんなしっかりと話してくれた」
そこで彼女は立ち上がり、墓石を背にこちらを向く。逆光で照らされた姿は、とても美しく、とても凛々しい。桐島園加は、この力強さに憧れたのだろう。
「そして今から三年前。私は、経験も考えも生い立ちも感情も完璧に組み込んだ、生きていた時の明日葉明日香として、甦ったの」
狂っている。普通の人が見たら、彼女をそう言うだろう。だが、僕にはそうは思えなかった。彼女の行動は、じつに合理的で、感情的で、人間的だと感じた。
誰かが死んだ。ではどうするのか。ただ指をくわえて時の流れに身を任せるばかりでは、何も変わってはくれない。自分で行動を起こさなくては、何も変えることは出来ない。ならば、自分が為り替わろう――
何が悪いというのだろうか。彼女は、彼女なりの、彼女自身に対する慰めを思いついた。それを責めることなど、誰が出来ようか。
「……なによ、それ。馬鹿じゃないの」
話を聞き終えた村雨は、しかし、その表情を歪ませ、攻撃的な口調で明日葉明日香に突っかかった。
「憧れの人が亡くなったから悲しい。それは分かるわ。誰だってそれは悲しいもの。でも、だからその人に為った? ふざけないでよ。どう考えたらそんな発想になるわけ? 百歩譲って子供の時に一度は考えたとしても、普通の人ならすぐにそんなの意味はないって気づくわ」
「……うん、その通りだね。私って、本当に馬鹿だって思う」
「あなたのその行動は誰のため? 自分のため? じゃあそれは誰のことを言ってるの? 明日葉明日香? それとも、桐島園加? 今のあなたにとって、本当の自分はどこにいるの? あなたは――誰なの?」
「私は……明日葉明日香、だよ。私が、そう望んだんだから」
切なげに呟く彼女の言葉。
村雨は黙ってその正面に立ち、
彼女の頬を、思い切り叩いた。
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