神様探しの放課後

堀口光

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第2話 現る

2-3

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 僕は五人の顔を窺った。にこにこしている如月、未だに状況が理解できていない様子の秋谷、腕を組んで難しい顔をしている尾坂、おっとりと微笑んでいる千条、後ろの方でおどおどとしている渡瀬。

 そして僕を合わせて、六人。

「……この中の誰かが、この手紙を書いたってことだよね?」

 千条が、確かめるように首を傾げた。

「はあ、一体誰なんですか、こんな悪戯をしたのは? 今なら許してあげますから、早く出てきてください」

 溜息を吐いて、窘めるように秋谷が言う。まるで、悪戯をした小学生をクラスから探す先生のようだ。いや、大体今もそんな感じか。

 しかし、誰も名乗り出ようとはしなかった。全員がそれぞれの顔を見渡し、自分じゃないアピールをしている。

 つまり、誰かが嘘を吐いている――?

 微妙に重たい空気が漂う中、如月が口を開いた。

「まあいいじゃん、楽しそうなんだしさ! きっと、神様が私たちにプレゼントしてくれたんだよ!」

 場違いに明るい声。頷いたのは千条だけで、渡瀬は俯いてしまい、僕を含めた残り三人は、重苦しい溜息を吐く。

「ああもう面倒くせえ! 何が神様だ、馬鹿馬鹿しい!」

 いきなり頭をかきむしってそう叫んだ尾坂は、全員の手から手紙を引ったくると、全部を机でそろえて、顔の高さまで持ち上げた。って、まさか……。

「こんなもの、こうしてやる」

 手に力を込めた彼女は、真ん中から真っ二つにそれらを引き裂いた。全員が唖然とする中、尾坂は満足げな表情を浮かべて、僕たちの顔を見渡す。

「これで終わりだ。誰だか知らねえけど、次こんな悪戯してきたら、ぶっとばすからな」

 凄みのある言葉なのに、全然威圧感がなかったのは、やはり彼女の幼い声に起因するのだろう。微妙に笑いをこらえる僕を尻目に、ふんと鼻息を鳴らして自分の席へと戻って行った。

 残された僕ら五人は、黙って床に散らばっている手紙たちの残骸を見る。

 そう、確かに尾坂の言うとおりだ。神様とかゲームとか、あまりにも幼稚すぎて付き合っていられない。それは分かる。

 ――でも、僕が思うのは、本当にそれだけか?

「尾坂さんの態度は少し気に食わないですが、まあ、彼女の言うとおりですね。誰がやったのか知りませんが、金輪際、こんな低レベルなことは止めるように」

 秋谷が眼鏡に手をかけながら冷たく言い放ち、息を吐いて去って行った。

 僕は残りの三人を見る。如月はなぜか楽しそうで、渡瀬はまだ顔を伏せていたが、千条は秋谷の後ろ姿を追いかけるように眺めていた。ふっと視線を手紙に戻し、ぽつりと呟く。

「せっかく面白そうだったのに、残念だね」

 しばらく、下を向いていた彼女を見ていると、はっとしたように顔を上げ、また優雅に微笑みを作った。

「じゃあ、私も戻るね。ばいばい」

 ゆっくりと手を振る。如月が手を振り返すと、口元に手を当てて笑い、嬉しそうに戻って行った。

 それに呼応するように、今まで俯いていた渡瀬が急に顔を上げた。泣きそうな表情で、僕と如月の顔を交互に見た後、頭を下げてから、逃げるように去っていく。

 いつの間にか、僕の周りは如月だけになった。

「結局、手紙の犯人は誰なんだろうな……」

 破かれた手紙たちを見ながら、僕は独り言のように言った。如月が、にっこりと僕の顔を覗き込む。

「だったら、私たちで探してみる? 神様」
「探すって言ったって、まだ何も起こっていないだろ。それに、手紙は破られたんだ。犯人だって、みんなが乗り気じゃないなら、もう何もやらないんじゃないか?」
「さあ、それはどうかと思うよ。だって、わざわざあんな手書きの手紙を六枚も作ったんだよ? 破られたくらいで諦めるかなぁ。それに、手紙を破った美奈ちゃん自身が『神様』って場合もあるわけだし」

 首を傾げて、楽しそうに指を一本立てる如月。何も考えていないように見えて、言っていることは確かに的を射ている。僕は少し面食らった。

「そりゃそうだが……大体、その『神様』とやらは一体何をしてくるっていうんだよ」
「もちろん、『制裁』でしょ?」

 如月は破かれた手紙を拾い集めて、書かれた文字の一部を指差して僕に見せた。『見つけられない場合は、制裁を加えることになります』という部分だ。 

 僕は眉を潜めて考える。『制裁』ってのは、『神様』という言葉とかけているのだろうが、なんとなく穏やかではない気がする。でも、『見つけられない場合』とは、一体どういう状況を差すのだろうか。期限や時間設定などが一切書かれてないから、いつまでに見つけなければいけないのかがまったくわからない。そして、その場合にどんなことをされるのかも。

 よく考えると、この手紙の内容は、あまりにもアバウトで理不尽すぎる。いつまでに見つけるのか、どうすれば見つけたと言えるのか、見つけられない場合何があるのか……何も説明されていない。

 まるで、即興で考え付いたことをその場で書いたような手紙じゃないか――

「……とにかく、今僕たちに分かることといえば、手紙を貰った六人の誰かが犯人ということだけだ。それ以外は何も情報がないから、探しようがない」
「うーん、まあそうだね。まだ、『神様』の動きを待つしかないわけか」

 如月が腕を組んで残念そうに呟く。どうやらこいつは、本気で『神様』を探したいらしい。千条以外はまったく興味がなさそうだったってのに、よくもまあそこまで熱を上げられるもんだな、と少し感心する。

 正直なところ、僕も、ほんの少しではあるが、これに興味を持っていた。初め手紙を見た時はどうせ如月の仕業だろうと思ってどうでもよかったけど、如月に少しのアリバイがあり、他の四人の参加者が顔を見せて、全員が否定しているこの状況は、なかなか魅力的だと言えるのではないだろうか。

『六人の中から、神様である私を見つけること』

 なんとも馬鹿馬鹿しく幼稚ではあるが、しかし、面白そうでもある。

 ――そうだ。これが、僕の望んでいたことじゃないか。

 心の中でやる気になろうとしている自分を感じ、慌てて首を振る。危ない、いつの間にか如月のペースに乗せられるところだった。僕はこんなしょうもないことに自分から首を突っ込むようなタイプの人間ではないのだ。

 言い聞かせるように唱える僕だが、一度出てきた好奇心は、中々収まってはくれなかった。

 ――まあ、少しくらいはいいだろう。

「あ、私もそろそろ席に着かなくちゃ! じゃあね、優君。また後で」
「如月、最後に一つ」

 振り返ろうとした如月を僕が呼び止めた。彼女は首を傾げる。

「本当に、お前じゃないんだな?」

 僕の言葉に、一瞬如月の眉がぴくっと反応する。じっと僕の顔を見つめた後、にやりと口元を上げて、おどけるように言った。

「さあて、どうなんだろうね。にゃは!」



「よーし、役員決めするぞー」

 担任の低い声が教室に響く。黒板には、一番右に書かれた『学級委員長』をはじめ、副委員長や書記、その他各種委員会がずらりと書き並べられている。ざっと見て、十数個だろうか。どう考えても、四十二人分はない。つまり、何人かは何も仕事をしなくていいということだ。無論、僕が狙っているのはそれだった。

 頬杖をついて外を眺める僕の頭には、さっきの手紙のことがまだこびりついていた。忘れようとも思うが、他にすることもなく、気づけばそのことを考えてしまっている自分がいる。

 なぜ犯人は僕たちを選んだんだろう。そもそも、あの六人には何か関連性があるのか? 僕と如月の組み合わせはまだわかるとして、他の四人とはつい昨日会ったばかりだし、あいつらだってまだそんなに親しくもなさそうに見えた。それに、まだ入学二日目だ。いくらなんでも、こんな悪戯をするには早すぎる。

 一番の謎は、その目的。一体何のためにこんなことを? ただの悪戯にしては、少し懲りすぎなようにも思えるし、そのくせ、何がしたいのかがさっぱり伝わってこない。あれだけの手間をかけておきながら、内容はあまりにも幼稚だ。

 しばらくぼんやりと考え込んでいたが、今いくら考察したところで無駄だと気付き、頭を振る。そうだ、悪戯と言ったって、手紙を貰ったというだけだし、僕たちが何か被害を受けているわけではない。目的どうこうよりも、まだ何も起こっていないに等しいのだから、犯人を探すもなにもないではないか。ついさっき、自分で言っていたことだ。

「じゃあ最初、学級委員長になりたい奴、挙手しろー」

 溜息を吐いたところで、担任が立候補を求めだした。普通なら誰も手を挙げずに長い時間滞るのが常だが、そんな予想に反して、すぐに一人の女子が反応した。言わずもがな、秋谷樹里である。

「おお、早いな秋谷。そういえば昨日学級委員長やるとか言ってたもんな。あと他いるかー?」

 もちろん、昨日の自己紹介を聞いておいて彼女に対立しようと思うものなどいるはずもなく、全員が静まり返る。担任も、念のために聞いただけなのだろう。数秒待ってから、『委員長』の下に秋谷の名前を書き込んだ。

「じゃあ委員長、みんなに一言挨拶してくれ」

 担任が秋谷に促すと、彼女はすっと立ち上がり、正面を向いたまま朗々と語りだした。

「これから一年間、一年三組の学級委員長を務めることになりました秋谷樹里です。みなさんの期待する通り、いえ、期待以上に、このクラスを最高のクラスへと導いていこうと思っております。そのためには、クラス全員の協力が必要です。何も言わずに、私に着いてきてください。なにとぞ、よろしくお願いします」

 どこの政治家だよ。多分誰もまだお前に期待した事ねえよ。何も言わずにって独裁じゃないか。教室中からひしひしと感じ取れるそんな思いを気にする様子もなく、秋谷は静かに席に着く。引きつった笑顔の担任。

「……よ、よし、次は副委員長だ。誰かやりたい奴」

 今回こそは、誰も反応しないだろうな。そんなことを思っていたら、実に予想外な奴が手を挙げた。

「はーい! 私、やりまーす!」

 そう言って元気よく立ったのは、なんと如月だった。僕は唖然として彼女を見つめる。一体あいつ、どういうつもりなんだ?

「そうか、やってくれるか如月。……っと悪い。せっかく立候補してくれてなんだが、委員長が女子の場合は、副委員長は男子じゃなくちゃいけないらしい。すまんな」

 担任が、資料みたいな紙を読みながらそう話す。なんて面倒くさいルールなんだ。別に、やりたい奴にやらせておけばいいものを。

 しかし、如月は一切表情を変えずに、むしろ嬉しそうな顔で言い放った。

「だったら、私は副委員長に須野優君を推薦したいと思います!」

 僕は、しばらく如月の言った言葉が理解できなかった。頭の中で繰り返し、ようやく意味を組み立てて現実に戻った時には、既にクラス中の視線が僕に突き刺さっている。その重圧に耐えきれずに、僕は慌てて立ち上がって如月を指差した。

「ちょ、ちょっと待て! 何で僕が副委員長にならなくちゃいけないんだよ!」
「まあまあ、私も書記やるから。ね?」
「ね? じゃない! 関係ないから!」

 反射的に突っ込んでしまっていて、はっと気付くと、周囲からの苦笑が聞こえてきた。顔が熱くなるのを感じて、素早く席に着く。まずい、やらかしてしまった。せっかくクラスでは平和に過ごしていこうと思っていたのに、なんてことだ。

 担任が一度咳き込む。

「なら、多数決にしよう。須野が副委員長でいいと思う奴、手ぇ挙げろ」

 なんだよその適当な決め方! そんなのみんな手挙げるに決まってんじゃん! という僕の思いをそのままに、あちこちで次々と手が挙がり、どう見ても賛成多数になった。あまりに白状過ぎやしないか。

 泣きそうになりながら反対派の生徒を見渡すと、まず尾坂が白けた目で頬杖をついていて、次に千条がにっこりと拍手していて、最後に渡瀬が爆睡していた。何なんだよこいつら。ちなみに手を挙げていないのはその三人だけである。

 というか、委員長の秋谷まで手を挙げているのはどういうことだ。こんな決め方でいいのか、おい。しかし、彼女は冷酷な目をこちらに向けるだけで、何も言おうとはしない。

「おーし、じゃあ賛成多数で、副委員長は須野だ。一年間よろしく」

 最後に担任がそう締めて、僕はめでたく副委員長になってしまった。民主制をここまで恨んだことはない。いや、一番憎むべきは如月だけどさ。当の彼女は、書記になれて大喜びしていた。結局どっちでもよかったのだろうか。

 クラス役員決めが終わり、各種委員会決めに移る。もう僕は用済みらしいので、再び外を眺めておくことにした。

 なんか、僕っていつも如月に踊らされてるような気がする。

「僕が何をしたって言うんだよ……」

 誰に言うでもなく、そう小声で呟いた。
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