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第2話 現る
2-2
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教室には、予想通りまだほとんどの生徒が来ておらず、所々に数人が座っているだけだった。知った顔はない。僕が扉を開けると、その全員がこちらを向いて、すぐに視線を逸らす。居心地が悪いったらありゃしない。あまり気にしないことにして、端っこの自分の席へと急ぐ。
鞄から筆箱を取り出して机の中に放り込むと、もうやることがなくなってしまった。クラスを見渡してみると、どいつもこいつも黙って席に座っていて、まるで葬式のような静けさが漂う。思わず出そうになった溜息を飲み込んで、頬杖をついて窓の外を眺めた。
高校生になって、仲の良かった友人とも離れ離れになって、誰もが振り出しに立たされる。賽を振ろうとしないのは、まだ二日目だからか、それとも、全員が僕のような考えを持っているからなのか。つまり、他人との関わりなど面倒くさいという考え。
他人が聞けば、自分から他人に関わる勇気のない奴の女々しい言い訳だと思われるかもしれない。別に、それでもいい。多分事実だし、それこそ、どうせそんな奴らと関わりを持つことなどないのだから。
ふと下らないことを考えてしまっている自分に気づいて、思わずため息を吐く。いつからだろう、事あるごとにこんなことを考えてしまうようになってしまったのは。いくら暇だからって、こんなどうしょうもないことを考えていても仕方がない。これじゃあ本当にただの言い訳でしかないな。
思考を中断しようとしたところで、今まで保たれていたクラスの静寂が突然破られた。大きな音を立てて扉が勢い良く開き、元気な声が教室に響き渡る。
「おっはよーございまーす!」
全員が唖然とした顔でそちらを見た。僕の時と違い、目を見開いて凝視している。声の主が誰かはもちろんわかっていたけど、僕も同じような表情で彼女の方を向いた。
「あー、優君じゃん! 相変わらず早いなあ」
そんな周りの様子にはまったく動じずに、僕を指差してそう大きな声で言った彼女は、スキップでもするかのように軽い足取りでこちらに近づいて、机の真横に立った。鞄を肩から提げて、楽しそうな表情を浮かべている。
今のところ、僕に積極的に関わってこようとしてくるのはこの如月だけだ。こいつだけは、僕の思いや態度に関係なく、ずかずかと僕の領域に入ってくる。そんな如月に対してどのような感情を抱いているのかが、実は未だに僕には判断がついていない。諦め、と言えば話は簡単であるが、どうもそれだけではない気がする。
もしかして僕は、如月に対して――
「どうしたの、優君? 怖い顔しちゃってさあ。ほら、笑って笑って!」
如月の声で、僕は現実に戻された。はっとして横を見ると、如月がにっこりと笑いながら両手でよくわからないジェスチャーを作っている。どうやら、笑え、というアピールらしい。
僕は肩を竦めて、それまでの思考を全て意識の外へ追いやった。あまりにも馬鹿らしい自分の考えに、激しく嫌気がさしたからである。何朝からわけわからない感慨に耽ってんだ、僕は。これなら、円周率でも覚えていた方がまだ有意義だ。
とりあえず如月の言うとおり笑おうとした僕だったが、不意にさっきの下駄箱の手紙のことを思い出した。そういえば、こいつが犯人有力候補だったな。ポケットから手紙を取り出し、彼女に突きつける。
だが、如月の反応は実に予想外だった。
「あー! それ、優君も貰ってたの? こりゃびっくりだぁ!」
「……え? これやったのって、お前じゃないのか?」
「ぶー、違うよー。私も、さっき下駄箱で見つけたの」
頬を膨らませて首を振る如月。冗談ではなく、本当に否定しているように見える。
僕は目を丸くして、首を傾げた。すっかりこいつの仕業だとばかり思っていたもんだから、彼女がこれほどまでに否定するなんてまったく考えていなかった。
「だいたいこれ、優君のも下駄箱に入ってたんでしょ? 今来た私が、いつどうやって優君の下駄箱に入れられるっていうのさ」
呆れるような口調な如月の言葉に、僕は思わず頷く。そうだ、昨日下駄箱を覗いた時は入ってなかったし、そのあと如月と一緒に帰ったから、こいつには入れるチャンスはなかったはずだ。
そりゃ、僕と別れてから学校に戻って来たり、実は僕より先に学校に来てて、どこかに隠れていたっていう方法もあるわけだけど、そこまでしてこの手紙をわざわざ下駄箱に入れる理由があるのか、という疑問に行きつく。
「じゃあ、他の誰かがやったってことになるのか?」
「私か優君がやったんじゃないなら、それしかないんじゃないかな」
指を一本立てて、如月は愉快そうに言う。この微妙に不可解な状況を、どこか楽しんでいるような様子だ。
僕はもう一度その手紙を読んだ。真っ白な紙の真ん中付近に文字は綺麗に羅列していて、一見パソコンか何かで書かれていると思ったが、よく見るとそれはボールペンのようなものだと分かる。いや、遠目から見れば、とても手書きとは思えないだろう。あまりに整い過ぎている。確かに、如月にはこんな丁寧さは無理かもしれない。
……ってことは、本当に僕たち以外の誰かがわざわざこんな手紙を書いて下駄箱に入れたってことか? おいおい、それはないだろう。どんだけ暇人なんだよ、そいつ。それに、まだ二日目だ。目立つ如月はまだわかるにしろ、何で僕にまで送る必要がある?
そこまで考えて、ふと手紙の『六人』という部分が気になった。六人ということは、僕と如月を含めてだろうから、この手紙をあと四人が受け取っていることになる。そして、その中に『神様』とやらが――
「如月さんっ!」
いきなり勢いよく扉が開け放たれたのと同時に教室中に声が響き渡ったので、僕は驚いてそちらに目をやった。
見ると、長髪で眼鏡をかけた一見生徒会長、もとい秋谷樹里が、見るからに怒ったような表情でそこに立っている。教室を見渡した彼女は、こちらに標準を合わせると、肩を怒らせて歩いてきて、如月の目の前に立った。
「あなた、これは一体どういうつもりなのか説明していただけますか? 私に対する挑戦状と受け取ってもよろしいんですね?」
そう早口で捲し立てながら、一枚の紙を如月の顔に突きつける。どこかで見たような真っ白な紙に、綺麗に書かれている文字……これって、もしかして……。
「もしかして、あなたもこのクラスの委員長を狙っているんですか? それで、私にこんな嫌がらせを? ええ、別にそっちがそのつもりなら、構いません、受けて立ちましょう。でも、そんなものでつかみ取った勝利が果たして真の勝利と言えるのか――」
「にゃはは! その手紙、樹里ちゃんのところにも入ってたんだー!」
「……はい?」
拍子抜けしたような秋谷の声。如月は満面の笑みを受かべてポケットから何かを取り出し、秋谷の前で広げる。見ると、秋谷のそれとまったく同じ内容の手紙だった。
「……これ、あなたが入れたんじゃなかったんですか?」
如月が元気よく頷くと、秋谷は目をぱちくりとさせて、固まってしまった。どうやら、こいつも如月がやったものだとばかり信じ込んでいたらしい。まあ、昨日の如月の予測不能な行動を目にしての今日だから、その気持ちも分からなくはないと言える。
秋谷はしばらく手紙を食い入るように見ていたが、不意に顔を上げ、目を細めて如月の顔をじっと見つめだした。その目には、どこかまだ疑念の気持ちが表れている。これ以上疑わせておくのも何なので、この辺で如月を少し弁護しておくことにした。
「まあまあ、落ち着けって。こいつ、昨日はずっと僕と一緒に行動してたから、下駄箱にそんなの入れてる時間なんてなかったよ」
僕の言葉に、秋谷が眼鏡を光らせてこちらを向く。その目つきだけで、部外者は黙っていろという威圧感がひしひしと伝わってきた。
「朝来てから入れれば済む話です」
「いや、それは僕も考えたけどさ。実は、僕のところにもその手紙入ってたんだよ。で、如月は僕より遅く来たわけだから、こいつには無理なんじゃないかな」
僕は手紙を見せながらそう話すが、秋谷はますます目を細めただけで、訝しげな眼差しは消えていない。そりゃそうだろう。動機さえ考えなければ、さっき僕が思いついたようなやり方でどうとでも出来るわけだから、こんなの明確なアリバイにはならないはずだ。
秋谷がさらに何か言い返そうとした時だった。
「おい如月てめえ! これどういうことだ!」
またも教室の入り口で大きな声が響いた。クラス中の全員が、うんざりとした顔でそちらを見る。そこには、小学生並みの風貌を持った少女――尾坂美奈が、秋谷と同じように怒ったような表情で立っていた。
彼女はつかつかとこちらに歩み寄り、眉間にしわを寄せる秋谷を無視して、如月の正面で何かを突き出した。一枚の紙。それが何なのかは、もう大体想像がつく。
「一体何のつもりなんだよこれは! オレを舐めるのもいい加減に――」
そこまで言いかけて、何かに気づいたように僕ら三人を見まわした。目を細めて、それぞれが手にしている紙に注目している。なぜこいつらまで持っているんだという顔だ。
「……あれ? これって、お前の仕業じゃないのか?」
僕と秋谷に続く、三度目の同じリアクションだった。如月はまたもや元気に頷く。尾坂は腕を組み、下を向いて何かを考え始めた。多分、こいつもまだ疑っているのだろう。正直、もう如月がやったってことにしておいた方が早いんじゃないか、という思いを捨て去り、溜息を吐いて二度目の弁護をすることにする。
「えっと、こいつはだな――」
「あれー、みんなも持ってるんだー」
突然横からそんなおっとりとした声が聞こえたので、僕は跳ねあがるほど驚いた。はっとしてそちらを見ると、綺麗な金髪の千条麗華が、にっこりとした笑顔でそこにいた。
「せ、千条、いつからそこに……?」
「うーん、ついさっき」
まったく気がつかなかったのは、彼女の持つのんびりさ故なのだろうか。秋谷と尾坂も、目を丸くして彼女を凝視している。
「それより、この手紙って、由乃ちゃんが書いたの?」
彼女は手に持った紙をひらひらさせた。もちろん、あの手紙だろう。千条までもがこいつに疑惑を持ち、文句を言いに来たのか。
「とっても面白そう! 私、頑張りたいな」
思わず椅子からずっこけそうになった。慌てて立ち上がり、千条の顔を覗き込む。相変わらずの優雅な笑顔。そこには、疑念などまったく感じられず、明日の遠足を楽しみにする子どものように目を輝かせていた。
「だよねー、楽しそうだよね! 私も頑張りたい!」
「え? これ書いたのって、由乃ちゃんじゃないの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、一緒に頑張ろうね、由乃ちゃん」
待て、何か間違ってないか。そんな突っ込みを入れる暇もなく、何やら二人だけの世界に入り始めたので、呆れ過ぎて溜息さえ出なかった。隣では、秋谷と尾坂がぽかんと口を開けてその様子を眺めている。どうやら、こいつらはこちら側の人間のようだ。少し安心。
と、こんな馬鹿なことを考えている場合ではない。これで、いつの間にか五人だ。僕の机の周りを取り囲むように四人が立っているので、他のクラスメートからはどんな風に思われているのだろうか、というのもこの際気にしないことにする。
それより、手紙には六人と書いてあるから、あと一人他にこの手紙を受け取った奴がいることに――
「あ、あの……」
消え入りそうなほど小さな声だったので、最初はそこにいた人物に気がつかなかった。ふと視線をずらすと、秋谷の後ろに、顔を真っ赤にして下を向いている少女の姿があった。昨日泣かせてしまった、渡瀬莉子だ。
四人がそちらを一斉に向くと、彼女は怯えたようにびくっと肩を震わせ、おそるおそる顔を上げた。
「わ、私のところにも、こ、これが入っていました……」
びくびくしながら、手に持ったそれを見せる。封筒だった。おそらく、全員が持っているものと同じ。
みんなが言葉を失う。
数秒の沈黙を破ったのは、尾坂だった。
「――これで、六人ってわけか」
鞄から筆箱を取り出して机の中に放り込むと、もうやることがなくなってしまった。クラスを見渡してみると、どいつもこいつも黙って席に座っていて、まるで葬式のような静けさが漂う。思わず出そうになった溜息を飲み込んで、頬杖をついて窓の外を眺めた。
高校生になって、仲の良かった友人とも離れ離れになって、誰もが振り出しに立たされる。賽を振ろうとしないのは、まだ二日目だからか、それとも、全員が僕のような考えを持っているからなのか。つまり、他人との関わりなど面倒くさいという考え。
他人が聞けば、自分から他人に関わる勇気のない奴の女々しい言い訳だと思われるかもしれない。別に、それでもいい。多分事実だし、それこそ、どうせそんな奴らと関わりを持つことなどないのだから。
ふと下らないことを考えてしまっている自分に気づいて、思わずため息を吐く。いつからだろう、事あるごとにこんなことを考えてしまうようになってしまったのは。いくら暇だからって、こんなどうしょうもないことを考えていても仕方がない。これじゃあ本当にただの言い訳でしかないな。
思考を中断しようとしたところで、今まで保たれていたクラスの静寂が突然破られた。大きな音を立てて扉が勢い良く開き、元気な声が教室に響き渡る。
「おっはよーございまーす!」
全員が唖然とした顔でそちらを見た。僕の時と違い、目を見開いて凝視している。声の主が誰かはもちろんわかっていたけど、僕も同じような表情で彼女の方を向いた。
「あー、優君じゃん! 相変わらず早いなあ」
そんな周りの様子にはまったく動じずに、僕を指差してそう大きな声で言った彼女は、スキップでもするかのように軽い足取りでこちらに近づいて、机の真横に立った。鞄を肩から提げて、楽しそうな表情を浮かべている。
今のところ、僕に積極的に関わってこようとしてくるのはこの如月だけだ。こいつだけは、僕の思いや態度に関係なく、ずかずかと僕の領域に入ってくる。そんな如月に対してどのような感情を抱いているのかが、実は未だに僕には判断がついていない。諦め、と言えば話は簡単であるが、どうもそれだけではない気がする。
もしかして僕は、如月に対して――
「どうしたの、優君? 怖い顔しちゃってさあ。ほら、笑って笑って!」
如月の声で、僕は現実に戻された。はっとして横を見ると、如月がにっこりと笑いながら両手でよくわからないジェスチャーを作っている。どうやら、笑え、というアピールらしい。
僕は肩を竦めて、それまでの思考を全て意識の外へ追いやった。あまりにも馬鹿らしい自分の考えに、激しく嫌気がさしたからである。何朝からわけわからない感慨に耽ってんだ、僕は。これなら、円周率でも覚えていた方がまだ有意義だ。
とりあえず如月の言うとおり笑おうとした僕だったが、不意にさっきの下駄箱の手紙のことを思い出した。そういえば、こいつが犯人有力候補だったな。ポケットから手紙を取り出し、彼女に突きつける。
だが、如月の反応は実に予想外だった。
「あー! それ、優君も貰ってたの? こりゃびっくりだぁ!」
「……え? これやったのって、お前じゃないのか?」
「ぶー、違うよー。私も、さっき下駄箱で見つけたの」
頬を膨らませて首を振る如月。冗談ではなく、本当に否定しているように見える。
僕は目を丸くして、首を傾げた。すっかりこいつの仕業だとばかり思っていたもんだから、彼女がこれほどまでに否定するなんてまったく考えていなかった。
「だいたいこれ、優君のも下駄箱に入ってたんでしょ? 今来た私が、いつどうやって優君の下駄箱に入れられるっていうのさ」
呆れるような口調な如月の言葉に、僕は思わず頷く。そうだ、昨日下駄箱を覗いた時は入ってなかったし、そのあと如月と一緒に帰ったから、こいつには入れるチャンスはなかったはずだ。
そりゃ、僕と別れてから学校に戻って来たり、実は僕より先に学校に来てて、どこかに隠れていたっていう方法もあるわけだけど、そこまでしてこの手紙をわざわざ下駄箱に入れる理由があるのか、という疑問に行きつく。
「じゃあ、他の誰かがやったってことになるのか?」
「私か優君がやったんじゃないなら、それしかないんじゃないかな」
指を一本立てて、如月は愉快そうに言う。この微妙に不可解な状況を、どこか楽しんでいるような様子だ。
僕はもう一度その手紙を読んだ。真っ白な紙の真ん中付近に文字は綺麗に羅列していて、一見パソコンか何かで書かれていると思ったが、よく見るとそれはボールペンのようなものだと分かる。いや、遠目から見れば、とても手書きとは思えないだろう。あまりに整い過ぎている。確かに、如月にはこんな丁寧さは無理かもしれない。
……ってことは、本当に僕たち以外の誰かがわざわざこんな手紙を書いて下駄箱に入れたってことか? おいおい、それはないだろう。どんだけ暇人なんだよ、そいつ。それに、まだ二日目だ。目立つ如月はまだわかるにしろ、何で僕にまで送る必要がある?
そこまで考えて、ふと手紙の『六人』という部分が気になった。六人ということは、僕と如月を含めてだろうから、この手紙をあと四人が受け取っていることになる。そして、その中に『神様』とやらが――
「如月さんっ!」
いきなり勢いよく扉が開け放たれたのと同時に教室中に声が響き渡ったので、僕は驚いてそちらに目をやった。
見ると、長髪で眼鏡をかけた一見生徒会長、もとい秋谷樹里が、見るからに怒ったような表情でそこに立っている。教室を見渡した彼女は、こちらに標準を合わせると、肩を怒らせて歩いてきて、如月の目の前に立った。
「あなた、これは一体どういうつもりなのか説明していただけますか? 私に対する挑戦状と受け取ってもよろしいんですね?」
そう早口で捲し立てながら、一枚の紙を如月の顔に突きつける。どこかで見たような真っ白な紙に、綺麗に書かれている文字……これって、もしかして……。
「もしかして、あなたもこのクラスの委員長を狙っているんですか? それで、私にこんな嫌がらせを? ええ、別にそっちがそのつもりなら、構いません、受けて立ちましょう。でも、そんなものでつかみ取った勝利が果たして真の勝利と言えるのか――」
「にゃはは! その手紙、樹里ちゃんのところにも入ってたんだー!」
「……はい?」
拍子抜けしたような秋谷の声。如月は満面の笑みを受かべてポケットから何かを取り出し、秋谷の前で広げる。見ると、秋谷のそれとまったく同じ内容の手紙だった。
「……これ、あなたが入れたんじゃなかったんですか?」
如月が元気よく頷くと、秋谷は目をぱちくりとさせて、固まってしまった。どうやら、こいつも如月がやったものだとばかり信じ込んでいたらしい。まあ、昨日の如月の予測不能な行動を目にしての今日だから、その気持ちも分からなくはないと言える。
秋谷はしばらく手紙を食い入るように見ていたが、不意に顔を上げ、目を細めて如月の顔をじっと見つめだした。その目には、どこかまだ疑念の気持ちが表れている。これ以上疑わせておくのも何なので、この辺で如月を少し弁護しておくことにした。
「まあまあ、落ち着けって。こいつ、昨日はずっと僕と一緒に行動してたから、下駄箱にそんなの入れてる時間なんてなかったよ」
僕の言葉に、秋谷が眼鏡を光らせてこちらを向く。その目つきだけで、部外者は黙っていろという威圧感がひしひしと伝わってきた。
「朝来てから入れれば済む話です」
「いや、それは僕も考えたけどさ。実は、僕のところにもその手紙入ってたんだよ。で、如月は僕より遅く来たわけだから、こいつには無理なんじゃないかな」
僕は手紙を見せながらそう話すが、秋谷はますます目を細めただけで、訝しげな眼差しは消えていない。そりゃそうだろう。動機さえ考えなければ、さっき僕が思いついたようなやり方でどうとでも出来るわけだから、こんなの明確なアリバイにはならないはずだ。
秋谷がさらに何か言い返そうとした時だった。
「おい如月てめえ! これどういうことだ!」
またも教室の入り口で大きな声が響いた。クラス中の全員が、うんざりとした顔でそちらを見る。そこには、小学生並みの風貌を持った少女――尾坂美奈が、秋谷と同じように怒ったような表情で立っていた。
彼女はつかつかとこちらに歩み寄り、眉間にしわを寄せる秋谷を無視して、如月の正面で何かを突き出した。一枚の紙。それが何なのかは、もう大体想像がつく。
「一体何のつもりなんだよこれは! オレを舐めるのもいい加減に――」
そこまで言いかけて、何かに気づいたように僕ら三人を見まわした。目を細めて、それぞれが手にしている紙に注目している。なぜこいつらまで持っているんだという顔だ。
「……あれ? これって、お前の仕業じゃないのか?」
僕と秋谷に続く、三度目の同じリアクションだった。如月はまたもや元気に頷く。尾坂は腕を組み、下を向いて何かを考え始めた。多分、こいつもまだ疑っているのだろう。正直、もう如月がやったってことにしておいた方が早いんじゃないか、という思いを捨て去り、溜息を吐いて二度目の弁護をすることにする。
「えっと、こいつはだな――」
「あれー、みんなも持ってるんだー」
突然横からそんなおっとりとした声が聞こえたので、僕は跳ねあがるほど驚いた。はっとしてそちらを見ると、綺麗な金髪の千条麗華が、にっこりとした笑顔でそこにいた。
「せ、千条、いつからそこに……?」
「うーん、ついさっき」
まったく気がつかなかったのは、彼女の持つのんびりさ故なのだろうか。秋谷と尾坂も、目を丸くして彼女を凝視している。
「それより、この手紙って、由乃ちゃんが書いたの?」
彼女は手に持った紙をひらひらさせた。もちろん、あの手紙だろう。千条までもがこいつに疑惑を持ち、文句を言いに来たのか。
「とっても面白そう! 私、頑張りたいな」
思わず椅子からずっこけそうになった。慌てて立ち上がり、千条の顔を覗き込む。相変わらずの優雅な笑顔。そこには、疑念などまったく感じられず、明日の遠足を楽しみにする子どものように目を輝かせていた。
「だよねー、楽しそうだよね! 私も頑張りたい!」
「え? これ書いたのって、由乃ちゃんじゃないの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、一緒に頑張ろうね、由乃ちゃん」
待て、何か間違ってないか。そんな突っ込みを入れる暇もなく、何やら二人だけの世界に入り始めたので、呆れ過ぎて溜息さえ出なかった。隣では、秋谷と尾坂がぽかんと口を開けてその様子を眺めている。どうやら、こいつらはこちら側の人間のようだ。少し安心。
と、こんな馬鹿なことを考えている場合ではない。これで、いつの間にか五人だ。僕の机の周りを取り囲むように四人が立っているので、他のクラスメートからはどんな風に思われているのだろうか、というのもこの際気にしないことにする。
それより、手紙には六人と書いてあるから、あと一人他にこの手紙を受け取った奴がいることに――
「あ、あの……」
消え入りそうなほど小さな声だったので、最初はそこにいた人物に気がつかなかった。ふと視線をずらすと、秋谷の後ろに、顔を真っ赤にして下を向いている少女の姿があった。昨日泣かせてしまった、渡瀬莉子だ。
四人がそちらを一斉に向くと、彼女は怯えたようにびくっと肩を震わせ、おそるおそる顔を上げた。
「わ、私のところにも、こ、これが入っていました……」
びくびくしながら、手に持ったそれを見せる。封筒だった。おそらく、全員が持っているものと同じ。
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