神様探しの放課後

堀口光

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第5話 羨む

第5話 羨む

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 ねえ、神様。

 あなたはずるいです。



  数々の疑問に埋め尽くされた頭は、結局ほとんど眠ってくれずに、僕は最悪の調子で金曜日を迎えた。目覚まし時計の騒音を無視して二度寝を決め込む僕の耳に、母親の怒声ががんがん響く。二日酔いってこんな気分なのだろうか、なんて考えながら渋々と起き上がり、だらだらと準備を進めて、なんとか学校に間に合う時間には家を出ることが出来た。もちろん、弁当もしっかり鞄に詰めていることを確認している。

 通い慣れたはずの通学路が、今日はやけに新鮮に見える。まだ意識がはっきりしていないせいだろうか。立ちはだかる障害物をぼんやりと避けながら、僕はある一つのことについて、ずっと考えていた。

 一体、如月は何を謝っていたのか。

 昨日は、頭の激痛であまり深く考えることが出来なかったが、よくよく考えてみればこれはとても奇妙な出来事だ。

 もちろん、尾坂の件も気にはなる。『神様』の仕業なのか、ただの悪質な悪戯なのか、もしやったのが『神様』だった場合、なぜこのような手段を選んだのか、尾坂を傷付けることを目的としていたのか……追及したいことは山程あるにはある。しかし、この件については如何せん情報がまだ少なすぎるのだ。全体像がぼやけすぎていて、何をどう考えるべきなのかがはっきりとしない。それよりも、僕にとっては如月の不可解な行為の方が事件なのである。

 あの如月が、僕に対して、真剣に謝るなんてことが、これまであっただろうか?

 もしかしたら聞き間違い、或いは見間違い、はたまた、あれは本当は如月ではなかったのかもしれない。あの時の僕は、相当参っていた。上手く頭が働いていない状態だったのだ。それらの確率も、十分に考えられるとは思う。しかし、やはり一番あり得るのは、あれがすべて現実だったということだ。その可能性の検討から逃れることは、絶対に出来ない。

 もう一度問う。なぜ、如月は謝っていたのか。

 昨日浮上した、『僕に対しての呪い』という案は消してしまっていいだろう。あまりに馬鹿馬鹿しすぎる。おそらく、僕が現実逃避のためだけに生み出したものだと考えられる。

 僕が考えた、別の可能性。

 ――如月が、『神様』なのではないか。

 しかし、考えては見たものの、これはまったく問いに対しての答えになっていない。如月が『神様』であるとして、どうして僕に謝るんだ。現時点でまだ何の被害も受けてない僕としては、『神様』が誰であろうと別にどうでもいいわけだし、それよりも、第一の被害者なのかもしれない尾坂に謝罪するべきではないか。いや、あれだけ仕掛けておいて、自分からすぐに謝るってのもおかしいか。そもそも、尾坂の件が本当に『神様』の仕業なのかもわからないし……   
 
「――須野君?」

 色々考えを巡らせ過ぎて頭の中がパンクしそうになりつつあった僕の後ろで、僕の名前を呼ぶ柔らかな声。一瞬で全ての考えを片隅に押しやって振り返ると、鞄を肩から下げ、優雅に首を傾げる千条玲華がそこに立っていた。艶やかな金髪が目に眩しい。僕は意外な人物との出会いに驚きながら、ぎこちなく片手を挙げる。

「えと……お、おはよう。千条も、こっち方面だったんだ?」
「やっぱり、須野君だー! うん、そうだよ。この先をね、ずーっと真っ直ぐにところで、右に曲がって、また少し行って、左に曲がって、そこの郵便局を、また真っ直ぐに進んでね……」

 千条は後ろの道を指差しながら、ゆったりとした口調で長々と説明しだす。いきなりの話に着いていけず、一応終わるまでしばらく待ってみることにしたけど、一分ほど過ぎたところで流石に我慢しきれなくなった。何の耐久レースだ、これ。

「千条、もういいからさ、とりあえず早く学校に向かった方がいい。結構ギリギリだと思うぞ」
「あれー、もう、そんな時間? それは急がないと」

 こちらに向き直った千条が、口元に手を当てて微笑む。相変わらず全ての動作がゆっくりだが、その分、どの仕草も思わず拍手したくなるくらいにエレガントだ。『お嬢様』という言葉が頭に浮かぶ。不思議そうな顔をした千条が目に映り、僕は慌てて首を振って歩き出した。その横に、千条が自然な様子で並んでくる。

「ねえ、須野君は、猫さんは好き?」
「……え?」

 不意の質問に一瞬何を聞かれたのか分からず、答えに詰まる。千条は、微笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。何か期待しているようにも見える顔である。

「あ、でも、須野君は、猫さんよりも犬さんの方が好きだよねー。ごめんねー、変なこと聞いて」

 僕が答えようとする暇もなく、彼女は一人で勝手に結論付けて、満足そうな顔をしていた。まずい、展開の早さについていけていない。なんとか彼女のペースに追い付かなければ。

「いや、僕はどっちかというと猫派――」
「あ、犬さんと言えばね、私、大型犬より、の小型犬の方が好きなの。須野君も、そう?」
「……まあね……」

 駄目だ。あまりにも自由すぎる。如月と気が合うのも納得の自由さだ。おそらく、千条とあいつがコンビを組んだら並大抵の人では話に着いていけなくなるだろう。もちろん僕は並大抵だから着いていけるわけはない。

 千条を見ると、相変わらず微笑みがら、嬉しそうな様子で横を歩いている。結局僕は犬派ということで落ち着いたようだ。まあ彼女がそれでいいなら別に問題ないが。

 それから少しの間、二人とも黙っていた。といっても、千条に気まずそうな様子はない。辺りを時々見渡しながら、幸せそうな表情を浮かべている。きっと、僕が見ている世界と彼女が見ている世界は、違うものなのだろうと感じた。

 彼女は、僕と違って、自らこの世界を楽しもうとしているようだ。少なくともそう見える。僕には、そんな風には生きられない。ただ流れるように生きて、行き着いた先で死んでいくような、そんな人生しか、僕の中では思い描けない。自らは行動せず、ひたすら受動的で、かつ逃避敵な、何の起伏もない、平坦でつまらない生き方。

 僕には、それが合っている。

 ……合っている、はずだ。

「――ねえ、神様って、いるのかな?」

    また、突然の問い。僕は思考を元に戻しつつ、ゆっくりと千条に顔を向ける。その顔には、未だに優しげな笑みが浮かんでいる。

 しかし、その声には、先程よりも確かに重みが感じられた。

「神様……って、あの手紙のこと?」
「うーん、それもなんだけどね、そうじゃなくて、本当に神様っているのかなって。時々、そう思うの」

 彼女は僕の方を見ていない。真っ直ぐ正面を向いたままだ。横顔から見える口元の笑みは、さっきまでと同じもののはずであるのに、なぜか違和感を感じる。なぜ彼女は笑っているのだろう、という違和感。

 僕は、どう答えればいいものか迷った。そういえば、こんな話題を数日前に如月ともしたような気がする。あの時は、何か面白いことがないかと考える僕に、それなら神様に頼むべきだと如月が提案したんだっけな。なんとも適当で中身のない会話だったはずだが、まさか本当に『神様』に振り回されることになるとは思いもしなかった。

「なんでそんなこと聞くんだ?」

 数秒考えてとりあえず出た答えは、そんな疑問だった。神様がいてくれた方がいいかもしれない、という考えも一瞬浮かんだが、あの手紙の件のせいで、僕の中での神様の株は少々落ち目になっている。確かに面白いことを望んではいたような気がするが、今の『神様』はあまりに具体性が薄いため、期待外れ感が強いのである。

「……」

 彼女は僕の疑問には答えなかった。僕の方を見ようともしない。前を見たまま、笑顔で、その歩を進めている。

 その表情に、僕は思わず顔を逸らした。何がおかしいというわけでもない、笑顔。少なくとも、この表情はこれまでは確かに楽しげなものであったはずだ。ただ、今もそう感じているという確証を、なぜか持つことができなかった。

 妙な緊張感が、そこには潜んでいるように思えた。

「……ふふ。ごめんねー、変なこと聞いちゃって」

 いつの間にか、千条は僕の方を見ていた。笑顔は変わらないが、今度は先程のような違和感は感じられない。これまで通りの、自然な笑顔。

「じゃあね、早く行こう。ねえねえ、今日はね、ずっと晴れらしいよ。青空が見えるのって、気持ちいいよねー」

 それからは、再び彼女のペースで日常的な会話が繰り広げられた。僕は一瞬感じた違和感を疑問に感じつつも、深くは気にせずに彼女の一方的な話に耳を傾けていた。
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