神様探しの放課後

堀口光

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第6話 疑う

6-3

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    ……いたよ。渡瀬莉子。

 まさか本当にこんな場所にいるとは思わなかった。さっき見えなかったのは、ちょうど扉で死角になるところにいたからだ。それに加えて、どうせいないだろうという先入観からよく観察していなかったのもあるかもしれない。

 当の本人は、僕らが頑張って捜索しているのも露知らず、屋上の気持ちのよい風と日差しを受けながら、目を覚まそうとしなかった。さっきの返事は寝言だろうか。

 何にせよ、本人が見つかったことは大きい。あとは連れていくだけだ。なぜこんなところにいるのかは知らないが、今はそんなことはどうでもいい。

「おおい、渡瀬ー。起きろー」
「ん……すう……」

 僕の呼び掛けに一瞬だけ反応して、また寝息を立て始める。何度か繰り返してみたが、やはり同じだった。自己紹介の時もそうだったが、こいつは一度眠りに入るとちょっとやそっとじゃ起きないタイプということか。全くもって厄介極まりない。

 仕方がないので、肩を軽く揺することにした。あまり強くしてしまっては寝込みを襲ってるように見える気がするので、あくまで軽く。この辺はこちらの心持ちの問題だ。

「んん……何ですかぁ……?」

 ゆっくりと、その目が開いた。と言っても、半分くらいでそれは止まり、焦点も定まっていない。これぞ寝ぼけ眼って奴だろうか。

 ぼんやりと数回瞬いたあと、不意に渡瀬の動きがピタリと止まった。今度は目を大きく見開いている。その視線の先には、僕の顔。

「な……な……え? えええ!?」

 彼女は口をパクパクさせたかと思うと、急に勢いよく立ち上がった。その流れで後ろにふらつき、同時に頭を壁にぶつけた。小さく悲鳴をあげて、頭を押さえ出す。なんて忙しい光景だろう。

「やあ、やっと目が覚めたか? 先生が探してたぞ」
「え? さ、探してた……? 今、何時ですか?」
「一時過ぎだよ。今日はもう放課後だな」

 涙目になっていた渡瀬は、僕の言葉にピクリと体を震わせ、俯きだした。どうしたのだろうかと顔を覗き込もうとした時、ばっと顔を上げ、すがるような視線を僕に送ってきた。

「……どどど、どうしましょう! ち、ちょっと眠ろうとしただけなのに、もうこんな時間なんて、せ、先生、怒ってましたか? 怒ってますよね!? あわわわ……」

 頭を手で押さえながら、パニックになったように右往左往し始める。本気で自分のしたことを後悔している様子だ。どうやら、サボろうとしてサボった訳ではないらしい。

 このままでは話にならないと思われたから、とりあえず落ち着くまで待って、一度その場に腰を下ろさせた。僕もその隣に座る。どうせなら、僕も屋上を満喫しておきたいと思ったのだ。このまま帰るのも勿体ない。

「で、何で渡瀬はこんなところにいたんだ?」
「あ、えっと、ですね……し、身長と体重を量った後に、休憩時間があったんです。私は、ちょっと眠かったから、ど、どこかで休もうと思ってました。でも、保健室から教室は遠かったし、他にどこか一人になれそうな場所が欲しかったから、ちょっとふらふらしてたんです。それで、ぐ、偶然ここを見つけて、あまりに気持ちが良かったため、つ、ついぐっすりと……えへへ……」

 彼女は最後に自嘲気味にはにかみ、また顔を伏せた。思い返すことで、自分の行動のいたらなさに気付いたのだろう。確かに今の話を聞いただけでも、ちょっと無理があるだろうと言わざるを得ない。

「ふむ、なるほどねえ……」

 このまますぐに連れ帰ってもいいが、この怯えている様子を見ているとなんだか可哀想に思えてきた。故意じゃないと本人が言うのならば、僕としては別に疑うことではないし、急いで無理矢理連れていく必要もないだろう。

 僕は一度息をつき、隣の残念な少女の頭に手をのせた。彼女の体がびくりと反応し、ゆっくりとその顔が上げられる。目に大粒の涙を浮かべて、不安そうな表情を全面に浮かべていた。僕はそのまま、あやすように頭を撫でた。

「大丈夫だよ、別に怒ってなんかなかったさ。あの適当な担任のことだよ? どうせ今頃、コーヒーでも飲んで呑気に過ごしてるに違いないよ」

 宥めるようにそう言ってみるが、まだ彼女の顔は優れない。それほどまでに怖いのだろうか。一人でこんなところに入り込む度胸はあるのに、そういうところは弱いようだ。

 どうしたものかと空を眺めていると、渡瀬の震える声が聞こえてきた。

「その、な、何で須野さんは、ここに来られたんですか……?」
「ん? ああ、渡瀬の捜索を、あの担任に頼まれたんだよ。あとは一緒に如月の奴も探してたんだ。ここに探しに来たのは、まあ……偶然?」
「そ、捜索……!? やっぱり、私とんでもないことしちゃったんでしょうか? あわわわ……!」
「ごめん、僕の言い方が悪かった! そんなに深刻に考えないでくれよ」

 再び頭を抱え出す渡瀬の頭を撫でながら、安心させるように声をかける。なんで僕にこんなことが出来てしまっているのかと言えば、あまりに目の前の少女が幼く見えるからだ。

 身長は尾坂よりも高いはずなのに、今の渡瀬は彼女よりも子供のように感じた。なんだか僕が悪いことをしているように思われそうな構図のような気がして、謎の罪悪感を感じる。

「というより、なんでここに入れたんだ? 鍵とか閉まってなかったのか?」
「え? は、はい。最初から開いてましたよ……? も、もしかして、ここって絶対立ち入り禁止の場所なのですか……!?」
「そんなことはない! 安心してくれ」

 そんなことはないかどうかは知らないが、ここはこう言っておいた方が面倒にならずに済むだろう。もはや彼女は今の状況すべてに恐れを抱いている気がする。

屋上は最初から開いていたという言葉に、嘘は感じられない。まあ閉まっていたからこじ開けたと言われたらびっくりしていたところだけど、それにしても不用心な学校だ。それとも、屋上は何かに利用されたりしているのだろうか。それにしては、あまりに何もないが。

 一通り状況を把握し終えたところで、一旦休憩することにする。心地のよい風と日差しだ。確かに、ここならぐっすりと眠ってしまってもおかしくない。いい場所を見つけたものだ。

「ご、ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」

 不意に、渡瀬がそう謝ってきた。僕は首を振って気にするなという意思表示をする。確かに文句は言っていたが、見つかった今となっては別にどうでもいいことだ。どうせもう放課後だし、やることもない。

「私、すぐ眠くなっちゃうんです。それで、休み時間とか、授業中なんかもしょっちゅう寝ちゃったりしてて……そ、その、春ですから」

 そう言った後で、彼女は顔を赤らめてまた下を向いた。僕は数秒考えて、もしかして最後の言葉は渡瀬なりのボケだったのではないかと気付く。だとしたら無反応なのはまずかっただろうか。いや、気付いていたとしても大した返しは出来ないんだけど。

「……そのなんだ、渡瀬は、犬とか好き?」
「はい……?」
「ああ、いや、深い意味はないんだ。ただ、犬か猫ならどっち派かなーって思っただけで。あはは」

 僕は千条か。だが、話題が思い付かないのだから仕方がない。好きな動物の話題は、現状に適した最も無難なものじゃないか? と、誰に言い訳してるのかは知らないがそう思い込むことにした。

 そんな僕の血迷った質問に、ポカンと口を開けた後で、何故か真剣に考え込む渡瀬。いや、もっとお気楽に答えてもらった方がこっちとしてもありがたいんだけど……。

「……犬、です。やっぱり、犬はとっても可愛いと思います」
「そ、そっか! うん、僕も犬派なんだよ。いやあ奇遇だなー」

 もはや自分が何を言っているのか分からない。僕は猫派じゃなかったっけ? 渡瀬は渡瀬で、「そ、そうですね……」と明らかに困っている。あまりにもカオスだ。

 訪れる沈黙。だが、何故か僕はめげなかった。多分もう意地だ。

「……ええと、それじゃあ……渡瀬は、最近楽しいか?」

 困った時のこの質問。今なら今朝の渡瀬の気持ちが分かるかもしれない。この場から離れるという選択肢は、今の僕の中になかった。

 彼女は顔を上げてきょとんとした目をし、それから困ったように首を傾げた。ツインテールがそれに釣られて可愛らしく揺れる。

「……楽しい、んでしょうか。よく、分かんないです」
「え?」
「わ、私は、私なりに、頑張ってるつもりなんです。でも、本当にこれでいいのか、どうすればいいのか、分かんなくなる時が、たくさんあります。私は、何のために頑張ってるんだろうって、何がしたいんだろうって……」 

 ぽつりぽつりと、渡瀬は言葉を紡いだ。それは、いつものおどおどした声とも違う、切なそうな声。

「中学の時から、そうだったんです。頑張ろうって思って、色々やってみても、いつも上手くいかなかったんです。結局、私が悪いんだって、いつも思ってました。悪いのはみんなじゃなくて、私なんだろうなって。それは、今も変わりません」

 渡瀬は視線を反らし、空を見上げた。僕もそれに続く。どこまでも青い空が、普段よりも間近に迫っている。手を伸ばせば、届きそうにも思える錯覚。

「神様って、どの辺にいるんでしょうか。私には、分かりません。でも、いつも探してました。早く私の前に現れないかなって、ずっと、待ってたんです」

 なぜかは分からない。僕が見ている空と、渡瀬が見ている空は、何かが違っているような気がした。
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