神様探しの放課後

堀口光

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第6話 疑う

6-4

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「それで、神様って本当にいるのかなって、思ってきたんです。もしかしたら、神様なんていないんじゃないかと、そんな風に考えるようになりました」

 神様。何度も耳にするその単語。誰もが一生に一度は神様の存在について考える。熱狂的に信じる者もいれば、そんなものはいないと一蹴する者もいる。そして最も多くの人が、その存在に疑念を抱いたまま、いるのかいないのか、どっちつかずの状態で生きていく。

 宗教など関係なく、漠然と『神様』という観念だけを耳にして育ち、それが具体的に何なのかも分からないままにそれを崇め、願い、責任の所在にする。結局は、心の拠り所でしかない。

「こんなに、頑張ってるのに、頑張ろうとしてるのに、何でいつも上手くいかないんだろう……私はただ、普通でありたいだけなのに」

 いたいけな少女の前に、神様は現れなかった。でも、神様を忘れてしまうことなど出来ず、疑念を抱いて生きていくようになった。都合のいい時だけ信じられる神様は、時としてそうやって弊害を起こしてしまう。

「普通、か……」

 渡瀬にとっての普通って何? と僕は聞きたかった。だが同時に、僕にとっての普通は何なのかを考えてしまう。僕の考える普通が、渡瀬の考える普通と一致することはまずあり得ないはずだ。普通とは、これまでの人生を基盤にして形成される概念であるから。

 きっと、渡瀬は現状に満足できていない。一つ叶えば、一つ望んでしまい、結果それを不満足と感じてしまうのだろう。自分の中の『普通』の水準を高く設定してしまってるがために、今を普通ではないと考えてしまう。あまりにも不自由な生き方だ。

「別に、普通じゃなくてもいいんじゃないか?」

 気づけば、そう呟いていた。渡瀬がこちらに目を向け、きょとんとした表情を浮かべる。僕は自分が何を言い出すのかも分からないままに、次の言葉を紡いだ。

「渡瀬にとっての普通がどんなものなのかは分からないけど、多分それは学校で教えられてきたような、一般大衆に迎合されるべき生き方なんじゃないのか? 大多数が考える『普通』を、渡瀬も『普通』と考えてしまってないか。もしそうだとしたら、そんなものに近づく必要はない。そりゃある程度の常識は生きていく上で必要だけど、それ以外なら普通なんかにならなくてもいいと思うよ」

 一般的でない『普通』を持っている僕がそんなことを言っても、一切説得力はない。ただの自己肯定の言い訳でしかなく、それをさも誉められるべき考え方のように語る。まるでペテン師だ。

 ヘドが出る。

「でも、みんなと違うのは……寂しいと、思います。寂しいのは、その……ちょっと、嫌なんです」

 渡瀬は、静かにそう反論した。一人は寂しい、だから誰かと一緒がいい。それは存在としての話ではなく、考え方でも当てはまるようだ。自分だけが感じていることは、他の人には理解されないし、そもそも上手く伝えることができない。そうやって他の意見を取り入れずに生きた結果、それは確固とした信念として自分の中に残り続けることになる。こうなると厄介で、ちょっとやそっとじゃこいつは離れてはくれない。自分の思う『普通』の根底には常にこいつが居続け、心を侵食していくのだ。

 しかし、果たしてそれは悪いことなのだろうか。否、僕はそうは思わない。

「自分と同じ『普通』を持ってる人間なんて、多分この世界のどこにもいない。渡瀬がみんなとは違うと感じているように、みんなも他人とは違うと感じているんだ。というか、それを確立してこそ、自分という存在を確かなものとして保っているとも言える。なら、違うということは、恥ずかしいことでも寂しいことでもないだろう?」

 自分が何を言ってるのかよく分からない。誰を肯定したいのかも不明。どうしたいというのか。どこに向かいたいのか。いつまでこんなことを言い続けるのか。

 渡瀬は、目を大きく開けて首を傾げていた。彼女にも僕の言いたいことは伝わっていないのだろう。当たり前だ、僕自信にも理解できていないのだから。

 それでも、言葉は続く。まるで止めることを許されないかのように。

「要するに、渡瀬は渡瀬の考え方があって、それに従って行動してるなら、それで問題ないってこと。上手くいってないとか、普通じゃないとか、それは渡瀬の中の結論だろう? もっと視野を広げれば、どこかで成功してるのかもしれないよ」

 だからどうした。見えないのなら意味のないことだ。成功を認識し実感できていない時点で失敗だろうが。適当なことをぬかすな。

「大丈夫。神様なんかに分かってもらえなくたって、きっと他の誰かがその頑張りを認めてくれるさ。それがいつになるのかは、まだ分からないけどね。でも、それを目標に生きてみるのもいいんじゃないか?」

 その役割は僕ではない。こんな戯言を並べながら、最終的には他の誰かに責任を押し付けて、自分は関係のないところで傍観する立場に逃げる。下手をすれば、傍から見ることさえしないかもしれない。それが僕であり、僕はそんな人間である。

 現に、渡瀬が何をどんな風に頑張ってきたのか、それを聞くことを僕は躊躇っていた。聞いてしまえば、そこに関与せずにはいられなくなる。僕の中の第六感が、そこに深く関わることを止めるように言っている。面倒くさいからだ。そうに違いない。厄介ごとはごめんだ。これ以上、僕にそんな負担を抱えさせられたくはない。

 ……本当に、そうなのか?

 僕は、何かを恐れているような、気がした。

「な、なんか、難しいですね……」

 困ったような表情で、渡瀬はそう呟いた。ツインテールが風にたなびく。その光景は、どこか儚くも見える。

 難しくはない。ただ支離滅裂なだけだ。何が言いたいのかもよくわからず、どうさせたいのかもはっきりとしない。適当な言葉を並べただけの無駄な話だった、ただそれだけのこと。

 それだけの話なのに。

     しかし、彼女は笑顔を見せた。

「……でも、なんか、わかるような、気がします。私は、私が頑張ってきたことを、否定したくはないですから。誰かに認めてもらえるまで、まだまだ頑張ってみたいです。それが、時間がかかったとしても、そうしたいなって思います」

 これまでの渡瀬の言葉で、一番力強い発言だった。しっかりとした芯が、心の中に宿っている。何かを決意し成し遂げようと誓ったような目をしている。ここにいるのは、渡瀬莉子というただ一つの確かな存在、それ以外の何者でもない。

「——渡瀬って、思ってたよりもずっと強いんだな」
「え、つ、強い? い、いえ、そんなことはないですよ! 握力だって全然ないですし走るのだって遅いですし喧嘩なんてやったことも……」
「いや、そうじゃなくて。何ていうか、渡瀬はしっかりと自分の中に確かなものを持ってるんだなって、思っただけだよ。多くの人にはないものを、渡瀬はちゃんと保ってる。それは誇っていいことだな」

 僕の言葉に、渡瀬は顔を真っ赤にしてぶんぶんと横に振った。どこか滑稽なその姿に、僕も思わず顔が綻んでしまう。渡瀬には、見ているだけで応援しまいたくなるような不思議な魅力が備わってもいるのだろうか。

 僕は、そんな渡瀬が羨ましいと感じた。

 集団に属しようとは思わない。誰かに分かってもらおうとも思わない。僕は一人だ。ずっと一人。そうあらねばならない。

 集団に入って笑い合いたい。誰かと思考を共有したい。僕は一人なんかじゃない。いつまでも、周りに誰か居てもらいたい。そうあって欲しい。

 孤独を望む僕と、誰かを求める僕。相反する二つの願望が自分の中に存在していることに、僕は気付いていた。どちらが本心なのか、どちらを望むべきなのか。いくら考えようとしても、思考は上手く働いてくれない。その代わりに、頭の中に響く、いつかの誰かの声。

      ――優君って、呼んでもいいかな?

      ――優君、今日も一緒に帰ろう!

      ――優君は優しいね。

      ――優君は……私だけの……!

「……優君! もう、やっと見つけたよー。こんなところにいたんだね」

 頭上からの声に、現実に引き戻された。見上げると、そこにはいつの間にか如月が腕を組んで少しムッとした顔で立っていた。背後の空と相まって、普段よりもその表情は切な気に見えてしまう。

「ああ、ごめんごめん。渡瀬を見つけたのはいいけど、つい話し込んじゃってな。それにしても、よく屋上なんか探そうと思ったな」
「もうね、ここ以外の学校中の全部の教室見て回ったんだよ!  おかげで何度迷ってしまったことか……捜索隊を呼ぼうかと思ったくらいだよう」

 なぜ探してた側のお前が迷ってるんだ。確かにこの学校は広いけど、迷うってほどではないだろうに。あと捜索隊は来ない。

 そんな如月のいつも通りの適当な発言を、真に受けて顔を青ざめる者が隣に一人。

「すすす、すみません! わ、私のせいで、そんなことになってしまったなんて……あああ、なんとお詫びをすればいいのか……うう」
「そうだねえ、大変だったんだよねー私。これは何か一つ、形としてお詫びしてもらうしかないよねえ……ぐへへへへへ」

 下衆な声で笑う如月。全然そうは見えないが、本人は悪人の顔をしているつもりなのだろう。そんな脅しに屈服するようなやつはいない、というわけでもないことが、渡瀬の様子を見ていればわかる。何でこんなに怯えてるんだ、というか怯えられるんだ。

 そんな渡瀬の様子をじっくりと観察しながら、如月は意味ありげにポケットに手を突っ込んだ。渡瀬にさらに緊張が走る。次の瞬間、彼女の目の前に何かが突き付けられた。

「というわけで莉子ちゃん、ここにサインをお願いします!」
「ひゃあああっ! ……え? さ、サイン?」

 ハテナマークを浮かべる渡瀬に、如月はペンと紙を突き付けてにっこりと頷く。いやせめてもうちょっと説明してやれよ。流石に脈絡が無さすぎるだろう。

「もう、莉子ちゃんったらこの前すぐに逃げちゃったでしょ? あれから私ね、莉子ちゃんからサインを貰う瞬間をひたすら恋い焦がれていたんだ。だからサイン頂戴!」

 如月は、渡瀬にぐいっと勢いよく迫る。圧倒された渡瀬は、どうすれば言いか分からないとでも言いた気に泣きそうな目でこちらを見てきた。僕が苦笑しながら頷くと、覚悟を決めたように彼女はそれらを受けとり、書き始めた。

「おおお、いいね! その粋だよ莉子ちゃん! もっとぐいっといっちゃって!」

 おっさんのような掛け声を出す如月を尻目に、一生懸命にサインを絞り出す渡瀬。端から見れば謎の光景だ。

 サインはお友達の証だと、如月は言っていた。ということは、これで如月と渡瀬は『友達』になったということになる。

 ……本当に?

 そんなことで、なれてしまうものなのか?

 『友達』というのは、そんな独りよがりのものだったか? もっと、互いのことをよく知り、認め合い、分かり合うという過程が必要ではないのか?

 そんなことでなれてしまう『友達』なんて、僕はいらない。そんなものに、価値はない。

      ――ねえ、友達になってよ。

「如月、お前は本当に、それでいいのか……?」

 微かな頭痛を感じながら、誰にも届かない声で、そう呟いた。
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