神様探しの放課後

堀口光

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第7話 探す

第7話 探す 上

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 友情は知恵に基づく。

 したがって、神こそ真実で永遠な友情の原理であり、基礎である。


 ※


 放課後の教室には夕陽が入り込み、机や黒板を紅く照らしていた。ノスタルジックなその光景は、見る者全てに切なさと懐かしさを感じさせる。

 教室は、学生が最も親しむべき場所であり、心地よいと思えるべき場所である必要がある。そこに入った瞬間から、校内で帰るべき場所はここしかなくなり、ここに帰らざるを得ない。故に、居心地が悪いと一瞬でも思ってしまえば、その違和感は何をしようが拭えず、しこりとなって卒業するまで残り続けるのである。

 生きるか死ぬか。大袈裟だが、三年間の学生生活をどう過ごしていくかの決定は、こう言い換えられると言ってもいいだろう。成功したものは生き残り、失敗したものは死に 行く。単純な話だ。

 問題は、何をもって成功と見なすか、ということになる。

 人間は多様な感性を持つ生き物だ。感じ方は人によって異なり、それが時として衝突を起こし、協和を形成する。自分の存在や価値観が認められれば人は喜び、認められなければ哀しむ。一喜一憂の果てに、自分の居場所を見つけていく必要がある。

「それで須野さん、一体どういうおつもりですか?」

 秋谷樹里が、腕を組んで僕にそう突っ掛かってきた。眉間に皺が寄り、眼鏡が少し持ち上がっている。早く本題に入れと言いたげな表情だ。これまでの立場の影響かは知らないが、待たされるのは嫌いなのだろう。

「いきなり放課後に教室残れって言うからには、何か大事な話なんだろうな?」

 その隣で、尾坂美奈が同じように腕を組みながら、せわしなく指を動かしていた。彼女の癖だろうか。こちらも急な呼び出しに不満を抱いているようだ。同時に、同じ場に秋谷がいることが我慢ならないようにも見える。二人は時々睨み合っては、ふんと視線を逸らしていた。

「でも、須野君がみんなを集めるなんて珍しいねー。楽しいお話なんだろうなー」

 笑顔でにこにこと僕を見つめるのは千条玲華。二人のピリピリとしたムードを物ともせず、何やら期待した視線を送っている。おそらく、それは彼女の本心から出ている気持ちだろう。以前のような仮初めの笑顔ではないように、僕には見て取れた。

「え、えと……何が、起きるんでしょうか……?」

 きょろきょろと、渡瀬が教室中を不安そうに見渡していた。彼女は僕たちから一歩引いた距離にいる。まだ集団に入ることには慣れていないようだ。僕と視線が合うと、顔を赤くして下を向いてしまった。

 僕は、この高校に入って四人の女子と知り合った。共にテストの採点をし、昼食を食べ、家に赴き、屋上で休んだ。彼女たちの話を聞き、それぞれが抱えるものや葛藤、信念を知り、抑えられない僕の意見を言ったりもした。その結果、僕は彼女達をより深く知ることが出来た。

 そして今、僕は、一週間前には思いもしなかったことを、確かに感じている。

 一週間前には封印していた感情を、僕は今、確かに抱いている。

「みんな集まったし、そろそろ話し始めてもいいんじゃないかにゃ?」

 如月が、僕の顔を覗き込んできた。一見飄々としたこの行為の裏に隠された真意が、今の僕になら分かる。彼女の表情は、角度的に僕以外には見えない。つまりは、そういうことなのだろう。

 僕は、その弱々しい瞳をしっかりと見つめ返しながら、

 強く頷いた。

「――みんな、集まってくれてありがとう。実は、みんなに話したい、大事なことがあるんだ」

 一人一人の顔を見回しながら、僕は徐に口を開いた。慎重に、だが重すぎはしない口調を気を付ける。これからする話は真面目なものだが、深刻になりすぎてはいけない。そう自覚していた。

 深呼吸。

「僕たちは、僕と如月を除いて、この高校に入るまでは顔も見たことがなかったような全くの無関係の間柄だった。ただ偶然同じ高校に入り、同じクラスになったというだけの六人の男女。僕たちのスタートは、そんな寂しいものだったはずだ」

 他の五人は、静かに僕の話を聞いてくれていた。これから僕が何を話すのかを分かってない者がほとんどだろう。だが、焦って話すような話題ではない。勿体ぶるように、僕は続ける。

「そんな六人が、今こうして集まって、話をしている。ここにいる誰一人として予想してなかった間柄に、僕たちはなろうとしている。それはどうしてだろう」
「どうしてって……そんなの、答えようがないだろう。たまたまとしか言いようがねえよ」

 何が言いたいのか分からないといった表情で、尾坂がそう言った。他もそんな顔をしている者ばかりだ。尾坂の言ったことに、皆同意しているらしい。

 たまたま……か。そう、たまたまだ。それは全く間違っていない。

「そうなんだよ。僕たちが出会い、話し、知り合ったのはたまたまなんだ。でも、それは全てがたまたまだった訳じゃない。そのたまたまを引き起こした、何かがあった」

 全員がピクリと反応し、僕の顔を真剣な眼差しで見つめた。その何かに思い至ったのだろう。僕はゆっくりと頷く。

「そう、それはあの手紙だ。『神様』と称するものから僕たちへ届いた、差出人も目的も不明の謎の手紙。僕たちはあれがあったから知り合えたし、積極的に知ろうとも思えた。あれがなければ、僕らはこうやって話すことさえしていないかもしれない」
「うーん、そうかなあ。私と須野君が最初に話したのって、入学式の日だったよね? 手紙の前の日だよー」

 発言したのは千条だ。どことなく、寂しそうな顔をしている。僕たちの出会いが手紙によるものだという意見に、納得できないのだろう。苦笑して、顔を彼女に向ける。

「ああ、確かに僕と千条が初めて会ったのは入学式の日だったね。千条だけじゃない、僕と如月はその日にみんなと出会って、話をしている。でも――みんなは、それ以前に、僕と如月以外と知り合ってはいたかい?」

 僕の言葉に、四人は首を傾げて難しい顔をした。それだけで、そんなことはなかったという気持ちを読み取ることが出来た。

「僕が言いたいのはそこなんだ。確かに、手紙以前にこの六人の中で数人と知り合ってはいたかもしれない。でも、ここにいる全員が、全員とそれぞれ知り合うためには、手紙の存在が必要不可欠だったんだよ。なぜなら、それ以外に接点なんてないんだから。つまり、手紙の一番の効果は、この六人を繋げることにあったんだ」
「六人を……繋げる? いまいち意味がわかりませんね。それにどのような意味があったと?」

 秋谷が眼鏡に手を掛けながら問い掛ける。そういう疑問が出てくることは当たり前だろう。それを秋谷辺りが尋ねてくることまで僕の予想の範囲内だ。僕は手を広げ、首を小さく横に振った。

「それに答える前に、まずは手紙そのものについて考えてみよう。手紙に関して、腑に落ちない疑問はたくさんある。第一に、なぜこんな手紙を出したのか。第二に、手紙の送り主は誰なのか。第三に、なぜこの六人なのか。第四に、『制裁』とは何なのか、その目的……挙げようと思えばキリがないから、一個ずつ潰していくことにしていこうか」

 僕はチョークを手に取り、今挙げた疑問達を黒板に書き出し始めた。ちらと秋谷を見てみると、厳しい顔でその様子を眺めている。元生徒会長の目には、なぜか着々とこの場を仕切っている僕の姿はどう写っているのだろうか。少なくとも今のところ好意的には見られていない気がする。少しだけ緊張している自分を感じた。

 書き終えて、こほん、と一つ咳をする。これからが本題だという意思表示だ。だが、話始める前に、渡瀬がおずおずと手を挙げ、僕に質問を投げ掛けてきた。

「あ、あの……その前に、お訊きしたいんですけど」
「ん?」
「その、何で、そんな話をするのかなって……も、目的は、何ですか?」

 怯えた目で渡瀬は訴える。そんなに取って食いそうに見えたかな、僕って。まあでも、確かに先に集めた理由を伝えておいた方がいいたろう。僕としても、そっちの方が話をしやすい。

「どうしてこんな話をするのか……か。確かに、僕もどうしてこんな話をしなければならないのか、よく分からないんだ。こんなことを話したところでどうなるのか、何かが変わるのか変わらないのかも、僕には把握できていない。でも、知ってしまったからには、みんなにも伝えておきたいんだ」

 僕はあえて回りくどい言い方をする。だが、これは全て僕の本心だ。心は未だに迷い続けている。何が正解で何が間違いなのか、僕には判断がつかない。

 だからこそ、

 その判断は、皆に委ねることにした。

「――『神様』が誰なのか、分かったんだ」

 瞬間、四人の顔色が変わったのが見て取れた。珍しくずっと真面目な表情をしていた如月は、一瞬だけ口角を上げただけだった。そんな彼女たちの反応を受け止めながら、僕はまた深呼吸をした。

「今日は、それを皆に伝えたくて集めたんだ。神様が誰なのかということと、その目的、それを知り得た経緯なんかをね。だからこそ、順を追って話す必要があったんだ」

 誰も何も言わない。僕の言葉に納得したのか、それとも呆れてしまったのだろうか。まだそんなこと考えていたのか、と思った者もいるかもしれない。でも、これは明かさねばならない真実だ。

「という訳で、話を手紙に関する疑問に戻そう。その中で僕が一番最初に明らかにしたいのは、『制裁』とは何のことだったのか、ということについてだ。これは具体的にどう言った行為を指すのか、いつどのように行われるのか、誰もそれを把握できていなかった。そして――」

 僕はそこで言葉を区切り、一呼吸入れた。

「それは、『神様』にとっても同様だった。つまり、『神様』は、『制裁』の内容について、何も考えていなかったはずなんだ」
「はあ? どういうことだそりゃ?」

 尾坂が威勢のいい声を出して疑問符を浮かべる。僕がちらとそちらに顔を向け、これから話すという意思表示のために人差し指を一つたてると、ムッとした顔で口をつぐんだ。

 それから、また黒板に向き直り、チョークを手に取る。今度はこの一週間の日付を左から順に書き、皆に向き直った。

「僕たちが手紙を受け取ったのは、今から六日前、火曜日のことだ。それから、水、木、金、土と学校があり、日曜を挟んで今日を迎えた。じゃあ、『神様』はこの一週間で、僕たちにどんな『制裁』を与えてきたのだろうか?」

 そう言うと、顔を歪ませて反応した者たちが数人。僕は、最初に尾坂に話を振る。

「まずは、尾坂から行ってみようか。尾坂は、何か『制裁』について心当たりを感じることはなかった?」
「そういや、先週の木曜だったか、帰りにオレの靴に大量の画鋲を仕掛けたふざけた野郎がいやがったな。お前らも見ただろうが……ちっ、今思い出してもムカつくぜ。でも、あれが『制裁』とやらかどうかは知らねえからな」

 そうだ。その事件については、僕と如月も目撃している。画鋲まみれの靴に足を入れようとした間一髪のところで、僕が助けたんだ。

 と、僕を睨み付けていた尾坂は、急に顔を真っ赤にして、肩を振るわせ始めた。何だ?

「……そ、そうだ! てめえあの時、オレのことを、その……ああくそ! 思い出すと腹立ってきた! 責任取りやがれ!」
「責任って何だよ! あの時はああするしかなかったんだって言っただろう? なあ如月」

 助けを求める僕に、如月は親指を立てて謎のグッジョブポーズをする。意味が分からないが、助け船を出してくれないことは確かだろう。

 吠え盛る尾坂を宥めること五分、ようやく落ち着いてきた。その間、秋谷からの冷淡な視線や千条のあらやだ的な視線が僕を捉えていたが、とりあえず気にせずに次に進むことにする。

「つ、次は千条! 『制裁』について、何か思い当たることは?」
「んーとね、先週の金曜日に、須野君と優乃ちゃんが家に来てくれたんだけどね。その時に、飾ってあった壺が落ちちゃって、うちの愛犬のソラが、怪我をしちゃったの。あるとすれば、このくらいかなあ?」

 全員に伝わるように、千条はゆったりと丁寧に話す。僕と千条が部屋で話していた時に、玄関の壺が何故か落ちて、そこにいたソラに怪我を負わせた。これが偶然なのか誰かの仕業なのかは、その時は分からなかった。

「……ちょっと待ってください。一つ気になったことがあるんですが、よろしいですか?」

 不意に秋谷がそんなことを言ってきた。彼女なりに、今までの話の中で何か気づいたことがあるのだろうか。流石は優等生、洞察力が――

「どうして須野さんが千条さんのお宅にお邪魔しているのですか? その経緯について詳しく説明お願いします」
「はい? い、いや、そんなことはどうでもよくないか……?」
「どうでもいいですって? あなた、出会って間もない年頃の女の子の家に素知らぬ顔で上がり込むことが、どうでもいいとおっしゃるのですか? 見損ないました!」

 なぜ僕はこんなに怒られているんだ。少しは僕の話を聞いてくれよ。訳も分からず、口をぽかんと開けていると。

「オレも同感だな。鈍感だとは思っていたが、まさかそんなに最低野郎だったとはな!」

 うわあ、尾坂まで加わってきたし。ますます意味が分からない状況である。というかまずは僕に説明させてくれ。困った顔で千条を見ると、目を輝かせて僕らを見守っていた。「わあ、これが修羅場……!」とでも言いたそうな目をしている気がするぞこいつ。如月はさっきから笑みを浮かべて手をヒラヒラとさせてるだけだし、渡瀬は困惑して口をパクパクさせてる。どいつもこいつも!

 それから二人を静めることまた五分。要らぬ疲労を抱えながらも、僕は話を次に進める。

「ふう……次、渡瀬! 簡潔に頼む!」
「へ?……は、はい! えと、わ、私は、土曜日に須野さん達と帰ってたときに、突然上から、う、植木鉢が降ってきて……きっと、あれは本当に、私に対する、神様からの『制裁』だったんだと、思います」

 渡瀬は自分の両肩を抱きながら、怯えるような目付きでそう語った。無理もないだろう、下手をすれば死んでいたかもしれないような事案だったんだ。あれから二日しか経ってない。まだその恐怖が拭えないとしても頷ける。

 僕はそれらの話を、一つ一つ黒板に書き出していった。木曜、金曜、土曜と、連続して不吉な事件が続いている。三つを書き終えたところで、僕は皆に向き直った。

「これらは、どれもバラバラで関連性のないように思える出来事だ。それそれの話を聞いただけでは、それが同一人物によって引き起こされたものかを判断することなんて不可能だろう。だから、それは後にして、もう一つ、重要なことを考えることにしよう」

 そこまで言って、僕は秋谷に目を向けた。相変わらずその鋭い視線は変わっていない。

「さあ、これまでの話では、尾坂、千条、渡瀬が、何かしらの危害や不安を与えられたと感じている訳だけど……秋谷は、どう? ピンと来るものは、ないかな?」
「ありませんね。この高校に入って、他人から自分に向けられた敵意は尾坂さん以外に感じたことはありません。ましてや、手紙を除いた直接的な悪戯や危害に覚えはありませんよ」

 尾坂の猛烈なガン飛ばしにも目を向けず、済ました顔でそう言いきる。強がりや誤魔化す様子はなく、本当に何もなかったと感じているような自信たっぷりの顔だ。

 そう。彼女は、この一週間何もされてはいないだろう。僕も、それには同意する。

 では、それは一体何故なのか?

「――それは違うよ秋谷。本当は、秋谷に対する『制裁』は、既に終わっているんだ」
「……終わっている? あなたは、私は気付かぬうちに何かをされていた、とでも言いたいのですか?」
「そうじゃない。秋谷自身は何もされてはいないはずだ。でも、『神様』は確かに秋谷を狙い、『制裁』を仕掛けたんだよ」

 僕が何を言いたいのか分からないのだろう、秋谷は怪訝な視線を僕に送り、何も言わずに先を促した。僕は頷き、ゆっくりと教室を歩き出した。

「先週の水曜日、僕たちがあの手紙を受け取った次の日。その朝に、一つの教室を騒がせる出来事が起こっていた。だけど、それは僕たち六人には何の関係もない所で発生した、手紙とは無縁の事件だと判断され、僕らは誰もそれを気に止めなかった」

 一定の歩幅で、その場所まで辿り着く。それは、教室のほぼ真ん中に位置する、一つの机。名前も覚えていない誰かの座る、その席。

「その悪戯は、本当は秋谷の机に対して行われるはずだった。でも、実際にはそれは秋谷にではなく、この僕たちとは無関係の、一人の男子生徒の席に対して実行されてしまったんだ」
「まさか……あの、落書きのことを言ってるの?」

 目を見開いた秋谷が、思い出したように呟いた。そんな馬鹿なという思いと、それしかないという思いが入り交じっている表情。僕もそう感じているからこそ、それがはっきりと読み取れた。

「ドクロの落書き――秋谷が質の悪い悪戯だと切り捨てたあの出来事こそ、秋谷に向けられた『制裁』のはずだったんだよ」
「ま、待てよ、それっておかしくねえか。それなら、何でそいつは秋谷の机じゃなくて、俺たちと全然関係ない奴の席に描いたんだ? そもそも、気付かれもしてないなら意味ねえじゃねえか」

 尾坂が混乱した様子で捲し立てる。説明された状況の意味が理解出来てないのだろう。それは至極当たり前の反応だ。

 しかし、僕には、その意味が分かる。

 その行動の真意が、今なら、分かる。

「この男子生徒は、このクラスの最後の出席番号の男子なんだ。ということは、その後ろにはもちろん女子が続く。そして、その一番は……秋谷樹里だ」

 単純な話だ。あまりに簡単で、呆気ない真実。だからこそ、難しく考えすぎる者にとって、そこに辿り着くのは困難になる。

「――『神様』は、間違えたんだよ。一つ前の男子生徒の席を秋谷の席だと思い込んで、『制裁』を加えた気になっていたんだ」

 全員が、しばらく言葉を発しなかった。静寂が夕方の教室を覆う。不思議と今日は学校全体がとても静かに思えた。変わったのは学校か、それとも僕の心の方か。

「……なぜ、そう言いきれるのですか」

 秋谷が冷静な声でそう訊いた。動揺はしているようだが、それを態度には表そうとはしない。彼女の中の強い芯がそうさせているのだろう。

 僕もそれに応えるように、語勢を強めた。

「その質問はもっともだ。確かに、普通に考えれば、それが誰がやったものなのかを断定できる根拠なんてないし、僕たちに関わりがあるのかどうかも怪しい。でも、僕たちはあの時点で、『神様』からの手紙なんてものを六人が受けとるという、『普通じゃない状況』に既に巻き込まれていた。なら、そのすぐ次の日に起きた『普通じゃないこと』も、その『普通じゃない状況』の一つだと思う方が、逆に普通だって思わないか?」

 普通とは、自分の環境に左右される概念だ。自分が当たり前だと思っていることも、他人は異常なことだと感じることもある。だが、逆に考えれば、異常な状況下に置かれた場合ならば、そこでの普通とは異常な出来事が起きることなのである。

「そして、この理論で考えれば、他の三人の事件についても関係を見出だせる。どれも『普通じゃないこと』だけど、それが二日、三日と続いていったとすれば、そこに一つの共通した思惑が潜んでいると考えることは、自然なことだと思うんだ」

 こじつけに近い理論。だが、それに対する異論はなかった。無関係だと言ってしまうことは簡単だが、その根拠を示すことは困難を極める。ならば、僕の意見を肯定する方が現実的だという結論に至ったのだろう。

「もちろん、僕の言ったことはただの詭弁だし、何の裏付けもない僕の憶測だ。でも、それ以外を考えることの方が難しい、ということさえ分かってくれればそれでいい。それさえ理解してくれれば、『神様』の正体は確実に絞られてくるんだ」
「……え? 須野君、これだけで、神様が誰なのか、分かるの?」

 千条が目を大きくして首を傾げた。自分には全く分からない、と表情が物語っている。いや、そもそも考えていないのかもしれない。考えてしまえば、誰が『神様』なのか、知ってしまうから。

 知るということは、本当に幸せなことなのだろうか。人間は無数の情報の中から、知るべき情報とそれ以外を取捨選択し、生きている。知らなくてもいいことなんて沢山ある。知ることで自分を苦しめてしまうことなんて山ほどある。

 それでも、僕は言わなければいけない。僕たちが、先に進むために。

「――僕たちのクラスは、全部で四十二人だ。その中にはもちろん、男子と女子がいる。そして、この教室の机の構成は、六×七。つまり、真ん中の列以外は、左右で均等に男子と女子で分かれていることになる。さあ、ここで考えて欲しい。この情報だけ与えられた人は、このクラスの男女比をどう思うだろう?」
「はあ? なんだそりゃ、んなもん……ああ?」

 何かに気付いたように、尾坂はそこで言葉を失った。僕は彼女の目を見て、少し微笑んだ。

「そう。きっとその人は、このクラスの男子と女子の人数は、同じだって考えるんじゃないかな。二十一人ずつだと思い込む人は、少なくないと思う。そう考えた方が、キリがいいからね。それに、大抵のクラスは男女の数がほぼ均等だ。同じだと思ったとしても、決して不思議ではない。ただ、それはこのクラスについて何も知らない人の場合。普通にこの教室で生活していれば、そうではないことに気付かないことなんてありえない――はずだったんだ」

 彼女は、あまりに知らなさすぎた。いや、知ろうとしなさすぎたんだ。自分の世界に閉じ籠り、自分の世界だけでことを成し遂げようとしていた。

 その結果が、この失敗だった。

「『神様』はしかし、そのありえない勘違いをしてしまった。このクラスの男女比を、同じだと思い込んでしまった。それは何故か」

 彼女は純粋だった。純粋ゆえに、やり方を知らなかった。それを知ることも出来なかった。だから、一人で考え、実行するしかなかった。

「それは――『神様』が、このクラスについての情報を、自ら断っていたからだ。だから、彼女はこのクラスにいたのにも関わらず、憶測に頼った行動しか取れなかった」

 どんなに逃げても、いずれその時はやってくる。どんなに拒んでも、決して真実からは逃れられない。

 彼女には、その覚悟が足りなかった。行動が引き起こす結果を、全く予測できていなかった。

 だからこそ。

 彼女は今こうして泣きそうな目をして、

 今にも壊れそうな顔をして、

 その小さな体を震わせているのだろう。

「そうだろう、『神様』。いや――渡瀬莉子」
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