幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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「裏内屋敷」対「乾森学園」 

血と鉄塊

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「ぐぇ。が、ああ」
 首に触れる。
 大丈夫、大丈夫、しっかりついてる。だったらあれは夢だ。
 いや今も私は夢の中、そうに違いない!

「夢じゃないですよ、先生、いえ庚游理さん」

「うるさい、夢の中のキャラがペラペラ喋るな!」
「さっきまで仲良くやってたじゃないですか」
「その前に人の首ねじ切っておいて、そう言えるおまえは何様だよ!」
「おまえじゃないですよ、ちゃんと呼んでくれたじゃないですか、わたしの名前」

 そう言って
 黒髪の少女は優雅に一礼した。
「改めまして、わたしの名は『裏内宇羅うらないうら』幽霊屋敷『裏内うらない』の化身」

 そのまま流れるように誓約の言葉を続ける。
「そしてあなたは祓いの八家、『庚』に連なる『庚游理』、我が屋敷の心臓。
 共に千の死を超え、千の死を与えましょう」

 言葉が終わると同時に空気が変わった。

 血。

 生徒も教師も、この校舎の中にいない。
 生きている人間はいない。

 血。

「23年前、都内私立校にて複数名の死亡者が発生」
 壁も床も一面に赤く染まり。

「犠牲者数『333名』」
 あたりに漂うのは腐臭。屍のにおい。

「驚くべきことに被害者の『死因は不明』自殺他殺事故死いずれによっても説明不能」
 血の赤の中で黒い屍が蠢く。
 窓の外にも、廊下にも。
 動くはずのない足を動かし、何も見ていない目と何も聞こえない耳を持つ屍が動く。

「理不尽な惨劇に唯一当てはまる公式見解として発表されたのは、さらに常識を外れたものでした」
 蠢く死人の群れは、意思を感じさせないまま彷徨う。
 あの格好、制服なのか? 学校。制服。
 こんなに近くにいるのに誰も私たちに気付かないほど死に果てた屍。
 ここにいるのはそれだけだ。

「『祟り』、学園の333名は祟り殺された」
 そして、宇羅はその名前を言った。

「『乾森学園いぬいもりがくえん』、333名の命を喰らったこの学園は、今もこうして怨嗟を世界に放ち続けています」

「さっきからペラペラ気持ちよく長セリフを言ってる所悪いけど」
「はい、どんな質問にも答えますよ…うぎゃん」
 ぶっ叩いた。
「何すんで、ぐご!?」
 息もつかせぬ連打で、目の前の黒髪制服女を殴る。殴る。
無駄にバカみたいな修羅場を潜ったOL舐めんなよ!
「さっさと戻せよ、戻せよ! 私は明日も仕事があるんだ!」
「ちょ、こっちの話もう少し聞いてくださいよ! わたしが消えたらあなたは学園に完全に喰われるんですよ!」
「うっさい、問答無用だ!」
「なんで普段はコミュ障陰キャなのに変なところでキレてドッカンドッカン来るんですか、あなたは!?」
「おまえが私の何を知ってんだ、おら、まだまだ行くぞ!?」
「知ってるに決まってますよ、あの家で見てましたから!」
「デタラメ言うな、おまえなんて知らない」 
少なくとも私の狭い交友関係にこんな外面清楚系少女はいないし。
「…とにかくそろそろあの生徒さんたちがこっちに気付いてやってきて、いがみ合ってるわたしたちをスプラッタな目に遭わせようと集まる頃です、一旦教室に入って迎撃しますよ」
…それもそうですね、はい。

 しばらくして。
 血の匂いがする教室の真ん中で私は住居侵入不審者少女(仮称)と向かい合って話をしていた。さすがにもう落ち着きましたよ、うん。社会人だからね。
「それでえっと、裏内さん?」
「宇羅でいいですよ、游理さん。フレンドリーに友好的に」
「裏内さん」
 すねるな、命を狙ってきた相手に、最低限の礼儀をもって接する社会人の良識に感謝しろ。
「あんたの言葉にはおかしな点がある」
 いつものように相手を見据えて、
「乾森学園? そんな学校聞いたこともない」
 服装は、いつものスーツ姿。だけどいつもの道具がないのは致命的だ。まああれはあったらあったで何が起きるかわからないんだが。

 大事なのは体力よりも胆力
 仕方ない、逃げの一手。
「そんな大量怪死事件があったなら、今の世界で知らずにいることは不可能だろう」

 動く屍から、いつも通りに逃走しながら話を続ける。
「ただでさえ祟りなんてありふれてるんだから、そんな重要事案、速攻で解体されるだろ」

 そう言い終わるタイミングに合わせたように、ドアがゆっくり開いて、
 この世界ではよくある怪異、蠢く死者の群れが教室に入り込んできた。

 くそ、こいつら映画やいつもの現場みたいに知能はないのに、数が多い。
 こいつの話を信じるなら300名以上!? さすがに逃げ切れないかも、いや宮上さんがいるならまだしも私は無理だなこれ。

「まあ、世の中がこんなバカげた状態になってるのも、今の状況と関係があるんですがね」

 一振り
 群れに腕を一振り。
「『北塀』」

 次の瞬間、蠢く無数の屍は、
 何の変哲もないコンクリートの塊で潰されていた。

「…ええ…何これ」
「何って、わたしたちの家の『塀』をちょっと見繕って射出しただけですよ」
「当然のことのように話さないで。真面目に祓おうと考えてたこっちがおかしいみたいになる」
 コンクリートによる物理的除霊。
 新機軸すぎる。
「しつこいのが一旦片付いたんで説明に戻りますよ?」
「は、はい」
 あんまりな暴力を目にして思わず敬語になってしまった…

「別に政府や国やMIBが隠蔽したわけじゃないですよ、それは逆効果なのは常識です」
「人に祟るのが祟りなら、それを誰も知らなければ祟りは生まれない」そんな考えもあったらしいが。
「不用意に無視すれば、祟りの厄災が大きくなる。何故なら祟りというのは、彼岸からの意思疎通の手段なのだから、それが叶わないとより過激化するのは当然ですよね」

意思疎通。怨み後悔悔いの発露。人を怨む人の遺志。

「ですが、ここは違います。幽霊屋敷っていうのは人に向けての祟りなんかじゃないんです」
「じゃあなんなの」
「幽霊屋敷の目的は生物と同じ、自分の種の繁栄。有り体にいうと繁殖です」
この子何言ってるんだ。
「まるでこの校舎が生き物みたいな」
「ええ、乾森学園は幽霊屋敷という意思を持つ生物です」
わたしがそうであるように。
少女にしか見えない幽霊屋敷はそう言った。

「誕生したての幽霊屋敷が真っ先に取るのは捕食者から隠れます」
捕食者。他の生物。他の幽霊屋敷。
「ものによってはその過程で事件そのものを忘れさせるなんてとんでもない改変を加えるやつもいて。ここはそういうタイプだったってことです」
無意識に働きかける神もどきのように。
「傾向として、生まれた時脆弱な奴ほど、その種の隠蔽に優れているそうで。それで残念ながら、そういった『屋敷』は成長すれば手が付けられなくなるんです。それこそプロの祓い師でも油断すれば取り込まれるほど強くなったり」


「そうして質の悪い奴に目をつけられた結果、わたしたちはここにいるわけです、游理さん」
「あ、やっと戻ってきた」
このままスルーされたらどうしようと思ってた。
「あなたはおそらく数時間前からこの学園に知覚され、先ほどこともあろうにわたしの中で喰われる寸前でした」

トーントーントーン。

さっきから校舎に響くこの音。
そうだ、これはこいつが現れる前から部屋の中に響いていた。

「あのままでは喰われた直後にあなたの意思は奪われ、ゆっくり消化されるだけでした。だから強引にわたしが割り込んでこの校舎に飛び込んだんです」
「割り込んだって、あの首ポキンはそれ!?」
「はい、手っ取り早く同期するには対象を仮死状態にする必要があったので」
それじゃあ。
「私は裏内さんに命を救われたってこと?」
「ええ、まあまだ完全に助かったって言えないのは情けない…って何やってんですか!?」
地面に頭をついて。
「ごめんなさい。また私こういうのに巻き込まれたらついうっかり全力攻撃が身に沁みついちゃってッて、本当にこんな性格だから実家を追い出されて…」
「ストーップ! なんかどんどん心が黒い沼みたいな所に沈んでますよ。情緒がゴンドラ並みに不安定ですねあなた!」
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