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沈船村楽園神殿
体内
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「先に、どのような怪異が起きていたか質問してよろしいでしょうか?」
確認しておかないと。
「祠の中から、何と言うか『肉』のようなものが出てきておりまして」
「肉、ですか。そのようなものに心当たりは?」
「ええ、それが教義などを紐解いてみても、中々これといったものが見当たらないんです。それで、私どもとしても困惑しておりまして」
「教義・・・ああ、ここを開いた教団の」
「ええ、よろしければ後でご覧になられますか?」
経典か。一応それも見ておくべきか。
「ありがとうございます、是非そうさせていただきます。それで、他に何か異常なこと等は」
「はあ、まあそれ以外は特に・・・ええ、そうは言っても私どもだけでは気が付かないような場合もあるでしょうし」
まあ、宇羅が居れば大抵のことは見逃さない。怪異怨霊に対して人より遥かに感度が高いから。
「游理さんもわたしに任せきりにしてないで、自分でも調べてくださいよ」
私が下手に動くとまた変なの出るかもしれないのに。
「やはりおふたりには一度祠を実際に見ていただくべきですよね」
まあ、この手の事件は口で説明出来ないのがほとんどだし。
「では、早速今から行きましょうか。祠の場所は屋敷の北東部です」
グチュウウウウウ。
「私は準備をする必要があるので、申し訳ありませんが先に出て、外で待っていただけますか?」
「わかりました。行こ、宇羅・・・宇羅?」
どうしたんだろ。部屋の一点をじっと見つめてる。
「見えないんですか?」
何もない。さっきから変な音がしてるけど・・・
「仕方ないですね。はい、ちょっと失礼しますよ」
そう言って宇羅は私の額に手を当てて。
「はい、ガチャっと」
そう彼女が呟くと。
世界が青く染まった。
目の前に肉の塊があった。
瀟洒な家具も落ち着いた色合いの部屋の壁も高そうな絨毯が、全てぶよぶよしたゼリー状の肉の塊に変わっていた。これらはきっと乱雑に散らばってるんじゃなくて、全体で形を作ってる。
ここは屋敷なんかじゃない。
「何か」の体内だ。
ある塊は何かの内臓のように集まっていた。地獄的な光景だった。あの学園のように悪夢的だった。
「・・・なんなんですか、これ」
思わず岬さんに尋ねる。
その言葉にまともな解答が返ってくるわけがないのに。
「はい。何でしょうか?」
彼女は変わらぬ口調で答えてくれた。だけどその外見は灰色の肉の塊にしか見えない。
どうなんだろ、これ。私の方がおかしくなったんだろうか。
「んなわけないでしょ。さっきまであなたは脳みそ弄られてたんですよ」
私にだけ聞こえるよう、横からこっそり囁く。宇羅、こういうの見せる前には一言言っといてよ・・・・
度々聞こえていたのは、この肉のものだった。呼吸音? よくわからないけど。
「わかってると思いますが、ここは『幽霊屋敷』その亜種と言える空間です」
幽霊屋敷・・・宮上さんの家から連続で遭遇するなんて、変な呪いでもかけられてるんじゃないか。
「詳しいことは一旦外に出てから。いいですね、この場は穏便に済ませて。下手に動揺したりせずに」
なんかこっちが部下みたいになってる・・・
でも確かに。事を荒立てるのは最悪だから・・・自然に、ごく自然にこの場を離れるしかない。
「あ、その。私たち外で待たせてもらいます。宇羅、行こうか?」
「え。はいわかりました。では岬様、失礼します」
・・・うん、自然な会話の流れ。おかしな所はなかったはず。
「ええ。なるべく早く支度を整えますので。待っていて下さいね、庚さん、裏内さん」
屋敷の内部は完全に異界だった。
所々、何かの器官が壁にめり込んでる。血液のような青い液体が流れてるのも見えるけど、普通の生物の概念がまず当てはまらないよね。
「ああああうううううううううううう」
「でしいういれいりいえ?」
出口に向かう途中で、蠢く肉塊と何度もすれ違った。普通に考えると、あれは来る途中であった使用人だよね。
どの人間も壁や家具と同じ肉になってる。
この肉、元は何の肉なんだろう?
肉。粘液を出して。ぐちゃぐちゃの灰色。そして匂いが。
・・・まずい、じっと見たらだめだ。なのに視界に入って来る・・・!
まだだ。まだ折れるな。
そろそろ出口だけど、このまま大人しく出してくれるだろうか?
「一応警戒はしてますが、多分大丈夫ですよ。こちらを害する気ならさっさと仕掛けて来てたでしょうし」
「最初から入れるなって話だよ」
そんなことを小声で話しつつ、なんとか門をくぐってふたりとも敷地の外まで這い出ることが出来た。
取り合えず宇羅の言った通り特に攻撃はされてない。
気分は最悪だけど。
「げほっ、げほっ」
屋敷の外。誰も見ていないことを確認してから。
吐いた。いくらなんでも大抵のものは見て来た、とうぬぼれていたのに。血と渇きの教室で見たものより、これはダメだった。
あれは全てが死に切った廃墟だった。
ここは全てが生きている。
手も足も胴も頭も原形を留めてないそれでも、どの肉塊も生きているとどうしょうもなく理解してしまったから。
「ご・・・うぇ・・・」
吐いた。吐き切った。ああ、バスに乗る前に食べた親子丼が全部出ちゃったじゃない。折角鶏肉大きめのお得な一品だったのに。
鶏肉。肉。肉。これも肉。
「どうぇ・・・」
また考えてしまった・・・。
「こんなことなら、宇羅と同じきつねうどんにすべきだった・・・」
肉使ってないからね。
・・・現実逃避でよくわからんことを考えてる。
「大丈夫ですか、游理さん」
宇羅が心配してくれる。情けないな・・・どっちが先輩だよ。
「はい。息、ゆっくり吐いて下さい」
「宇羅・・・背中さすってくれてるんだ・・・ありがと・・・あのうどんおいしかった・・・?」
「しっかりして! いつもと違って、素直になってる上、訳のわかんないこと口走ってますよ。本当にあぶないです!」
「ははは・・・」
もう笑うしかない。
でも、いつまでもヘタレてる場合じゃない。仕事、仕事に戻らないと。
武器で埋め尽くされたテーマパーク屋敷の次は名状しがたい生物の体内。正反対・・・でもどっちの屋敷もまともに人が暮らせる環境じゃない。
それくらい考えてよ。私の仕事がやりにくくなるから。
「別に誰も游理さんの仕事のことを考える義理はないですけど」
ああそうですか。この世界は私に優しくないなあ。
「宇羅・・・さっさと教えてくれたらよかったのに」
「お恥ずかしい話ですが、わたしも最初はまんまと騙されました。まさか屋敷丸ごと変異するなんて」
この人外の目と鼻をごまかしたっての・・・あの屋敷は
「せいぜい異臭、霊障やラップ音程度の、ありふれた現象しか感知出来なかったので。わざわざ言う必要はないと判断しました」
それ十分異常事態だから。まあ『音』を聞いておいて無反応だった私が偉そうなことは言えないけど。
そしてこの世界でそんな「正統派の怪異」はよくあることなのも事実だけど。
「宇羅、それは違う。異常な世界に変に慣れたらこっちがおかしくなる」
イカれた世界に付き合ってこっちの脳を彼岸に飛ばす義理はない。祓い師の第一原則。
「だから、これからはどんな些細なことでも、おかしいと思ったら私に伝えて。一応パートナーなんだから」
「・・・・・游理さん。わたしのことパートナーって・・・」
「え」
「游理さん游理さん、やっとわたしのこと認めてくれたんですね。はい。わかりました。これからは健やかなる時も病める時もいっしょにいましょうね。えええ、だってそんな特大感情を向けてくれたんですからそれに応えるのが人の道でしょう。わたしは人間じゃないですが」
「ちょ、ストップストップ」
何? やっと先輩っぽいこと言えたと思ったのに、距離感バグった奴相手だとこんなにグダグダになるの?
なんか無駄に疲れた・・・
そうだ、岬さん。準備があるって・・・待ってないと。
まだ祠にも行ってないのに、こんな調子でやって行けるんだろうか。凄まじく不安だ・・・
あと、これ片付けとかないと。
確認しておかないと。
「祠の中から、何と言うか『肉』のようなものが出てきておりまして」
「肉、ですか。そのようなものに心当たりは?」
「ええ、それが教義などを紐解いてみても、中々これといったものが見当たらないんです。それで、私どもとしても困惑しておりまして」
「教義・・・ああ、ここを開いた教団の」
「ええ、よろしければ後でご覧になられますか?」
経典か。一応それも見ておくべきか。
「ありがとうございます、是非そうさせていただきます。それで、他に何か異常なこと等は」
「はあ、まあそれ以外は特に・・・ええ、そうは言っても私どもだけでは気が付かないような場合もあるでしょうし」
まあ、宇羅が居れば大抵のことは見逃さない。怪異怨霊に対して人より遥かに感度が高いから。
「游理さんもわたしに任せきりにしてないで、自分でも調べてくださいよ」
私が下手に動くとまた変なの出るかもしれないのに。
「やはりおふたりには一度祠を実際に見ていただくべきですよね」
まあ、この手の事件は口で説明出来ないのがほとんどだし。
「では、早速今から行きましょうか。祠の場所は屋敷の北東部です」
グチュウウウウウ。
「私は準備をする必要があるので、申し訳ありませんが先に出て、外で待っていただけますか?」
「わかりました。行こ、宇羅・・・宇羅?」
どうしたんだろ。部屋の一点をじっと見つめてる。
「見えないんですか?」
何もない。さっきから変な音がしてるけど・・・
「仕方ないですね。はい、ちょっと失礼しますよ」
そう言って宇羅は私の額に手を当てて。
「はい、ガチャっと」
そう彼女が呟くと。
世界が青く染まった。
目の前に肉の塊があった。
瀟洒な家具も落ち着いた色合いの部屋の壁も高そうな絨毯が、全てぶよぶよしたゼリー状の肉の塊に変わっていた。これらはきっと乱雑に散らばってるんじゃなくて、全体で形を作ってる。
ここは屋敷なんかじゃない。
「何か」の体内だ。
ある塊は何かの内臓のように集まっていた。地獄的な光景だった。あの学園のように悪夢的だった。
「・・・なんなんですか、これ」
思わず岬さんに尋ねる。
その言葉にまともな解答が返ってくるわけがないのに。
「はい。何でしょうか?」
彼女は変わらぬ口調で答えてくれた。だけどその外見は灰色の肉の塊にしか見えない。
どうなんだろ、これ。私の方がおかしくなったんだろうか。
「んなわけないでしょ。さっきまであなたは脳みそ弄られてたんですよ」
私にだけ聞こえるよう、横からこっそり囁く。宇羅、こういうの見せる前には一言言っといてよ・・・・
度々聞こえていたのは、この肉のものだった。呼吸音? よくわからないけど。
「わかってると思いますが、ここは『幽霊屋敷』その亜種と言える空間です」
幽霊屋敷・・・宮上さんの家から連続で遭遇するなんて、変な呪いでもかけられてるんじゃないか。
「詳しいことは一旦外に出てから。いいですね、この場は穏便に済ませて。下手に動揺したりせずに」
なんかこっちが部下みたいになってる・・・
でも確かに。事を荒立てるのは最悪だから・・・自然に、ごく自然にこの場を離れるしかない。
「あ、その。私たち外で待たせてもらいます。宇羅、行こうか?」
「え。はいわかりました。では岬様、失礼します」
・・・うん、自然な会話の流れ。おかしな所はなかったはず。
「ええ。なるべく早く支度を整えますので。待っていて下さいね、庚さん、裏内さん」
屋敷の内部は完全に異界だった。
所々、何かの器官が壁にめり込んでる。血液のような青い液体が流れてるのも見えるけど、普通の生物の概念がまず当てはまらないよね。
「ああああうううううううううううう」
「でしいういれいりいえ?」
出口に向かう途中で、蠢く肉塊と何度もすれ違った。普通に考えると、あれは来る途中であった使用人だよね。
どの人間も壁や家具と同じ肉になってる。
この肉、元は何の肉なんだろう?
肉。粘液を出して。ぐちゃぐちゃの灰色。そして匂いが。
・・・まずい、じっと見たらだめだ。なのに視界に入って来る・・・!
まだだ。まだ折れるな。
そろそろ出口だけど、このまま大人しく出してくれるだろうか?
「一応警戒はしてますが、多分大丈夫ですよ。こちらを害する気ならさっさと仕掛けて来てたでしょうし」
「最初から入れるなって話だよ」
そんなことを小声で話しつつ、なんとか門をくぐってふたりとも敷地の外まで這い出ることが出来た。
取り合えず宇羅の言った通り特に攻撃はされてない。
気分は最悪だけど。
「げほっ、げほっ」
屋敷の外。誰も見ていないことを確認してから。
吐いた。いくらなんでも大抵のものは見て来た、とうぬぼれていたのに。血と渇きの教室で見たものより、これはダメだった。
あれは全てが死に切った廃墟だった。
ここは全てが生きている。
手も足も胴も頭も原形を留めてないそれでも、どの肉塊も生きているとどうしょうもなく理解してしまったから。
「ご・・・うぇ・・・」
吐いた。吐き切った。ああ、バスに乗る前に食べた親子丼が全部出ちゃったじゃない。折角鶏肉大きめのお得な一品だったのに。
鶏肉。肉。肉。これも肉。
「どうぇ・・・」
また考えてしまった・・・。
「こんなことなら、宇羅と同じきつねうどんにすべきだった・・・」
肉使ってないからね。
・・・現実逃避でよくわからんことを考えてる。
「大丈夫ですか、游理さん」
宇羅が心配してくれる。情けないな・・・どっちが先輩だよ。
「はい。息、ゆっくり吐いて下さい」
「宇羅・・・背中さすってくれてるんだ・・・ありがと・・・あのうどんおいしかった・・・?」
「しっかりして! いつもと違って、素直になってる上、訳のわかんないこと口走ってますよ。本当にあぶないです!」
「ははは・・・」
もう笑うしかない。
でも、いつまでもヘタレてる場合じゃない。仕事、仕事に戻らないと。
武器で埋め尽くされたテーマパーク屋敷の次は名状しがたい生物の体内。正反対・・・でもどっちの屋敷もまともに人が暮らせる環境じゃない。
それくらい考えてよ。私の仕事がやりにくくなるから。
「別に誰も游理さんの仕事のことを考える義理はないですけど」
ああそうですか。この世界は私に優しくないなあ。
「宇羅・・・さっさと教えてくれたらよかったのに」
「お恥ずかしい話ですが、わたしも最初はまんまと騙されました。まさか屋敷丸ごと変異するなんて」
この人外の目と鼻をごまかしたっての・・・あの屋敷は
「せいぜい異臭、霊障やラップ音程度の、ありふれた現象しか感知出来なかったので。わざわざ言う必要はないと判断しました」
それ十分異常事態だから。まあ『音』を聞いておいて無反応だった私が偉そうなことは言えないけど。
そしてこの世界でそんな「正統派の怪異」はよくあることなのも事実だけど。
「宇羅、それは違う。異常な世界に変に慣れたらこっちがおかしくなる」
イカれた世界に付き合ってこっちの脳を彼岸に飛ばす義理はない。祓い師の第一原則。
「だから、これからはどんな些細なことでも、おかしいと思ったら私に伝えて。一応パートナーなんだから」
「・・・・・游理さん。わたしのことパートナーって・・・」
「え」
「游理さん游理さん、やっとわたしのこと認めてくれたんですね。はい。わかりました。これからは健やかなる時も病める時もいっしょにいましょうね。えええ、だってそんな特大感情を向けてくれたんですからそれに応えるのが人の道でしょう。わたしは人間じゃないですが」
「ちょ、ストップストップ」
何? やっと先輩っぽいこと言えたと思ったのに、距離感バグった奴相手だとこんなにグダグダになるの?
なんか無駄に疲れた・・・
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