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沈船村楽園神殿
祓い
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グチュグチュグチュ。
それは湖の底から見ていた。
それは人の世を睥睨していた。
それの存在に気付いた者がいた。
その者はかの存在を崇めた。
その者は信徒たちの集団を結成し、村を拓いた。
それはただ水底からそれを見ていた。
グチュグチュグチュ。
それは人に腕を伸ばし。
腕を。
村に。
目を覚ます。一瞬自分が何処にいるかわからなくなるが、すぐに思い出す。
ここは沈船村、そこの宿屋の一室。
うわ、まだこんな時間。壁にかかった時計を見ると、普段の起床時間より2時間は早い。
やっぱ枕が変わると眠りが浅くなるのかな。レム睡眠。そのせいだろうか。
「変な夢を見た」
憶えてないけど、何かにじっと見られてたような。
単なる夢と思いたいけど、大抵の場合こういうのは意味があるんだよね。
「取り合えず今のは、祓う悪霊の類じゃないな・・・だとしたら考えられるのはただひとつ。
蔵記様。
一応祠に憑いた悪いものを祓うんだから、その邪魔をしてくるはずはない、と信じたいけど。
でも曲がりなりにも相手は神。人ならざる存在を人の価値観で量るのは無理だろうなぁ。
「おはようございます、今朝は珍しく早いですね・・・どうしました?」
・・・そう言えば身近にいたわ、人外。
「今から祠に行って祓いを行うんですよね」
「場合によっては何日かに分けて、浄化する必要もあるかも」
質の悪いのが居るとそれくらい手間がかかる。園村さんの件もあるからあまり長くなるのは嫌だけど、焦って失敗したら元も子もない。
「游理さん。荷物はまとめてます、確認して下さい」
ひとつひとつ確実にしないと。
そしてふと部屋の窓に目を向けると。
「うわ・・・最悪」
外は土砂降りだった。今朝やたら早く目が覚めたのはこの雨音のせいか。
昨日は普通だったのに、ここまで崩れるなんて予想外。初っ端からこれじゃ先が思いやられるな。
そんな憂鬱な気分になった所を、宇羅に引っ張られつつ部屋から降りると。
「おはようございます」
そう声を掛けられる。
「庚さん、裏内さん。おふたりとも本日は何卒よろしくお願いします」
宿の入り口で岬さんは待っていた。
まともに前を見ることも出来ないほど強い雨の中。
ひとりで。
傘を持って。
「2時間前から待ってました」
・・・こわっ!
外見は人間だけど、やっぱり岬さんって変わった性格かも。
今回の祓いの儀に、彼女はどうしても立ち会わせて欲しいとのこと。
「本当にいいんですか。言うまでもなく危険ですよ」
家の中から取り出した傘をわたしに手渡しながら、宇羅は岬さんに確認した。
やけにボロい・・・まあ「屋敷」のものならいろいろ防げるだろうし。
「ええ、この村の守り神に関わることですので」
あそこは聖地だから、誰かが立ち会う必要もあるのかも。
「村長ですから」
そう言えば岬さんは蔵記様のこと、どう思ってるんだろ。やっぱり信仰してるんだろうか。
でも今の所彼女からそういう話は出てない。部外者に遠慮してるのかもしれないけど、信者ならもっと布教するというか。
そもそも蔵記様について話す口調に、敬意を感じないというか。
「それに・・・・・・」
何この突然の沈黙。
「私としても游理さんを私のものにしたいと思いまして」
「え」
私のもの? 所有物?
「一目でわかりました。あなたは陰鬱で周囲を問答無用で暗くしますよね」
「え。確かに・・・ネガティブで陰気なオーラが出てると前に宮上さんに言われた気が・・・」
ひどい言われようだけど、残念ながら心当たりがありすぎる!
ってなんでそんなこと言うんだ。私何か岬さんの気に障るような真似をしてしまったの!?
「そんな素晴らしい『毒』を持つ人は今まで見たことがないです」
「まさかそれ、褒めてるつもりなんですか?」
「もちろんですとも!」
全力で肯定された。
「ですからこの仕事が終わったら、庚さんにはぜひ私の村に加わっていただきたいのですよ。いいですよね?」
「無理です。諸々しがらみがあるので」
そんな簡単にぽいぽい村の住民増やしていいんだろうか。
「あなたならきっとすぐにこの村に馴染めるはずですし」
「游理さん」
岬さんと私の間に傘を突き出して、宇羅が文字通りいきなり割って入った。
「こういうこと大っぴらには言えませんけど、この人ろくでもないですね」
じゃあ口に出すなよ。
「仲間にしても中盤あたりで速攻で裏切るキャラです」
「フラグって知ってるか、人外少女」
「わたしとあなたの間にビンビンに立ってるものですよね」
違う。無駄にポジティブシンキングか。
祓いの前に、無駄に身の危険を感じる。というか宇羅といい距離感バグってる人間多くない?
宇羅も睨みつけないでよ。
「取り合えずここまでは来れましたね」
あれから豪雨の中をやたら勧誘してくる岬さんと、その彼女にいちいち噛みつく宇羅のふたりを宥めながら祠の場所まで何とか来れた。
疲れた・・・無駄な労力を使ってしまった気がする・・・
祠の様子は昨日と変わっていない。この雨の中でも静謐な雰囲気を漂わせている。
ギュンギイイイイギュンギュン。
その****も変わらず・・・急に暴れ出したりしないよね・・・
「っつ・・・」
まずい。頭痛が・・・今朝宿では何ともなかったのに。ここに着いたとたんにぶり返してきた。
「大丈夫ですか?」
宇羅が心配して声を掛けてくる。
「ああ、何とか。これもここに憑いてる奴のせいかな・・・」
「そうとは限らないとは思いますけど」
微妙に煮え切らない口調の宇羅。何かあったんだろうか?
グチュグチュグチュ。
「とにかく心配いらないから。早く終わらせよう」
そうすればきっと、この頭痛も止むはずだから。
「準備して、宇羅。それから岬さん。念の為あなたは安全な所に・・・岬さん」
そう言えば、あれだけ話しかけてきた彼女の声が、さっきから全くしない。
まさか何かあったんじゃ・・・そう思って一瞬焦ったけど、彼女は変わらずここにいた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「岬さん? 聞こえてますか?」
「ええ。ええ。わかっております。あなたの【帰途判別】下がっていれば【時事解体】ですよね」
「はぁ、まあそんな所で」
また変な音が混じったけど、言いたいことは伝わってるみたい。ならいいか。
これで邪魔は入らない。
ここからは祓い師の領分。私と怨霊、怨嗟のしのぎ合いの時間。
「では、これより祓いを開始します」
祠の周囲。四方を紐で区切る。
これは境界。
ここと外を分ける結界。
ここを最小の世界と定義し、私の呪を法則とする。
四方に針。
「霊を留め」
四方に清水。
「穢れを流し」
四方に符。
「名を定める」
その声に反応して、祠の中から黒い煙のような「もの」が噴き出てきた。
最初はほんの僅かボヤ程度だったのに、次の瞬間あちこちから怒涛の勢いで煙が噴出する。
雨など降っていないかのように、たちまち私の視界は黒く覆われる。
ここまでは予想通り。
「留め。流し。定める」
短く呪を謳うと、手に持った符で空を斬る。
なおも噴き出す煙だけど、私の挙動を受けて、怯え、あるいは嫌悪するようにその形を変えた。
反応してる。こちらの声に応えている。それが隙、そこを突く。
「留め続け、流し続け、そして定める」
前に踏み出す。
「名を定める」
前へ。
そして符を投げる。
「ここに」
空中に舞った紙は磁石のように黒い煙へと付着した。
「定め、調伏する」
そして起動。閃光が符より放たれる。
呪により構築された浄化の光を浴び、あたりを覆っていた黒煙は跡形もなく霧散した。
「・・・・・・・・何とかなった」
私の体質的に、途中で訳のわからない敵が乱入するとか、そういう展開を覚悟していただけにここまで上手く行くとは正直予想外。
こうも順調だと怖くなっちゃうのは、我ながら悲観的過ぎるのか、あるいは普段から周囲の理不尽を易々と受け入れすぎているということかな。
まあ無事に終わって良かったよ。
「宇羅、岬さん。終わりました」
祠の結界の外にいるふたりに声を掛ける。
「これで祠も元通りになったはず・・・」
そう言って私は振り返って、「蔵記様」を奉る祠を見た。
それを見てしまった。
それは湖の底から見ていた。
それは人の世を睥睨していた。
それの存在に気付いた者がいた。
その者はかの存在を崇めた。
その者は信徒たちの集団を結成し、村を拓いた。
それはただ水底からそれを見ていた。
グチュグチュグチュ。
それは人に腕を伸ばし。
腕を。
村に。
目を覚ます。一瞬自分が何処にいるかわからなくなるが、すぐに思い出す。
ここは沈船村、そこの宿屋の一室。
うわ、まだこんな時間。壁にかかった時計を見ると、普段の起床時間より2時間は早い。
やっぱ枕が変わると眠りが浅くなるのかな。レム睡眠。そのせいだろうか。
「変な夢を見た」
憶えてないけど、何かにじっと見られてたような。
単なる夢と思いたいけど、大抵の場合こういうのは意味があるんだよね。
「取り合えず今のは、祓う悪霊の類じゃないな・・・だとしたら考えられるのはただひとつ。
蔵記様。
一応祠に憑いた悪いものを祓うんだから、その邪魔をしてくるはずはない、と信じたいけど。
でも曲がりなりにも相手は神。人ならざる存在を人の価値観で量るのは無理だろうなぁ。
「おはようございます、今朝は珍しく早いですね・・・どうしました?」
・・・そう言えば身近にいたわ、人外。
「今から祠に行って祓いを行うんですよね」
「場合によっては何日かに分けて、浄化する必要もあるかも」
質の悪いのが居るとそれくらい手間がかかる。園村さんの件もあるからあまり長くなるのは嫌だけど、焦って失敗したら元も子もない。
「游理さん。荷物はまとめてます、確認して下さい」
ひとつひとつ確実にしないと。
そしてふと部屋の窓に目を向けると。
「うわ・・・最悪」
外は土砂降りだった。今朝やたら早く目が覚めたのはこの雨音のせいか。
昨日は普通だったのに、ここまで崩れるなんて予想外。初っ端からこれじゃ先が思いやられるな。
そんな憂鬱な気分になった所を、宇羅に引っ張られつつ部屋から降りると。
「おはようございます」
そう声を掛けられる。
「庚さん、裏内さん。おふたりとも本日は何卒よろしくお願いします」
宿の入り口で岬さんは待っていた。
まともに前を見ることも出来ないほど強い雨の中。
ひとりで。
傘を持って。
「2時間前から待ってました」
・・・こわっ!
外見は人間だけど、やっぱり岬さんって変わった性格かも。
今回の祓いの儀に、彼女はどうしても立ち会わせて欲しいとのこと。
「本当にいいんですか。言うまでもなく危険ですよ」
家の中から取り出した傘をわたしに手渡しながら、宇羅は岬さんに確認した。
やけにボロい・・・まあ「屋敷」のものならいろいろ防げるだろうし。
「ええ、この村の守り神に関わることですので」
あそこは聖地だから、誰かが立ち会う必要もあるのかも。
「村長ですから」
そう言えば岬さんは蔵記様のこと、どう思ってるんだろ。やっぱり信仰してるんだろうか。
でも今の所彼女からそういう話は出てない。部外者に遠慮してるのかもしれないけど、信者ならもっと布教するというか。
そもそも蔵記様について話す口調に、敬意を感じないというか。
「それに・・・・・・」
何この突然の沈黙。
「私としても游理さんを私のものにしたいと思いまして」
「え」
私のもの? 所有物?
「一目でわかりました。あなたは陰鬱で周囲を問答無用で暗くしますよね」
「え。確かに・・・ネガティブで陰気なオーラが出てると前に宮上さんに言われた気が・・・」
ひどい言われようだけど、残念ながら心当たりがありすぎる!
ってなんでそんなこと言うんだ。私何か岬さんの気に障るような真似をしてしまったの!?
「そんな素晴らしい『毒』を持つ人は今まで見たことがないです」
「まさかそれ、褒めてるつもりなんですか?」
「もちろんですとも!」
全力で肯定された。
「ですからこの仕事が終わったら、庚さんにはぜひ私の村に加わっていただきたいのですよ。いいですよね?」
「無理です。諸々しがらみがあるので」
そんな簡単にぽいぽい村の住民増やしていいんだろうか。
「あなたならきっとすぐにこの村に馴染めるはずですし」
「游理さん」
岬さんと私の間に傘を突き出して、宇羅が文字通りいきなり割って入った。
「こういうこと大っぴらには言えませんけど、この人ろくでもないですね」
じゃあ口に出すなよ。
「仲間にしても中盤あたりで速攻で裏切るキャラです」
「フラグって知ってるか、人外少女」
「わたしとあなたの間にビンビンに立ってるものですよね」
違う。無駄にポジティブシンキングか。
祓いの前に、無駄に身の危険を感じる。というか宇羅といい距離感バグってる人間多くない?
宇羅も睨みつけないでよ。
「取り合えずここまでは来れましたね」
あれから豪雨の中をやたら勧誘してくる岬さんと、その彼女にいちいち噛みつく宇羅のふたりを宥めながら祠の場所まで何とか来れた。
疲れた・・・無駄な労力を使ってしまった気がする・・・
祠の様子は昨日と変わっていない。この雨の中でも静謐な雰囲気を漂わせている。
ギュンギイイイイギュンギュン。
その****も変わらず・・・急に暴れ出したりしないよね・・・
「っつ・・・」
まずい。頭痛が・・・今朝宿では何ともなかったのに。ここに着いたとたんにぶり返してきた。
「大丈夫ですか?」
宇羅が心配して声を掛けてくる。
「ああ、何とか。これもここに憑いてる奴のせいかな・・・」
「そうとは限らないとは思いますけど」
微妙に煮え切らない口調の宇羅。何かあったんだろうか?
グチュグチュグチュ。
「とにかく心配いらないから。早く終わらせよう」
そうすればきっと、この頭痛も止むはずだから。
「準備して、宇羅。それから岬さん。念の為あなたは安全な所に・・・岬さん」
そう言えば、あれだけ話しかけてきた彼女の声が、さっきから全くしない。
まさか何かあったんじゃ・・・そう思って一瞬焦ったけど、彼女は変わらずここにいた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「岬さん? 聞こえてますか?」
「ええ。ええ。わかっております。あなたの【帰途判別】下がっていれば【時事解体】ですよね」
「はぁ、まあそんな所で」
また変な音が混じったけど、言いたいことは伝わってるみたい。ならいいか。
これで邪魔は入らない。
ここからは祓い師の領分。私と怨霊、怨嗟のしのぎ合いの時間。
「では、これより祓いを開始します」
祠の周囲。四方を紐で区切る。
これは境界。
ここと外を分ける結界。
ここを最小の世界と定義し、私の呪を法則とする。
四方に針。
「霊を留め」
四方に清水。
「穢れを流し」
四方に符。
「名を定める」
その声に反応して、祠の中から黒い煙のような「もの」が噴き出てきた。
最初はほんの僅かボヤ程度だったのに、次の瞬間あちこちから怒涛の勢いで煙が噴出する。
雨など降っていないかのように、たちまち私の視界は黒く覆われる。
ここまでは予想通り。
「留め。流し。定める」
短く呪を謳うと、手に持った符で空を斬る。
なおも噴き出す煙だけど、私の挙動を受けて、怯え、あるいは嫌悪するようにその形を変えた。
反応してる。こちらの声に応えている。それが隙、そこを突く。
「留め続け、流し続け、そして定める」
前に踏み出す。
「名を定める」
前へ。
そして符を投げる。
「ここに」
空中に舞った紙は磁石のように黒い煙へと付着した。
「定め、調伏する」
そして起動。閃光が符より放たれる。
呪により構築された浄化の光を浴び、あたりを覆っていた黒煙は跡形もなく霧散した。
「・・・・・・・・何とかなった」
私の体質的に、途中で訳のわからない敵が乱入するとか、そういう展開を覚悟していただけにここまで上手く行くとは正直予想外。
こうも順調だと怖くなっちゃうのは、我ながら悲観的過ぎるのか、あるいは普段から周囲の理不尽を易々と受け入れすぎているということかな。
まあ無事に終わって良かったよ。
「宇羅、岬さん。終わりました」
祠の結界の外にいるふたりに声を掛ける。
「これで祠も元通りになったはず・・・」
そう言って私は振り返って、「蔵記様」を奉る祠を見た。
それを見てしまった。
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