幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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沈船村楽園神殿

園村砂について(一部伏字)

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園村砂は神を愛していた。


 怨霊が溢れ世界が変わる前、遥か昔から園村の家は神に仕え神を称え続けていた。
「今となっては」その神の名が何だったのかわからない。忘れ去られたのか、あるいは形を変え異なる地で異なる人々により今も信仰されているのか。園村砂以外には知りえない。
 確かなのは在りし日の教団がそれのみを唯一の神としていたことだけ。
 怨霊魍魎が跋扈し、世界の法則が転覆した後。
 あらゆる宗教が混沌に堕ち時に相争い血を流す中で力を失う中で、その教団の教主が信者に求めたのはただひとつ。

 神を、自分たちだけの唯一の神を信じること。

 純粋な祈りを捧げる、ただそれだけで教団は混乱の時代を乗り越える。
 それこそが奇跡と寿ぐ信者の手で、救いを求める衆生を取り込み、より教団は巨大になっていく。

 園村砂の子供の頃の記憶は、ただひとつ。
 教団の白い建物の一室でひとり玩具で遊んでいる光景。少し成長してからは同じ部屋で教育係から教義を含む様々なことを学んでいた。
「砂様」
 そんな日々の中、ひとりの信徒が彼に声を掛けた。
「何?」
「執務室で教主様がお呼びです」
「わかった」

「お呼びですか、教主様」
 清楚な中に高貴な雰囲気の部屋に入る。その主は中央の椅子に座したまま、少年を見つめる。
「砂、お前は***を」
「はい、畏れ敬っております」
 即答する。
「畏れるか」
「僕ごとき未熟な者がかの偉大な存在を信じるのですから当然です」
 まるで経典の文をそのまま読み上げるかのような模範解答。しかし砂の答えは紛れもなく彼の本心。幼いながら園村砂は心から神を信じている。
「そうか。その敬虔さ、かの方の御心に適うだろう」
「ありがとうございます」
「神の為、お前は全てを捧げるか」
「はい」
「背教者を抹消するか」
「主の為に躊躇いはありません」
「異教の神を否定するか」
「神は***のみ。ならば偽りの神は全て滅さねばなりますまい」
「そうか。砂、お前は私の継嗣に相応しい仕上がりのようだな」
「はい。あなたの息子として、僕は何よりも神を信じています」

 幼い頃より神を崇め奉ることを当然として育った砂は、厳格な教主としての父の姿を見て育つ。
 物心ついた頃より頭に詰め込まれた教理の教育は、砂をその教団が始まって以来最も敬虔な信者へと育てた。
「教主様、僕は何をすれば驕りなく主の御心に沿うことが叶うでしょうか」
 誰よりも純粋に信仰に身を捧げる理想的な信徒の問いに、教主は答える。
「お前は神に身を捧げる為に母より生まれたと信じろ」
「はい、わかりました」
 誕生は神の為にある。
「母のように、お前は神の為に生きるのだと信じろ」
「はい、わかりました」
 生存は神の為にある。
「彼女のように、お前は神に求められれば喜んで犠牲となるのだ。それが出来ると信じろ」
「はい、わかりました」
 犠牲は神の為にある。。
 教団の、そして砂自身の世界は堅牢で、なによりも閉じて完結していた。そこには砂の一粒程も不純な我執は一切ない。
「砂様。こちらです」
 教団員が砂に名簿を差し出して言った。
 彼はもう子供ではない。青年となった彼は教団のより深い仕事に携わるようになる。
「ここに載っているのが造反の疑いがあるグループ」
「はい。我らが神の恩寵を受けながら、それを裏切った救いがたき背教者。唯一の神を知りながら偽りの神に逃避した愚者」
 時に教団内部から教団の乗っ取りを企む一派が生まれることもあった。
 組織が成長するにつれ、必然的にその敵対者は増えていく、それは必然。
 ならば組織の行うべきことも決まっている。
「全員、速やかに罰しないといけないな」
「ええ、その通りです。それがこの者たちにとっての救済なのですから」
 杖、呪符、短刀。自身の為に製作された、耐神性用呪具を広げる。
「なら、神の為断罪と救済を」
 園村砂は迷わない。

 牛頭の神が吼える。
 彼岸より溢れ出た存在に、人が祈り形を与えた化外。人身御供の儀が執り行われていた廃ビルの一室に神は顕現した。
「いたぁぁぁ!!」
 それを召喚した人間たちの叫びが響く。
 現世に降りた神は、瞬く間に己の信者を取り込んだ。何故なら犠牲こそがその神の本質だから。
「犠牲を求める」自己の神話に忠実な機能を有する彼岸からの来訪者、供儀神モロク
 そして対価が支払われたなら。

「【ぎいいいいいいいいhhhhh】!!」

 神自身の権能は爆発的に増加する。人間より一回り大きい程の背丈だったのが一気に巨大化し、部屋に入りきらない大きさにまで膨らむ。
「爆破」
「爆破」
「爆破」
 共に部屋に踏み込んだ信者が呪符を用いて壁を吹き飛ばす。建物が崩壊する前にそこから脱出しようとした砂に向かって。
「【ぎhhhh】!!」
 供儀神が手を伸ばし追いすがる。

「触れようとしたのか」
 園村砂はその振る舞いをみて呟く。
「僕に触れようとしたのか、存在するはずのない神が」
 ただそう言って、彼は崩壊するビルの内部へと戻っていく。
「砂様! お戻り下さい!」
 その無茶な行動に、信徒たちもたまらず声を荒げる。
 しかし本人は意に介さず、ただひたすら駆けた。自分が信じる存在を騙る敵を討つことだけを考える。短刀と呪符を構え、供儀神に飛びかかる。
 神体より噴き出る炎を呪符で防ぎ、体表に斬りつける。
「【hhhh】」
 損傷に構わず、供儀神は砂を片手で掴む。
 表面を撫でた程度の彼の斬撃は、引っかき傷にも満たない僅かな痕跡を残しただけで終わった。そのまま砂を内に喰らおうと、供儀神は口を開けた。
 そして。
「【ぎhhhhxxxxxxxxxxxxxx】!!」
 神の絶叫が響く。
 引っかき傷にも満たないものから、供儀神の内部に「法」が注ぎ込まれた。
「***以外に神はないんだ。だからお前は存在するはずがないんだ。それがルール、僕の世界の法則」

「異なる神を許さない」

 その法が傷口からひたすらに供儀神へ注入される。異界の理で満ちた存在が、それを否定する理で上書きされていく。
 その法は園村が信じるものの他に、神の存在を認めない。それに従うのなら、いかに強靭な神であろうと現世に留まるのは不可能。
「僕が信じる神以外に神がいる訳がない。いる訳がない。だから今苦しむお前は元から存在しない」
 なおも手を伸ばし続ける供儀神を、さらに何度も何度も斬りつけながら、砂は祈祷のように呟き続ける。
「【ぎhxx】!」
「だからお前の苦しみも痛みも無意味、無意味。僕がこうしていることは存在しない無意味なものを無意味のまま終わらせる、ただそれだけのことなんだ」
 ひたすら独白を続ける。
 かつて同じ教団の人間だったもの、供儀神の為捧げられ、あるいはそれに捕食された者たちの僅かな残骸を目の端に見ながら。砂は異教の神を否定し続けた。

「反乱分子及びそれが招いたものの始末は完了しました」
「これで全員か。残党は」
「遺された文書などを今監査部が調べています。もし何かあれば僕が速やかに出ます」
「そうか。園村砂」
「はい、教主様」
「よくやった。今回の成果は純粋な信仰がもたらしたものだ。誇れ」
「もったいないお言葉です」

 純粋な信仰、無私の献身。
 その理想を体現した園村砂を誰もが称賛した。

「砂、お前のこれまでの教団への貢献、親として誇らしく思う」
「はい、私も主のお役に立つことこそ僕の使命ですので」
「ならばお前が教団を導け。その信仰のあるべき姿を皆に示せ」

 園村砂が最年少で父より教祖の地位を禅譲される。そのことに異を唱える者は現れない。
 反発する可能性のある派閥は既に反乱分子として粛清済み。
 それが偶然か、あるいは砂、もしくは教主が糸を引いたものだったのか。確かめることはもう出来ない。
 確かな事実はひとつ。
 園村砂が教主となった日。
 教団の全てを継いだ彼は、自身の異能によって教団とその信仰の体系、園村一族の秘伝を含む全てを、

 殲滅した。

 文字通り一切合切根こそぎ消し去った。

 ***は、彼方より人の精神に触手を伸ばす神。それにより信徒には超常の力など、様々な恩恵がもたらされる。
 ***の神意がどうであれ、信仰の見返りとして与えられるものは明白。だからこそ教団は長い歴史の中で人々を引き付けてきた。
 砂が教主の座に就いた時点で、信徒と***、前教主含め特に高位の信者は精神の末端まで浸食を受けている。
 幾何かの代償は伴う。繋がりを維持する為、定期的に行われるアップデートはその信徒に負荷をかける。
 その程度は個人により異なるも、時にそれは肉体的な死の原因となる程苛烈なものとなり得るものだった。
 それにより犠牲になった信徒は殉教者、神との繋がりを維持する為命を捧げた者として聖人と定められる。

 園村砂の母親もそのひとりだった。

 教主となった砂は、教団の最奥にある依り代の間に向かう。
 そこに安置された来歴不明の即身仏。
 初代教主とも、空から落ちてきた***の使者ともいわれるそれを、教団は***と自分たちを繋ぐ触媒として奉じていた。

 その木乃伊の首を、砂は躊躇いなく短刀で斬り落とした。

 彼が行ったのは、***に自身の法を叩きこむこと。

 園村砂が信じる神に、「園村砂が信じる神以外の神を認めない」法則を注いでも無意味なはずだった。
 しかしその法則にはもうひとつの性質を併せ持つ。それは***が教団の信徒に与えた異能に共通する性質。

「法則を叩きこまれた神は***の教団が信じる神ではない」

 ***自身の神威に依り、***は「園村砂が信じる神」でありかつ「***の教団が信じる神ではないもの」となる。
 ***自身の在り方は変わらない。変わったのは***と信徒の繋がりのみ。
 砂の目的はそれを強引に断ち切ることだった。

 結果、教団は阿鼻叫喚の修羅場と化す。

「砂様どうしてですかどうしてあなたが神様を奪って奪うのやめろ」
「私の中から***が無くなっていくの。お願い、やめて」
「***を刻んだはずなのに、どうしてそれがない。何処だ、何処におられる」
「【hhh】!」

 幾人もの精神が崩壊した。

 砂の父親である先代教主も。
「何故だ何故だ砂何故お前は私にはわからない理解出来ない」




 しかし意に介さず、園村砂は教団を壊して潰した。そこには怨みも欲も一切ない。
 何故ならそれこそが彼の信仰の帰結だったから。

「***以外のいかなる神も偽りで、いかなる信仰も虚構です」
「園村砂。だから君はそれを潰すと」
「はい。僕は祓い師として亜江島祓い所に勤務したいです。全ての偽りの神を滅する為に」

 入社の際、彼が所長と交わした会話。
 ここに偽りはない。彼は終始自分の本心を述べている。
 
 ただ一点、彼が起こした事件の動機を除いて。




(文中表記不可能な箇所は「***」とした)
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