幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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沈船村楽園神殿

雨中

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 雨が強くなった。

「うわ。これじゃスプレーは使い物にならない」
「至近距離で噴射すれば何とかなりませんか」
 あの肉塊とか触手に近寄るのか・・・やだな。
「でもそれは最後の手段でしょ。鱗氏を説得出来れば万事解決なんですから」
 それはわかってるけど、あまり期待し過ぎないで。本当にこういうの苦手なんだから。
「游理さんはどうやって彼を説得する気ですか?」
「工事」の時のレインコートを着たままの宇羅が尋ねてくる。
「えっと・・・『あなたの行動はこの村にとって良くないですよ~』とか」
「余所者にそんなことを言われる筋合いはないと一蹴されそうなセリフですね」
 クルクル、と傘を回しつつ首を振って彼女はあっさり私の提案を却下した。
「えっと・・・『あなたの行動はこの村にとって良くないですよ~』とか」
「余所者にそんなことを言われる筋合いはないと一蹴されそうなセリフですね」
 クルクル、と傘を回しつつ首を振って宇羅はあっさり私の提案を却下した。
「『岬さんが悲しんでますよ』」
「骨肉の争いを繰り広げてる相手がどう思おうと何も感じないのでは」
 クルクル、クルクル。宇羅は傘を回す。
「・・・・・」
「・・・・・他には?」
 今ので打ち止め。これ以上説得の文面なんて思いつかない。
「宇羅。何かない?」
「わたしに投げますか」
「こういうのは私より宇羅の方が得意でしょ」
 職場でも皆に可愛がられてるし。たまに私にウザ絡みするけど。
「努力してくださいよ。仕事でも社会で生きることでも、一応先輩なのに」
「社交性ってのは、時間をかければ習得出来るものじゃないんだよ」
 ついでに人には向き不向きがある。

 祠のある林。ここに来るのは3回目。ここから目的地まではあと少し、その道に。
「3人、いや3体って言うべきかな?」
 半日前、襲ってきたのと同じ人型の肉塊が3体立ち塞がっている。
 それぞれの外見は、帽子を被った男、首の長い女、そして幼稚園児くらいの子供。
「いえ、元があれですから、分裂したり合体したりしかねません」
 さしていた傘を畳みながら宇羅が不吉な発言をする。
「だからそういうこと言わないでって」
 本当になったらどうすんのさ。もう遅いかもしれないけど。

「昨日の蜜柑は頭? 頭なの?」
 幼稚園児が訊いてきた。
「いや、蜜柑は持ってない」
「アルミホイル明日ある?」
 帽子男がやたら勢いよく質問してきた。
「今は持ってないです」もしかして駄洒落のつもりなんだろうか?
「機械の中から声! 聞こえるのは今日」
 首長女が叫ぶ。
「私には聞こえませんから」
 工場の溶接機から地底人の声がするって噂はあるんだけどね。


「って何丁寧に返答してんですか」
「や、つい訊かれたもんで」
「脳みそのない人形です。あれの言葉は関節がポキポキなる音と同じようなものです」
 それにしては妙に意味深な内容だったけど。
「だったら餌ですね。意味のないものに意味を見出そうとして、こちらの思考が割かれることが向こうの狙いです」
 やる気のなさそうに返す宇羅、そんな会話の間にも3種の声が響く。
「明日明日、セメン地、セメント」
「柑橘類に昨日、合った、柑橘類」
「声、声、声の機械機械機械今日今日の声はあなた」
 延々と意味のない単語が羅列されながら、人型たちはこちらに歩き出した。
 前みたいに触手やらで潰すつもりなのか。特に警戒せずだらだらとした雰囲気なのが気味が悪いな。

「だからこうするんです」
 そう言って宇羅は首女に手にした傘を投擲した。

 ゴキッ。

 似つかわしくない重い音を立て、女の頭部が粉砕された。

 いや、あの傘どれだけ重かったんだ。

「ヒュゥゥゥゥ!」
 口を無くしても、なおも首の付け目の当たりから音が漏らしている。えぐい光景・・・その上全く歩みが止まらない。それどころか邪魔な部品が無くなったかのように首長は走り出した。
「ヒュ・・・!」
「だぁぁっ、しつこいなぁ!」
 躊躇うことなく走り出し、走って来る女に宇羅は蹴りをぶちかます。動きを止めた相手をそのまま掴み、首の傷口に右手を突っ込んだ。
「!!」
 グチュグチュグチュ。
 宇羅は内側から内臓を揉みくちゃにしていた。
 グチュ・・・・
 首長女は手足を痙攣させていたが、やがてそれも止んで動かなくなった。

「はい、これでひとつ片付きました」

「・・・・うわ」
 正直引く絵面。傘といい、こういうのを見ると宇羅が人間の尺度で量れない存在だとわかる。
「って何他人事みたいな感想言ってんですか、そっち行きますよ!」
 帽子男と園児が宇羅の隙を突いて、ふたりまとめて私の方に駆け寄って来る。何でこちらに来るのさ。
 私が明らかに弱く見えるからか。
「でも大人しくやられる訳がない」
 元々動き回る相手に「スプレー」を一気に浴びせるのも無理、下手に使っても相手を強くするだけで終わる。そりゃ笑えない。
 だから、祓い師らしく、まずは呪符、短刀、標準的な仕事道具で止める。
「黙って斬られてろって!」
「昨日の蜜柑の木が!!」
 呪符で焼こうとする動作に、園児が勢いよくその場でジャンプした。外見からは想像のつかない程の脚力で、あっという間に私の頭上より遥か高所まで達した。
 そして上がったなら、後は落ちるだけ。
「昨日の木ーッ!!!」
 両腕を触手にし、大きく横に広げた態勢で頭に覆いかぶさって来る子供。また触手かよ!
「そこで止まれっ!」
 短刀を突き出して迎撃しようとする。でも腕が動かない。園児が跳ぶのと同時に、帽子男の口から出た糸のようなものが私の手を縛っていた。
「うどんみたい・・・」
 一瞬どうでもいいことを思い浮かべるけど、まずい、上からの触手が斬れない。間に合わない・・・・

「ドォイグゥア!」
 妙な声を出して飛び出してきた宇羅が、鉄骨をバットのように振り回して園児に当てた。

「訊明日木ーー!!」
 胴体に直撃を喰らった相手は、回りながら彼方に飛んで行く。衝撃で頭と手も触手化してばらけていた。さすがにしばらくは戻っては来れないはず。
「ホームラン、柵越えましたよね」
「変なセリフでカッコつけてる場合じゃないでしょ」
 柵って何処だ。
「宇羅、そっちに伸びてる!」
「攻めんセメン明日ーーー!!」
 私に絡みつくのと同じうどん触手を追加で口から吐き出し、帽子男は敵を拘束しようとする。
 髪の毛のように無数の触手が宇羅に向かって放たれた。かなり速い、あれは薙ぎ払うことも出来ない。まずっ・・・捕まるっ・・・!

「残りひとぉぉつ!!」
 宇羅は触手を束にして掴み取った。

「責め攻め攻めーー!!」
「うるっさい! 黙れ!」
 そのまま強引に手元に引き寄せようとする宇羅と、抵抗する帽子。
 一時は拮抗するも、すぐに帽子側の体勢が崩れ、地面に引き倒される。
「そこでぇ!」
 宇羅はいつの間にか拾っていた傘を構えて。
「終わってぇ!!」
 振り下ろした。

 ガゴォ。

 地面に激突した鉄塊が轟音を立てる。
 それに紛れてトマトが潰れたような音がした。

 帽子男の頭部はもうただの染みになっていた。潰れた肉からは灰色の汁が飛び散っている。
「游理さん、大丈夫ですか? 怪我とかしてないですよね?」
「え、うん。宇羅が頑張ってくれたおかげで」
 これなら私いらなかったんじゃ・・・いやそれ言ってたら始まらない。考えないようにしよう。
「取り合えずは邪魔者皆磨り潰せてオールオッケーですよん」
 ですよんって。
 この人滅茶苦茶テンション高くなってる。血の匂いを嗅ぐと興奮するキャラ設定なの? 血は流れてないけど。
「さあさあ、さっさと祠に行って、説得タイムですよ、游理さん!」
「はい・・・了解」
「まあ、わたしがスライムハンバーグ3体製造しちゃったんで、向こうは問答無用でバキバキに来るかもですよね」
「宇羅、落ち着いて。そんな喧嘩腰ならまとまる話もまとまらなくなる」
 相方がこうだと、残った方は冷静になるって本当だったんだ。
 そう、今のはあくまで前哨戦。
 これから私は祓い師として、沈船の心臓「沈船鱗」を説得しないと。そして交渉が決裂した時には、この村の為、そして園村さんの為速やかに彼を祓う。

 ここからが庚游理の仕事だ。
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