幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

文字の大きさ
27 / 34
沈船村楽園神殿

巨躯

しおりを挟む
祠が震える。
 初めて訪れた時の静謐さ、聖性はもはや「蔵記様」の祠からは微塵も感じない。
 もう隠しきれない程空気が澱んでいる。あの学園のように、あるいはあの銃の屋敷のように。
 さて、説得、話し合いって言ってもそもそも話が通じるのか、その点から始めないと。
「あの、沈船鱗さんですよね。私の言ってることわかりますか?」
「・・・・・・・・・・」
 無反応。怨霊の類ならまだ錯乱したものでもこちらの言葉は認識するのに。それとも他を取り込みすぎて意思も混じってるのか。
「園村さん、先刻あなたが操って私たちとそれに岬さんを襲わせた男性です。彼を今すぐに開放して下さい」
「・・・・・・・・・・」

 グチャグチャ。

 もうすっかり聞きなれた音が響く。
「今のは肯定ということ?」

「そのような訳がなかろう。世迷い事を宣うな」

 その声は祠の中ではなく、私たちが来た道の方から聞こえた。

 話しているのは先ほど宇羅が飛ばした子供。胴体が半分千切れた状態で、足を再生してここまで這うように追ってきたんだろうか。その口から、村に君臨してきた男は初めて私たちに語り掛けてきた。
「じゃあ、これ以上村の人たちをその身体に取り込んだり、岬さんの心に干渉するのを止めてください」
「それならば、民は我とひとつになることで、蔵記様を信仰することが出来る。それに何の不満があろうか」
「神様はそんな形での信仰を望んでいるのですか?」
「無論。何故なら私がそう定めた」
「じゃあ、子孫の精神を操るのは」
「沈船の人間は最も理想的な蔵記様の僕でなければならないからだ」
 理想的な僕とはどんな人間か。
 考えるまでもない。
「私の在り方、私の祈りこそが解答、理想形。ならばそれに近ければ近い程蔵記様の御心に最も叶う」
 赤子でもわかる単純な理屈だ。沈船鱗、村の始祖は断言した。

 虚飾は剥がれ、むき出しになったのは妄念。神を信じる自分こそが信じる神よりも尊い存在だという自己顕示欲。

「游理さん。ちょっと話しただけで相手のことを全部わかったように言うの良くないですよ」
「じゃああなたはあの男のこと、どう思うの」
「救いようのない独善馬鹿自己陶酔野郎」
 私とよりひどいと思うけど、まあいいや。兎にも角にも、他人を巻き込まないで欲しい。
「一応最後に確認しておきます、鱗さん。うちの社員を解放する気は」
「だから、そのような妄言を繰り返すな」
 こちらへと敵意を高めつつ、鱗、沈船の心臓は呆れたように言う。
「では交渉は決裂ということで」
「元より村の外の者に語ることはなし。私にとって意味があるのは神とこの村のみ」
 それ以外に世界があることを認めないし想像すら出来ない。沈船鱗、沈船村はそれ程までに閉じていた。
「ここだ。この世界こそが私の全て、私自身」
 沈船の屋敷を見て、それを巨大な生物と思っていた。でもそうじゃなかった。
 生まれた時からひたすら神に祈り続けるひとつの生物。沈船村こそが一個の生き物だった。それは怨嗟から生まれるものの在り方にあまりに似ている。

 沈船村。この地全体が一個の幽霊屋敷。

「お前たちふたりを排除することに憎悪も憤怒も要らぬ。これは病原菌に対するただの免疫反応だ」

 ズン!

 地面が揺れた。地震と思ったけど違う。重い音が響く。とてつもなく巨大なものが近づいてくる。何が。
 決まってる。

 ドズン!

 ここに心臓がある。自分を現世に繋ぎ止める楔を、無防備なまま放置する生き物がいる訳がない。

 ドズン!!

 村を越え林を超え。以前私たちを飲み込んだ屋敷、「沈船邸」は自身の核を守る為、ここまで這って移動して来た。
「・・・・!」
 団地の一室から生まれた蟲に潰されかけたことがある。
 校舎から羽化した蛾に爆撃された経験もある。
「だからって、手軽に怪獣を出してこないでよ」
 また滅茶苦茶な展開。藪蛇。私相手だとどれ程デタラメをやってもいいって裏で協定でも結んでるのか!?
 ナメクジは口を触手を出し、祠に絡みつかせた。
「まずいっ、心臓を中に入れる気だ・・・宇羅っ!」
「わかってます!」
 鉄骨を4本、槍のように発射し、宇羅は触手を断ち切ろうとする。しかし命中する寸前。

 グチャ。

 巨体から放たれた肉片により、その投擲が全て阻まれ、鱗は祠ごと悠々と屋敷の内部に入り込んだ。
 それだけじゃない。迎撃した肉片は地面に落ちるとそのまま動き出す。ほとんどは子供ほどの背丈、中には上半身だけの半端な状態で這って来るものもいる。人型じゃない、軟体としか呼びようのない肉の集団。ひとつひとつはさっきのより弱そうだけど、数が多い。しかもこの様子だとまだまだあのナメクジから湧いて出てくるんじゃないのか?
「游理さん」それを理解したか、さすがに宇羅も焦った様子で話しかけてきた。
「ここに居たらまずいです。移動しますか?」
「駄目。私たちが逃げたら、村に被害が出る」

 動きはのろいけど、この大きさで粘液まで分泌してる。避難が始まってると思うけど、こいつは村から離れたこの場所に留めておかないといけない。
「宇羅、『裏内屋敷』の落下、出来そう?」
「ここに来るまでいくつか内部の機材を消費しましたから、游理さんの薬をいただければ多く見積もって3発、それ以上は無理です」
 幽霊屋敷「裏内屋敷」を丸ごと投げつけて、標的を押しつぶす。これ程の巨躯を相手にするには、宇羅の出せる最大火力であるそれを連射するしか方法はない。
 一回落とすごとに屋敷全体を再生する必要があるので、宇羅の体力、精神力を極端に消耗するのが欠点。
 一応私の薬で再生を促進することは出来るけど、それも過剰に打てば自壊する。だから1発分ごまかすのがせいぜい。
 そしてどうやらあの屋敷は再生するらしい。今使った分の肉の穴はもう既に埋まっている。この様子だと3発では倒せないかもしれない。
 ドーピングは宇羅にかける負担も増大する。確実に仕留められる保証がない今回のような場面では、リスクが大きくて使えない。
「だったら初弾で表面に穴を空けて、内部に飛び込む。そして祠を、鱗を見つけて破壊する」
 呪符を投げて群がる小型軟体を払いのけつつ私は宇羅に方針を伝える。
「時間をかければ、防御を固められますし、確かにそれが一番確実でしょうね」
 石の柱で無数の肉をすり潰しつつ彼女も賛同した。
「では一気に道を作りますよ、『西塀』、併せて『東壁』」
 その言葉で出現した壁は、残った軟体物を左右に追いやる。そうして宇羅は目標の大ナメクジまで続く通路を形成した。
「ぎりぎりまで近づいてから、落とします。合図するので走って!」
 またこの展開。私の専門は祓いで怪獣相手にドンパチすることじゃないのに・・・

「『裏内屋敷』落下」
 沈船邸が変じたナメクジの頭上に出現した一軒家「裏内屋敷」
 最大高度から落ちてきた霊的存在の直撃を受け、ナメクジがのけぞってその場に停止した。身体には穴が開き、そこから例の灰色汁が垂れ流される。
「急いで、宇羅。もう再生し始めてる!」
 傷口は端から肉がグチュグチュと生まれてる、気持ち悪いな本当に。
「游理さんはここで待ってって下さい。わたしだけで行きます」
「大きいの出した後でキツいんでしょう?」
 1回だけとはいえ、発射とその後の再生はかなりの気力を持ってかれたはず。幽霊屋敷が回復能力を十全に発揮するには、その心臓が傍に居なければならない。
「だから私もいっしょに行く。今は少しでも宇羅の近くに心臓があった方がいいでしょう」
「游理さん・・・」
「へばってるあなたを放って置けない」
「ありがとうございます・・・でも、自分の身は自分で守ってくださいよ」
「当然。でもきっと宇羅の足引っ張るから、適当な所で助けて欲しい」
「・・・・・・・」
 ・・・私だって大丈夫って即答したいけど、そんな自信持てないから。
「ふ~しょうがないですね、游理さんはわたしがいないと、ポンコツが極まってるんですから!」
 ・・・何で微妙に嬉しそうなんだろう?

 そんな会話をしながら私たちは損壊部を乗り越え、沈船邸内部に足を踏み入れる。

 そこには異界が広がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

処理中です...