幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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沈船村楽園神殿

反転村

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 これは後から知った事実。

 私と宇羅が沈船の屋敷体内に入ってから、少し遅れて彼も内部に侵入したらしい。
 それに私たちが気付かなかったのは、あそこが騒がし過ぎたせいだろう・・・迂闊だったせいじゃない、多分。
 とにかくあれ程複雑怪奇な空間で、一直線に目的地にたどり着いた園村砂は、間違いなくあの場で最も強靭な意思を持っていた。

 今となっては知ることは出来ないけど、それだけは確かだと私は思う。

 前回幻覚から覚めた時、私は沈船邸を体内だと感じた。
 壁に埋まった器官ひとつひとつが呼吸するように振動し、大小様々な大きさの肉塊が動き回る空間。
 そして屋敷が現実に巨大な生物と化した今、

 内と外が反転する。

 私と宇羅は停留所に立っていた。
「・・・あれ?」
 目の前には昨日ここから見たのと同じ、沈船村の光景が広がっている。
 ナメクジの中に入ったはずなのに。
 いつの間にか外に出てた?
「そんな訳ないでしょ。ただの異空間です。驚くことじゃない」
 普通なら異空間は十分異常なんだけど。
「あの学校と同じですよ。あそこよりは広くて開けてるようですけど」
 それはそうだ。一個の村丸ごと再現なんて今回は規模が大きいな。

 村は無人か、前みたいに意思のない屍しかいないという予想は外れた。
 人が普通に生活している。
「あらあら、珍しいわね。この村に人が来るなんて」
 いきなり話しかけられた。誰かと思ったら昨日、沈船家へ行く道を訊いたお婆さんだった。
「ほら、ここは何もない村だから・・・ねえ、もし良かったらあなたたちのこと聞かせてくれる?」
 ・・・この人こんなに陽属性というか、キラキラしてたっけ。
 向こうではなんかピントがずれた会話しかしてなかったのに、こっちの方が現実よりも活気というか、現実感があるみたい。
 変な感想だけど。
「ええ、沈船さんに用事がありまして」
「まあ、村長さんの?」
「はい・・・すみません、ひとつ不躾な質問をしてもいいですか?」
 そう断って宇羅は彼女に問いかける。
「あなたはここには最近引っ越してきたのですか?」
「いいえ、逆。生まれた時からずっとこの村の中よ」
 そう言ってお婆さんは笑った。
 気のせいじゃない、前よりも明らかにここの方が話が通じてる。ここは異常な空間のはずなのに。まさかこれが宇羅の人徳、社交性?
「何か見当ちがいな所で持ち上げられたような」
 まあいいです。宇羅は首を振る。
「ありがとうございます、参考になりました」
「それは良かった。ねえあなたたち、村長さんの家への道はわかる?」
「はい、以前教わりましたから」
「そう、じゃあ彼女によろしくね。あなたたちに蔵記様の夢の祝福がありますように」

 彼女・・・岬さんもここに居るんだろうか?
 それにここにも「蔵記様」の信仰があるんだ。

 あれから何人もの住民とすれ違って、珍し気な視線を向けられたけど、それだけだった。
「今の所、ここの人は私たちに敵意はないみたい」
「油断は禁物ですよ」
 いや、むしろビビりまくってるよ。考えてることがわからない相手が一番怖いんだから。
「游理さん。さっきあいつが言ってたこと、憶えてます?」
 あいつ。沈船鱗。
「えっと免疫がどうとか」
 雨の中、あんな状況だったから全部聞き取れたか怪しいけど。
「それを信じるなら、抗体とか白血球とか、そういうものがわたしたちばい菌を駆除する為に出張ってくるはずなので」
「ばい菌って」
 確かにそうだけど。他に言いようはなかったのか。
「・・・でも、どう見てもここは体の中じゃない」

 様々な人や家屋の集合。
 共同体。
 村。

「村の中に新しく村を作るなんて、あの人神フェチな上に村作りフェチなんですかね」
「何そのフェチズム」変な言葉を作り出さないでよ、ややこしい。
「まあ、村だろうが街だろうが好きに作ればいいですけど、村を壊すのはなしでしょう」
 それはそう。
「じゃあ宇羅。さっさと沈船鱗を見つけてしまおうか」
 普通に考えて、わざわざ外と同じ場所に自分の弱点を置く訳ないけど。
「いえ、再現に拘るなら、あの神体は祠の中に設置されています」
 拘り、執着。怨嗟怨霊はその極地。
 ・・・同じ幽霊屋敷だし、通じ合うものがあるんだろうか。
「こんな風にマトリョーシカ村を作る変人と同一視しないで下さい」
 マトリョーシカ。入れ子構造。村を割ったら、その中にも村・・・村を割るって何だよ。
「それだと、ここの沈船邸が動き出したら、その中にも村が作られるってこと?」
「あながちないとは言い切れません」
 ・・・冗談だったのに。
「折角教えてもらったとはいえ、岬さんに会いに行く余裕はないですね」
「まあ、この村の村長が彼女とは限らないけど・・・今さらだけど、ここってどういう場所なんだろ」
 こうしてると外と見分けがつかないくらい似てる。住んでる人は違うみたいだけど。
「さあ。沈船鱗の理想なんじゃないですか」
「いちいちひとりひとりの理想像を設定してるんだ」
 それは、何て言うか、嫌だな。

「何の不都合がある。これがあるべき村。最良である」
 沈船鱗は断言した。
 祠は外と同じうす暗い林の中にあった。その外見も変わりない。
 だけど鱗は違う。
 外の世界で、幾人もの村人を吸収したぶよぶよの肉塊だった彼は、ここでは完全に人間の身体で祠の前に立っていた。
「私は村の全ての民を敬虔でより良い信徒とする使命がある」
 壮年のがっしりした筋肉質の男は良く通る声で言い切る。年齢的には沈船村を拓いた頃?
「何であなたがそんな判断をするんですか」
「無論、私が最も蔵記様の御心に適うからだ」
 一切の衒いなく、自明のことのような口調で沈船鱗は断じた。
「・・・今のでわかったでしょう、游理さん」
「ああ、この人会話が成立しない」
 どんなに人間らしい姿でハッキリ言葉を話していても、本質的にグギュグギュ鳴き声をあげる肉塊と変わりない。
 この人の目には他人が映っていない。自分以外の価値観が存在することが想像出来ない。
 この村は確かにこの村長の理想像。内に閉じて全く外を必要としない世界。
「それの何が悪い? 宗教も社会も、根本的にはそういうものだろう」

「あなたのその独善が、周りに迷惑を掛けてるんですよ」
 あの取り込まれた家族やらがどうして取り込まれたのか。
 鱗と話したことで、大体は想像出来るようになった。
 あの人たちは無理矢理吸収されたんじゃない。自分からあの状態になったんだ。ある者は家族を喜んで捧げたのかも。
 彼とひとつとなり、価値観を委ね正しい信仰に帰依する。怨霊が溢れ出る世で、それはきっと安息に満ちたこと。
 多分その誘惑に抗える人間は少ない、だから。
「確実に言えるのは、あなたの信仰、在り方は落とし穴だってことです」
 一度落ちれば思考放棄して見も心も人でなくなる罠。
「岬さんもイカれてましたが、あなたの迷惑度は彼女以上です」
「ならどうする」
 風が吹き、木々が揺れる。
 外とは比べ物にならない程の濃密な気配。化外の息遣いが辺りに満ちる。
 当然だ。ここは現実の世界じゃない。幽霊屋敷「沈船」の体内。全てがその器官なのだから。
 その圧に負けないように前を見据えて、私は口を開く。
「決まってる。祓い師として、『裏内屋敷』の心臓役として、ここであなたの妄念と狂信を終わらせる」
 宇羅の再生はどれくらい終わってるだろう。
「問題ありません。あなたが傍にいてくれたおかげで、十二分に戦えます。それに何より」

 珍しく游理さんがかっこいい所を見せたんですから、そのノリに付き合うのは相棒の義務です。

 ノリって・・・ノリか~まあいいや。

「そんな訳で、さっさと祓われて下さい。ご老体」

「やってみせろ、小娘」

 空間が曲がる。
 世界が歪む。
 怨嗟、妄執、負の感情が波動となって、津波のように四方から押し寄せるのを肌で感じた。
 次の瞬間、波が直撃する。

 キィィィン。
 頭が割れるように痛いっ・・・・!

「う、宇羅・・・」
「游理さん、こんなのコケ脅しです。気をしっかり持って!」
 鉄材を手に構えて宇羅が言う。
「わかった・・・」っつ・・・何とか呪符とか出しておかないと・・・
「遅いな」

 トンッ。
 離れた位置に立った鱗が、地面を蹴った。
 その跳躍で、一気にこちらとの距離を縮める。
 って人間離れしてるでしょ、このジャンプ!
「『北壁』!」
 相手の手刀が届く寸前に、宇羅の出した壁が私を守った。
「いねや!!」
 変な掛け声と共に鉄のバールを振り下ろす。撲殺志向の人外少女、それが宇羅。
「お前は軽い」
 鱗は片手でそれを難なく防御する。いや、本命はそれじゃない。

「いつでも潰せるように、取り出しやすい所にこれを置いておいて良かった」

 宇羅の身体から出現した鉄の塊が、防御の上から鱗に直撃した。
「・・・っつ! この程度で」
 さすがに一瞬怯んだ。でもそれだけ。
 ここは鱗の領地。身体能力もその恩恵を完全に受けて強化されるってことなのか。それくらいデタラメな強度の彼の肉体に今さら鉄をぶつけても無駄なの・・・?
「いえ、まだ終わってませんから」
 宇羅がぶつけたのは冷蔵庫だった。そしてその扉がひとりでに開く。

 冷気が溢れ出した。
 どう考えても家電製品から出るものじゃない程の冷風が吹き荒れる。温度も異常に低く、その場がすぐに冷凍庫の中のように冷えていく。
「がぁ!?」
 まともに風を浴びた箇所から、沈船鱗の身体が凍っていく。
「あ~良かった。あんないかにもって感じのスライムだったから、燃やすか凍らせるかの二択でしたけど」
 氷で正解だったようですね。
 人間にしか見えなかった鱗の身体の表面がひび割れて、その割れ目からは例の軟体が覗いていた。それも今は軟体ではなく凍り付いている。
「・・・・・・・」
 意識を失った鱗は、もう完全に氷像となり動かなくなった。

「ええ・・・・」
 絶対あれは冷蔵庫じゃない。

「あ。そうだ游理さん。これ一応返しておきますね」
 宇羅はそう言って私にスマホを渡してきた。そう言えば行きのバスの騒動で、この中にしまってたんだった、忘れてた・・・
「壊れてないですよ…たぶん」
「・・・・・・その言葉信じるからね」
 宇羅の冷蔵庫はマジカル冷蔵庫。温度の調節も出来るはず。だから多分大丈夫、そう信じよう・・・
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