幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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沈船村楽園神殿

破壊と崩落

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 沈船鱗は凍り付いてる。
「・・・わたしの後ろに居てください」
 武器を構えなおす宇羅。この状態でまだ鱗が人を操る力を持っているとは信じられないけど。一応警戒する。
 でもこれはさすがに・・・
「ねえ、もう彼は心臓として機能してないんじゃない」
 生死がどうこうはこの場合ナンセンスだけど、さすがにこの状態ならもう修復は不可能だろう。
「ええ・・・ですがまだ完全に壊せていません」
 鉄筋を取り出しながら、宇羅はそう言った。
「だからこれで砕いて、沈船屋敷を完全に終わらせます」
 武器を振りかぶって。
「あなたの狂信はここが終点です。さようなら、沈船の心臓、沈船鱗」
 妄執の塊が砕こうとした時。

 ガシュン!!

 辺りに轟音が響いた。
「何、宇羅!?」
「村の方、さっきわたしたちが通った所からです!」
 外と同じ村、その建物を吹き飛ばし、何かが暴れまわっている。
 目についたものを根こそぎ消し去り平らにしたい。破壊したい。ただそれだけを考え刃と拳を振るう。
 その苛烈な意思を感じ、私は咄嗟に選択を迫られる。
 沈船鱗はもう制圧した。でもまだ生きている。今から宇羅が叩いて潰したとして、どれ程攻撃すればこの「沈船」の心臓は壊れるんだ。
 外で戦った軟体生物すら再生能力があった。きっと細切れにしても動く。
 完全に機能停止に追い込み、この幽霊屋敷を破壊するのと、向こうで破壊を続けるものが、私と宇羅に追いつくのとどちらが早いか。
 そのふたつを秤にかけ、ここで優先すべきものを選び決断する。

「・・・・ここは後回しにしよう、行かないと」

 たぶんあれから逃げたり、待ちの姿勢、受け身でいたら負ける。
 こちらから仕掛けないと駄目だ。
「・・・了解。しばらくは動けないはずですが、一応縛っておきます」
 宇羅はいつの間にか手に持った縄、いや鎖を沈船鱗の氷像に巻き付ける。
「そんなものまであるんだ」
「5次元屋敷です」
 ネタなのかマジなのか判断に困る返しだな!

「あああああああ!!」
 破壊があった。
 建物も道も電柱も車も。目についた全てを斬って殴って破壊し続ける。
 それ程狂的な情熱で園村砂は攻撃をしていた。
「・・・・っつ!」
 予感はあった。
 今ここで出てくるのは、彼以外に考えられないから。
 だけどどうしてだ。園村砂。かれは沈船鱗に操られていたはずなのに。

 どう見てもこれは沈船の内部空間、幽霊屋敷をひたすら破壊しているようにしか見えない!

 この場の全てを手にかけ、壊す。
 もちろん村人を模したものだって・・・・

 3人、4人。
 惨たらしい屍だった。斬られ殴られた人型が辺りに転がっていた。
「・・・・游理さん」
 意識するな。
 あの学園と同じなんだ。
 あれはただの肉塊。幻。幽霊屋敷が見せる幻影だ。
 だから元から生きてるものじゃ・・・・・
「あっ・・・・・」
「え」
 声がした方を見ると、そこには先ほど会話したお婆さんが腰を抜かしていた。
 物陰に隠れていた彼女に気付くと園村はそこへ走り出した。
「ひぃ!」
 目の前に立つと、そのまま彼女へ刀を振りかざす。肉塊から出た灰色の液体まみれの刃が届く寸前。

「ドチェスト!」
 宇羅が滑り込んでそれを傘で受け止めた。

「逃げて!」
「あ、ええ」
「早くっ!」
 私の叫び声に、お婆さんは向こうの方に走っていく。他にも何人か隠れていた村人が、宇羅の足止めの隙に逃げ出せたみたい。
 よかった・・・
 何やってんだろ。ここは全て幻なのに。
 それを守る為同じ会社の人間と宇羅を戦わせている。どう考えても不合理な判断。
「今さら何言ってんです! 游理さん、あなたの判断がぶっ飛んで、論理を無視してるのはいつものことですよ!」
「それ、褒めてんの!?」
 宇羅の中で私ってどんな人間なんだよ。
「まあ、わたしも、さすがにここで傍観するのは目覚めが悪すぎるんで」
 傘を力任せに振り回し、園村さんの刀を弾きながら宇羅が言う。
 そして目に踏み出し、相手が次の手を打つ前に傘を突き出し、そして。
「無理矢理にでも、正気に戻ってもらいますよ園村さん」
 問答無用で頭を殴った。

 ・・・大丈夫かあれ。ものすごい音がした。

 その心配に反して、園村さんは膝をついただけで倒れない。この人もタフだな。

「庚・・・裏内・・・」

 その時、初めて彼の口から私たちの名前が漏れた。
「園村さん、大丈夫ですか。私たちのことがわかりますか?」
 声を掛けてみる。その場に蹲って、さっきみたいに襲い掛かってこない、ならもう正気に戻ってる?
「ここの心臓、沈船鱗は私たちが無力化しました」
「それが教団の頭か」
 よし、普通に会話が続いてる。
「ええ、沈船鱗。『蔵記様』という神を崇める教団と、ここの村を作った人間で今回の黒幕です」
「そうか。わかった」
 頷いて彼は立ち上がった。

「なら、さっさと全て壊して、信仰を終わらせよう」
 それだけ言って破壊を再開した。
 刀と体術に加えて呪符までも構え、投げる。
「游理さん、退いて! そっちを狙ってる!」
「・・・・っ!」
 虚を突かれ、一瞬止まった私に、無慈悲に徹底的な攻撃が襲い掛かる。
 どうする、躱す・・・駄目、間に合わない。
 呪符の弾が多すぎる。こんな攻撃怨霊の類ならあり得ないから、対処が遅れた・・・!
 そんな風に何処か冷静に考えながら、私は無様に硬直する。

 あ、これは死んだ。
 同僚にやられるなんて・・・嫌だなあ。

「『崩落の光景』」
 横に向かって崩れた建物が、空中の呪符を飲み込み、私を守った。
「大丈夫ですか?」
 瓦礫の向こうから見知った声がした。
「岬さん?」
「はい、私が皆さんの村長の沈船岬です」
 外と同じように上品な口調で彼女は答えた。

「『崩落の固定』」
 刀で斬りかかる園村さんに向かって瓦礫が殺到する。村の建物、コンクリートと石と鉄、全てが岬さんの意のままに操作されてる。
「游理さん、大丈夫ですか」
「うん・・・宇羅これって」
「白血球の例え、憶えていますか?」
 沈船屋敷という生物。その体内に侵入してきた外敵を排除する機構。
「自分の血を引く村長の彼女なら、うってつけでしょうね」
 沈船鱗が幽霊屋敷「沈船」の心臓なら、沈船岬は抗体。鱗が機能停止状態の今、彼女がこの村の支配者だろう。
「まあ、外に居る本物もこの場面じゃ村の人を守ると思うけど」
 歪んだ形であっても岬さんがこの村を愛しているのは間違いないし?
 そんなことを考えている間に、園村さんはいよいよ追い詰められていた。
 呪符も拳も刀も、村そのものが牙をむいて圧殺しようとしている今は役に立たない。物量が違う。
 ・・・園村さん、何でこんなことを。
 ある程度落ち着くと冷静に思考する余裕が戻る。
 最初、外で岬さんを襲ったのは鱗に操られた結果だと思っていた。
 でもそれだったらここを無差別に壊す意味がない。
 鱗を失って暴走してる? でも抗体の岬さんは今も村を守ってるし。だったら・・・

 そもそも、沈船鱗は本当に園村砂の精神に干渉していたんだろうか。
 もし彼が初めから、鱗とは無関係に暴走していたとしたら。
 園村砂。異界の神を殺すことだけを考える祓い師。
 理由なんて考えたことがない。それ程まで私は周りの人間に無関心過ぎた。

 宇羅に出会うまでは。

「・・・・・・こんなことであいつに感謝するのも何か癪だな」
 だから考えて、向き合おう。

「園村さん、もういいでしょう」
 瓦礫に埋まった彼に、そう言った。

「もうこの幽霊屋敷は終わりです。あなたがこれ以上壊して手を汚す必要なんてない」

「関係ない」

 刃が放たれ、沈船岬の胸を貫いた。

「・・・・え?」
 外と同じ光景。違うのは。

「あ・・・・・」
 まずい、深い。ここでの彼女は異能を使っていた、なら身体の強度は人間以上。でもそれを考慮しても明らかに限りなく致命傷。
「***以外の神、それを信じる者は全てノイズ」
 冷静に冷酷に。拘束が弱まった瓦礫の中から這い出てきた園村砂。何処までも正気のように言葉が続く。
「汚染だ。なら除去するのが当然だろう」


 異界の神、外なる神など、神と呼ばれる存在は、自己の法を持つ。神に祈る者が作り上げたこの空間にも、「蔵記様」の法は満ちている。

 園村砂が信じる神の法はただひとつ。
「園村砂の信じる神以外を認めない」
 それを注入することで、相手の存在基盤を消す。
 これが彼の神殺しの手法。
 本来このような理屈が成立するはずがない。
 神へ帰依する者が増える程、この世界でその神の力は増大する。
 砂の法の場合、***の信者の増加はかえって法を曖昧なものにする。
 他の信者が信じる神と、砂のそれとでズレが生まれ「園村砂の信じる神」がはっきり定義されなくなり意味を持たなくなる。

 それに対する園村砂の解決策はシンプルなものだった。

 雑音、神の姿を惑わせるものなど、全て消せばいい。

 この世に神は園村砂が信じる***のみ。
 この世で***を信じる者は園村砂のみ。
 一対一の限りなく純粋な信仰こそが彼にとっての理想なのだから。

「あなた・・・まさか初めから」
 
 空間を塗り替える程の狂的な思念に、私も遅まきながら理解した。
 あるいは初めからわかっていたのに、無意識に目をそらしていたのかもしれない。

「ああ。園村砂は***の為全ての敵を駆除する。その目的にブレなど生じない」

 沈船鱗による精神干渉。そんなものはなかった。
 何処までも正気に。私や宇羅と職場で過ごしたあのままの思考と人格で、園村砂はこの大破壊を実行していた。
 岬さんを傷つけ、今もうひとりの彼女の命を奪おうとしている。

「所長、あの人は園村さんを心配してたのに」
「悪かったと思っている」
「悪かったって・・・わかってるんですか。私たちが来たのもあなたを探す為で」
「この村で僕がすることを教える訳にはいかなかった。キミたちが来る前に終わらせられたら良かったのに。
 庚游理や裏内宇羅とは戦いたくない。心の底から園村砂はそう思っていた。
 それでも彼は躊躇わない。
「僕のしようとしていることがバレたら、きっと邪魔されるとは思っていたけど。邪魔をするなら排除しないと」
 それがわかってるなら、何で止めなかったんだ。
「何故? ***以外の神もその信徒も、全て消しさる。生まれた時からそれのみを行ってきた僕にそんな無意味な質問をするな」

 何処までも誠実に。自身の信仰と神に向き合い続けた男。
 生まれた時からひたすら信じる神の為に何が出来るのか自己に問い続けた信者はそう言って、確固たる殺意と排除の意思を私と宇羅に向けた。


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