2 / 20
第1話 ティア
しおりを挟む
「……ん」
小鳥のさえずりで目が覚めた。
礼拝堂のベンチで寝転がっていた体を起こし、目をこする。
すると、ぽろ、と自分の瞳から涙がこぼれ落ちた。
……なんだか、ずいぶんと懐かしい夢を見たような気がする。
それで泣いたのだろうか。
……いや、これはきっと、あくびのせいだ。きっとそう。
ぷるぷると首をふる。伸びっぱなしになった白金色の髪が、さら、と揺れた。
今にも崩れ落ちてきそうな教会の天井から漏れる木漏れ日は、すっかり朝の匂いを漂わせていた。どうやら寝坊してしまったようだ。
「……そんなこといっても、誰にも迷惑なんてかけていないけれど」
ぽつりと呟いて、立ち上がる。
創世の女神の物語が記されたステンドグラスは、ほとんどが割れ、小鳥たちがちゅんちゅんと出たり入ったりを繰り返していた。
礼拝堂は半壊し、綺麗な青い空をのぞかせている。ここは森に囲まれているため、木々や草にもう半分ほど飲み込まれそうになっていた。
私はそんな様子をぼうっと見ながら、本体の突き刺さった台座まで大きな瓦礫を避けて移動し、そこに膝まずいて祈りを捧げた。
「……天にまします我らが女神よ。我らが聖剣の父、グランドストームよ。今日この日も、誰にも見つからずに、静かに終えられますように」
白石の台座に深々と突き刺さった聖剣が、私の切実な願いに反応するかのように、きらりと輝いた。
──私は聖剣の意思、聖剣の生み出した幻影だ。
二百年も生きていると、人間と同じような感情が生まれ、神の力で人間の姿をとることができるようになった。ありがたいことだ。
しかしこの姿は本体からそう遠くまで離れることができない。人間から見れば、剣の精霊、といったところだろうか。
言わなくてもわかると思うが、聖剣ティア。それが私の名だ。光の聖剣とも呼ばれている。
私はこの静かな森の奥にある朽ち果てた礼拝堂で、ひっそりと毎日を過ごしている。
人間たちに見つからないように。
なぜかって?
そんなの、決まってる。
──二度と人に使われたくないからだ。
こんな物騒なご時世に、「聖剣」としてやっていこうなんて、バカが過ぎる。
人々は醜く争い、無意味な殺し合いをし、屍ばかりを生み出している。
グランドストームは、お父様はこんな醜い世の中を守るために私を産んだんじゃない。
二百年も生きたら、聖剣だってそりゃあ、いろんな経験をして、人格も変わってしまう。言汚い言葉だってたくさん覚える。
熱い高炉の中で生まれた、純粋な私はもういない。
誰に文句を言われても、変わってしまったのだから仕方ないだろう。
何が正義だ。
お父様のバカ。
はやく私を、壊してよ。
ガラクタにしてよ。
私の意思は、とうに折れた。
だから誰もこないこの森の奥の礼拝堂で、ひっそりと暮らしているのだ。誰にも見つからず、朽ち果てるために。
のんびり暮らすのも、いいことだ。かつて私は幾人かの使い手の元にあったが、お父様の工房を除けば、ここが一番居心地がいい。
さわ、と風が吹く。
木漏れ日が、台座に突き刺さった聖剣を照らす。
聖剣の寿命って、どんなものなのだろう。
そんなことを思いながら、ぼうっと台座に座っていると、礼拝堂の入り口から、甲高い子供の声が聞こえてきた。
「こっちこっち、見て、このぼろっちい剣!」
誰がぼろっちい剣だ。
声のした方を見れば、子供が数人、こちらに走ってくるのが見えた。
私はふっと本体の中に戻った。
精霊の姿は誰にでも見える。見つかったら厄介だ。
ときどきいるのだ。この森にやってくる、流浪の民たちが。
戦乱の世に追われて、居場所を無くした人たち。
しかしこの森には、瘴気と言われる、人の怒りや憎しみから生まれた恨みの力が蔓延している。だから長くは住むことができない。そのせいでここにいる動物たちも、魔獣と呼ばれる、無作為に人間を襲う生き物になってしまうことが多い。
この一画だけ清い空気に満ち溢れているのは、私の浄化の力のおかげだろう。浄化しているつもりなどないが、勝手に力が溢れてしまっているらしい。
たまに人は来るが、しかしここには長らくは住めないと分かると、流浪の民たちはいつしか立ち去っていく。
だから今まで、私のそばに長くいたものはいない。
「へえ、本当だ。ユナの言ったとおりだ」
「この台座の下に、ブレードの部分が埋まってるんだ」
「抜けるかな?」
「引っ張ってみようよ」
そう言って、子どもたちは一斉に私の柄に手をかける。
しかしいくら引っ張っても、私は抜けない。
当たり前だ。私は私が選んだ相手にしか、もうこの剣を渡すことはないのだから。
心優しく、親切な魔導師に、魔法をかけてもらったのだ。この台座に在る限り、私は己の意思か、この魔法を破るほどの力を持つ者が現れぬ限り、永遠にこの場にとどまり続けることができる。
「全然抜けない!」
「なんだこれ、ボロのくせに!」
子どもたちは悪態をついた。なんとしてでも私を抜こうとする。そしてびくともしないとわかると、ぽんぽんと私の体を蹴ってきた。
──まったく、なんてことを。
私は一つ呼吸をすると、すっと本体から抜け出した。
小鳥のさえずりで目が覚めた。
礼拝堂のベンチで寝転がっていた体を起こし、目をこする。
すると、ぽろ、と自分の瞳から涙がこぼれ落ちた。
……なんだか、ずいぶんと懐かしい夢を見たような気がする。
それで泣いたのだろうか。
……いや、これはきっと、あくびのせいだ。きっとそう。
ぷるぷると首をふる。伸びっぱなしになった白金色の髪が、さら、と揺れた。
今にも崩れ落ちてきそうな教会の天井から漏れる木漏れ日は、すっかり朝の匂いを漂わせていた。どうやら寝坊してしまったようだ。
「……そんなこといっても、誰にも迷惑なんてかけていないけれど」
ぽつりと呟いて、立ち上がる。
創世の女神の物語が記されたステンドグラスは、ほとんどが割れ、小鳥たちがちゅんちゅんと出たり入ったりを繰り返していた。
礼拝堂は半壊し、綺麗な青い空をのぞかせている。ここは森に囲まれているため、木々や草にもう半分ほど飲み込まれそうになっていた。
私はそんな様子をぼうっと見ながら、本体の突き刺さった台座まで大きな瓦礫を避けて移動し、そこに膝まずいて祈りを捧げた。
「……天にまします我らが女神よ。我らが聖剣の父、グランドストームよ。今日この日も、誰にも見つからずに、静かに終えられますように」
白石の台座に深々と突き刺さった聖剣が、私の切実な願いに反応するかのように、きらりと輝いた。
──私は聖剣の意思、聖剣の生み出した幻影だ。
二百年も生きていると、人間と同じような感情が生まれ、神の力で人間の姿をとることができるようになった。ありがたいことだ。
しかしこの姿は本体からそう遠くまで離れることができない。人間から見れば、剣の精霊、といったところだろうか。
言わなくてもわかると思うが、聖剣ティア。それが私の名だ。光の聖剣とも呼ばれている。
私はこの静かな森の奥にある朽ち果てた礼拝堂で、ひっそりと毎日を過ごしている。
人間たちに見つからないように。
なぜかって?
そんなの、決まってる。
──二度と人に使われたくないからだ。
こんな物騒なご時世に、「聖剣」としてやっていこうなんて、バカが過ぎる。
人々は醜く争い、無意味な殺し合いをし、屍ばかりを生み出している。
グランドストームは、お父様はこんな醜い世の中を守るために私を産んだんじゃない。
二百年も生きたら、聖剣だってそりゃあ、いろんな経験をして、人格も変わってしまう。言汚い言葉だってたくさん覚える。
熱い高炉の中で生まれた、純粋な私はもういない。
誰に文句を言われても、変わってしまったのだから仕方ないだろう。
何が正義だ。
お父様のバカ。
はやく私を、壊してよ。
ガラクタにしてよ。
私の意思は、とうに折れた。
だから誰もこないこの森の奥の礼拝堂で、ひっそりと暮らしているのだ。誰にも見つからず、朽ち果てるために。
のんびり暮らすのも、いいことだ。かつて私は幾人かの使い手の元にあったが、お父様の工房を除けば、ここが一番居心地がいい。
さわ、と風が吹く。
木漏れ日が、台座に突き刺さった聖剣を照らす。
聖剣の寿命って、どんなものなのだろう。
そんなことを思いながら、ぼうっと台座に座っていると、礼拝堂の入り口から、甲高い子供の声が聞こえてきた。
「こっちこっち、見て、このぼろっちい剣!」
誰がぼろっちい剣だ。
声のした方を見れば、子供が数人、こちらに走ってくるのが見えた。
私はふっと本体の中に戻った。
精霊の姿は誰にでも見える。見つかったら厄介だ。
ときどきいるのだ。この森にやってくる、流浪の民たちが。
戦乱の世に追われて、居場所を無くした人たち。
しかしこの森には、瘴気と言われる、人の怒りや憎しみから生まれた恨みの力が蔓延している。だから長くは住むことができない。そのせいでここにいる動物たちも、魔獣と呼ばれる、無作為に人間を襲う生き物になってしまうことが多い。
この一画だけ清い空気に満ち溢れているのは、私の浄化の力のおかげだろう。浄化しているつもりなどないが、勝手に力が溢れてしまっているらしい。
たまに人は来るが、しかしここには長らくは住めないと分かると、流浪の民たちはいつしか立ち去っていく。
だから今まで、私のそばに長くいたものはいない。
「へえ、本当だ。ユナの言ったとおりだ」
「この台座の下に、ブレードの部分が埋まってるんだ」
「抜けるかな?」
「引っ張ってみようよ」
そう言って、子どもたちは一斉に私の柄に手をかける。
しかしいくら引っ張っても、私は抜けない。
当たり前だ。私は私が選んだ相手にしか、もうこの剣を渡すことはないのだから。
心優しく、親切な魔導師に、魔法をかけてもらったのだ。この台座に在る限り、私は己の意思か、この魔法を破るほどの力を持つ者が現れぬ限り、永遠にこの場にとどまり続けることができる。
「全然抜けない!」
「なんだこれ、ボロのくせに!」
子どもたちは悪態をついた。なんとしてでも私を抜こうとする。そしてびくともしないとわかると、ぽんぽんと私の体を蹴ってきた。
──まったく、なんてことを。
私は一つ呼吸をすると、すっと本体から抜け出した。
0
あなたにおすすめの小説
《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!
皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!
やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~
小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。
そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。
幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。
そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――?
「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。
精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。
人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。
それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。
嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。
二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。
するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる