浅葱優よろず事務所

天汐香弓

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彼方の微笑み

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優と玲王は、とある村から依頼を受け、山奥にあるその村を訪れていた。村の中心にある古い井戸から奇妙な声が聞こえ、それ以来、村人たちが次々と体調を崩しているという。
「本当にこんなところに井戸なんてあるの？」
優がため息混じりに呟く。玲王が霊の気配を探りながら答えた。
『あるな。しかもただの井戸じゃない。……強い怨念が漂ってる』
朝から電車を乗り継ぎ村に到着した頃は夜になっていた。
「どうぞこちらに……」
村人たちに案内される形で井戸に向かうことになった。だが、井戸が近づくにつれ、優は村人たちの視線がどこかおかしいことに気づいた。
「……なんか妙だ。目が、普通じゃない」
村人たちの目は虚ろで、まるで優を値踏みするかのようにじっと見つめている。やがて井戸の前にたどり着くと、突然村人たちが優の背後に回り込んだ。
「やっぱり、この子だ……この子ならお井戸様もお怒りを静めてくださるだろう」
「申し訳ないが、君には村のために犠牲になってもらう」
その瞬間、数人の男たちが優を取り押さえた。
「は、なせ……っ！」
まるで最初からそうするつもりだったように井戸の周囲に置かれていた縄で優が縛られる。
『優！おい、お前たち何をするつもりだ！』
玲王が叫ぶが、村人たちには霊である彼の声は届かない。
優は必死に抵抗するが、村人たちの力は強く、身動きが取れなくなってしまった。
その時、井戸の中から低く湿った声が響く。
『……誰だ……俺を呼び覚ましたのは……』
井戸の縁に立つ村人たちが、一斉に優を覗き込ませる。そこには、ぼんやりとした黒い影のようなものが渦巻いていた。
『……美しい、それに強い気だ……ククク、可愛がってそれからゆっくり霊力を奪ってやろう……』
男の霊の声が冷たく響き、優の体に黒いリボンが伸びて絡みつき、井戸から男の霊が登ってくる。
村人たちは優を押さえつけ、井戸へ落とそうとしていた。
「くっ……！」
『くそっ！優、俺が――』
玲王が飛びかかろうとするが、相手は人間。霊である玲王にはどうすることも出来ず、優に絡みつくリボンを切り裂くことしかできなかった。
「このままじゃ……！」
優が焦りで声を震わせたその時、遠くから甲高いエンジン音が響いた。

突如現れたのは、月に照らされた輝くような白いフェラーリだった。
その車は村の広場に滑り込むように停まり、扉が開いた。
降り立ったのは、長い銀髪をなびかせた白いスーツの男。まるで舞台に立つ俳優のような堂々とした佇まいだ。
「おいおい、随分と手荒いな」
男は優を一瞥すると、ニヤリと笑った。
「誰だお前！」
村人の一人が叫ぶが、銀髪の男は構わず歩み寄る。
「小迎彼方。霊能力者さ。さあ、その子を放してもらおうか」
彼は懐から札を取り出すと、それを村人たちに向かって投げつけた。すると、村人たちは一斉に足を止め、目を見開いた。
「……あれ？私は……何を……？」
村人たちは困惑した表情を浮かべ、手を離す。
「お前たちは操られてただけだ。この子を邪険にするどこかの霊能者にな」
彼方が優を抱き上げ井戸から離れると、井戸の中から黒い影が唸り声を上げた。

『……貴様、オレの獲物を……！返せ……！クソ野郎！』
井戸から現れた黒い霊が彼方に向かって唸る。だが彼方は動じることなく、余裕の笑みを浮かべていた。
「俺は彼のファンの霊能力者だ。そして、こんなところで暴れる霊を放っておく主義じゃない」
彼方は再び札を取り出し、軽やかに投げつける。それが井戸の中に吸い込まれると、霊は激しくうめき声を上げた。
「破霊！」
彼方が印を切り叫ぶとやがて静かに消えていった。
「さ、これで一件落着だ」
彼方は優の元に歩み寄ると、拘束を解きながらウインクしてみせる。
「浅葱優君だよね？僕は小迎彼方、君のファンで同業者だ。同業者として仲良くしてくれると嬉しいな」
差し出された手を握ると、彼方は目を細めて微笑んだ。

抱きあげられ、白いフェラーリに乗せられた優は困惑した顔で彼方を見る。
だが彼方は機嫌よくアクセルを踏むと車をスタートさせた。
『おい！お前どうしてあの井戸に来た！』
噛みつく玲王に、彼方が肩を竦めた。
「嫌な予感がしたからね。僕だって優君のことはずっと見ていたから」
クスッと笑いながら彼方は玲王ではなく優に視線を向けた。
明け方、優は事務所の前で車から降ろされた。
道中、彼方は終始気さくに話しかけてきたが、優はどこか落ち着かない気持ちだった。
「じゃあ、何かあってもなくても連絡してね」
事務所の前で車から降りた優に、彼方が名刺を渡してくる。
「……ありがとう。でも、俺は自分でどうにかするから」
優は礼を言いつつも、どこか距離を取るように答えた。

フェラーリが去った後、玲王がぼそりと呟いた。
『あいつ、気に入らねぇな。』
「珍しいな。霊能力者に対して、玲王がそんなこと言うなんて」
『あいつ、妙な余裕が鼻につく』
玲王の苛立ちに、優は少し笑いながら肩をすくめた。
「玲王、学校まで少し寝ようか」
昇りはじめた朝日に背を向け、優は小さく欠伸をした。

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