優しい鎮魂

天汐香弓

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仲間

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いろんな事があって、俺には一郎さんや秋月さんのようにいい人に恵まれていたし、学生時代も友人には恵まれていたことをしみじみと感じていた。
「さて」
車が山道を走っていく。
「ここはちょっと道が悪いな」
がたがたと車が揺れる中、山道を登っていく。
「もうすっかり冬だな。そろそろタイヤの履き替えも必要かな」
「タイヤのはきかえ?」
「スノータイヤってヤツだな。平地はいいけど山は雪が来るからな。雪道を走るタイヤだよ」
タイヤにも種類があるのかと感心していると『わぁぁん』と悲鳴のような子どもの声が聞こえた。
「なんか大きな声がする」
「は……?」
「あ、あそこだ!」
少し先の道の脇にうずくまる子どもが見えて指差すと、車を脇に停めてくれた。
「大丈夫?」
頭を抱えて泣き叫んでいる子どもにそっと近づくと、前に回って腰を下ろした。
『うぁぁん、ママ……ママ……』
「お母さんとはぐれたの?」
男の子が顔を上げて俺を見た。
『ママ、どこ……』
「お名前は?どうしてここにいるか覚えてる?」
『名前……?名前ってなに?』
「えっとね。ママが僕を呼んでくれるものだよ」
『オマエ』
「オマエって名前?」
『うん、ママはいつも僕をそう呼んでる』
珍しい名前だなと思いながら俺は続けて話しかけた。
「ママとふたりで来たの?」
『ううん、スキピとかダーリンとか言ってる人と』
「すきぴ?だーりん?」
子ども話していることが要領を得なくて困っていると、「ああもう」と言って秋月さんが俺の横にしゃがんだ。
「力使え、俺と話させろ」
「う、うん」
子どもを抱き上げると秋月さんが「五歳ぐらいか」と言った。

くるくるとした目のした男の子に秋月さんが優しそうな笑顔を向けた。
「ママとママの好きピとここに来たのか?」
『うん』
男の子が道路脇から落ちる崖下を指差した。
「名前は?」
『お前』
「もしかして、名前ないのか?ここに来る前、小さい時に外に出たことあるか?」
秋月さんの問いかけに子どもが首を横に振った。
「泣いちゃダメとか言われたことは?」
『言われてた』
「やっぱりか……」
秋月さんが小さく唸った。
「どうしたの?」
「多分、無戸籍児だ」
「ムコセキジ?」
「産まれたことを役所に届けられていない。戸籍も住民票もない子どもの可能性が高いってことだ」
秋月さんの口ぶりから、それはどうやら大変なことらしいと言うことだけは分かった。
「この崖下にはママと降りたのか?」
「ううん?スキピが遊んでやるって言って投げて……」
子どもの言葉に秋月さんが頭を抱えた。
「ここまでどうやってあがって来たの?」
『投げられて、そうしたらゴーンってココ痛くなって……だけど次に気づいたら、ここにいたの。でもママいなくて……』
うわぁぁんと泣くその子をあやしていると、秋月さんが大きくため息をついた。
「脳挫傷ってところか……降りるルートを探すぞ」
秋月さんに言われて子どもを抱き上げた。
「一緒に行こう」
『うん』
「もう力使うなよ。見られたら危ないかもしれないからさ」
「あ、そうか」
そう言って手を離すと、子どもが俺を見上げた。
「おてて繋いじゃダメなの?」
「そうだよね。ごめんおいで」
抱き上げると秋月さんが大きくため息をついた。
「ほんとうに、お人好しめ」
しばらく道端をうろうろしていると下に降りる道を見つけて俺たちは降りはじめた。
崖の下は小川になっていて、その脇をしばらく歩く、すると秋月さんが歩くのを止めた。
「どうしたの?」
秋月さんの後ろから覗き込むと、子どもが倒れていた。
「あ……この子……」
「電波は届くな」
そう言って秋月さんが電話をはじめた。
電話を終えた秋月さんが、こちらを振り向いた。
「なあ、オマエ。乗ってきた車はどんな車か覚えてるか?」
『えっとね。この色でこんなの』
そう言って俺のダウンジャケットを引っ張って四角い形を手で作った。
「その前の席に座ったか?」
『ううん。後ろの穴に入るように言われた』
「やっぱりか……」
「どういう意味?」
秋月さんの言葉に俺が首を傾げると一瞬だけ口ごもった。
「オマエの母親は多分、隠れて産んで男に食わせてもらってたんだと思う。だけど、男には邪魔だったんだろうな。途中のカメラに撮られないように後部座席の椅子の隙間に隠してここまで来てオマエを捨てたんだよ」
不思議そうな顔をしている子どもは多分秋月さんの話している言葉の意味が分からないんだと思う。
「まあ、あくまでも俺の予想だけどな」
そう言って秋月さんが頭を掻いた。
「色の名前も言えないし、おそらく年相応の知識を与えられていないんだろうな」
「俺も幼稚園っていうところ行かせてもらえなくて、小学校に入った時はみんなが知ってること知らなくて苦労したもんな」
なんとなく子どもの頃を思い出した。
「まあ、幼稚園は義務じゃないからな。どうせ小学生まで文字も書けない、読めないだろう?」
「うん。でも俺の担任の先生がいい人でさ。昼休みとか放課後に教えてくれて。二年生からは図書室に行くようにして色んな本を読むようになったんだ」
「なるほどな」
俺の話に秋月さんが大きな息を吐いた。
「オマエと新は似てるが、生きてるだけ新はラッキーだな」
「そうだね……」
パトカーの音が聞こえてきて、崖を覗き込む人の姿に秋月さんが手を振った。

骨は警察が持っていき、俺たちは素性を明かして子どもが幽霊だと言うことを伝えたうえで、秋月さんが聞いたことと自分なりの考えを話した。
「幽霊を写真に撮ることは出来ますか?」
「どうなんだろ?」
子どもを抱く俺を撮影しながら警察官が首を傾ける。
「似顔絵描ける人、連れて来てもらえば良かったな」
現場検証をしている中、警察に向かうと調書を取るためにまた部屋に通された。
子どもの霊の泣き声に車を停めてもらって声をかけたこと。ママとスキピと言う人がこの子を道路から放り投げたと話してくれたことなどを話して警察署を後にした。
車に乗り込むと、秋月さんが大きく息を吐いた。
「今のところオマエの年齢の行方不明者はいないらしい」
「そう、なんだ」
「名前がないし、多分出生届が出されていないんだと思う」
そう俺に言った後で秋月さんが子どもの方を向いた。
「あのな、ママはオマエをいらないと捨てたんだ」
「捨てた?」
「だってゴミだってゴミ箱に入れるだろう?ママにとってオマエはゴミだったんだ」
『そんな……』
ぽろぽろと涙を流す子どもが俺を見上げた。
「オマエ君、あのね、オマエって言うのは名前じゃなくて、人間を指す言葉なんだ。だから多分オマエ君にママは名前もつけてくれなかったんだと思う」
俺もいらない子だったけど、この子はもっといらないものにされたのだ。
そう思うと苦しくてたまらなかった。
「でも俺たちはいらない子だって思ってないよ。だから俺と会えたんだろ?」
「そうだな。ママには捨てられたが俺たちはオマエを拾ったんだからな」
『ヒロウ?』
「今、俺たちと一緒にいることだよ。ねえ、オマエだと秋月さんが俺を呼ぶ時の名前なんだ。だから、名前つけていい?」
『うん』
「そうだな。かっこいい名前……そうだ!烈ってどう?」
「お、いいな」
秋月さんが俺の提案に乗っかってくる。
『レツ』
「うん。いいかな?」
『うん』
「俺の名前は新、こっちは秋月さん」
『アラタ、アキヅキサン』
「よし、名前もついたことだし、しばらくは烈を連れて行くか」
朗らかに言って秋月さんが車を発進させた。
多分、烈が区切りをつけられるようなそんなものがないからだと思う。無理矢理成仏させることは出来るけど、それはしたくなかった。
「そうだね。外に出たことないって言ってたし、一緒に外を見ようよ」
旅に新しい仲間が出来た。秋月さんの優しさに感謝していた。
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