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思惑
六十二.寄道の秀吉 其の一
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天正十年六月二十二日 未の刻
早朝、佐和山を出立した信孝・恒興・頼隆らの軍勢は、案の定、長浜には目もくれず通り過ぎ、岐阜へ向かう。秀吉はその後を追うかのように安土を出立し、長浜に立ち寄る。秀吉は官兵衛の乗る御輿の速さに馬を合わせながら、長浜の城に入る。城門を入ったところで秀吉が馬から降りた刹那、おねが飛び出してくる。
「旦那様ぁっ・・・。」
「おねえぇっ・・・、達者じゃったかあぁっ・・・。」
二人は周囲に臆面なく抱き合うと同時に、大声で泣き出す。
「よぉ無事じゃったぁ、ほんにっ、ほんにぃ・・・。」
「もっ、もぅ会えんかと思いましたぁ。うっ、嬉しゅうございますぅ・・・。」
官兵衛も小一郎もなかも、二人のおしどり夫婦ぶりを見てるだけで照れ臭くなり、幾分身体が熱る。
「話は聞いちょるぅっ。伊吹山で怖い思いをしちゃろぅ・・・。」
「長浜を出てしばらくは大変でしたが、伊吹山では案外気楽に過ごしておりました。」
「そっ、そうなんかぁ。」
「あの辺りにはほとんど誰も探しに来ませんでしたから、御母様と皆で村の人の仕事を手伝うておりましたぁ。村の方たちも親切でしたし、何より御母様が畑のことをよぉ御存知で、何やら土のこととか種のこととかを御教えになられてたんですよ。」
「ほんまに気楽じゃのぉ・・・。どこで寝泊まりしとったんじゃぁ。」
「最初は旦那様の仰せつけの通り大吉寺に立ち寄ったのですが、たまたまそこに居られた商いの方が、ここは目立つから明智様の兵が探しに来るかもしれないと申されまして・・・。とはいえ、大雨で橋が流されてこれ以上東へ逃げられないと困っておりましたら、その商いの方が誼の材木問屋の方に話をつけてくださって、その方の材木蔵をお借りしてそこで寝泊まりしておりました。その商いの方というのが、何でもぉ、『せんそうえき』様という御人のお知り合いだとか・・・。」
「『宗易』殿のぉ・・・。宗易殿はわしも何度か会うたことがある。堺の茶人で、大殿のところにも商いで出入りしちょったぁ。そうかぁ、今度礼を云うとかなぁあかんなぁ。」
「ほんとにっ、お世話にな・・・。」
とおねが云いかけたところで、痺れを切らしたなかが遮る。
「おまんらぁっ、えぇ加減にせぇ。いつまでこないな暑い中で喋っとるんじゃあ。」
「おんっ、お母でねぇかぁ・・・。いつから居ったんじゃあ。」
「おめぇっ、親に向かって何を云うとんじゃあ。小一郎なんかすぐさまわしに泣いて抱きついてきたっちゅうに、ほんにおめぇは心配ばかりさせる上に恩知らずなこと吐かしやがってぇ・・・。」
「汚いくそばばぁよりも、可愛い嫁さんに抱きつくんが当たり前じゃろぅ・・・。」
「っかあぁぁ・・・、ただでさえ暑いのに、まだわしらをのぼせ上がらせる気かぁ・・・。」
小一郎が割って入る。
「まぁまぁまぁまぁ。久しぶりの家族の再会じゃ。仲良ぅいこっ・・・。そんで兄さぁっ、いつまでここに居られるんじゃあ。」
「明日のうちに岐阜に着いとかなあかん。人と会う約束をしちょってのぉ。」
「えぇっ、旦那様ぁっ、一晩だけでございますかぁ。」
「すまんのぉっ、ゆっくりしたいんは山々なんじゃが・・・。小一郎と秀勝殿はまだしばらく長浜に居るから、仲良ぅやってくんろ。」
「えっ、わしはともかく秀勝殿も留守番なんかぇ。てっきり清洲へ連れてくと思ぅちょったわぃ。」
「んまぁっ、いろいろ事情があってのぉ。」
と秀吉が云ったところで、突然おねが叫ぶ。
「あぁっ、もしかして岐阜で約束してはるのは、女子ではないでしょうねぇ。」
秀吉は呆れ声になる。
「そんなわけねぇじゃろがぁ。」
「じゃあ、一体どなたなのですか。妻の元には一晩だけで、小一郎さぁも秀勝様も連れんとすぐにここを経つなんてぇっ、あやしゅうございます。」
「おねぇっ、困らさんどいてくれぇ。わしはおね一筋じゃしぃ、それにわしにゃぁ女子遊びなぞしちょる暇はねぇんじゃあ・・・。官兵衛っ、何とか云ってくれぇ。」
退屈気味にしていた官兵衛は、秀吉の突然の振りに少し戸惑う。
「ぁっ、あぁぁっ、確かにぃ・・・、筑前殿はあまりに忙しい故、女子遊びなぞする余裕はないとお見受けします。」
おねは官兵衛をじっと睨む。
「官兵衛殿っ、ほんとはどうなんですぅっ。」
普段は威圧感を醸し出す官兵衛も、おねには弱い。
「んっ、あぁぁっ・・・、正しくは女子に手を出そうとした寸前に大殿の報せが入りましてぇ・・・。」
「かっ、官兵衛っ、余計なこつ言わんでえぇっ。」
慌てる秀吉におねは噛み付く。
「旦那様ぁっ、大殿が大変な刻にぃっ、旦那様というお方はぁぁぁ・・・。」
「いやあぁっ、そないなこつ云われてもぉ・・・。」
言い訳できない秀吉は、その場で草履を脱ぎ捨て城内へ駆け逃げる。おねも『待てぇっ』と叫んで秀吉を追いかける。小一郎となかは微笑むが、呆気となる官兵衛が思わず呟く。
「わしらぁ、何を見せられとるんじゃ・・・。」
早朝、佐和山を出立した信孝・恒興・頼隆らの軍勢は、案の定、長浜には目もくれず通り過ぎ、岐阜へ向かう。秀吉はその後を追うかのように安土を出立し、長浜に立ち寄る。秀吉は官兵衛の乗る御輿の速さに馬を合わせながら、長浜の城に入る。城門を入ったところで秀吉が馬から降りた刹那、おねが飛び出してくる。
「旦那様ぁっ・・・。」
「おねえぇっ・・・、達者じゃったかあぁっ・・・。」
二人は周囲に臆面なく抱き合うと同時に、大声で泣き出す。
「よぉ無事じゃったぁ、ほんにっ、ほんにぃ・・・。」
「もっ、もぅ会えんかと思いましたぁ。うっ、嬉しゅうございますぅ・・・。」
官兵衛も小一郎もなかも、二人のおしどり夫婦ぶりを見てるだけで照れ臭くなり、幾分身体が熱る。
「話は聞いちょるぅっ。伊吹山で怖い思いをしちゃろぅ・・・。」
「長浜を出てしばらくは大変でしたが、伊吹山では案外気楽に過ごしておりました。」
「そっ、そうなんかぁ。」
「あの辺りにはほとんど誰も探しに来ませんでしたから、御母様と皆で村の人の仕事を手伝うておりましたぁ。村の方たちも親切でしたし、何より御母様が畑のことをよぉ御存知で、何やら土のこととか種のこととかを御教えになられてたんですよ。」
「ほんまに気楽じゃのぉ・・・。どこで寝泊まりしとったんじゃぁ。」
「最初は旦那様の仰せつけの通り大吉寺に立ち寄ったのですが、たまたまそこに居られた商いの方が、ここは目立つから明智様の兵が探しに来るかもしれないと申されまして・・・。とはいえ、大雨で橋が流されてこれ以上東へ逃げられないと困っておりましたら、その商いの方が誼の材木問屋の方に話をつけてくださって、その方の材木蔵をお借りしてそこで寝泊まりしておりました。その商いの方というのが、何でもぉ、『せんそうえき』様という御人のお知り合いだとか・・・。」
「『宗易』殿のぉ・・・。宗易殿はわしも何度か会うたことがある。堺の茶人で、大殿のところにも商いで出入りしちょったぁ。そうかぁ、今度礼を云うとかなぁあかんなぁ。」
「ほんとにっ、お世話にな・・・。」
とおねが云いかけたところで、痺れを切らしたなかが遮る。
「おまんらぁっ、えぇ加減にせぇ。いつまでこないな暑い中で喋っとるんじゃあ。」
「おんっ、お母でねぇかぁ・・・。いつから居ったんじゃあ。」
「おめぇっ、親に向かって何を云うとんじゃあ。小一郎なんかすぐさまわしに泣いて抱きついてきたっちゅうに、ほんにおめぇは心配ばかりさせる上に恩知らずなこと吐かしやがってぇ・・・。」
「汚いくそばばぁよりも、可愛い嫁さんに抱きつくんが当たり前じゃろぅ・・・。」
「っかあぁぁ・・・、ただでさえ暑いのに、まだわしらをのぼせ上がらせる気かぁ・・・。」
小一郎が割って入る。
「まぁまぁまぁまぁ。久しぶりの家族の再会じゃ。仲良ぅいこっ・・・。そんで兄さぁっ、いつまでここに居られるんじゃあ。」
「明日のうちに岐阜に着いとかなあかん。人と会う約束をしちょってのぉ。」
「えぇっ、旦那様ぁっ、一晩だけでございますかぁ。」
「すまんのぉっ、ゆっくりしたいんは山々なんじゃが・・・。小一郎と秀勝殿はまだしばらく長浜に居るから、仲良ぅやってくんろ。」
「えっ、わしはともかく秀勝殿も留守番なんかぇ。てっきり清洲へ連れてくと思ぅちょったわぃ。」
「んまぁっ、いろいろ事情があってのぉ。」
と秀吉が云ったところで、突然おねが叫ぶ。
「あぁっ、もしかして岐阜で約束してはるのは、女子ではないでしょうねぇ。」
秀吉は呆れ声になる。
「そんなわけねぇじゃろがぁ。」
「じゃあ、一体どなたなのですか。妻の元には一晩だけで、小一郎さぁも秀勝様も連れんとすぐにここを経つなんてぇっ、あやしゅうございます。」
「おねぇっ、困らさんどいてくれぇ。わしはおね一筋じゃしぃ、それにわしにゃぁ女子遊びなぞしちょる暇はねぇんじゃあ・・・。官兵衛っ、何とか云ってくれぇ。」
退屈気味にしていた官兵衛は、秀吉の突然の振りに少し戸惑う。
「ぁっ、あぁぁっ、確かにぃ・・・、筑前殿はあまりに忙しい故、女子遊びなぞする余裕はないとお見受けします。」
おねは官兵衛をじっと睨む。
「官兵衛殿っ、ほんとはどうなんですぅっ。」
普段は威圧感を醸し出す官兵衛も、おねには弱い。
「んっ、あぁぁっ・・・、正しくは女子に手を出そうとした寸前に大殿の報せが入りましてぇ・・・。」
「かっ、官兵衛っ、余計なこつ言わんでえぇっ。」
慌てる秀吉におねは噛み付く。
「旦那様ぁっ、大殿が大変な刻にぃっ、旦那様というお方はぁぁぁ・・・。」
「いやあぁっ、そないなこつ云われてもぉ・・・。」
言い訳できない秀吉は、その場で草履を脱ぎ捨て城内へ駆け逃げる。おねも『待てぇっ』と叫んで秀吉を追いかける。小一郎となかは微笑むが、呆気となる官兵衛が思わず呟く。
「わしらぁ、何を見せられとるんじゃ・・・。」
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