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策謀
九十一.売込の宗易
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たった今まで無欲だった宗易が、急に自分を売り込んでくる。その思惑が分からず、秀吉と小一郎は呆気となる。
「そっ、宗易殿っ。今わしは『銭が欲しい』っちゅうたんじゃ。なんでわしが宗易殿を側に置くと銭が手に入るんじゃぁ・・・。」
宗易は笑みを浮かべながら返す。
「筑前様は銭の実のなる木。わたくしはその実を摘み取るのが役目・・・にございます。」
「何を云っておられるのか、まぁったく分からん。」
すると宗易は先ほど秀吉が白湯を飲み干した黒い茶碗を左手で指す。
「畏れながら、あの茶碗は筑前様がお使いになられた物でございますか。」
秀吉は宗易の質問の意図が分からない。
「あぁっ、さっきわしがあれで白湯を飲んどったんじゃ。そんがどうした・・・。」
「あの茶碗はいくらでお買い上げになられましたか。」
「いくらって、ありゃぁわしの物じゃなくて、こん寺の住職が用意してくれたもんじゃから分からんが、まぁ、そこいらで三文くらいで手に入るんでねぇかぁ。」
「わたくしならあれを千貫で売り捌きましょう。」
「せっ、千貫っ・・・。」
思わず秀吉と小一郎の驚嘆が再び重なる。
「はい。あれはそれくらい、いやそれ以上の価値のあるものでございます。」
宗易がやけに冷静であるのに対し、秀吉と小一郎の慌て様は尋常でない。
「まっ、待て待てっ、宗易殿っ。其方の云ってるこつが全く分からん。なしてそないなこつになるんじゃぁ。」
宗易の静かな返に、呆気のままの秀吉と小一郎は聴き入る。
「ご説明いたしましょう。今巷では筑前様と織田信孝様が戦をされるとの噂が広がってございます。いつしかそうなるでありましょう。そしてその戦で筑前様がお勝ちになると多くの商人たちは期待しております。」
「そないなこつ、分からんではねぇかぁ。」
「はいっ。しかし肝要なのは『皆が予期している』ということでございます。筑前様が戦を制すれば、自ずと筑前様は織田家の筆頭家老、いや織田家そのものになられ、畿内は全て筑前様が制するであろうと、商人どもは予想しているわけです。」
「おいおいっ、いくら何でも大袈裟じゃぞぉ。」
「大袈裟かもしれませんし、実際にそうならないかもしれません。しかし繰り返しますが現に『皆が予期している』ということが重要なのでございます。この予想が為されたとき、あの見窄らしいただの茶碗は『飛ぶ鳥を落とす勢いの羽柴筑前守様が使われた高貴な茶碗』に化けることとなります。ただそうなってしまいますと、いくら富ある商人が銭を掻き集めても手に入れるのが難しい程の高値になってしまいます。ですがまだ今のうちなら身の丈精一杯の財を注ぎ込めばあれを手に入れることができ、そして刻が経つと元の値よりもさらにうんと高い値で売り捌くことができる・・・商売上手な商人ほど先を先を予期しながらそう考えるのです。わたくしの見立てでは、今ならあの茶碗に千貫以上の値がつくことは堅いと思われます。」
「なっ、何だか揶揄われているようじゃがぁ・・・。」
宗易の涼やかな解説に秀吉は戸惑い続けるが、小一郎が反論する。
「じゃがそんならば、宗易殿がおらんでもよくねぇかぁ。」
「ではここでよくお考えくださいませ。商人たちにこの茶碗を見せたとき、『この茶碗は筑前様が使われた高貴な茶碗だ』と云って、誰が信じましょう。その辺の商人ですら、怪しがって見向きもしませんでしょう・・・。そこでわたくしの役目となります。僭越ながらわたくしは目利きの茶人として、そこそこ世に名を知ってもらっております。然様なわたくしが筑前様の御側に仕え、ひょんなことから手に入れたと云ってこの茶碗を商人たちの前に持ち込めば、商人たちは疑うことなく本物であると信じるでしょう。」
「・・・つまり、わしが銭の実のなる木で、宗易殿が銭の実を摘み取る・・・。」
秀吉は少しずつ納得するが、小一郎は未だ信じられない。
「何もねぇところから銭が湧いて出てくるなんてぇ・・・、まるで狐につままれたような話じゃなぁ。ちぃと胡散臭くねぇかぁ・・・。」
小一郎の疑いの問いに、宗易はきりとして返す。
「何もないのではございません。物の値とは人の値なのです。わたくしはその人の値を銭という形にすることが得意というだけであって、筑前様に仕えるでもしなければ、本当に何もないところから銭を産むことなどできません。」
しばらくの沈黙の後、宗易は最後の売込に入る。
「筑前様はわたくしに『銭が欲しい』と正直に申されました。銭とは人の身体の『血』と同じでございます。血が身体中を巡り、熱が全身に回り、人が生かされるのと同様に、銭が世の中を巡り、至る処で活気を産み、皆が活かされます。血も銭も、同じ処に留まっていては意味はありません。然様なことを十分御承知のはずの筑前様が『銭が欲しい』と仰るからには、胸のうちにたくさんの銭の使い道が描かれているとお見受けいたしました。つまりそれはこれから世の中にたくさんの血が注ぎ込まれるということであり、然様な世の中とは如何なるものか、僭越ながらこの宗易っ、見てみたくなってまいりました。」
一礼する宗易に、苦笑い気味の秀吉が講評する。
「今までわしは商いを軽んじる猛者どもを心中で蔑んできたが、いやいや、斯く云うわしもまだまだ商いっちゅうもんを分かっとらんっちゅうこつを思い知らされたわぃ。上には上が居るもんよのぉ・・・。おもしれぇっ、宗易殿っ、是非是非っ、わしに仕えてくれんかぇ。小一郎っ、えぇじゃろぉ・・・。」
先ほどまで疑心暗鬼の小一郎がにこやかに頷き返すのを、秀吉は確かめる。
「そぉじゃなぁ、宗易殿っ、わしの茶頭として仕えるっちゅうことでどぉじゃぁ。上杉や北条との取次役なんかもできるじゃろう。」
再度宗易が一礼する。
「畏まりました。本日よりこの千宗易、羽柴筑前守様の茶頭としてお仕えいたします。」
話はこれで落着したかと思われたが、ここで宗易が意外な質問を始める。
「然れば一つ、御尋ねしたい義があるのですが・・・。」
「そっ、宗易殿っ。今わしは『銭が欲しい』っちゅうたんじゃ。なんでわしが宗易殿を側に置くと銭が手に入るんじゃぁ・・・。」
宗易は笑みを浮かべながら返す。
「筑前様は銭の実のなる木。わたくしはその実を摘み取るのが役目・・・にございます。」
「何を云っておられるのか、まぁったく分からん。」
すると宗易は先ほど秀吉が白湯を飲み干した黒い茶碗を左手で指す。
「畏れながら、あの茶碗は筑前様がお使いになられた物でございますか。」
秀吉は宗易の質問の意図が分からない。
「あぁっ、さっきわしがあれで白湯を飲んどったんじゃ。そんがどうした・・・。」
「あの茶碗はいくらでお買い上げになられましたか。」
「いくらって、ありゃぁわしの物じゃなくて、こん寺の住職が用意してくれたもんじゃから分からんが、まぁ、そこいらで三文くらいで手に入るんでねぇかぁ。」
「わたくしならあれを千貫で売り捌きましょう。」
「せっ、千貫っ・・・。」
思わず秀吉と小一郎の驚嘆が再び重なる。
「はい。あれはそれくらい、いやそれ以上の価値のあるものでございます。」
宗易がやけに冷静であるのに対し、秀吉と小一郎の慌て様は尋常でない。
「まっ、待て待てっ、宗易殿っ。其方の云ってるこつが全く分からん。なしてそないなこつになるんじゃぁ。」
宗易の静かな返に、呆気のままの秀吉と小一郎は聴き入る。
「ご説明いたしましょう。今巷では筑前様と織田信孝様が戦をされるとの噂が広がってございます。いつしかそうなるでありましょう。そしてその戦で筑前様がお勝ちになると多くの商人たちは期待しております。」
「そないなこつ、分からんではねぇかぁ。」
「はいっ。しかし肝要なのは『皆が予期している』ということでございます。筑前様が戦を制すれば、自ずと筑前様は織田家の筆頭家老、いや織田家そのものになられ、畿内は全て筑前様が制するであろうと、商人どもは予想しているわけです。」
「おいおいっ、いくら何でも大袈裟じゃぞぉ。」
「大袈裟かもしれませんし、実際にそうならないかもしれません。しかし繰り返しますが現に『皆が予期している』ということが重要なのでございます。この予想が為されたとき、あの見窄らしいただの茶碗は『飛ぶ鳥を落とす勢いの羽柴筑前守様が使われた高貴な茶碗』に化けることとなります。ただそうなってしまいますと、いくら富ある商人が銭を掻き集めても手に入れるのが難しい程の高値になってしまいます。ですがまだ今のうちなら身の丈精一杯の財を注ぎ込めばあれを手に入れることができ、そして刻が経つと元の値よりもさらにうんと高い値で売り捌くことができる・・・商売上手な商人ほど先を先を予期しながらそう考えるのです。わたくしの見立てでは、今ならあの茶碗に千貫以上の値がつくことは堅いと思われます。」
「なっ、何だか揶揄われているようじゃがぁ・・・。」
宗易の涼やかな解説に秀吉は戸惑い続けるが、小一郎が反論する。
「じゃがそんならば、宗易殿がおらんでもよくねぇかぁ。」
「ではここでよくお考えくださいませ。商人たちにこの茶碗を見せたとき、『この茶碗は筑前様が使われた高貴な茶碗だ』と云って、誰が信じましょう。その辺の商人ですら、怪しがって見向きもしませんでしょう・・・。そこでわたくしの役目となります。僭越ながらわたくしは目利きの茶人として、そこそこ世に名を知ってもらっております。然様なわたくしが筑前様の御側に仕え、ひょんなことから手に入れたと云ってこの茶碗を商人たちの前に持ち込めば、商人たちは疑うことなく本物であると信じるでしょう。」
「・・・つまり、わしが銭の実のなる木で、宗易殿が銭の実を摘み取る・・・。」
秀吉は少しずつ納得するが、小一郎は未だ信じられない。
「何もねぇところから銭が湧いて出てくるなんてぇ・・・、まるで狐につままれたような話じゃなぁ。ちぃと胡散臭くねぇかぁ・・・。」
小一郎の疑いの問いに、宗易はきりとして返す。
「何もないのではございません。物の値とは人の値なのです。わたくしはその人の値を銭という形にすることが得意というだけであって、筑前様に仕えるでもしなければ、本当に何もないところから銭を産むことなどできません。」
しばらくの沈黙の後、宗易は最後の売込に入る。
「筑前様はわたくしに『銭が欲しい』と正直に申されました。銭とは人の身体の『血』と同じでございます。血が身体中を巡り、熱が全身に回り、人が生かされるのと同様に、銭が世の中を巡り、至る処で活気を産み、皆が活かされます。血も銭も、同じ処に留まっていては意味はありません。然様なことを十分御承知のはずの筑前様が『銭が欲しい』と仰るからには、胸のうちにたくさんの銭の使い道が描かれているとお見受けいたしました。つまりそれはこれから世の中にたくさんの血が注ぎ込まれるということであり、然様な世の中とは如何なるものか、僭越ながらこの宗易っ、見てみたくなってまいりました。」
一礼する宗易に、苦笑い気味の秀吉が講評する。
「今までわしは商いを軽んじる猛者どもを心中で蔑んできたが、いやいや、斯く云うわしもまだまだ商いっちゅうもんを分かっとらんっちゅうこつを思い知らされたわぃ。上には上が居るもんよのぉ・・・。おもしれぇっ、宗易殿っ、是非是非っ、わしに仕えてくれんかぇ。小一郎っ、えぇじゃろぉ・・・。」
先ほどまで疑心暗鬼の小一郎がにこやかに頷き返すのを、秀吉は確かめる。
「そぉじゃなぁ、宗易殿っ、わしの茶頭として仕えるっちゅうことでどぉじゃぁ。上杉や北条との取次役なんかもできるじゃろう。」
再度宗易が一礼する。
「畏まりました。本日よりこの千宗易、羽柴筑前守様の茶頭としてお仕えいたします。」
話はこれで落着したかと思われたが、ここで宗易が意外な質問を始める。
「然れば一つ、御尋ねしたい義があるのですが・・・。」
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