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第一話 大船渡
第1話
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由紀恵は朝早くに東京を発ち、東北新幹線で一ノ関駅まで移動したあと、大船渡線に乗り換えた。
大船渡線は非電化のローカル線で、乗客はまばらだった。気仙沼から先は、BRTというバスの車両が専用道路を走る路線となる。走っているのはバスだが、鉄道路線扱い。
由紀恵は仕事のため日本全国を駆け回っているが、BRTに乗るのは初めてだった。
気仙沼駅で、列車用の改札とホームの中にバスが入ってくるのを見て、由紀恵は不思議な気持ちになった。これまで見たことのない乗り物で、未来感があった。しかし、乗客は由紀恵一人しかおらず、やっぱりただのローカル線だな、と由紀恵は思った。
由紀恵が乗ったバスは快速で、どこを走るのだろうと思ったら、高速道路に乗ってしまった。これは高速バスと何が違うのだろう、と由紀恵は首を傾げてしまった。
大船渡駅に着いたのは昼過ぎだった。駅前にあるホテルに早々とチェックインし、部屋に荷物を置いた。この日は、移動だけの予定だった。
昼食をとれる所を調べたら、近くにキャッセン大船渡という小さなショッピングモールがあることを知り、そこで貝からダシをとったラーメンを一人で食べた。貝のダシはうまみが効いていて、美味しかった。由紀恵は満足した。
午後はすることがなく、大船渡駅からBRTで終点の盛駅まで行ってみたが、大船渡駅以上に何もない場所だった。
そのまま三陸鉄道で宮古駅まで乗ってみた。午後二時過ぎで、平日という事もあって乗客は由紀恵だけだった。三陸の海をぼうっと眺めながら、由紀恵は故郷の海のことを思い出していた。
由紀恵の出身は四国の徳島県の南方で、三陸の海はなんとなく似ているような気がしていた。違うのは五月だというのに少し肌寒く感じるところだ。さすが東北だ、と由紀恵は思った。
約十年前、由紀恵が高校生の時に東日本大震災があった。四国の実家にいた由紀恵は、その凄絶な様子をテレビで見ながらも、直接影響を受けることはなかった。
三陸鉄道の車窓からは、新設された防潮堤が見えた。津波の時のニュースで、防潮堤を軽々と超える津波を見て「なにが防潮堤だよ!」と叫ぶ男性の姿を由紀恵は覚えていた。あの大津波に破壊された以前のものよりは高いのだろうが、果たして大津波にあれで対抗できるのだろうか。いくら高さがあっても、人間が作ったコンクリートの壁なんかへし折られるんじゃないか……そう思ったが、故郷にずっと住み続けたい人たちの気持ちもなんとなくわかるので、由紀恵は新しい防潮堤の存在を否定できなかった。
宮古駅まで行ったあと、ふたたび三陸鉄道で折り返して大船渡駅に戻った。
大船渡駅の周辺は、津波の被害で更地になっているところが多かった。一方、西にある山の方向を見てみると、普通に家が立ち、車が行き交っていた。たった数百メートルの立地が、明暗を分けたのだった。
それにしても、一時は壊滅したかと思われた大津波の被災地は、由紀恵が見る限り、今では普通の地方都市として機能している。様々な地方都市に出向く由紀恵は、他の地方都市と比べて遜色ないと感じた。震災から約十年。もちろん、ここを去った人も多いし、残った人にもその間にはとても大きな苦労があったとはいえ、普通の地方都市に戻れたことは、被災地へはじめて来た由紀恵には驚きだった。
そういうことをニュースで言えばいいのに、と由紀恵は思った。被災地の人々は、今では割と普通に生活してますよ、って。いちいち過去を振り返るより、そっちの方がずっと前向きだ。
そんなことを考えながら、由紀恵は大船渡の街を散歩した。
盛駅の近くにある『サンリア』という小さなショッピングセンターに寄ると、お年寄りと学校帰りの女子高生しかいなかった。由紀恵の実家もこんな感じで、少ない商業施設に皆が集まるので、懐かしく思った。由紀恵はそこで東京の三分の一くらいの値段しかしない焼き立てのパンを買い、ホテルに戻って食べた。
入浴のあと、由紀恵は明日会う今回の依頼人のことを調べた。
由紀恵はフリーランスの魔法士だが、依頼は全て魔法庁から斡旋される。ただし魔法庁から提供される依頼人の情報は、顔写真、名前、年齢、依頼の概要のみ。
それ以外のことは、本人から直接聞き出す決まりになっている。
今回の依頼者は、菊池玲美という十七歳の女子高生だった。
ふわっとした髪に、いかにも今どきの女子高生らしいメイク。由紀恵はどちらかというと苦手なタイプだな、と思った。
依頼の概要は、『身体的なコンプレックスについて』とあった。
由紀恵はため息をついた。
魔法で体を作り変えることはできない。一時的に身体の一部を変えることはできるので、変装などに使う魔法士もいる。しかし、魔法が切れたら戻ってしまう。どんなに長くても、数年で魔法は切れてしまう。
菊池玲美がどんなコンプレックスを持っているのか不明だが、それを魔法で治すのは困難だ。
依頼を達成できないと、由紀恵は報酬を受け取れない。そのような例はほとんどないのだが、大船渡への旅自体が無駄になってしまう可能性もある。
『身体的なコンプレックス』を直接治さなくても、本人の悩みが解決すればそれで依頼達成とみなされるので、明日菊池玲美と会って、具体的な内容を聞き取ってからが勝負になる。
(大丈夫かなあ……ま、いっか)
由紀恵は数秒だけ悩んだが、もともと楽天的な性格なこともあり、考えても仕方がないから、と思って、この日は早めに寝てしまった。
大船渡線は非電化のローカル線で、乗客はまばらだった。気仙沼から先は、BRTというバスの車両が専用道路を走る路線となる。走っているのはバスだが、鉄道路線扱い。
由紀恵は仕事のため日本全国を駆け回っているが、BRTに乗るのは初めてだった。
気仙沼駅で、列車用の改札とホームの中にバスが入ってくるのを見て、由紀恵は不思議な気持ちになった。これまで見たことのない乗り物で、未来感があった。しかし、乗客は由紀恵一人しかおらず、やっぱりただのローカル線だな、と由紀恵は思った。
由紀恵が乗ったバスは快速で、どこを走るのだろうと思ったら、高速道路に乗ってしまった。これは高速バスと何が違うのだろう、と由紀恵は首を傾げてしまった。
大船渡駅に着いたのは昼過ぎだった。駅前にあるホテルに早々とチェックインし、部屋に荷物を置いた。この日は、移動だけの予定だった。
昼食をとれる所を調べたら、近くにキャッセン大船渡という小さなショッピングモールがあることを知り、そこで貝からダシをとったラーメンを一人で食べた。貝のダシはうまみが効いていて、美味しかった。由紀恵は満足した。
午後はすることがなく、大船渡駅からBRTで終点の盛駅まで行ってみたが、大船渡駅以上に何もない場所だった。
そのまま三陸鉄道で宮古駅まで乗ってみた。午後二時過ぎで、平日という事もあって乗客は由紀恵だけだった。三陸の海をぼうっと眺めながら、由紀恵は故郷の海のことを思い出していた。
由紀恵の出身は四国の徳島県の南方で、三陸の海はなんとなく似ているような気がしていた。違うのは五月だというのに少し肌寒く感じるところだ。さすが東北だ、と由紀恵は思った。
約十年前、由紀恵が高校生の時に東日本大震災があった。四国の実家にいた由紀恵は、その凄絶な様子をテレビで見ながらも、直接影響を受けることはなかった。
三陸鉄道の車窓からは、新設された防潮堤が見えた。津波の時のニュースで、防潮堤を軽々と超える津波を見て「なにが防潮堤だよ!」と叫ぶ男性の姿を由紀恵は覚えていた。あの大津波に破壊された以前のものよりは高いのだろうが、果たして大津波にあれで対抗できるのだろうか。いくら高さがあっても、人間が作ったコンクリートの壁なんかへし折られるんじゃないか……そう思ったが、故郷にずっと住み続けたい人たちの気持ちもなんとなくわかるので、由紀恵は新しい防潮堤の存在を否定できなかった。
宮古駅まで行ったあと、ふたたび三陸鉄道で折り返して大船渡駅に戻った。
大船渡駅の周辺は、津波の被害で更地になっているところが多かった。一方、西にある山の方向を見てみると、普通に家が立ち、車が行き交っていた。たった数百メートルの立地が、明暗を分けたのだった。
それにしても、一時は壊滅したかと思われた大津波の被災地は、由紀恵が見る限り、今では普通の地方都市として機能している。様々な地方都市に出向く由紀恵は、他の地方都市と比べて遜色ないと感じた。震災から約十年。もちろん、ここを去った人も多いし、残った人にもその間にはとても大きな苦労があったとはいえ、普通の地方都市に戻れたことは、被災地へはじめて来た由紀恵には驚きだった。
そういうことをニュースで言えばいいのに、と由紀恵は思った。被災地の人々は、今では割と普通に生活してますよ、って。いちいち過去を振り返るより、そっちの方がずっと前向きだ。
そんなことを考えながら、由紀恵は大船渡の街を散歩した。
盛駅の近くにある『サンリア』という小さなショッピングセンターに寄ると、お年寄りと学校帰りの女子高生しかいなかった。由紀恵の実家もこんな感じで、少ない商業施設に皆が集まるので、懐かしく思った。由紀恵はそこで東京の三分の一くらいの値段しかしない焼き立てのパンを買い、ホテルに戻って食べた。
入浴のあと、由紀恵は明日会う今回の依頼人のことを調べた。
由紀恵はフリーランスの魔法士だが、依頼は全て魔法庁から斡旋される。ただし魔法庁から提供される依頼人の情報は、顔写真、名前、年齢、依頼の概要のみ。
それ以外のことは、本人から直接聞き出す決まりになっている。
今回の依頼者は、菊池玲美という十七歳の女子高生だった。
ふわっとした髪に、いかにも今どきの女子高生らしいメイク。由紀恵はどちらかというと苦手なタイプだな、と思った。
依頼の概要は、『身体的なコンプレックスについて』とあった。
由紀恵はため息をついた。
魔法で体を作り変えることはできない。一時的に身体の一部を変えることはできるので、変装などに使う魔法士もいる。しかし、魔法が切れたら戻ってしまう。どんなに長くても、数年で魔法は切れてしまう。
菊池玲美がどんなコンプレックスを持っているのか不明だが、それを魔法で治すのは困難だ。
依頼を達成できないと、由紀恵は報酬を受け取れない。そのような例はほとんどないのだが、大船渡への旅自体が無駄になってしまう可能性もある。
『身体的なコンプレックス』を直接治さなくても、本人の悩みが解決すればそれで依頼達成とみなされるので、明日菊池玲美と会って、具体的な内容を聞き取ってからが勝負になる。
(大丈夫かなあ……ま、いっか)
由紀恵は数秒だけ悩んだが、もともと楽天的な性格なこともあり、考えても仕方がないから、と思って、この日は早めに寝てしまった。
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